2026年10月5日月曜日

赤トンボ

  ベランダに来た赤トンボ。



腰痛、なかなか治らなくて困る。エアコンのフィルターの掃除をして今季終了にしたいのに、高い脚立に載ってフィルターを取り出すのは危険。とりあえず、先日の天気のいい日に2時間送風だけしておいた。あと、あちこち掃除しないといけないのにまったくできない。大掛かりな断捨離も考えていたのに。

今年は気温が低く、例年なら10月上旬はまだ夏日の日もあって暑かったのに、今年は寒いくらいで、冬物を出さないといけない。が、これまた腰に負担がかかる。

今週末は上野動物園の夜間開催なのに、行けるかな。

2026年9月29日火曜日

ロキソニンとロキソプロフェン

 ドラッグストアへロキソニンを買いに行くと、ロキソニンとロキソプロフェンが並んでいる。ロキソニンは東京の第一三共ヘルスケア株式会社。ロキソプロフェンは佐賀県の大石膏盛堂。どっちも成分は同じなんだろうけど、ロキソニンの方が大手で、値段も高い。最初に買ったのがロキソニンSだったので、その後もこれを買っているが、今回の腰痛、ロキソニンだけではかなりきつい、ってことで、ロキソニンの湿布を買いに行ったら、ロキソプロフェンの湿布が安かったので、買ってきた。

しかし、貼ってすぐに鼻がスースーしてなんか薬臭い。もしかしてアナフィラキシーかな、と思ったが、2度目からはあまり気にならなくなった。しかし、効いてるのは2時間くらいで、そのあとは効果なし?

とりあえず、湿布を貼ってしばらく我慢、その後、飲み薬を飲んでいるのだけれど、今回の腰痛、どうやら仙腸関節炎というものらしい。

たぶん、過去にやった2回のぎっくり腰もこれだったんだろうけど、2回とも、突然激痛が走り、そのあとはその場所だけが痛んでいた。が、今回は痛みがあちこちに出てるのだよね。

でも、調べると、仙腸関節炎ではいろいろな場所に痛みが出るようで、だいたい合ってる。

今回は最初は鈍い痛みがあるなという程度で、その後、変なストレッチをやったせいもあってか、だんだん痛みが広がり、そして痛みがどんどん強くなって、今ではぎっくり腰と同じ痛み。それが1か所じゃないので困る。ロキソニンを飲むと痛みが和らいで日常生活は送れるが、効いている時間がだんだん短くなっているようだ。

まだ病院へ行くほどではないけど、この病気を扱う整形外科が市内にあるかどうか調べておいた。電車に乗らないと行けないな。

40代後半から60代はじめまで水泳中毒で平泳ぎばかりやっていて、そのときに腰骨のあたりが時々痛んでいたけど、あれも軽い仙腸関節炎だったようだ。あと、座卓で畳に座る生活なので、長年悪い姿勢をしていた。そんなこんなで今の状態になったのだな、と納得。

これまでは最初に激痛があって、そのあとだんだん治っていくのに、今回は最初は鈍い痛みで、それからだんだんひどくなるので、まだ治っていく段階ではなさそうなのだ。

というわけで、散歩も行けず、映画も行けず、だけど、先週、近所の公園の彼岸花を見てきた。もう花は半分くらい枯れかかっていたが、アゲハチョウが1羽いた。



実はクロアゲハが10羽くらいいたんだけど、そっちはきれいな写真が撮れず。

仙腸関節炎は女性に多いそうなので、みなさまもお気をつけて。

2026年9月27日日曜日

腰痛と新米とロキソニン

 1週間ほど前に腰に痛みがあり、それはそんなにひどくなかったのだけど、変なストレッチをやったせいで、その後、ぎっくり腰のような激痛に見舞われるようになった。

先週金曜は有楽町へ「モネと時間旅行」を見に行き、土曜は柏へ「情事」を見に行ったが、その時は特に腰に違和感はなかったと思う。が、どうも土曜の夜あたりで腰に痛みを感じるようになったのかな?

日曜と月曜に変なストレッチをやったら、最初に痛みを感じた場所とは違うところ、というか、かなり広範囲で激痛を感じるようになった。特にひどくなったのが水曜日で、ぎっくり腰と同じような症状に。

ぎっくり腰といえば、15年前に引越したフローリングのマンションで床にマットレスと布団を敷いて寝ていたら初めて経験。そのとき、病院で処方してもらったロキソニンが効いたので、以後、ぎっくり腰ならロキソニン、となっている。当時はまだロキソニンは市販されてなかったが、その後、市販されている。

2度目にぎっくり腰になったのはそのマンションから引越しした直後で、このときも病院でロキソニンを処方してもらった。

どちらも寝ている状態から立ち上がるときがものすごくつらくて、立ち上がってしまえばそれほど痛くない。階段を降りるのがちょっとつらいが、上るのは無問題だった。

マンションを出てからはずっと畳生活で、ぎっくり腰になったことはなかった。4年前、腰の肉離れを起こして、このときは2020年のコロナ禍で高熱を出した時に備えて買っておいたロキソニンS(この頃には市販されていた)を飲んだら効いたので、これを何度か買ってしのいだ。

