試写報告第4弾は、ホーキング博士夫妻の実話の映画化「博士と彼女のセオリー」。アカデミー賞にもノミネートされており、ゴールデン・グローブ賞ではホーキング役のエディ・レドメインが主演男優賞受賞。
ホーキングはケンブリッジ大学の学生だったときに同じ学生のジェーンと知り合うが、突如、難病を発病。余命2年と診断される。しかし、ジェーンの愛は強く、周囲の不安を押し切って2人は結婚。子供も生まれ、ホーキングは博士号を取り、車椅子生活を余儀なくされるが、物理学者として研究を続ける。スタップ細胞で日本では「ネーチャン」と揶揄されたあの「ネイチャー」の表紙を飾り、余命2年どころか70代の現在も健在とか。
映画はホーキングが時間の研究をしていたことから、余命2年という時間が実際には長い時間になったことをからめて、時間をキーワードにしている。が、物理学の話は少ない。
映画の前半は正直いって、凡庸なメロドラマのように感じられたが、ホーキングが不自由な体で物理学の研究を続けて成功し、私生活では3人の子供に恵まれるが、妻のジェーンはホーキングの世話で疲れ果ててしまう、というあたりから月並みな話ではなくなり、面白くなる。
(このあたりからネタバレ注意)
子供が2人生まれたあと、夫と子供の世話で疲れ果てたジェーンは、母から教会の聖歌隊に入って気晴らしをすることを勧められる。そこで出会ったのが、聖歌隊の指揮者のジョナサン。彼はホーキング一家の友人となり、ボランティアのヘルパーのようなことをして一家を支える。ジョナサンは妻を白血病で失い、子供もいないことから、ホーキング一家の家族の一員のようになったのだが、ジェーンが3人目の子供を産んだとき、父親がジョナサンではないかと疑われる。実際、ジェーンとジョナサンの間には淡い恋心もあり、結局、ジョナサンが身を引くことになる。
一方、ホーキングは肺炎で呼吸困難になり、人工呼吸器をつけるが、声が出なくなる。ジェーンは文字盤を使って夫とコミュニケーションをとろうとするが、うまくいかない。そこで専門家の介護士の女性に来てもらうのだが、この女性エレインの方がホーキングと心を通わせるようになり、ジェーンは疎外されてしまう。
ホーキングを演じるレドメインの演技もすごいのだが、ジェーンを演じるフェリシティ・ジョーンズの、特に後半の演技が見ものだ。ジェーンは敬虔なキリスト教徒で、無神論者のホーキングとは最初からそのことでちょっと対立するのだけれど、敬虔なキリスト教徒なだけあって、ジェーンはちょっとまじめすぎるというか堅物タイプの女性のような気がする。ホーキングの世話で疲れてしまうのも、おそらくまじめすぎるからだろう。そんな彼女が聖歌隊で出会ったジョナサンとの間に淡い恋心が生まれるが、まじめな彼女は夫を裏切るようなことはしない。ホーキングとジェーンとジョナサンの関係は映画ではあまり深く追求されていないが、不思議なトライアングルだ。ホーキングもジョナサンを受け入れている。
そのジョナサンが去り、ホーキングが声を失ったあとに現れるエレインは、ジェーンとは正反対の女性だ。部屋に女性のヌードで有名な「ペントハウス」があるのを見て、男性なら見たいのは当然よね、と言ってホーキングの前にページを広げる。ジェーンのようなまじめな堅物ではなく、ユーモアもあるエレインの前で、ホーキングはジェーンの前では見せたことのないお茶目な様子を見せる。
実際、ホーキングがお茶目になるのはエレインが現れてからなのだ。ジェーンの前では見せたことのない彼がいる。そして、しだいにジェーンもそれに気づき、2人の関係が、いや時間が、終わりに近づいたことを知る。「2年と言われたのに、ずいぶん長い時間がたった」というようなセリフを2人がかわすが、ここがこの映画の肝だろう。
ジェーンはジョナサンと再会し、ジェーンとホーキングは別々の道を歩むが、クライマックスはまだ離婚していない2人が再会してエリザベス女王に会い、その後3人の子供たちとすごす光り輝くシーンだ。
脇役では、ホーキングの指導教授役のデイヴィッド・シューリスがいい味を出している。
監督はアカデミー賞受賞のドキュメンタリー「マン・オン・ワイヤー」の、というよりは、私にとっては大好きな「シャドー・ダンサー」のジェームズ・マーシュ。演出は「シャドー・ダンサー」の方がキレがあってよかったけどね。