2026年9月20日日曜日

「情事」レア・マッサリの存在感

 ミケランジェロ・アントニオーニといえば、愛の不毛、モニカ・ヴィッティ、そのアンニュイな表情。

そのアントニオーニの日本初公開作2本を含む作品上映が行われていて、見逃していた「情事」を見る。

アントニオーニといえば、中学生のときにテレビで「太陽はひとりぼっち」を見たのが最初で、これはすごく魅了された。その後、「さすらいの二人」「ある女の存在証明」「愛のめぐりあい」はリアルタイムで見てるが、旧作はレンタルDVDで「欲望」を見たくらいだった。「太陽はひとりぼっち」と「欲望」は好きなんだが、積極的に未見の作品をレンタルなどして見ようとはしてなかったのだな。

やっぱり、私にとってはちょっと苦手なイメージのある監督で、それは「情事」も141分と長いせいもあって、どうも入り込めない感じがつきまとった。

しかし、最後まで見ると、これはすごい。

メインタイトルでモニカ・ヴィッティの次にレア・マッサリの名前が出てきて、ああ、レア・マッサリが出てるのか、と思ったら、行方不明になる令嬢アンナの役。アンナと恋人サンドロ、そして親友のクラウディア(モニカ・ヴィッティ)の3人が最初からちょっと奇妙な関係で、アンナは恋人のサンドロだけでは満足できず、親友のクラウディアもそばにいてほしいみたいな、そんな3人1組のような関係。この3人が仲間たちと海に繰り出し、小島でくつろいでいるときにアンナが行方不明になる。

アンナを探すうちにサンドロとクラウディアが恋に落ちてしまうが、2人の心の中には常にアンナがいて、2人だけの世界になれない。

アンナが行方不明になったあと、クラウディアはアンナからもらった服を着たり、アンナのような黒髪のかつらをかぶったりする。そして、サンドロは、アンナのような黒髪の若い女と浮気、というか、買春をしてしまう。クラウディアはアンナになろうとしているかのようであり、サンドロはクラウディアを愛してもどこかでアンナを求めているかのようだ。

アンナが行方不明になる前のシーンでは、レア・マッサリの存在感が際立っている。金髪でおとなしい雰囲気のモニカ・ヴィッティに対し、黒髪のレア・マッサリは気が強く、眼力があり、そのしかめっ面が周囲を圧倒する。レア・マッサリのアンナが退場したあとも、アンナの存在は残り続ける。

金髪のモニカ・ヴィッティと黒髪のレア・マッサリを見ていると、ヒッチコックの「鳥」のティッピ・ヘドレンとスザンヌ・プレシェットを思い出したり、クラウディアがアンナの服を着たり黒髪のかつらをかぶったりすると同じヒッチコックの「めまい」を思い出したりしたが(「情事」は「めまい」と「鳥」の間に作られた映画だが)、金髪の女性と黒髪の女性のモチーフは昔から文学にもあるもので、アントニオーニの描き方はそうしたクリシェイではまったくない。

サンドロとクラウディアの間には常に行方不明のアンナがいる、ということも、よくあるパターンでは描いていないので、最後の最後にそのことの大きさに気づかされるみたいな、そういうすごいラストだった。

見たのは柏市のキネマ旬報シアター。が、19日は柏駅周辺で柏まつりというのをやっていて、歩くのもままならないほどの大変な混雑だった。映画館はいつもどおりの静けさだったけれど。


ロビーに「情事」の公開時のパンフレット(復刻版?)が置いてあって、館内で読むことができる(持ち出しは禁止)。




ネットで調べたら、レア・マッサリは昨年、91歳で亡くなり、モニカ・ヴィッティは4年前に90歳で亡くなったことを知った。どちらも日本での公開作はあまり多くなかったようだけれど、私が10代の頃にはどちらも活躍中だったのを思い出す。

2026年9月19日土曜日

「モネと時間旅行」(ネタバレ大有り)

 とても楽しみにしていた「モネと時間旅行」。「新凱旋門物語」で音響と映像がよかったヒューマントラストシネマ有楽町までわざわざ出かけたのだけど、なんかすごくがっかり。



こういう過去の有名人や芸術家を都合よく利用したフィクションがそもそも嫌いなんだけど、モネのファンはこの映画を見てどう思うのだろう。満席に近い観客はほとんど女性だったが。