今回は、最初、腰の筋肉が傷んだときは、4年前の肉離れの軽いやつかなあ、という感じで、あまり気にしてなかったんだが、ストレッチやったあとにきたぎっくり腰みたいなのはどんでもなく痛い。ぎっくり腰というのは急性腰痛のことで、どこが傷むのかはいろいろあるようだ。今回は以前のぎっくり腰とは少し違う感じなのだけど、痛みの範囲が広い。ストレッチで相当あちこち痛めたのだろう。

とりあえず、ロキソニンは効く。飲んでれば痛みはほとんどない。が、薬が切れると大変。強い薬なのでできるだけ飲みたくないのだが、飲まずに我慢してると横になったら立ち上がるのに相当苦労する。やせ我慢せずに飲んだ方がいい。

で、昨日は米を買いに行かないといけなかったので、お昼頃、雨が小やみになったのを見て、OKストアへ買いに行った。

毎年、8月下旬になると、近所のスーパーにふさおとめの新米が並ぶ。去年も一昨年もこれを買っていたが、今年は8月上旬に米を5キロ買っていたので、8月下旬にはまだ米が十分にあった。ふさおとめ、好きなんだけどなあ、と思いつつ、買わずにいたのだ。

そして9月下旬、ついに米を買うときがきて、ふさおとめはまだ並んでいたけど、無洗米だと値段が税込み3000円超える。いつも食べてるOKの秋田県産あきたこまちは去年のだけど、今、2800円くらいになってる。無洗米じゃなければもっと安い。会員価格だとさらに安い。OKは千葉県産コシヒカリの新米の無洗米じゃないやつが会員価格だと2300円くらい。会員じゃなくても2400円くらいで買えそう。

とうわけで、スーパー見比べて迷っていたけど、いよいよ買わないと米がない状態になるので、昨日、まだロキソニンが効いていて痛みがなくて、なおかつ雨が小康状態のときにOKへ。行って見たらなんと、千葉県産コシヒカリ無洗米の新米が、税込み2500円台(会員価格だとこれより100円くらい安そう)。迷わず買いました。これです。画像はヨドバシだけど、税込み3800円だったよ。


売り場には6、7袋しか置いてなくて、昼頃行ったから買えたけど、夕方だったらもう売り切れていたかもしれない。

最近、年だなあ、と思うのは、この5キロの米を袋に入れて片手で持って徒歩10分くらいの自宅に帰るのがかなりつらいこと。エレベーターのない4階まで階段を上がるのは全然平気。でも、5キロを片手で持って歩くのがけっこうつらい。途中で1回、休んでしまった。腕の筋肉を鍛えないと。

でも、OKのレジ係の女性、私より少し若めの人だったが、かごからかごに5キロの米を移すのがすごく大変そうだった。両手でも持つのが大変なのか、とかなりびっくりした。両手なら私は楽勝だよ。両手で抱えて持って帰れば楽だったと思うけど、腰を痛めているときはちょっと無理。

2026年9月25日金曜日

読書:「ヴェリティ」&「白鳥とコウモリ」

 映画化で話題のコリーン・フーヴァー著「ヴェリティ」と東野圭吾著「白鳥とコウモリ」。

「ヴェリティ」は映画公開がまだ少し先のせいか、すぐに借りられた。「白鳥とコウモリ」は予約が33人くらいだったけれど、市内の図書館には蔵書が17冊もあったので、実質2番目くらいだな、と思って予約。1か月くらいで借りられた。

「ヴェリティ」はねえ、ちょっと、あんまりおもしろくなかったです。ロマンス小説なので、頻繁に女性目線の性描写があって、これが私は苦手。で、ストーリーの方もそんなにおもしろくなかった。アメリカはロマンス小説が非常に盛んで、ファンが多いようだけど、日本ではそれほどではない気がする。


「ヴェリティ」は映画が東京国際映画祭で上映されるというので、図書館での予約が増えているようだ。私が借りたときはそんなでもなかったのだが。ていうか、入っている図書館がすごく少ない。


「白鳥とコウモリ」は、ラノベと言われている東野圭吾作品だけど、確かに人物描写が薄く、会話とストーリーで話が進んでいく。映像化前提で、人物の掘り下げとか背景描写とかは映画やドラマにお任せ、なんだろうなって感じはした。

しかし、加害者の家族の問題は「手紙」に通じるし、(ネタバレ)子どもの邪悪な面とその背景は「白夜行」に通じるかもしれない。

とりあえず、じっくり読まなくても筋書きだけ追っていけばいい感じの小説なので、500ページ以上あったけどあっという間に読めた。確かに筋書きはうまい。

「白鳥とコウモリ」映画化のキネ旬の星取り表を見ると、3人の評者のうち、2人は原作を読まずに映画を見ていることが明らか。もう1人はしっかり原作を読んでいるのがわかる。原作を読んでいない人の評は、映画化についての評とは言えなかったり、ちょっと変だったり。やっぱり原作を読まずに映画を批評するのは危険だと認識した。

