2015年6月8日月曜日

人生スイッチ

アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされたアルゼンチン映画「人生スイッチ」を見た。
6つの短編からなるオムニバス映画で、いわゆるスイッチが入ってキレてしまった人々のお話。
「めぐりあう時間たち」や「バベル」のように複数のストーリーが同時進行する映画とか、「ニンフォマニアック」のように主人公の経験する物語が短編集のようになっている映画とかとは違って、共通のモチーフはあるが、1つ1つは独立している短編が集まった映画がオムニバス映画。この種の映画でも、ある話の人物が別の話の背景にちらっと出ているとか、そういうつながりを入れたものもあるが、この「人生スイッチ」はそうしたつながりはいっさいない、いさぎよいくらい独立した6つの短編の集まりになっている。
第1話は、とある飛行機に乗り合わせた乗客がすべて、ある男に冷たい仕打ちをした経験があるとわかり、なぜ自分たちがここに、と思ったとき、飛行機が、という話。このアイデアだけで長編映画が1本できるくらいなのだが、監督はいさぎよく短くまとめ、タイトル前のイントロにしてしまっている。なんというぜいたく。
第2話は、客のいないレストランに入ってきた男が、実はウェイトレスの親の仇で、彼女はコックに相談。コックは太ったオバサンで、話を聞いて怒り、料理に猫いらずを入れて殺しちゃえ、と言って実行する。が、なぜか男は料理を食べても変化なし。で、このコックのオバサンが前科のある人で、このあと、トンデモな展開になっていく。6つの短編のうち、4つが文字通りのバッドエンドなのだが、第1話と第3話はあまり暗くないのに対し、第2話と第5話は結末が暗い。ただ、この第2話も第1話と同様、短い話で、最初のこの2つが前座のような扱いだろうか。
第3話は、ノロノロ運転のオンボロ車を追い越した男が運転手に恨まれ、という、スピルバーグの「激突!」と同じような設定で始まる。が、スピルバーグの映画と違い、この話では追い越した方も追い越された方もどちらもクレイジーで、壮絶なけんかが始まってしまう。そして結末はブラックユーモア。これはすごい。この第3話からあとはどれも長めのストーリーで、じっくり見せる。
第4話は一番爽快な話だと思う。結末もバッドエンドではない。主人公はビル解体のプロだが、駐車禁止でない場所に車を停めてレッカー移動させられるということが何度も起こる。そのたびに苦情を言うのだが、取り合ってくれない。どうやら役所とレッカー会社の間に癒着や利権があるらしい。主人公はまじめに抗議するのだが、相手にされず、それどころか会社をクビになるわ、奥さんから離婚を告げられるわ、そこでついに、というところで、何をするかは予想はつくのだけど、そのあとが予想外の展開。ネタバレはしないが、おそらくアルゼンチンではこの種の癒着や不正が多くて、国民は怒っているのだろう。
第5話もそうした社会悪が背景にあることを感じさせる内容。ひき逃げ事故を起こし、妊婦と胎児を殺してしまった金持ちの息子を、父親が守ろうと、弁護士や警察に金を握らせて、息子が逮捕されないようにしようとする。ここでかわされる会話が金の話ばかりで、人の命などどうでもいいといった感じなのだが、途中、息子と父親が強欲な連中に嫌気がさして真実を明かそうと思うところがある。だが、一瞬、良心を取り戻した親子も結局は金で解決の方に行ってしまい、そして皮肉な結末が来る。第5話も金のからむ癒着や不正を背景にしているという点で、この2つが後半の核になっているのはなかなかに秀逸。
そしてトリを飾る第6話は、結婚披露宴に新郎の愛人がいるのを知った新婦がキレて、パーティは大混乱というお話。これもまた現実にありそうな話だけれど、それが現実にはありえないようなすごい展開になっていく。そして、そのすごい展開が、最後に予想外の結末に。バッドエンドにしかなりえない話がなぜかバッドエンドにならないという、これはまさに南米的なカオスの世界。
というわけで、ひたすらネタバレなしで書いてきたけれど、6つのストーリーがバラエティに富んでいる上、その構成もすばらしい。アルゼンチンでは「アナ雪」の2倍ヒットというのもわかる。アルゼンチン人でなくても十分面白いのだけど、アルゼンチン人ならさらに面白いのだろうなあ、と思わせる、奥の深い映画です。