県立図書館から借りた3冊。
東野圭吾って、実は読まず嫌いで、「手紙」の映画化を見たことがあるだけでまったく読んだことがなかった。「手紙」の映画はよかったんだけど、この作家さんはミーハー向けの小説を量産してるみたいに見えていたので、わざわざ読む気にならなかったのだ。
しかし、先だってお亡くなりになり(ご冥福をお祈りします)、ブログ村で見るシニア女性たちが悲嘆に暮れているのを見て、ちょっと読んでみるか、と思ったのだけど、市立図書館は人気作は軒並み予約数がものすごい。こういうときは穴場の県立図書館、全然予約ないどころか書庫に入っていた。
というわけで、代表作と言われる「白夜行」と「秘密」を読んだのだけど、なんだか深みのない小説だな、という印象。「白夜行」はさすがに力作なのでそれなりに評価はできるんだけど、その場限りで使い捨てにされる人物がたくさん出てきて、ミステリーとしても特に驚くようなことはなく、使い捨てじゃない主役の人たちも共感できるような描かれ方をされていない。
でもまあ、「白夜行」はまだ読んで損はなかったのだが、「秘密」が私にはキモイ小説にしか思えず、作者の昭和の保守的な古いおっさんの感性に満ち満ちた文章にはかなーりうんざり。話はまあ、独自性はあるものの、そんなに面白いか?て感じ。この保守的な昭和のおっさん感は「白夜行」にもあったんだけど(でも、この人、私より数歳年下なんだけどね)、女性読者たちは気にならないのか?
それでネットでこの作家の評判を見てみたら、ファンが多い分、アンチも多くて、特に人気作家になってからは映画化を前提に書くラノベ作家みたいなことを言われていた。
「白夜行」や「秘密」の頃はまだそういうラノベ感はなかったらしい。
ラノベふうになった方が昭和のおっさん臭はなくなっているんだろうか。
実は「白鳥とコウモリ」は市立図書館に予約中で(県立図書館にはない)、5年前の単行本はまだ図書館にたくさんあるから予約数のわりには早く回ってきそうだ。こちらでラノベになった?東野圭吾を読んでみたい。
というわけで、ファンの方には申し訳ない感想になってしまったけど(あくまで読んだ2作についての感想です)、ネットで見たこの感想が私の感想にかなり近いと思う。
ここで東野圭吾とは正反対と言われている伊坂幸太郎だが、オークス優勝馬ジュウリョクピエロのせいで図書館には予約殺到の「重力ピエロ」も県立図書館で借りられた。オークスのあと、検索したら県立図書館では返却回送中で予約なしだったから、すぐ借りられると思ったのに1か月以上たっても返却回送中。もういいや、と思って予約解除してしまったのだが、東野圭吾の2冊を予約するときにチェックしたら貸出できる状態だったので、一緒に予約。
こちらは映画化を見ていたけれど、原作は文学などに関するペダンチックなせりふがちと鼻につく。あと、映画と原作は肝心なところが違うのだね。映画の方が一般に受け入れられやすいように毒抜きしてる感じ。これは東野の「手紙」もそうで、原作のあらすじ見ると映画はやはり一般に受け入れられやすいように変えてるなと思った。東野圭吾のファンには映画やドラマでまず見て、それから原作読んでファンになった人が多いようだから、毒抜きされた映画やドラマのおかげがあるのかもしれない。伊坂はほかにも何冊か読んでるので、この人の方が私には読む価値のある作家なのは間違いない。ないんだけど、でも、うーん、この人たちより上の世代の作家の方が小説としての質が高かった気がするのだけどねえ。うーん、私が年取っただけなのかもしれないけど。
さて、明日公開の映画「ヒンド・ラジャブの声」。試写状はだいぶ前にいただいていたのだけど、内容が内容なのでなかなか見る気になれず、昨日、ようやく見せていただいた。
こういう映画は賞賛するしかないし、見るのはつらいけど見なければいけない映画、なのだけど、では、見てからどうするかってのがある。
ガザにおけるイスラエルの暴虐を知らない人にはそれを知るよい映画だが、すでに知っている人はこれを見て、どうすればいいのだろう。
ガザで車の中で親戚数人の遺体とともに取り残され、周囲をイスラエル軍に囲まれ、時々、銃撃も受けている6歳の少女ヒンド・ラジャブの本物の声を、赤新月社(イスラム世界の赤十字社)のメンバーが電話で聞きながら、なんとか彼女を助けようと奔走する。イスラエル軍は救急車などの救助隊も容赦なく攻撃するので、救助隊員の命を考えると簡単には助けに行けない。いろいろと手をまわしているが、何もできないまま時間がすぎていく。この、何もできないという状況が、映画を見る観客、そして世界の人々の状況でもある。
では、なぜ、何もできないのか。イスラエルの暴虐を、なぜ、世界は止められないのか。
結局、映画を見終わったときにたどり着く疑問はそこだ。
映画の途中で、ある人物がこう言う、「イスラエル軍は車の中に幼い少女が1人いるだけだということはとっくにわかっている。この通話も聞かれているかもしれない」
この言葉から、とてもいやな考えが浮かぶ。
イスラエル軍は少女をすぐに殺さずに数時間、恐怖にさらしてもてあそび、救急車を来させて、両方を殺したのだ、と。