「ヴェリティ」は人間の邪悪さみたいなものがテーマになっているが、「白鳥とコウモリ」も最後にちょっと、そういうのが出てくる。「ヴェリティ」は本質的にはごく普通の人間が邪悪になっている感じで、「白鳥とコウモリ」も最後に出てくる邪悪さは、やはりそういう感じなのが印象に残った。ネタバレになるが、どちらも最後に出てくるのが子どもの邪悪さなのだ。

2026年9月20日日曜日

「情事」レア・マッサリの存在感

 ミケランジェロ・アントニオーニといえば、愛の不毛、モニカ・ヴィッティ、そのアンニュイな表情。

そのアントニオーニの日本初公開作2本を含む作品上映が行われていて、見逃していた「情事」を見る。

アントニオーニといえば、中学生のときにテレビで「太陽はひとりぼっち」を見たのが最初で、これはすごく魅了された。その後、「さすらいの二人」「ある女の存在証明」「愛のめぐりあい」はリアルタイムで見てるが、旧作はレンタルDVDで「欲望」を見たくらいだった。「太陽はひとりぼっち」と「欲望」は好きなんだが、積極的に未見の作品をレンタルなどして見ようとはしてなかったのだな。

やっぱり、私にとってはちょっと苦手なイメージのある監督で、それは「情事」も141分と長いせいもあって、どうも入り込めない感じがつきまとった。

しかし、最後まで見ると、これはすごい。

メインタイトルでモニカ・ヴィッティの次にレア・マッサリの名前が出てきて、ああ、レア・マッサリが出てるのか、と思ったら、行方不明になる令嬢アンナの役。アンナと恋人サンドロ、そして親友のクラウディア(モニカ・ヴィッティ)の3人が最初からちょっと奇妙な関係で、アンナは恋人のサンドロだけでは満足できず、親友のクラウディアもそばにいてほしいみたいな、そんな3人1組のような関係。この3人が仲間たちと海に繰り出し、小島でくつろいでいるときにアンナが行方不明になる。

アンナを探すうちにサンドロとクラウディアが恋に落ちてしまうが、2人の心の中には常にアンナがいて、2人だけの世界になれない。

アンナが行方不明になったあと、クラウディアはアンナからもらった服を着たり、アンナのような黒髪のかつらをかぶったりする。そして、サンドロは、アンナのような黒髪の若い女と浮気、というか、買春をしてしまう。クラウディアはアンナになろうとしているかのようであり、サンドロはクラウディアを愛してもどこかでアンナを求めているかのようだ。

アンナが行方不明になる前のシーンでは、レア・マッサリの存在感が際立っている。金髪でおとなしい雰囲気のモニカ・ヴィッティに対し、黒髪のレア・マッサリは気が強く、眼力があり、そのしかめっ面が周囲を圧倒する。レア・マッサリのアンナが退場したあとも、アンナの存在は残り続ける。

金髪のモニカ・ヴィッティと黒髪のレア・マッサリを見ていると、ヒッチコックの「鳥」のティッピ・ヘドレンとスザンヌ・プレシェットを思い出したり、クラウディアがアンナの服を着たり黒髪のかつらをかぶったりすると同じヒッチコックの「めまい」を思い出したりしたが(「情事」は「めまい」と「鳥」の間に作られた映画だが)、金髪の女性と黒髪の女性のモチーフは昔から文学にもあるもので、アントニオーニの描き方はそうしたクリシェイではまったくない。

サンドロとクラウディアの間には常に行方不明のアンナがいる、ということも、よくあるパターンでは描いていないので、最後の最後にそのことの大きさに気づかされるみたいな、そういうすごいラストだった。

見たのは柏市のキネマ旬報シアター。が、19日は柏駅周辺で柏まつりというのをやっていて、歩くのもままならないほどの大変な混雑だった。映画館はいつもどおりの静けさだったけれど。


ロビーに「情事」の公開時のパンフレット(復刻版?)が置いてあって、館内で読むことができる(持ち出しは禁止)。




ネットで調べたら、レア・マッサリは昨年、91歳で亡くなり、モニカ・ヴィッティは4年前に90歳で亡くなったことを知った。どちらも日本での公開作はあまり多くなかったようだけれど、私が10代の頃にはどちらも活躍中だったのを思い出す。

2026年9月19日土曜日

「モネと時間旅行」(ネタバレ大有り)

 とても楽しみにしていた「モネと時間旅行」。「新凱旋門物語」で音響と映像がよかったヒューマントラストシネマ有楽町までわざわざ出かけたのだけど、なんかすごくがっかり。



こういう過去の有名人や芸術家を都合よく利用したフィクションがそもそも嫌いなんだけど、モネのファンはこの映画を見てどう思うのだろう。満席に近い観客はほとんど女性だったが。

というわけで、これからはネタバレ大有りでどこが気に入らなかったかを書いていくので、差し支えない人のみ、どうぞ。この映画が好きな人は読まない方がいいかもです。

2026年9月13日日曜日

「オデュッセイア」と食欲の罪

 IMAXの入場者特典でもらったポスター。画像はヒューマックスシネマのサイトからスクショ。


この巨人に向かっている後ろ姿の人物(オデュッセウス)は、実はスタントウーマンであることがネットの記事に出ていた。巨人との身長差を強調するために身長150センチの彼女が選ばれたとのこと。そして、むきだしになった二の腕の美しさについて書かれていた。