というわけで、これからはネタバレ大有りでどこが気に入らなかったかを書いていくので、差し支えない人のみ、どうぞ。この映画が好きな人は読まない方がいいかもです。

2026年9月13日日曜日

「オデュッセイア」と食欲の罪

 IMAXの入場者特典でもらったポスター。画像はヒューマックスシネマのサイトからスクショ。


この巨人に向かっている後ろ姿の人物(オデュッセウス)は、実はスタントウーマンであることがネットの記事に出ていた。巨人との身長差を強調するために身長150センチの彼女が選ばれたとのこと。そして、むきだしになった二の腕の美しさについて書かれていた。

というわけで、マット・デイモンのスタントが女性だった、という話なのだけど、この映画、戦争の悲惨さ残酷さを描いているのに女性に対する性加害はまったく描かれていないのね。唯一、キルケーのセリフの中にそれが出ている程度。

そのかわり描かれているのが食欲。この映画のモチーフは実は、

食欲は恐ろしい

ってことじゃないのかな、と思った。

オデュッセウスがなかなか戦争から帰って来ず、王が不在なので王妃に結婚を迫る求婚者が城に居座って宴会しているシーン。具体的に何を飲み食いしているのかはほとんど描かれてないという会食シーンなんだが、他のシーンでも兵士たちが食べるものはあまり詳しく描かれないか、キルケーのシーンのようになんだか気持ちの悪いものを食べている。

オデュッセウスたちが食糧を求めて羊のあとを追うと、洞窟の中にチーズがたくさん吊るしてある。持ち主が来たらこれを譲ってもらおうと待っていると、一つ目の巨人が来て兵士を捕まえて食べてしまう。チーズを盗んでさっさと逃げてればこんなことにはならなかったのだが、持ち主に譲ってもらうにしてもかわりに渡せるものはないわけで、結局、持ち主を脅して奪う強盗じゃねえの? だったら盗んで逃げた方が、と思ったのは私だけか?

国に帰ろうと航海を続ける彼らにはとにかく食糧がない。上がった岸に女性がいて逃げようとするが、兵士が捕まえて「乱暴はしない、何か食べさせてくれ」と頼む。女性は魔女キルケーで、兵士たちに食べ物を出すと、食べていた兵士が豚に変わってしまう。このときの兵士たちの食べ方が汚い上、食べているものがまた気持ち悪い。キルケーは彼らを豚にするとき、「本来の姿になれ」と言う。彼女にとって、兵士たちは豚なのだ。オデュッセウスは別行動していたので、豚にされずにすみ、キルケーを説得して彼らを人間に戻す。キルケーは過去に兵士たちによって姉とともにレイプされたようだ。

オデュッセウスと兵士たちが別の岸に上がると、そこには後ろ姿の人物が立っている。振り向くと身長は大人なのに顔は子ども。食糧が欲しいだけだ、という兵士たちから子どもは逃げ、その先から鎧に身を固めた巨人の軍勢がやってくる。オデュッセウスたちは命からがら逃げる。ここでも食糧を求めてやってくる兵士たちは、そこにいる人々にとっては敵なんだね。

オデュッセウスたちは神々の牛がいる陸地に着く。牛を食べると呪いがかかるので植物と果物しか食べないと兵士に約束させて上陸。が、オデュッセウス以外の兵士たちは結局、肉を食べたいという欲望に勝てず、牛を食べてしまう。

これでオデュッセウス以外の兵士はみんな滅びて、彼だけが生きてカリプソの島にたどり着く(時系列が入り乱れているので、故郷の城の宴会シーンとカリプソのシーンは早い段階から何度も出てくる)。カリプソは蓮の花を食べさせ、これで過去を忘れていい気分になったオデュッセウスは故郷に帰れなくなる。

戦争にはつきものの女性に対する性加害がこの映画ではキルケーのセリフの中に少しあるだけで描かれない、と書いたが、

食欲が性欲や征服欲のメタファーなのは言うまでもない。

宴会に集まった求婚者は王位をねらうために王妃ペネロペのからだを奪おうとしている。その欲望の報いがクライマックスだ。

そもそも、トロイ戦争の発端は、美女ヘレネーに横恋慕したパリスが彼女を奪ったからで、性欲が原因なんだわ。そういや、アーサー王も父親が人妻に横恋慕して奪って生まれた子どもだたったね。つながりはあるんだな。つか、昔話にはよくあるモチーフなんだろうけど。

キルケーも巨人の軍勢も、侵入者は略奪やレイプをする敵だと思っている。オデュッセウスの部下たちは食べ物だけを求めていて、決して女性に手出ししないが、普通はそんなことありえないわけでね。

