カフカの原作をオーソン・ウェルズが映画化した「審判」のリバイバル上映。行った映画館は1週間しかやらないのでけっこう混んでいた。
カフカは昔、「変身」を読んだだけで、他は読んでいないのだが、映画は映像がすごい。うずたかく積まれた書類の束や椅子、ユーゴスラヴィアで撮影されたいかにも東欧な風景、窓ガラスの一部がなくなっているので、窓のこちら側と向こう側が交互に見えるシーン。オーソン・ウェルズはやっぱりすごい、と思った。「市民ケーン」よりこっちの方が好きだ。「市民ケーン」は確かに完成度は高いんだろうが、難解と言われるわりにはきちんと見れば理詰めでわかる。この映画はわからない。そこがいい。(内容については原作を読んで勉強します。)
原作と比べてケチをつけているブログが検索のトップページに出ていて、カフカとウェルズが合わないだの、結末が違うなどと書いていたが、何言ってんの、こいつ、思っていたら、公式サイトにカフカ研究者の言葉が出ていて、もともとカフカの小説の多くはメモのように残されたものを死後に編集者がまとめたので、カフカが本当に作り上げたかった作品なのかは疑問らしい。結末についても、原作の結末が本当にカフカの意図した結末なのかどうかわからない、みたいなこと言っている。また、映画は1960年代の社会を表しているからそこを見ないといけない、とか、ものすごくまとも。
東西冷戦期の東欧の雰囲気がよく出ているし、俳優たちがアメリカ人っぽくないのもいい。女優はジャンヌ・モロー、ロミー・シュナイダー、エルサ・マルティネッリと、仏独伊。アンソニー・パーキンスは、ジョゼフ・コットンが若かったらコットンだったんだろうな。そして弁護士役のウェルズ。
そしてさらにこの映画は、21世紀の現代すら予言している。ものすごく広いオフィスでタイプライターをたたいている多数の事務員たち(同じような映像がビリー・ワイルダーの「アパートの鍵貸します」にもあった)。彼らが一斉に部屋を去ったあと、パーキンスは巨大なコンピューターのところへ行く。コンピューター、すなわちAIが事務員たちを追い出していくのを予言したような風景。
ウェルズは、この映画はカフカの原作に基づくのではなく、インスパイアされたものだ、とインタビューで語っているが、まさにそのとおりで、時代を変えたりコンピューターを出してる時点で、それはもう変奏なのだ。とにかく映像とセットがすごい。最後は俳優名をウェルズが読み上げ、自分は弁護士を演じて監督をしたと言って映画は終わる(文字なし)。トリュフォーの「華氏451」のメインタイトルのようだ。
映画館ではクラウドファンディングで映写機を新しくしたそうで、それを記念する旧作上映が。
金曜日公開の「真実と反逆」は試写で。
第二次大戦中、ナチスを告発する文書を配った少年たちの実話で、同じようなことがもっと早い時期に大学生たちがやって死刑になっているのだが(白バラという名で知られる)、白バラは裁判をしてその日のうちに処刑してしまっているけれど、こちらはそんなことはなく、主犯の16歳の少年を死刑から免れさせようとするナチスの男がいたり、少年たちの主張に秘かに共感しているらしいドイツ人もいたりする。映画のテーマが、真実を語ればそれに応えてくれる人々が現れ、それで世の中が変わる、というもので、16歳の少年はその信念で行動していたのだが、現実はそうなっていない。しかし、最後に監督が観客に対して真実を伝えてほしいというメッセージを話す場面があって、その趣旨はわかるんだが、疑問もある。
この映画はドイツがかかわっていない。アメリカとリトアニアの合作で、せりふは全部英語。ドイツなのに英語なのがまず違和感あったが、ドイツ映画だったら、こんなに単純にナチスやドイツ人にも心ある人がいました、みたいな描写はしないと思う。一時、ドイツでそういう映画が次々と作られて批判を浴びたそうだ。
そして、大学で映画の授業をやっての経験だが、今の日本の若い人々はこの映画を見て、真実を伝えて社会を動かすことをよいとは思わないだろう、余計なことをせずに黙ってやり過ごすのが正しいと思う人が多いのではないか、と思わざるを得ないのだが……そうでなければよいのだけど。



