2010年11月30日火曜日

紅葉@六義園

 日曜日、六義園の前を通ったら、観光バスが何台も並んで、すごい人。そうか、紅葉の季節で、夜はライトアップもあるのか、と思い、翌月曜日、天気もいいので行ってみたら、やはり観光バスが来ていて、すごい人でした。月曜は明るい昼間の写真を撮り、夜は別の日に、と思っていたけど、もう夜は行く気になれん。
 というわけで、六義園の紅葉と、ユリやススキの写真。











 その後、電車で日暮里へ。日暮里駅構内には人形でできたクリスマスツリーが。


 そして、今日のスカイツリー。陸橋の上から。

 陸橋を越えると猫がいました。

 
 土曜日に急遽、日光へ行くことにしたのですが、もう紅葉は終わっているでしょうね。久しぶりにクレインズのベンチ裏です。

2010年11月29日月曜日

注文した。

 またまた洋書を注文。例の「The Hanging Tree」がアマゾンのミスで送られず、注文がキャンセルになってギフト券で返金、このお!と怒り心頭だった話はもうだいぶ前の話ですが、怒った私は紀伊国屋に切り替え、紀伊国屋で「The Hanging Tree」と「A Single Man」を手に入れました。
 しかし、ギフト券が残ってしまったので、これで何を買おうかと思ったら、ちょうどいい値段の本がありました。
 オールダス・ハクスリーの「After Many a Summer」です。
 「シングルマン」の映画を見た人なら記憶にあるでしょうが、あの映画の中で主人公が大学の講義で話題にする作品です。原作にももちろん、登場する。しかも、映画がらみの内容らしい。
 実は、私、一応、イギリス小説研究者だったのですが、ハクスリーや「シングルマン」の原作者イシャウッドのことはあまりよく知りませんでした。彼らの前の時代までが専門だったんですが(言い訳)、ハクスリーの「すばらしい新世界」くらいは読んでいないといけなかったのに。
 ただ、2人とも、日本の英文学研究の世界では、わりと隙間に入ってしまった隙間作家みたいな感じもあります。翻訳もあまり出ていないし。
 というわけで、また洋書を注文してしまいましたが、前に注文したのをまだ全部は読んでいない…。

2010年11月28日日曜日

12月1日に反対集会

出版労連、東京都青少年健全育成条例の改悪に反対する集会
12月1日(水)18:30~20:30 文京シビックセンター5C会議室
河合幹雄氏(桐蔭横浜大学法学部法律学科教授)

だそうです。一般人は入れるのかどうか知らないけど、行くだけ行くか。
(追記 参加費500円、定員70名だそうです。)

民主党がかなり賛成に動いていて、今回は非常に悲観的な状況らしい。
以下、レポート。現在の動きについて逐一、報告してくれています。
http://angels-pathway.clanteam.com/What_to_do_101123.html

あるサイトにこの問題が取り上げられ、記事の中で、条例施行以前の作品は大丈夫と書いてありましたが、上のサイトを見ると、全然大丈夫じゃない。施行後に増刷になると、それはNGだそうです。となると、誰も増刷しませんよね。
また、ネットで買えばいいや、と思っていると、実は、アマゾンは有害図書指定は扱わないそうです。

上のリンクのサイトを読むと、いろいろ考えてしまうのだけど、都は今回の再提出をねらって、PTAなどに説明に出向き、そこで、反対した都議に関するマイナスイメージを広げたため、反対した都議は次の選挙で落選する恐れがあるため、今回は反対にまわりたくないというふうになっているらしい。

その一方で、日本ペンクラブと東京都弁護士会はかなり強い表現で反対。人権団体も反対とか、希望もあるのですが、結局は議員さんの数で決まってしまうわけで、都議会が始まる前の段階で各党が態度を決めればそれで決まってしまうわけです。