カリプソの差しだす蓮の花をオデュッセウスが食べるのも、2人の性交のメタファー。こちらはカリプソの方が誘惑しているのだが。

というわけで、上に上げたエピソードは全部、

食欲が略奪や性加害のメタファーになってる。

この映画は戦闘シーンにも残虐描写はないし、女性への性加害はおろか、性的な描写もない。(当初、見間違いであちらではGだと書いたが、Rだった。Rにしてはかなりおとなしい印象なのだが、バイオレンスと言葉の一部が引っかかったらしい。)

ゼンデイヤ扮するアテナが航海中のオデュッセウスにつきまとう亡霊のようになって出てくるが、生きていたときの彼女がクライマックスの戦闘シーンで登場する。ここも性加害ではないのだけど、それを連想させるよね。

アテナの亡霊がオデュッセウスにつきまとっているのは、彼女が彼の守護神みたいになっていて、上に書いたエピソードでも兵士たちが誘惑に負けてもオデュッセウスだけは負けない。もうそれだけで、オデュッセウスは英雄なんだ、と映画は言っているようだ。それに、カリプソに誘惑されても結局、妻を思い出したしね。

でも、トロイ陥落のシーンを最初と最後で別の視点で見せることで、オデュッセウスたちは侵略者でしかないという現実を見せつける。そして、オデュッセウスはその現実を思い知る。

戦闘能力ゼロのロバート・パティンソンの悪役。権謀術数に長けていそうにも見えないので、こんなのが王になってもすぐに滅ぼされるだろ、と思ったが、ノーランはこの映画では個人に悪を象徴させていないのね。悪は個人じゃなく、戦争全体にある、という感じか。「インソムニア」の殺人犯や「ダークナイト」のジョーカーとか、個人に悪を象徴させる映画はあったけれど、全体として、そういうのはノーラン的でないのだな。「ベン・ハー」や「グラディエーター」のように主役に負けない魅力と強さを持つ悪役を登場させ、クライマックスで対決させる、という手法とは真逆の手法なのだ。

というわけで、さすがノーランらしい工夫が物語にもあることがわかったのだけど、映画全体としてはちょっと散漫な印象で、取り出せばこういう面白さがある、という程度かな。

2026年9月12日土曜日

久々IMAXで「オデュッセイア」

 しばらく前からIMAXは疲れるし、料金も値上げしたので、通常上映を選ぶようになっていたのだけれど、「オデュッセイア」は通常が朝と夜しかないので、クリストファー・ノーランが全編IMAXで撮影したというからIMAXで見てみるか、と予約。

が、平日の金曜のせいか、あまりにも予約が少ない。近隣のTOHOのIMAXもあまり予約されてない。IMAXのないMOVIXは最大箱をあてているが、予約少なすぎる。大丈夫か、この映画。

しかし、IMAX先行上映は「マイケル」の先行を超える入りで、ロケットスタート、とか景気のよいニュースも出てるんだが。


で、映画なんだけど、正直、私はもうクリストファー・ノーランはいいかな、と思ってしまった。

前作「オッペンハイマー」も世間ほどには私は評価してなかったんだが、それでもつまらないってことはなかった。が、今回は、うーむ。

原作は読んでいないけれど、どういう話でどういう人物が出てきて、というくらいはおおざっぱには知ってる。だからいろいろな人物が出てくると、ああ、あれだ、とわかる。でも、なんか、面白くない。

時系列は入り乱れてはいるけれど、かつてのノーランの映画のようなわかりづらさはまったくない。でもさ、長いのよね。他のノーランの映画も長かったが、長いと感じてしまうことはこれまでなかった。これ、いつまでやってるの、いつ終わるの、と何度も思った。

古代ギリシャの叙事詩の現代的解釈も、まあ、今映画化したらこうなるよね、という域を出ない。

IMAXだから映像と音響はすごいし、役者もみんないいのだけれど。

でもまあ、ロッテントマトの評価もすごく高いし、かなり好きになる人もけっこういるようだし、IMAXの迫力だけで満足する人も多いようだから、それはそれでいいのか。

とりあえず、突っ込みたくなったところ3つ。

1 一つ目の巨人のビジュアル、ひどくないか?

2 ロバート・パティンソンの戦闘能力がゼロ。

3 ラストはアーサー王伝説のパクリでは?