というわけで、マット・デイモンのスタントが女性だった、という話なのだけど、この映画、戦争の悲惨さ残酷さを描いているのに女性に対する性加害はまったく描かれていないのね。唯一、キルケーのセリフの中にそれが出ている程度。

そのかわり描かれているのが食欲。この映画のモチーフは実は、

食欲は恐ろしい

ってことじゃないのかな、と思った。

オデュッセウスがなかなか戦争から帰って来ず、王が不在なので王妃に結婚を迫る求婚者が城に居座って宴会しているシーン。具体的に何を飲み食いしているのかはほとんど描かれてないという会食シーンなんだが、他のシーンでも兵士たちが食べるものはあまり詳しく描かれないか、キルケーのシーンのようになんだか気持ちの悪いものを食べている。

オデュッセウスたちが食糧を求めて羊のあとを追うと、洞窟の中にチーズがたくさん吊るしてある。持ち主が来たらこれを譲ってもらおうと待っていると、一つ目の巨人が来て兵士を捕まえて食べてしまう。チーズを盗んでさっさと逃げてればこんなことにはならなかったのだが、持ち主に譲ってもらうにしてもかわりに渡せるものはないわけで、結局、持ち主を脅して奪う強盗じゃねえの? だったら盗んで逃げた方が、と思ったのは私だけか?

国に帰ろうと航海を続ける彼らにはとにかく食糧がない。上がった岸に女性がいて逃げようとするが、兵士が捕まえて「乱暴はしない、何か食べさせてくれ」と頼む。女性は魔女キルケーで、兵士たちに食べ物を出すと、食べていた兵士が豚に変わってしまう。このときの兵士たちの食べ方が汚い上、食べているものがまた気持ち悪い。キルケーは彼らを豚にするとき、「本来の姿になれ」と言う。彼女にとって、兵士たちは豚なのだ。オデュッセウスは別行動していたので、豚にされずにすみ、キルケーを説得して彼らを人間に戻す。キルケーは過去に兵士たちによって姉とともにレイプされたようだ。

オデュッセウスと兵士たちが別の岸に上がると、そこには後ろ姿の人物が立っている。振り向くと身長は大人なのに顔は子ども。食糧が欲しいだけだ、という兵士たちから子どもは逃げ、その先から鎧に身を固めた巨人の軍勢がやってくる。オデュッセウスたちは命からがら逃げる。ここでも食糧を求めてやってくる兵士たちは、そこにいる人々にとっては敵なんだね。

オデュッセウスたちは神々の牛がいる陸地に着く。牛を食べると呪いがかかるので植物と果物しか食べないと兵士に約束させて上陸。が、オデュッセウス以外の兵士たちは結局、肉を食べたいという欲望に勝てず、牛を食べてしまう。

これでオデュッセウス以外の兵士はみんな滅びて、彼だけが生きてカリプソの島にたどり着く(時系列が入り乱れているので、故郷の城の宴会シーンとカリプソのシーンは早い段階から何度も出てくる)。カリプソは蓮の花を食べさせ、これで過去を忘れていい気分になったオデュッセウスは故郷に帰れなくなる。

戦争にはつきものの女性に対する性加害がこの映画ではキルケーのセリフの中に少しあるだけで描かれない、と書いたが、

食欲が性欲や征服欲のメタファーなのは言うまでもない。

宴会に集まった求婚者は王位をねらうために王妃ペネロペのからだを奪おうとしている。その欲望の報いがクライマックスだ。

そもそも、トロイ戦争の発端は、美女ヘレネーに横恋慕したパリスが彼女を奪ったからで、性欲が原因なんだわ。そういや、アーサー王も父親が人妻に横恋慕して奪って生まれた子どもだたったね。つながりはあるんだな。つか、昔話にはよくあるモチーフなんだろうけど。

キルケーも巨人の軍勢も、侵入者は略奪やレイプをする敵だと思っている。オデュッセウスの部下たちは食べ物だけを求めていて、決して女性に手出ししないが、普通はそんなことありえないわけでね。

カリプソの差しだす蓮の花をオデュッセウスが食べるのも、2人の性交のメタファー。こちらはカリプソの方が誘惑しているのだが。

というわけで、上に上げたエピソードは全部、

食欲が略奪や性加害のメタファーになってる。

この映画は戦闘シーンにも残虐描写はないし、女性への性加害はおろか、性的な描写もない。(当初、見間違いであちらではGだと書いたが、Rだった。Rにしてはかなりおとなしい印象なのだが、バイオレンスと言葉の一部が引っかかったらしい。)

ゼンデイヤ扮するアテナが航海中のオデュッセウスにつきまとう亡霊のようになって出てくるが、生きていたときの彼女がクライマックスの戦闘シーンで登場する。ここも性加害ではないのだけど、それを連想させるよね。

