2016年11月28日月曜日

「シークレット・オブ・モンスター」(ネタバレあり)

まだ半分もすぎていないのに、カップルが1組、映画館から出て行った。
やっぱりむずかしかったのね。
「風と木の詩」のジルベールのような美少年の顔で売っている映画だから、何か別のものだと思ったのでしょう。
そして、キネ旬の今月号の星取り表、3人の評者が3人ともみごとに的をはずしている。
やっぱりむずかしかったのね。
だいたい、「シークレット・オブ・モンスター」というタイトルがいけない。全然中身と合ってない。なのにThe Secret of a Monsterと英語までつけている。
本当の原題は、The Childhood of a Leader。「一指導者の幼年時代」。
サルトルの同名の小説にヒントを得たそうですが、読んでません。で、ネットで読んだ人の感想を見たら、これはやはりヒントを得た程度のもののようです。
でも、「一指導者の幼年時代」というタイトルはこの映画にはぴったりです。
星取り表の3人の批評家は、そしておそらく多くの人は、この映画を少年が独裁者になる話だと思っているでしょう。

違うのです。

サルトルの方はそういう面がありそうですが、この映画では、主人公の少年はある時代と社会の象徴なのです。
独裁者になる1人の人間ではなくて。
少年(終わり近くになってようやくプレスコットという名前だとわかる)は、明らかに両親に愛されていません。
父親は女の子がほしいと言います。
しかし、母親は、少年を生んだとき大変だったからと言って、夫を拒否している。
でも、本当の理由は、後半、少年の家庭教師が少年に拒否され、クビになるときにわかります。
母親は若い女性である家庭教師に、自分は結婚したくなかったし子供も持ちたくなかった、だが、夫が何度もプロポーズするので結婚してしまった、と言います。そして、あなたも私と同じ気持ちでしょう、だから教師になって自活しなさい、というようなことを言います。
父親は政治の仕事で忙しく、少年にかまっている暇はないし、少年を愛しているようにも見えません。他方、母親は少年といつも一緒にいて、しかも愛していないので、少年は苛立ちの種でしかない。
少年は家政婦を慕いますが、母親は家政婦が息子を甘やかしていると言って、彼女をクビにしてしまう。このとき、家政婦が一家を呪ってやる、と言うのですが、その後の一家は描かれないので、呪われたかどうかは不明。
少年はなぜか髪をのばし、少女のような服を着ているので、女の子に間違われます。そして、女の子に間違われると嘔吐したり、腹いせに裸で歩き回ったりします。
時代は第一次大戦終戦直後、女性の参政権運動が盛んでもあった時期。
少年の苛立ちは、結婚や家庭に縛られたくなかった母親のような女性たちの苛立ちの反映ではないかと思えます。
少年は家庭教師に髪を切った方が男らしくなると言われますが、拒否します。少女のような服を着ているのは親の趣味なのか(「小公子」の主人公のような格好をさせるのが流行った時期があるそうです)、少年自身が男でも女でもない存在で、それがまた彼の苛立ちの原因なのか。
そして、重要なのは、第一次大戦終戦後、戦勝国が敗戦国のドイツから賠償金をとろうとしているということ。
第一次世界大戦まで、戦争では勝った方が負けた方から領土や金を奪うのが普通でした。第一次大戦後、ドイツは戦勝国から多額の賠償金を要求され、それがナチス誕生につながります。
少年の父親と他の政治家たちは、まさにナチス誕生につながることをやっているのです(この反省から、第二次大戦後は敗戦国に賠償金を求めなくなります)。
一方では男たちがナチス誕生につながる政治的なことをしていて、他方では女性たちが男社会の理不尽に苦しんでいる。そういう構図が見える映画なのです。
ラスト、ナチスを思わせるシーンに登場した「私生児プレスコット」は、スキンヘッドにひげという男っぽい姿をしています。彼はあの女の子のような姿をしたプレスコット少年と同一人物なのか?
プレスコット少年は私生児ではありません。私生児(バスタード)にはくそ野郎とか、そういう意味もありますが、ここはやはり字幕どおり、私生児が正しいでしょう。
第一次大戦後の政治家の男たちと、男社会に苦しむ女たちの間に生まれた私生児、それが独裁者、ということではないでしょうか。
少年はこの時代と社会を象徴する存在で、1人のリアルな人間としては描かれていない、そういう象徴的な映画なのだと思います。一指導者の幼年時代とは、擬人化されたファシズムの幼年時代であり、ファシズムの時代がこの「幼年時代」に育まれたことを意味しているのです。