ちなみに、上の集会がある文京シビックセンターは、東京ドームシティのすぐそばの高いビルです。最寄り駅は地下鉄丸の内線、南北線の後楽園駅。

2010年11月26日金曜日

「アンチクライスト」、「エリックを探して」、「しあわせの雨傘」

 ラース・フォン・トリアーの新作「アンチクライスト」を見てきた。
 夫婦が性行為中に幼い息子が転落死してしまい、妻は精神を病み、セラピストの夫が妻を治療しようとする。妻は人里離れた山奥のエデンという山小屋で以前、女性の虐待に関する論文を書こうとしていたが、夫は妻をそこへ連れていって、治療をしようとする。が、妻は凶暴になり、夫に暴力を振るい始め、そして……という映画。
 最後にアンドレイ・タルコフスキーに捧ぐと書いてあるのだけど、冒頭のシーンが「鏡」のようだからだろうか。
 例によって、トリアーの映画は作者の底意地の悪さがありありと出ていて、特に今回はとにかく「痛い」映画だ。その暴力での傷つけ方が「痛い」。痛いのいやな人は見ない方がいいかも、って、実は、一番痛そうな場面はボカシが入っていて、見えません。
 この映画、やたらボカシが多くて、こんなにボカシが多いの、久しぶりに見たような気がするが、日本は東京国際映画祭とかだとボカシを入れないのに、一般向けだとボカシを入れるダブル・スタンダード。昔に比べたらボカシは減ったのだが、それでも、この映画はボカシを入れたためにかなり損なわれた感じがする。
 それはともかく、内容は、女性の虐待を研究していたはずの妻が、女は悪魔だと言い出したり、子供に対して妻が虐待と疑われそうなことをしていたことがわかったりと、なかなかに意味深。エデンといえばアダムとイブだが、この夫婦はアンチ・エデン、アンチ・アダムとイブという感じもして、逆向きの聖書というか、やはりアンチクライスト=反キリスト。しかも、アンチクライストの最後のTが女性を表す記号になっている。
 まあ、いろいろ考えてみると面白い映画なんだけど、客席から笑いが起こるシーンもあって、マジなんだかふざけてんだかわからないようなところもある。3人の乞食(鹿とキツネとカラス)が来たら死ぬとか、この3匹の星座を見て、こんな星座あったかよ、と夫が言うシーンとか、どっちかというと笑ってしまう。最後はどこかで見たような絵を思い出すが、あれは何の絵だったか。
 音楽は最初と最後にヘンデルの「リナルド」のアリアが流れる。これは90年代の映画「カストラート」で使われて一般にも有名になった曲だが、「カストラート」は、ボーイソプラノを維持するために去勢された男性歌手の話。トリアーは絶対、この映画を意識してこの曲を使っている。例のボカシで見えない一番痛いシーンは、女性の去勢だもの。
 つまり、この「アンチクライスト」は、ある種の男女逆転なのかもしれない。もう少し考えてみよう。

 ”すべては美しいパスから始まる”という言葉で始まるケン・ローチの新作「エリックを探して」。ローチというと、社会派のシビアな話が多いのですが、これは楽しい映画でした。娘をもうけた最初の妻からは逃げ出し、2人目の妻は連れ子2人を置いて出て行ってしまい、今はその義理の息子2人の世話をしながらわびしい人生を送る郵便配達員エリック。彼のアイドルはマンチェスター・ユナイテッドで活躍した元スター選手エリック・カントナ。そのカントナ(本人)が、エリックの想像の中に現れ、彼にいろいろと助言する、という話で、特に後半、義理の息子の1人がギャングに脅迫され、一家全員が危機になったとき、仲間の郵便配達員たちの助けでギャングと戦う「カントナ大作戦」が面白い。この映画、タイトルを「カントナ大作戦」にした方がよかったのに、って、ローチの映画でそれはないか?
 この作戦にはユーチューブが大きな役割を担っているのだが、主人公の同世代のおじさんたちはユーチューブを知らない、というのも笑えます。
 エリックがカントナに、人生最高の瞬間について聞くとき、カントナが、それはゴールではなくパスだ、と語るシーンがすばらしい。カントナがチームメイトにパスを出し、パスを受けた選手がゴールする実際の試合のシーンが流れ、そして、エリックは言う。
「彼がはずしたら?」
「仲間を信頼しなければ負けだ」とカントナ。
 サッカーに詳しくない私はエリック・カントナを知りませんでしたが、カッコイイです。