アテナの亡霊がオデュッセウスにつきまとっているのは、彼女が彼の守護神みたいになっていて、上に書いたエピソードでも兵士たちが誘惑に負けてもオデュッセウスだけは負けない。もうそれだけで、オデュッセウスは英雄なんだ、と映画は言っているようだ。それに、カリプソに誘惑されても結局、妻を思い出したしね。

でも、トロイ陥落のシーンを最初と最後で別の視点で見せることで、オデュッセウスたちは侵略者でしかないという現実を見せつける。そして、オデュッセウスはその現実を思い知る。

戦闘能力ゼロのロバート・パティンソンの悪役。権謀術数に長けていそうにも見えないので、こんなのが王になってもすぐに滅ぼされるだろ、と思ったが、ノーランはこの映画では個人に悪を象徴させていないのね。悪は個人じゃなく、戦争全体にある、という感じか。「インソムニア」の殺人犯や「ダークナイト」のジョーカーとか、個人に悪を象徴させる映画はあったけれど、全体として、そういうのはノーラン的でないのだな。「ベン・ハー」や「グラディエーター」のように主役に負けない魅力と強さを持つ悪役を登場させ、クライマックスで対決させる、という手法とは真逆の手法なのだ。

というわけで、さすがノーランらしい工夫が物語にもあることがわかったのだけど、映画全体としてはちょっと散漫な印象で、取り出せばこういう面白さがある、という程度かな。

2026年9月12日土曜日

久々IMAXで「オデュッセイア」

 しばらく前からIMAXは疲れるし、料金も値上げしたので、通常上映を選ぶようになっていたのだけれど、「オデュッセイア」は通常が朝と夜しかないので、クリストファー・ノーランが全編IMAXで撮影したというからIMAXで見てみるか、と予約。

が、平日の金曜のせいか、あまりにも予約が少ない。近隣のTOHOのIMAXもあまり予約されてない。IMAXのないMOVIXは最大箱をあてているが、予約少なすぎる。大丈夫か、この映画。

しかし、IMAX先行上映は「マイケル」の先行を超える入りで、ロケットスタート、とか景気のよいニュースも出てるんだが。


で、映画なんだけど、正直、私はもうクリストファー・ノーランはいいかな、と思ってしまった。

前作「オッペンハイマー」も世間ほどには私は評価してなかったんだが、それでもつまらないってことはなかった。が、今回は、うーむ。

原作は読んでいないけれど、どういう話でどういう人物が出てきて、というくらいはおおざっぱには知ってる。だからいろいろな人物が出てくると、ああ、あれだ、とわかる。でも、なんか、面白くない。

時系列は入り乱れてはいるけれど、かつてのノーランの映画のようなわかりづらさはまったくない。でもさ、長いのよね。他のノーランの映画も長かったが、長いと感じてしまうことはこれまでなかった。これ、いつまでやってるの、いつ終わるの、と何度も思った。

古代ギリシャの叙事詩の現代的解釈も、まあ、今映画化したらこうなるよね、という域を出ない。

IMAXだから映像と音響はすごいし、役者もみんないいのだけれど。

でもまあ、ロッテントマトの評価もすごく高いし、かなり好きになる人もけっこういるようだし、IMAXの迫力だけで満足する人も多いようだから、それはそれでいいのか。

とりあえず、突っ込みたくなったところ3つ。

1 一つ目の巨人のビジュアル、ひどくないか?

2 ロバート・パティンソンの戦闘能力がゼロ。

3 ラストはアーサー王伝説のパクリでは?

なんだろね、ギリシャ神話っぽくないというか、もっとあとの時代の感じが入っちゃってる気がして、ギリシャ神話をリアリズムでやるとこうなる? でも怪物や魔女は出てくるんだよね。

見ていて、ちょっと、ジョン・ブアマンの「エクスカリバー」っぽいかな、と思ったのだけれど、それがラストのアーサー王伝説ふうのにも表れていて(アーサー王は悲劇だけど、こちらは違うが)、アーサー王はキリスト教とつながるのだが、この「オデュッセイア」もどうもキリスト教的なものが入ってしまってる感じがして、そこが古代ギリシャと違う、まがいものな感じがしてしまうのだが。古代ローマならキリスト教出てきてもいいんだけどね。

2026年9月8日火曜日

中山競馬9月開幕

 4月の皐月賞以来、長い間レースがなかった中山競馬場。例年なら夏は涼みに行ってモニター観戦するところ、今年はあまり暑くなかったのと、6月から都心へ行くついでに後楽園で馬券買っていたので実に3か月ぶり。

いつものように馬場内エリアに行って正面スタンドの写真を撮り、ターフィショップの馬の写真を撮り、スタンドへ。





7レースが始まるところ。黒い雲が垂れこめているが、このあとどんどん晴れていく。


8レースのパドック。南アフリカでG1を制し、JRA初の短期免許で来日中のミカエル・ミシェルと、オークスでG1ジョッキーになった今村聖奈が騎乗するので、G1女性ジョッキー対決を楽しみに、1番人気の今村を単勝で、人気上ではないミシェルを複勝で買う。実はこの2人でワイドも考えたのだが、買わずに大後悔。