2016年11月24日木曜日

「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」

CGを使って3D展開する最近のハリウッド大作はほとんどスルーしているのですが、J・K・ローリングが脚本を書いた「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」は一応ファンタジーだし、5部作になるというからとりあえず最初は見ておいた方がいいと思って、初日に見に行きました。
ハリー・ポッターの魔法学校で使われている教科書の著者の青年が魔法動物の入ったトランクを持って禁酒法時代のニューヨークにやってくる、という話。ハリ・ポタの用語やら何やらがいろいろ出てきてますが、あまり詳しくない私でもついていけます。
ローリングの魔法世界というのはやはり独特で、いろいろ工夫されたユニークな世界ですが、でも、このあとずっと続編を見続けるかというと、かなりビミョー。
エディ・レッドメイン演じる主人公は正直、間抜けな魔法使いだと思うのですが、その間抜けな魔法使いが後半はきっちり仕事しているあたりの整合性のなさというか。彼がトランクを間違えた相手、魔法を使えない普通の人間である太った男性の方が人物としては面白く、やせたレッドメインと太った彼が凸凹コンビみたいになっているあたり、面白いんだけど、笑えるほどじゃない。
この太った彼と、彼を好きになる魔法を使える美女の部分が一番魅力的で、だから最後もこの2人で締めます。
あとはまあ、子供の虐待とからめた魔法の悪の力とか、魔法動物がそれぞれ役に立つシーンがあるとか、このあたりは定番ですが、たとえば、禁酒法時代のアメリカでは魔法も禁止されていて、お酒を禁止することと魔法を禁止することが対になっているとしたら面白いのだけど、そういうのはまったくなし。魔法使いと普通の人間との確執みたいなのが重要なモチーフかと思いきや、途中から普通の人間はどうでもよくなり、魔法使いたちの戦いになっていきます。
「ハリ・ポタ」も全部見ているわけじゃないし、特に好きでもなかったですが、「ハリ・ポタ」にはまだわくわくするものを感じたけど、こちらはそういうわくわくがないです。
あの太った男と彼女、次回も出るのかな。出るなら見てもいいけど、レッドメインだけだったらパスになりそうです。

2016年11月21日月曜日

「ルドルフとイッパイアッテナ」のDVD

「ルドルフとイッパイアッテナ」のDVDが来年2月22日に発売されるそうです。
本編だけのスタンダード・エディションが3000円以上、2枚組のスペシャル・エディションが5000円近く、そして、オリジナル・トートバッグつきのアマゾン限定商品がこれ。
https://www.amazon.co.jp/Amazon-co-jp%E9%99%90%E5%AE%9A-%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%95%E3%81%A8%E3%82%A4%E3%83%83%E3%83%91%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%86%E3%83%8A-DVD-%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB-%E3%82%A8%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3-%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%B8%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%90%E3%83%83%E3%82%AF%E4%BB%98-%E4%BA%95%E4%B8%8A%E7%9C%9F%E5%A4%AE/dp/B01MXISY25/ref=sr_1_5?s=dvd&ie=UTF8&qid=1479657118&sr=1-5&keywords=%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%95%E3%81%A8%E3%82%A4%E3%83%83%E3%83%91%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%86%E3%83%8A+dvd
トートバッグって、現物見てみないとなんともなあ。
あと、2枚組の方の映像特典が面白そうじゃない。
この映画、かなり早い時期からチラシがシネコンに置いてあったり、ゴジラとコラボの東宝シネマズの映像があったりと、力入ってたのは知ってましたが、いろいろ特番もあったのね(日テレだから当然)。
でも、興味ない。舞台あいさつとかも興味ないな。俳優さんのファンならあるだろうけど。
しかし、本編だけでも3000円ちょっとするのか(これでもアマゾンの割引価格)。洋画だと少し待てば1000円くらいになるけど、邦画はだめそう。ジブリのDVDとか高い。
まあ、結局、DVD買うことになるだろうけど、せめてあと1回、映画館で見たいな。どこかでやってくれないだろうか。