 フランソワ・オゾン監督の新作「しあわせの雨傘」も楽しいコメディでした。雨傘工場の社長夫妻をめぐるコメディで、舞台は70年代。独裁的な経営者の社長が組合のストで暴れて社長室に閉じ込められ、息子が説得に行くも、その息子にまで社長は暴力をふるい、やむなく、妻が昔の恋人で元従業員、今は共産党員の市長に頼んで夫を救い出してもらう。が、夫はショックで病気に。そこで、専業主婦だった妻が社長の代理をつとめることになるが、創業者の娘でもある彼女は従業員の心をつかみ、夫の愛人だった秘書も彼女に心酔して自立した女になり、工場の生産性も上がり、というところで、夫の反撃が始まる、という話。
 この映画では妻と息子が左翼的で、夫と娘が右寄りって感じで、そこに共産党員の市長がからむのですが、息子がある女性と結婚したいというと、父親が猛烈に反対、というのも、彼はその女性の母親と不倫していたので、近親相姦になるから、というのですが、それに対し、妻は、近親相姦にはならないわよ、だって……。この、だって、のあとは映画で見て確かめてください。
 ヒロインの社長夫人がカトリーヌ・ドヌーヴ、市長がジェラール・ドパルデューで、そして、夫の社長がエリック・ロメールの常連だったファブリス・ルキーニ。ロメールの映画に出ていた頃はけっこう好きな俳優だったのですが、年をとってしまって、昔のような雰囲気ではなくなっていたのが少し残念です。

2010年11月24日水曜日

「シングルマン」を読んでいます。

 今、クリストファー・イシャウッドの「シングルマン」を原書で読んでいます。コリン・ファース主演の映画とはかなり違う。原作の方がビターで、マイノリティである主人公の、マジョリティに対する怒りや憎しみが書き込まれていて、映画のソフトでもの悲しい感じとはかなり違います。設定などもだいぶ違う。
 例の東京都の条例について、どんな意見が出ているか、検索しているのですが、思ったほどまっとうな批判文がないこと、そして、今回は民主党が賛成にまわり、可決の可能性が大だというニュースに気分が重くなります。
 そんな中、反対する人のまともな意見をいくつか読み、中には、幼い頃に性的虐待を受けた女性が、こんな条例を作っても被害者は減らない、自分のような立場の人間を利用して条例を可決しないでほしい、と訴えているのには、涙が出そうになりました。
 また、この条例にマイノリティへの差別を見ている人の少々難解な論文数点も読みましたが、たまたま、「シングルマン」を読んでいたこともあり、この2人がどちらもマイノリティの問題に踏み込んでいるところにいたく共感しました(リンク、わからなくなって、貼れませんが)。
 今回の改正案は、性描写を取り締まるだけにとどまらず、マジョリティの考える普通の性愛以外をすべて悪だと断じてしまうようなところがあります。「シングルマン」の主人公、ジョージの、マジョリティに対する怒りの描写を読むにつれ、あの条例の背後にいる、時代遅れの偏屈な、差別主義者たちの姿が見えるような気がしてならない。ジョージはコリン・ファースのようなおだやかな人ではありませんでしたね、原作では。

追記 ツイッターで見つけたもの

dragoonyouie 「社会規範に反するものを規制」てのはものっすごく簡単にマイノリティ差別に転換する。というより社会規範上模範的てのはマジョリティの理屈でしかないから社会規範に反すると言った時点でマイノリティの拒絶そのものなのね。そこに差別感情が無いなんてことあるわけないと思うの。

けっこうみんな、問題点に気づいているみたいなので、少しほっとした。