なんだろね、ギリシャ神話っぽくないというか、もっとあとの時代の感じが入っちゃってる気がして、ギリシャ神話をリアリズムでやるとこうなる? でも怪物や魔女は出てくるんだよね。

見ていて、ちょっと、ジョン・ブアマンの「エクスカリバー」っぽいかな、と思ったのだけれど、それがラストのアーサー王伝説ふうのにも表れていて(アーサー王は悲劇だけど、こちらは違うが)、アーサー王はキリスト教とつながるのだが、この「オデュッセイア」もどうもキリスト教的なものが入ってしまってる感じがして、そこが古代ギリシャと違う、まがいものな感じがしてしまうのだが。古代ローマならキリスト教出てきてもいいんだけどね。

2026年9月8日火曜日

中山競馬9月開幕

 4月の皐月賞以来、長い間レースがなかった中山競馬場。例年なら夏は涼みに行ってモニター観戦するところ、今年はあまり暑くなかったのと、6月から都心へ行くついでに後楽園で馬券買っていたので実に3か月ぶり。

いつものように馬場内エリアに行って正面スタンドの写真を撮り、ターフィショップの馬の写真を撮り、スタンドへ。





7レースが始まるところ。黒い雲が垂れこめているが、このあとどんどん晴れていく。


8レースのパドック。南アフリカでG1を制し、JRA初の短期免許で来日中のミカエル・ミシェルと、オークスでG1ジョッキーになった今村聖奈が騎乗するので、G1女性ジョッキー対決を楽しみに、1番人気の今村を単勝で、人気上ではないミシェルを複勝で買う。実はこの2人でワイドも考えたのだが、買わずに大後悔。



結果は写真の先頭の馬が1着、2番目を走るミシェルは3番目の今村に最後抜かれて3着、今村2着。でも、ミシェルの複勝はそこそこの値段になったので、全滅したメインレースの馬券代合わせてもこの日の馬券代は回収できた。


久々にウマジョスポットに入る。


最後に入ったとき、スマホがないとアンケート用紙をもらって書かないとドリンクがもらえず、そのアンケートが項目が死ぬほど多くて、面倒なので以後、入らなかったが、今回は入口でスマホがないと言うとアンケート用紙を渡してもらえ、項目もすごく減っていたのでよかった。でも、スマホがないなんてのは私だけみたいで、というのも、ウマジョスポットは若い女性かせいぜい若めの中年女性なので、私のような年寄りはいないのだ。

ウマジョスポットに入っていたので9レースは見逃し、10レースが始まるところ。外側のコースの一番遠いところからのスタート。



メインレース、京成杯オータムハンディキャップのパドック。武豊のエコロブルームは馬券内来そうだなと思ったのだけど、人気上位だと複勝のうまみがないのでルメさんの人気上位馬とワイドにしたら、なんと、ルメさん最下位。エコロブルームは2着だったのに。勝ったのはエコロブルームの向こうにいるピコローズで、エコロブルームの手前のファンダムは競ゆ(競馬ゆっくりというYouTuber)イチ押しだったけど、さすが逆神で4着。競ゆはこの土日、逆神パワー炸裂で、全部はずしてました。





スタート地点は芝生エリアから見るとこんな感じ。


ミシェルはこの土日、2日とも中山で重賞に騎乗したのだけれど、結果は出せず。土曜の京成杯、せっかく有利な内枠でスタートしたのにこんな感じで大外ぶん回しで、日曜の紫苑ステークスも同じような騎乗で、彼女はこの2日でかなり信頼を失ったようだ。どちらも馬券内をねらえたはずなのに。特に紫苑は3着か4着で雲泥の差、3着なら秋華賞に出られるのにそのチャンスをふいにしたんだが、JRAだと4着でも騎手は大儲けで、世界の競馬では中東以外でこんなに儲かるのは日本だけなんだとか。ミシェルは通年免許の試験に毎年挑戦していて、応援したいと思っていたのだけど。


メインレースが終わる頃には青空が広がる。


地下では武豊の騎手人生40年の特集が。





こちら側は人が多くて写真があまり撮れなかった。



来たときはターフィショップのこの展示の前に親子が座っていて写真が撮れなかったので、帰りに。帰るお客さんの姿がガラスに映っている。


JR東日本の大幅値上げで船橋法典までの電車賃が高くなってしまい、それもあって都心の用事のついでに後楽園で馬券を買うようになってしまったのだけど、馬券を買うだけの後楽園と違ってやっぱり競馬場は楽しい。今月は入場料無料デーが2日もある。