「ルドルフとイッパイアッテナ」は興収15億の手前くらいみたいで、期待をかなり裏切ったのではないかと思うけれど、「ファインディング・ドリー」や「ペット」には勝てないどころか足元にも寄れなかったのだね。キネ旬に普通の人が洋画を見ないと書いてあったけど、この手のアニメだけは別じゃないのだろうか。「ズートピア」も大ヒットしたし。あ、洋画邦画というときにはアニメ入ってないというか、アニメはまた別ジャンルってことで?
キネ旬最新号に「君の名は。」特集があって、期待したのだけど、なんかはずしてると思ったのは私だけだろうか。世界が違うのかな、うーん。

このところ、「五日物語」へのアクセスがものすごく多いです。「みたび「君の名は。」」も細々とですが、読まれているのでうれしい。

2016年11月18日金曜日

人身事故

今、おもに使っている路線は30年間都心に住んでいたときにおもに使っていた路線と同じ、というか、同じ路線なので下見がしやすくて決めたようなところがあるのだけれど、以前からこの路線は人身事故が多いと思っていました。
実際、都心に住んでいたときに利用していた駅でも人身事故が最近数年で3回もあるらしい。
ここだけの話だけど(?)、その駅って、30年間利用してきたわけですが、電車が入ってくるとなんとなくふらっと引き寄せられるような感じがするんですよね。なにか霊でもいるんでしょうか? 私はその駅では電車が完全に入るまでベンチに座っているようにしてました(こんな経験はほかの駅ではありません)。知り合いが風圧が大きい駅だと言ってましたが、そのせいもあるのか?

で、日付変わって昨日の夜のことになりますが、ついにこの路線の至近距離で人身事故に遭遇。1時間半電車に閉じ込められました。
駅は上に書いた駅とは違います。
人身事故に遭遇といえば、若い頃、北海道を旅行していたとき、網走と釧路を結ぶ釧網線に乗っていたとき、いきなりガツンという衝撃が来て、列車が急停車。窓から顔を出して見たら、前方に軽トラが。踏切に入り込んできた軽トラと衝突したようです。
あのときは1時間くらい停まりました。夏の昼間で、外は観光地の原生花園が近く、車内には人が少なく、とにかく待つしかないという感じでしたが、あとで新聞を見たら、運転手は亡くなったようです。
今回は事故があった駅の手前を走っていたとき、突然停まって、電車が向かっている駅で人身事故とのアナウンス。1つ前の電車はすでにその駅に着いているはずなので、上りの電車に飛び込んだか何かしたのだなと思いましたが、まさにそのとおりで、駅に着くと救急車のサイレンが。
座席に座っていたのでそのままじっとしていましたが、立っていた人たちは次々と降りていき、どうやら救助活動を見る野次馬に加わったよう(?)。「写真を撮らないでください」という駅員の叫び声が何度も聞こえてきました。
振り替え輸送をやっていたので、人はどんどん減っていきましたが、この駅からでは別の路線で帰るのは時間がかかるので、とにかく待つ。そのうち空っぽの事故車両が前の前を走っていく。そのあともなかなか走り出さない。救助活動が終わっても現場検証とか線路の点検とか車両の点検とかいろいろあって、やっぱりJRは人身事故が起こるとそう簡単には動かないのだなとわかりました。
快速が並行して走っているのですが、この間、快速も停まっていました。各駅の線路と快速の線路が並んでいるので、事故処理が終わるまで両方停まるのは前からわかっていました。
うーん、しかしこの路線(各駅の方)は今年人身事故7件目だそうで、去年と一昨年はそれぞれ4件だったというから今年は2倍か。
両隣の駅だったら暇をつぶせる場所があるのに、別の路線で帰りやすいのに、と思いつつ、他のお客さんが人身事故の報を聞いたときからずっと冷静で、むしろ慣れているような感じさえしたのにはちょっと驚き。
まあこの路線、各駅も快速も人身事故も多いけど、それ以外の理由で停まることもけっこう多いのです。都心だったらバスを乗り継いで帰るとか、場合によっては歩いて帰ることもできるけど、郊外だと何かあったら本当に立ち往生です。

