世界が崩壊していく近未来、そこに「サンキュー、チャック」という文字が次々と現れる、というのを聞いて、こりゃあまり面白くなさそうだな、とスルーしていた「サンキュー、チャック」。
ところが、なんだか地味に人気作みたいで、気になってネットのネタバレ映画評を見たら、これは私好みかもしれない、と思い、急遽、見に行くことに。
久々、亀有。
シネコンのあるショッピングセンターへ行く途中にこち亀記念館ができていた。
映画の帰りに寄るも、もう店じまいしていて中は見られず。
ショッピングセンターは20周年だそうだ。ここも久々で、フードコートで遅いお昼にかつやのかつ丼を食べる。ここのかつやはおいしいので、前からここでかつ丼を食べたかった。地元の店とかだとカツが薄っぺらで冷めていて衣がサクサクでないのだが、ここのカツはおいしさ確実。久々のおいしいかつやで大満足。
そして、「サンキュー、チャック」。水曜サービスデーなので、出かける前に予約状況見たらそこそこ予約されていたが、行ってみたらかなりの入りだった。やはり人気あるよう。
映画は第3章、第2章、第1章という順番で、現在から過去にさかのぼる設定で、第1章で第3章の意味がわかるようなしくみ。ネタバレ映画評ではこのあたりの説明をしていたのだが、一番肝心のネタバレはしていなかったことがわかった。そのネタバレがなかったおかげで、予想とは違う意外性を楽しめたのだが、映画全体としてはわりと作りが単純で、ひねりも特に洗練されたものではなく、内容的にも疑問が残った。
以下、ネタバレありです。
主人公のチャックは39歳でこの世を去る会計士で、第3章はあの世へ旅立つチャックの心が世界の崩壊として描かれていたことがわかる。
第2章では中年のチャックが、長年封印していたダンスへの情熱がよみがえり、その場にいた女性とみごとなダンスを踊る。
そして第1章では、幼くして両親を失ったチャックが祖父母に育てられる小学生時代。ダンスの才能があり、ダンス部で活躍するが、ダンスでは食えないから会計士になるようにと祖父に言われる。祖父母の家には丸屋根の部屋があり、そこは鍵がかけられていて、チャックは入ることを許されない。
以下、完全にネタバレなのだけど、その鍵のかかった部屋では自分や他の人の死の様子が見えてしまう。祖父はそこで自分や他の人がどういうふうに死ぬのかを見てしまった。
ただ、そこでわかるのは、どういうふうに死ぬかと、非常にあいまいな年齢くらいで、いつ死ぬのかはわからない。 でも、見てしまうと、いつか来る死におびえるようになる。
というわけで、この映画、実は終活映画だったのだ。だから人気なのか?
チャックも高校時代に自分の死の場面を見てしまうのだが、小学生の時にホイットマンの詩を教えてくれた先生から聞いた言葉、「自分の心の中にはそれまで会ったり見たりしてきた無数の人や物があって、それが自分自身の宇宙を築いている」という考え方から死を受け入れられる、というふうになっていった、というのが、映画の結論(というか、原作のスティーヴン・キングの結論かな)のようだ。
しかし、人間、いつかは死ぬわけで、この映画の場合、どういうふうに死ぬのかがわかったとしても、いつ死ぬかは正確にはわからないのだから、死ぬ場面を見たからどうってわけでもないような気がするのだが。まあ、実際に死の場面を見てしまったら、心おだやかではいられないだろうが。
けっこうホラーっぽいシーンもあって、この肝心のネタバレ、死の場面を見てしまうというのがホラーなんだなと思うけれど、死を受け入れるテーマを描いた作品、「ジェイコブス・ラダー」とか「フィアレス」とかいった映画に比べると安直な感じがしてしまう。第3章の意味がわかるくだりも、あまり洗練された描写ではない。ていうか、最初の第3章がちょっと退屈。
でもまあ、死を受け入れるというのをあまり深刻にならずにやんわりと描いて、ダンスをメインにした楽しいシーンも多いから、シリアスで洗練された映画よりも受け入れられやすいのかもしれない。
というわけで、やっぱりわざわざ見に行くほどじゃなかったな、と思ったけれど、久々にかつやでかつ丼食べて、ショッピングセンターを見たり、駅前のビルの広いニトリを見たり、そして広いダイソーで、近所のダイソーでは手に入らないものが買えたので、よしとしよう。亀有はダイソーとニトリが広くていろいろなものがある。