結果は写真の先頭の馬が1着、2番目を走るミシェルは3番目の今村に最後抜かれて3着、今村2着。でも、ミシェルの複勝はそこそこの値段になったので、全滅したメインレースの馬券代合わせてもこの日の馬券代は回収できた。


久々にウマジョスポットに入る。


最後に入ったとき、スマホがないとアンケート用紙をもらって書かないとドリンクがもらえず、そのアンケートが項目が死ぬほど多くて、面倒なので以後、入らなかったが、今回は入口でスマホがないと言うとアンケート用紙を渡してもらえ、項目もすごく減っていたのでよかった。でも、スマホがないなんてのは私だけみたいで、というのも、ウマジョスポットは若い女性かせいぜい若めの中年女性なので、私のような年寄りはいないのだ。

ウマジョスポットに入っていたので9レースは見逃し、10レースが始まるところ。外側のコースの一番遠いところからのスタート。



メインレース、京成杯オータムハンディキャップのパドック。武豊のエコロブルームは馬券内来そうだなと思ったのだけど、人気上位だと複勝のうまみがないのでルメさんの人気上位馬とワイドにしたら、なんと、ルメさん最下位。エコロブルームは2着だったのに。勝ったのはエコロブルームの向こうにいるピコローズで、エコロブルームの手前のファンダムは競ゆ(競馬ゆっくりというYouTuber)イチ押しだったけど、さすが逆神で4着。競ゆはこの土日、逆神パワー炸裂で、全部はずしてました。





スタート地点は芝生エリアから見るとこんな感じ。


ミシェルはこの土日、2日とも中山で重賞に騎乗したのだけれど、結果は出せず。土曜の京成杯、せっかく有利な内枠でスタートしたのにこんな感じで大外ぶん回しで、日曜の紫苑ステークスも同じような騎乗で、彼女はこの2日でかなり信頼を失ったようだ。どちらも馬券内をねらえたはずなのに。特に紫苑は3着か4着で雲泥の差、3着なら秋華賞に出られるのにそのチャンスをふいにしたんだが、JRAだと4着でも騎手は大儲けで、世界の競馬では中東以外でこんなに儲かるのは日本だけなんだとか。ミシェルは通年免許の試験に毎年挑戦していて、応援したいと思っていたのだけど。


メインレースが終わる頃には青空が広がる。


地下では武豊の騎手人生40年の特集が。





こちら側は人が多くて写真があまり撮れなかった。



来たときはターフィショップのこの展示の前に親子が座っていて写真が撮れなかったので、帰りに。帰るお客さんの姿がガラスに映っている。


JR東日本の大幅値上げで船橋法典までの電車賃が高くなってしまい、それもあって都心の用事のついでに後楽園で馬券を買うようになってしまったのだけど、馬券を買うだけの後楽園と違ってやっぱり競馬場は楽しい。今月は入場料無料デーが2日もある。

2026年9月7日月曜日

四猫日和の新作

 四猫日和に関する記事がうちのブログとしてはなんかアクセス数が多い。

収益化を停止されてしまい、収益にならなければ続けられない、とか、このチャンネル自体が停止されるのではないか、といった不安を作者は抱いていたようで、ファンも心配していたのだが、先週金曜日に新作が投稿された。

4匹の猫を血液型であらわす、というのを、猫の性格や個性というふうに変えている。

猫に人間のせりふをしゃべらすのはファンに大不評だったので、それはやめているが、テロップがあるのに同じ言葉のナレーションをつけていて、これはちょっと余計、というか、テロップ自体も余計で、見ればわかるんだけど。

それ以外は以前と同じ四猫の物語で、戻ってきてくれたのは非常にうれしかった。



以前の動画を削除しなければならないかもしれない、とか、このチャンネル自体が停止されるのでは、といった作者の不安、どうしてそういう不安を持ったのか、ちょっと疑問に思った。収益化停止されてもチャンネルの停止にはならないはずだし、内容的に公序良俗に反するわけでもない。もしかして、四季ねこと似ているので盗作と思われて収益化停止と作者が思ったのだろうか? 確かに他の血液型猫動画は四季ねこに似ないような工夫をしているけれど、四猫はタイトルからして似てるし、4匹の猫も似てる。ただ、内容は作者の個性の違いがはっきりしているから、これを盗作と言うのはかなり無理があると思う。

とりあえず、四猫日和の過去作は削除されず、新作が投稿されたのはうれしい。

4匹の猫の人気投票もあって、私はトラに投票した。B型を茶トラって、ほかはやってないと思うが、私はB型が茶トラは大正解だと思っている。


このトラ、実は、私の大好きな絵本「ねこはるすばん」の茶トラの猫に似ている。二足歩行している姿が似てるのだ。四猫の方は下腹がぷっくりしてるのがまたいい。本が好き、っていうのも同じで、影響を受けたのではないかな(オマージュと言います)。顔は四猫の方がかわいくて、絵本の方は仏頂面だけど、これが最後のページで効果を表す。


とにかく継続はうれしい。四季ねこは収益化停止での作者の心の折れ方があまりにも気の毒で、もう続けないのかもしれないけど、停止から3か月たてば再審査してもらえるそうなので、がんばってほしい(あるいは、別の動画を始めているのかもしれないが)。四猫も、停止解除にならなくてもチャンスはあるはず。