2016年11月17日木曜日

「スノーデン」(ネタバレあり)

オリヴァー・ストーン監督の「スノーデン」を見てきました。
元CIA職員のエドワード・スノーデンが、アメリカが世界中の人々のメールや通話などを極秘に情報収集していたという事実を暴露したあの大事件の映画化で、今年、すでにアカデミー賞を受賞したドキュメンタリー「シチズンフォー」が公開されていますが、このドキュメンタリーの方はまだ見ていない。公開はもう終わってしまったみたいで、DVDが出るのは来年。こっちを見ないとなんとも言えないのですが、輸入のDVD買おうかな。
ストーンはモスクワにスノーデンを3度も訪ねていって、スノーデンの協力のもとに映画化していて、ご本人も映画には満足とのこと。最後のインタビューシーンにはご本人が出演しています。
映画はスノーデンが特殊部隊の訓練を受けているところから始まり、そこで大けがをして特殊部隊を断念。その後CIAやNSAに入り、コンピューターの才能を認められて極秘任務につくのですが、最初はガチガチの体制派だったのが、リベラルな恋人の影響と、そして現場で行われている理不尽なことへの疑問から、真実の告発へと至る姿が描かれています。
もともとストーンがガチな体制派で、ベトナム戦争は正しいと信じて従軍、そこで現実に目覚めて反戦派、アメリカ批判派に変わったという人物なので、スノーデンのような最初はガチな体制派で、アメリカ政府のために働きたいという人物がアメリカの悪を告発する人間に変化する話は自分自身にも重なり、また、「7月4日に生まれて」などの映画にも重なるもの。
CIAに入るとき、好きなものを聞かれたスノーデンがアイン・ランドの名をあげますが、ランドは公共の福祉など必要ないという、弱肉強食の資本主義支持者で、映画「摩天楼」の原作「水源」や「肩をすくめるアトラス」といった小説でその思想を描いた作家。「スノーデン」には「肩をすくめるアトラス」の名が出てきます。ランドの思想はリベラル派からは当然批判されているのですが、信者も多く、アメリカ人に非常によく読まれている作家で、日本にも信者がいます。
ここでランドの名が出てくるのは、ストーンが20世紀末からのアメリカがこうしたランドの考える資本主義になってきていると考えているからでしょう。
アメリカがひそかに行っている情報収集に疑問を感じたスノーデンは、ブッシュをモロンと呼ぶリベラルな恋人の影響もあり、オバマ大統領の誕生に期待します。が、大統領がブッシュからオバマにかわっても事態は変わらず、別の目的で作ったプログラムがドローンによる殺人に使われていることもわかり、ついに告発を決意、そして、「シチズンフォー」を監督することになるローラ・ポイトラスに連絡をとり、そこから衝撃的なニュースが世界に伝わることになります。
映画はまず、香港でスノーデンがポイトラスに会うところから始まり、スノーデンが過去を語るという形で展開しますが、スノーデンがなぜ告発しようとしたかというと、それは、こういう事実について人々が考えないと、次の指導者が選ばれたあとに独裁が起こる可能性があるからだ、ということです。
そして、最後の方に、「スノーデンを死刑にしろ」と叫ぶあのトランプの姿が。
ストーンが今年の大統領選を見据えて作ったのは明らかですが、この映画に描かれるアメリカが世界の覇権を握り続けるためにしているありとあらゆることが、トランプが大統領になったあと、いったいどうなるのか。オバマの時代でもこうなのに、と考えてしまいます。
スノーデンが機密ファイルを持ち出した方法は明らかにされておらず、それも含め、映画はフィクションの部分も多いだろうと思いますが、現実がストーンの映画の斜め上を行っちまってる感もあります。いろいろと考えさせられます。

