2026年2月6日金曜日

キネマ旬報ベストテン号と「PRIZE」

 昨日発売のキネマ旬報ベストテン号。外国映画ベストテンに参加しています。今回はコメントにものすごく力を入れました。これが公に出る私の最後の文章になっても悔いはない(って、おい!)。


そして、かなり前に図書館に予約していた村山由佳の「PRIZE」がやっと借りられた。キネ旬ベストテン各賞もPRIZEってことで、PRIZEつながりでついでに感想を。

しかし、これ、感想書いたらネタバレになっちゃうので、差し支えない方のみ、どうぞ。


実はこの作家さんの作品を読んだのは初めてで、正直、この作品はさほどよい出来とは思えなかった。おそらくもっといい作品をいくつも書いておられるのだと思う。

主人公はライトノベルで新人賞と読者賞を受賞、その後文芸作家となり、本屋大賞も受賞するベストセラー作家になったが、直木賞は何度も候補になるのに取れない。本は売れてるのに権威のある賞は取れないので、とにかく直木賞への執着がすごいが、それ以上に自分の作品への執着もすごい(ここは自分もそうなので、よくわかる)。

文芸出版界の内幕がいろいろ書かれていて、そういう世界を垣間見たことのある私にはあるあるだが、ストーリー自体はあまり面白くないというか、途中で中だるみして、流し読みになりそうになったよ。人物も類型的で魅力がない。なんだかんだいっても村上春樹はうまいよな、と変なところで彼の作品を思い出す(「騎士団長殺し」は最後があまりにダメダメだったが)。

でも、最後の方はさすが、と感心した。この結末はみごと。作家の力を感じる。

と、以下、ネタバレになりますが、

主人公の作家・天羽カインのファンである編集者・緒沢千紘は、他社でトラブってカインが引き上げた小説をカインから託され、千紘が専任でそれを編集することになる。社内の他の編集者にはいっさい口を出させず、カインからも絶対的な信頼を得て、2人は一心同体のような関係になって出版編集の作業にあたる。千紘は原稿にズバズバと意見を言い、削るべきところを削らせ、カインのこれまでの作品に比べて見違えるほどよい出来になり、これなら直木賞は確実と思えた。

千紘が削るべきと助言したのは次の部分。

何度かためらい、口ごもった後で、彼女は言った。

「……大好きだよ、優、ずっと一緒にいよう」

すべてがここから始まるのだと、あの頃は二人ともが思っていた。

似てはいても違っていた。あれは、すべてが終わる始まりだったのだ。

(下線の部分は原文は波線)

千紘は波線の2行を不要だとして削るように言い、カインもこの2行がなくてもその前のせりふでずっと一緒にはいられないことがわかると気づき、同意する。

ところがその後、千紘は2行全部削るのは間違いだったと思い、「すべてがここから始まるのだと、二人ともが思っていた。」と、一部を変えて、カインの了解もとらずに勝手に付け加えてしまう。

小説は直木賞を受賞するが、勝手な変更に気づいたカインは受賞を辞退してしまう。

文庫になるときに削ればいいんじゃね?と私は思ったが、これが肝だったことがあとでわかる。(小説では、増刷で削ったことになっている。)

カインは当然、千紘とは絶交。しかし千紘は自分の方が正しかった、付け加えた方がよかった、と思っている。その一方で、一心同体のような存在だった(そういう感覚だから余計なことをほかにもしでかしているのだが)カインとの友情が失われたことを悲しんでいる。

が、あるとき、彼女にカインからプレゼントが届く。中身は千紘が大好きなチョコレートで、メモがついている。メモに書かれていたのは、

あなたを、許さない。

それを見た千紘は歓喜の涙を流す。

許されなくて、いい。このひとことが永遠に私だけのものであるならば。

千紘がやったことは、「あなたを、許さない」に余計な説明を付け加えたことだったのだ。

しかし、作者は余計な説明ではなく、千紘にこみあげてくる感情を、カインへの彼女の愛を描く。「許されなくて、いい」と言っているけれど、カインは許さないと言いつつ、彼女にアプローチしている。2人の間にまた友情が戻るかもしれない、という余韻。これが、カインが自分の小説で削った個所と同じ効果なのだ。しかも、小説のネガティヴな効果とは真逆のポジティヴな効果。

そのあと、カインの小説が直木賞ほど有名ではないが歴史のある賞を受賞する、というのは、ちょっと、蛇足かもしれない。

なお、小説では編集者は勝手に書き換えてはいけないと書いてあるけど、実際は、権威のある文芸出版のようなところではないだろうけど、もっと軽い小説とか、あるいは評論とか、翻訳とか、編集者が勝手に書き換えるのは日常茶飯事です。リライトが仕事だと思っている編集者がある時期からものすごく増えた。