ブログの方でグーグルアドセンスの審査がものすごくきびしくなっていて、以前は簡単に承認されたのにある時期から全然承認されなくなり、しかも何度か申請してだめだとしばらく申請できなくなる、という話を読んだ。しかも、AIが審査しているからどこが悪いのかわからず、お金を払って独自ドメインのブログにしたのにお金が出ていくばかりで収益にならないという。

まあ、こういうのは流行り始めた時期にやった人が勝ちで、みんなが始めたあとだともうだめなんだけど。

あとねえ、ブログで収益化した人のブログ見ていて、収益化の成功の味をしめて、収益を増やそうと広告だらけにしたり、内容を読者に媚びるものにしたり、noteで稼げるかと思ってそっちへ行ったりしている人もいて、みんな収益のことしか考えてないのか、と思ったけど、四猫も、どこか、アクセス数を伸ばすために小細工してきた感じがあるのよね。わかりやすくすればアクセスが増えるんじゃないか、みたいな感じが今回の新作にある。四猫は作品によっては50万近い再生数があるのに、これってかなり多いと思うのに、それでももっと増やしたくて小細工してるのかしら、と思うと、なんかもう、かつてのテレビの視聴率競争で、視聴率を上げるためなら何でもするのというのを、今はネットで個人がやってるのかという、なんかそういうのを感じて、好きな動画もブログも複雑な思いで見ている今日この頃。

2026年9月3日木曜日

最近読んだ本、見た映画

 県立図書館から借りた3冊。


東野圭吾って、実は読まず嫌いで、「手紙」の映画化を見たことがあるだけでまったく読んだことがなかった。「手紙」の映画はよかったんだけど、この作家さんはミーハー向けの小説を量産してるみたいに見えていたので、わざわざ読む気にならなかったのだ。

しかし、先だってお亡くなりになり(ご冥福をお祈りします)、ブログ村で見るシニア女性たちが悲嘆に暮れているのを見て、ちょっと読んでみるか、と思ったのだけど、市立図書館は人気作は軒並み予約数がものすごい。こういうときは穴場の県立図書館、全然予約ないどころか書庫に入っていた。

というわけで、代表作と言われる「白夜行」と「秘密」を読んだのだけど、なんだか深みのない小説だな、という印象。「白夜行」はさすがに力作なのでそれなりに評価はできるんだけど、その場限りで使い捨てにされる人物がたくさん出てきて、ミステリーとしても特に驚くようなことはなく、使い捨てじゃない主役の人たちも共感できるような描かれ方をされていない。

でもまあ、「白夜行」はまだ読んで損はなかったのだが、「秘密」が私にはキモイ小説にしか思えず、作者の昭和の保守的な古いおっさんの感性に満ち満ちた文章にはかなーりうんざり。話はまあ、独自性はあるものの、そんなに面白いか?て感じ。この保守的な昭和のおっさん感は「白夜行」にもあったんだけど(でも、この人、私より数歳年下なんだけどね)、女性読者たちは気にならないのか?

それでネットでこの作家の評判を見てみたら、ファンが多い分、アンチも多くて、特に人気作家になってからは映画化を前提に書くラノベ作家みたいなことを言われていた。

「白夜行」や「秘密」の頃はまだそういうラノベ感はなかったらしい。

ラノベふうになった方が昭和のおっさん臭はなくなっているんだろうか。

実は「白鳥とコウモリ」は市立図書館に予約中で(県立図書館にはない)、5年前の単行本はまだ図書館にたくさんあるから予約数のわりには早く回ってきそうだ。こちらでラノベになった?東野圭吾を読んでみたい。

というわけで、ファンの方には申し訳ない感想になってしまったけど(あくまで読んだ2作についての感想です)、ネットで見たこの感想が私の感想にかなり近いと思う。


ここで東野圭吾とは正反対と言われている伊坂幸太郎だが、オークス優勝馬ジュウリョクピエロのせいで図書館には予約殺到の「重力ピエロ」も県立図書館で借りられた。オークスのあと、検索したら県立図書館では返却回送中で予約なしだったから、すぐ借りられると思ったのに1か月以上たっても返却回送中。もういいや、と思って予約解除してしまったのだが、東野圭吾の2冊を予約するときにチェックしたら貸出できる状態だったので、一緒に予約。

こちらは映画化を見ていたけれど、原作は文学などに関するペダンチックなせりふがちと鼻につく。あと、映画と原作は肝心なところが違うのだね。映画の方が一般に受け入れられやすいように毒抜きしてる感じ。これは東野の「手紙」もそうで、原作のあらすじ見ると映画はやはり一般に受け入れられやすいように変えてるなと思った。東野圭吾のファンには映画やドラマでまず見て、それから原作読んでファンになった人が多いようだから、毒抜きされた映画やドラマのおかげがあるのかもしれない。伊坂はほかにも何冊か読んでるので、この人の方が私には読む価値のある作家なのは間違いない。ないんだけど、でも、うーん、この人たちより上の世代の作家の方が小説としての質が高かった気がするのだけどねえ。うーん、私が年取っただけなのかもしれないけど。