2016年11月13日日曜日

紅葉

始まっています。人が多くて全景がアップできない。




コサギが帰ってきた。餌をとったところ。

この鳥はわりとどこにもいる。小さいのでなかなかうまく撮れないが、これはわりとうまく撮れた。

明日は超特大のスーパームーン。明日の夕方は外に出られないので、今日の月を撮っておいた。

無名時代

雑誌や出版物に名前と文章が出るのが年に1回あるかないかになっている今日この頃。
ある意味、無名時代に戻った感じです。
「フランケンシュタイン」の解説が世に出てから、自分の名前と文章が雑誌等に載るのが普通になっていて、一時期、キネマ旬報にまったく書けなくなったときも医療系の雑誌で映画紹介の連載をしたり、知り合いを通してエスクアイアに書けるようになったりと、途切れることはありませんでした。
そして、第2のキネ旬時代が来て、この時代にキネ旬で優遇されてしまったせいか、他の場所で書くことが非常に少なくなり、そしてキネ旬とあまり縁がなくなってしまうと、無名時代が到来したのです。
もちろん、雑誌等に書いているときも別に有名じゃなかったけれど、有名ではない無名と今の無名は相当に違います。
では、今の無名は不利なことばかりなのか、というと、そうでもない。
ある意味、自由ではないか、と気がつきました。
あの人は映画評論家で、こういう映画が得意で、こういう文章を書く人、みたいな、固定観念から解放されるのです。
私が何者か知らない人が多数いて、そこでは私は何にでもなれる、という感じ。
いろんな賞に応募してみたいなあ、と、考えています。
私が応募できないのは翻訳の新人賞くらいですから。
非常勤講師の仕事に追われていると何もできないので、コマ数減らされるのは書くチャンスと考えるようにします。

2016年11月11日金曜日

やばい

非常勤講師先の大学からコマ数減らすという連絡が次々と来ている。
1日1コマにする、というところは、要するにやめてくれというのと同じ。
実際、すでにやめた人もいるのだが、学生に人気のある授業で、受講者数も多いのに、少ないコマにして大教室で授業を、とか言ってくる。
大教室にしたら設備も悪くなり、以前と同じようには授業ができなくなり、自分もつまらないし、学生もつまらないから、やめた方がいいのだろうが、今突然コマ数減らすと言われてもやめて次を探すのは無理。
とりあえず、自営業の仕事を探すのが一番いいのだろうと思うが。

あと1年ちょっとくらいで非常勤講師が1年契約から無期契約に変更してもらえるので、それを避けるために非常勤講師切り捨てを画策している大学は少なくない。それはわかっていたので、執筆や翻訳の仕事を探さねば、と思っているのだが、昔ほどこういう方面に勘が働かなくなってる。若い頃のような柔軟さもなくなってきている感じだ。なんとかしないと来年度からは食べていけなくなる。

2016年11月10日木曜日

ヒラリーの敗因(追記あり)

1 女だから。

すでに言われてますが、黒人8年の次は女かよ、と思った人多いでしょう、特に白人男性。白人女性も多かったかもしれない。

2 ヒラリー自身があまり好かれてない。

これ、なんとなく感じてはいたんですが、マイケル・ムーアが何か月も前に書いていた。
ビル・クリントンの妻っていうのも二世みたいで、ブッシュ父の次はブッシュ息子みたいなやな感じ、しかも妻、ってのがあったのかもな。
ヒラリー自身も、よいこともしてきたけれど、あまりよくない面もいろいろあった模様。

アメリカは上院も下院も共和党が制し、これで大統領、上院、下院とトリブル勝利なのですが、実はトランプは共和党の政治家とは仲悪いらしい。
ふーむ、なんとなく小池百合子っぽいな。

都知事選の場合、鳥越俊太郎の敗因は、

1 年よりだから。
2 鳥越氏自身が実はあまり好かれてなかった。

そして、ヒラリーにしろ鳥越氏にしろ、リベラルだけど、こういう人は自分たちの味方ではないと思われたふしがある。

アメリカ初の女性大統領は、誰かの妻や誰かの娘ではない人でなければならないのだろう。オバマが政治家の息子ではなかったように。

そういえば、「シン・ゴジラ」を見たアメリカ人が、石原さとみ演じる女性に大統領になってほしいとか書いていたけど、彼女も政治家の娘なんだよね。

トランプはまあ、実際の政治は側近や官僚がやるだろうけど、まわりにちゃんとした人をそろえられるのかどうか。
トランプがいやだからヒラリーに、という人、そして、ヒラリーがいやだからトランプに、という人が多かったんじゃないだろうか。
そして、安全パイのヒラリーよりもわけわかめなトランプに票がいっちまったのか。
つか、日本もアメリカも差別的な暴言を吐く人が人気だというのがなんとも。
マイケル・ムーアが数か月前に出した警告の文章が実によく当たっていたのだけど、そのムーアも直前には、女性の大統領を迎える心の準備をせよ、などと楽観的なことを書いていた。どちらもハフィントン・ポスト。警告の文章はこちら。
http://www.huffingtonpost.jp/michael-moore/5-reasons-why-trump-will-win_b_11254142.html
上の記事でムーアもちょこっと、トランプの錯乱した指が核のボタンに触れたら終わりだ、と書いてますが、トランプは戦争起こす気がなくても押しちゃうんじゃないかという、そういう恐怖はありますね。
大学の映画の授業でスピルバーグの映画を続けてやってきて、次は「AI」にする予定だったけど、スピルバーグは今の映画で終わりにして、ここは核のボタンを押す恐怖を描いた「未知への飛行」に変更した方がいいかもしれない。

追記
ヒラリーの敗因は民主党支持者が投票に行かなかったから、というツイッターあり。
2012年、オバマ6590万票、ロムニー6090万票。
2016年、クリントン5930万票、トランプ5910万票(ブッシュがゴアに勝ったときと同じく、トランプは得票数は下回ったが、選挙人数で勝った)。
一方、トランプにはこれまで選挙に行かなかった層が投票したとの見方もあり、共和党支持者でトランプに入れなかった(棄権した?)人の分、そっちが増えたということなのか。
クリントンはオバマに比べ、得票数がかなり少ない。
クリントン圧勝という事前予想のせいだろうか。

2016年11月9日水曜日

無知の罪PART2:無知にさせておく罪

アメリカ合衆国。。。

ツイッターから

「まだどっちが勝つかわからないが「金は持ってねえが頭数はいるぜ層」をこれだけかっさらったトランプは凄いし、バカもエリートも1票は1票という民主主義の恐ろしさを思い知った。教育や格差是正に真剣に取り組まないと、国は傾くのだ」

イギリスのEU離脱とか、都知事選とか、前触れはすでにあったのだが、世界全体がFランク化。。。

無知な人をたくさん作って安く働かせたいエリートや富裕層が痛い目に合わないとだめかも。。。

昨日、「映画術 ヒッチコック/トリュフォー」というドキュメンタリーを見に行ったら、「未来を花束にして」という映画の予告編をやっていて、チラシも配っていたのだが、そこに、2016年は台湾に女性総統、初の女性都知事、そして初の女性アメリカ大統領、と書いてあって、すごい違和感を感じたのだが、
女性という共通点しか見ないFランクな考え。。。

2016年11月7日月曜日

無知は罪

神宮外苑の火災事故の件で、「無知は罪」という言葉が出ている。
子供がやっと入れるくらいの木造のジャングルジムにおがくずを入れ、そこに電球(LEDだと製作した学生は言っているらしい)を入れることの危険性に、製作した大学生たちも、学生を指導する立場の大学と教員たちも、展示を許可した主催者たち(東京デザインウイーク)も気づいていなかったこと。(追記 白熱電球の投光器を設置していたことがわかった。また、LED電球でも火災は起こるとのこと。)
その日本工業大学が偏差値38の、いわゆるFランク大学であること。
その製作物の説明の英文がひどすぎること。

最初からおかしいのだが、一番ひどいのが、
「私は素に戻りたい」を「I wont to return to nature」と書いている。
wontではなく、もちろんwantが正しい。
こういう間違い(中二の英語)に誰も気づかない、注意しない。
そこからすべてが始まっているように思える。
学生だけでなく、大学も主催者も無知なのだろう。

昨日は、「無知は無知のままにしておけ」という記事を書こうかと思っていた。
その前に「マンスプレイニング」という、男が女を無知と思い込んでいろいろ教えてやるという迷惑行為について書かれていて、私も人に教えてやるという上から目線をいやがられることが多いので、無知は無知のままほって置けばいいんだ、その方が平和なんだ、と心底思ったのだ。
私の場合、相手が本当に知らないので教えてあげようとするのだが、それでいつも迷惑がられる。
さすがに私も相手が迷惑なことにだんだん気づいてきたので、最近は余計なことを言わない、コメントしないよう気をつけている。