さて、明日公開の映画「ヒンド・ラジャブの声」。試写状はだいぶ前にいただいていたのだけど、内容が内容なのでなかなか見る気になれず、昨日、ようやく見せていただいた。


こういう映画は賞賛するしかないし、見るのはつらいけど見なければいけない映画、なのだけど、では、見てからどうするかってのがある。

ガザにおけるイスラエルの暴虐を知らない人にはそれを知るよい映画だが、すでに知っている人はこれを見て、どうすればいいのだろう。

ガザで車の中で親戚数人の遺体とともに取り残され、周囲をイスラエル軍に囲まれ、時々、銃撃も受けている6歳の少女ヒンド・ラジャブの本物の声を、赤新月社(イスラム世界の赤十字社)のメンバーが電話で聞きながら、なんとか彼女を助けようと奔走する。イスラエル軍は救急車などの救助隊も容赦なく攻撃するので、救助隊員の命を考えると簡単には助けに行けない。いろいろと手をまわしているが、何もできないまま時間がすぎていく。この、何もできないという状況が、映画を見る観客、そして世界の人々の状況でもある。

では、なぜ、何もできないのか。イスラエルの暴虐を、なぜ、世界は止められないのか。

結局、映画を見終わったときにたどり着く疑問はそこだ。

映画の途中で、ある人物がこう言う、「イスラエル軍は車の中に幼い少女が1人いるだけだということはとっくにわかっている。この通話も聞かれているかもしれない」

この言葉から、とてもいやな考えが浮かぶ。

イスラエル軍は少女をすぐに殺さずに数時間、恐怖にさらしてもてあそび、救急車を来させて、両方を殺したのだ、と。

2026年9月2日水曜日

四猫日和の問題

 四季ねこと四猫日和の記事で、3か月前に四季ねこが収益停止になってしまい、その後更新がされていないことを書いたが、実は、四猫日和も収益停止になってしまったとわかった。

こちらはコミュニティというところに書かれている。


四季ねこのXに書かれていたことから推測して、四猫日和の新作は収益停止を解除してもらうために作ったのだろうという予想はしていた。しかし、四季ねこは収益停止を解除してもらうための動画を作ったが、それを見てももらえていないというから、四猫もだめだろう。

このままではこれまでの動画を削除しなければならない、というようなことが書かれているが、削除したから収益化につながるのだろうか。私は四猫の動画を何度も何度も見ていて、それで癒されているので、新作がなくなっても残してほしいと思う。実際、四季ねこは動画を残している。

また、動画制作には多額のお金がかかるので、収益化されなければ続けられないと書いているが、それはわかる。このクオリティでは相当なお金と労力がかかっているだろう。それで続けられないならやめてもしかたない。でも、過去の動画は残してほしい。

YouYubeはこの種の猫のAI動画を駆逐しようとしてるようだが、なぜだかわからない。四季ねこに続いて四猫日和も同じことになるわけだから、この種の動画はYouTubeではだめということなのだろう。こうした、人々に愛される動画が、理不尽な理由でなくなるのはほんとうに悔しいが、見る人からお金をとって続けるのもむずかしいだろう。削除するなら、過去動画をまとめてDVDにして売るとかしてほしいけど、それもむずかしいのかな(利用した音楽などの権利関係で)。

上野動物園のマヌルネコ

 全然知らなかったのだが、上野動物園のマヌルネコのメスで、子どもを何頭も生んだプリームラが、8月30日で展示終了となったのだった。

プリームラは前足に腫瘍ができ、前足1本を切断。でも、3本足でも普通に生活できるということで公開されていた。しかし、肺に腫瘍が転移していることがわかり、バックヤードでの治療に専念することになったとのこと。

知らなかった。8月23日に見たのが最後になってしまった。

プリームラは1階の狭い展示室にいて、隣のオスの方が見やすかったので、どうしてもオスの方の写真を多く撮っている(つか、私はマヌルネコは好きだが、名前はあまりよく知らない)。

東園パンダ舎が板囲いされる前の週末、8月22日と23日に出かけ、マヌルネコも見たけれど、22日は雨のせいか、プリームラの前もさほど混んではいなかった。が、翌23日はプリムーラの前に柵ができていて、最前列は歩いて観覧になっていた。

普段なら小獣館にかなり長く滞在してマヌルネコを何度も見るのだが、この日は東園パンダ舎を見られる最後なので滞在時間は短かった。プリームラの前に列ができているので、ミケリスと隣のマヌルネコを撮影。




そのあと、プリームラのところへ行ったら、プリームラがガラスのすぐ前にいて、こちらを向いている。前を通るお客さんの間から撮影。






並んでいる人はそれほど多くなかったのだけど、これで満足して小獣館をあとにした。

プリームラは子どもたちと同居しているときにも何度も見たのだけれど、静かな場所で治療に専念してくれればと思う。プリームラの場所には今は娘が入っているらしい。

東園パンダ舎は24日のあとは庭の方はまだ板囲いされてなかったけれど、8月31日の休園日に庭の方まですべて板囲いされてしまったようだ。