でも、あの展示を見た人の中には、これ、もしかして危険じゃない?と思った人もいたのではないか。実際、そばにいた学生に安全性について尋ねた女性がいたようだが、学生にせせら笑われたのでそれ以上何も言わなかった、とネットに書いてあった。
何か言ってトラブルになるより、無知は無知のままにしておけ。
たぶん、そういうふうな風潮があって、世の中がますます劣化しているのだろう。

相手を勝手に無知と決めつけて、という、教えてやる本人の方が無知をさらしているおせっかいは私はそれほどしていなかったと思うのだけど、でも、相手が本当に無知でも教えてやる必要はない、という考えになったのは比較的最近のことで、相手が迷惑がるから、というだけでなく、こっちが面倒になってきたからだ。
大学の学生に社会問題を扱った映画を見せる授業をしていると、学生の無知をたくさん知ることになるが、それをいちいち訂正している時間がないのだ。社会に対する学生の無知は本当に多くて、それを解決するにはそれ自体を目的とした授業をしなければならないだろう。
などと考えて、面倒だから無知は無知のままにしておけ、になってしまっている。

悲惨な事故やひどい事件はいろいろあるけれど、今回は大学とか大きなイベントとかが関係していて、無知じゃすまされない人たちが関わっていたのに、無知は罪を地で行く事故が起こってしまったことに愕然としている。

日本工業大学(東京工業大学ではない)。

日本工業大学が展示した素の家という木造のジャングルジムの中におがくずを入れて電球をつけたものが炎上し、5歳の子供が亡くなったという悲惨なニュースですが、

日本工業大学は、東京工業大学ではありません!

なんかすでに風評被害になっているらしい。

しかも、日本工業大学はHPを削除、キャッシュまで削除している?

なんなんだ、これは!

展示を許した主催者にももちろん罪はあるが、大学の対応はなに、これ?

もう怒りしかありません。

追記 HPにアクセスできた人もいるようで、アクセス殺到で表示されなかったのかもしれません。
今回の事故については、次のブログが参考になりました。主催者の東京デザインウィークの問題点を指摘しています。
http://musica-report.com/archives/565
追記2 上のサイトの564の記事のリンクを削除しました。
理由は、出展した大学生の氏名が追加されていたからです。
東京デザインウィークのサイトに記されていた氏名であり、すでにネットで拡散されているから実害はないとブログ主は書いていますが、彼らの中には責任の重い者もいれば軽い者もいるだろうし、未成年者と成人の両方がいるのは確実です。その区別もせずに氏名を書くことには反対です(というか、学生の名前を出すこと自体に反対)。
このブログ主は過去に出展した経験からこのイベントそのものを批判していて、それは有意義なのですが、それならイベントの過去・現在の関係者責任者の氏名を出すべきだと思います。学生の名前だけ出すのはおかしい。
565に続く566の記事も、このイベントが以前から燃えやすい展示を行ってきたことに写真入りで触れており、よい記事だと思うのですが、それだけに残念です。(当のブログ記事にコメントしたのですが、やり方がまずかったのか、反映せずに消えてしまいました。)



話変わって、今出ているキネマ旬報の評論家100人が選ぶ期待の映画監督特集に投票だけ参加しているのですが、この特集の記事の1つにとんでもない間違いがあったらしい(つか、あったのだが)。
ガス・ヴァン・サントとマット・デイモンが近作のすべてでコラボしているという間違いを書いてしまったらしい(じゃなくて、書いてしまったのだ)。
誤植とか誤記とか細かいミスとか記憶違いとかいうレベルを超えているので正直、驚いた。
筆者は一応、この業界では名前を知られた人。
この人が間違えたのか?
編集者は誰も気づかなかったのか?
それとも、別人が書いたの?
ちょっと、普通では考えられないミス。
まあ、刷り直しになった淀川長治本のような例がすでにあるのですが、それでも淀川本は時間切れとか校正係を雇う予算がないとか、いろいろ推測はできるのだけど、今回はなんか邪推したくなるような出来事です。

いずれにしろ、日本社会のあらゆる面で劣化が起こっているというのかな。
間違ったことやよくないことが支持されてしまう、という風潮も非常に多く目にします。