2011年1月17日月曜日

書評を書きました。その2

http://bookjapan.jp/search/review/201101/shindou_junko/20110117.html
(リンク切れのため、次のサイトでお読みください。http://sabrearchives.blogspot.jp/2015/02/bookjapan_60.html

今回は「アフリカの女王」の原作についてです。
原作は、キリスト教の教義なんかくそくらえ、みたいなところがかなり濃厚ですが、映画はハリウッドのコードに従って、キリスト教の教えを守るようになっているみたいです。

17日午前1時の気温(アメダスより)

札幌 0.2度
小樽 1.1度
釧路 -0.7度

東京 0.1度
横浜 0.3度
千葉 2.9度
さいたま -1.5度

 うーむ、北海道と変わらない南関東(北関東は当然、氷点下です)。
 さいたま(大宮、浦和、与野)が釧路より寒いとは。

 日曜日、午後6時過ぎに上野駅のパンダ橋という広い横断橋を通っていたとき、ビルの電光掲示板に気温2度の数字が。そばにいた人が、「2度だって、見なきゃよかった」と言っていましたが、見ても見なくても寒いものは寒い。あまりの寒さにユニクロでダウンジャケットを衝動買いしてしまいましたよ。ま、定価の半額でしたけどね。色はもう無難なのはなくて、オレンジと紫だけでしたが、紫は前からいいなと思っていたので、迷わず、買い。しかし、先週はイトーヨーカ堂でやはり定価の半額で黒のダウンジャケットを買ったのだった…。
 いつまで続く、この寒さ…。みなさん、風邪などにはお気をつけて。

2011年1月15日土曜日

27年

 解説を書いた「フランケンシュタイン」が出版されて、来月で27年です。その「フランケン」、アマゾンで現在、在庫なしで取り寄せに5日から9日かかる、と出てますが、一昨年、多めの増刷があったせいで、去年は増刷なしだったんですよね。今年は増刷されるといいな。でも版元には在庫の山があったりして…。
 そんなわけで、ライター歴27年になったわけですが、私はライターの収入はスズメの涙なので、とても仕事とは言えません。それでもこの27年間、ほとんど途切れることなく、どこかに文章を書かせてもらえたのは、ひとえに、私の文章を気に入ってくれる編集者が何人もいたからです。編集者は入れ替わりが激しく、いつまでも編集部にいるわけではなく、編集者が異動や退職で仕事が来なくなるのは日常茶飯事でしたが、そのあと、しばらくすると、必ず、別の救世主が現れる、という感じで現在に至っています(でも、実は、11月以来、原稿依頼が途絶えている…)。
 こんなふうに、スズメの涙で細々と、というのが、書き続けてこられた理由だと思いますが、ライターをおもな収入源にしている人は大変だなあ、と思ったのが、いつのことだろう。もう10年近く前になるだろうか。どこで読んだのかは忘れましたが、ある売れっ子ライターの末路の話。
 そのライターは大学時代から雑誌に原稿を書き始め、一時は売れっ子ライターで、大変な収入があったそうです。ところが、40歳をすぎた頃、若者に人気のあるロックの曲のよさが理解できなかった。そのライターは若者向けの音楽記事をメインにしていたので、非常にショックだったようです。そして、気がついたら、連載の仕事がいくつも減っていて、編集者がみな、自分より年下になっていた。もうこの世界は限界だと感じた彼は、その後、医療関係のライターに転身、50代の現在はそれで稼いでいるけれど、この世界もいつまで続くかわからないと感じている、ということで、その記事は終わっていました。
 40をすぎると編集者がみな、年下になり、仕事が減る、というのは私も実感があります。編集者はやはり同世代か年下の人と仕事をしたいという傾向があり、また、話も合わなくなるからです。ライター自身が年をとって、時代に合わなくなる場合もあります。そうなると、そのライターの名前で本を売れるとか、記事が読まれるという有名ライターになっていないと、仕事ができなくなる、そうだろうなあ、と納得したのを覚えています。
 30代の頃、大手配給会社の人から、「あなたはまだ30代だから大丈夫、でも、年をとると時代に合わなくなるから」と言われたのをよく覚えています。隙間ライターのように細々と書いてこれたのは、年上から年下に至る、さまざまな編集者のおかげです。

2011年1月14日金曜日

予定変更&モーツアルトの姉の映画

 結局、2月の東伏見の国内4チーム集結戦は両日とも行くことになりました。
 日光の全日本選手権はチケットのこととかまだ不明なので、どうなるかなあ、うーむ。
 というわけで、2月もホッケーの試合が堪能できます。が、順位はなんとなくそれまでに決まってしまいそうだ。

 映画は試写の2本立てをしながら積極的に見ていますが、印象に残ったのは、「ナンネル・モーツアルト 哀しみの旅路」。フランス映画です。
 モーツアルトの姉ナンネルは、10代の少女の頃、幼い弟や両親とともに演奏旅行でヨーロッパ各地をまわり、弟と一緒に演奏をしていたそうで、その頃のナンネルを主人公にしたフィクション。
 あるとき、モーツアルト一家は修道院に幽閉されていたルイ十五世の娘たちと知り合い、特にナンネルは同世代のルイーズ王女と親しくなる。ルイ十五世は「ベルばら」にも登場したが、愛人を何人も持った好色な王で、枢機卿の助言によって、自分の子供たちは王太子と上の娘2人以外は修道院に入れてしまい、両親も兄や姉も彼女たちに会えない状態だったそうな。
 ルイーズはモーツアルト一家が王宮で演奏する予定だと知り、思いを寄せる男性への手紙をナンネルに託す。ナンネルはそれを届けるため、その男性のいる王太子の元へ行くことになるが、王太子は妻を亡くしたばかりで悲嘆に暮れており、初対面の女性には会おうとしない。そこでナンネルは男装して王太子の元へ行き、そこで王太子から音楽の才能、特に作曲の才能を認められる。
 モーツアルト一家は父親がステージパパで、息子を売り出そうと必死で、神童に見せるために子供の年をサバよんだりしてるのだが、娘の才能はまったく無視で、娘が作曲を学びたいと言っても女に作曲は無理と冷たい。そんな中、王太子に才能を認められ、しかも、女であることを告白すると、王太子との間にほのかな恋まで生まれる。しかし、王太子は、父ルイ十五世の命令で、別の女性と再婚させられる。
 結局、ナンネルは王太子との恋が破れたせいで、作曲もやめてしまい、それまでに書いた楽譜も燃やしてしまい、以後は弟の才能のために尽くした、という物語になっている(もちろん、フィクションですが)。
 ナンネルにどの程度の才能があったのかは今となってはわからないのだが、恋に破れたからやめてしまうっていうのが、これだから女は、と言われてしまうので困るのだが、弟の才能ばかり認めて自分は認めてもらえない、という悩みは、どんな兄弟姉妹の間にもあるのではないかと思う。
 確かに古い時代には女性が自己表現できなかったとか、女性の生き方が制限されていたとか、今でもそういう地域はあるとか、そういった見方で見ることもできるけれど、この映画は家族のあり方みたいなところが面白い。
 たとえば、王太子は父ルイ十五世の乱れた女性関係に対して強い嫌悪感を持ち、そのことが彼を潔癖にし、その結果、ナンネルとの関係もおかしくなってしまうように描かれている。そして、ナンネルも弟を売り出すことしか考えていない父によって抑圧されているという、王家とモーツアルト家の父と子供の関係が対比されている。修道院に幽閉され、修道女になるしかないルイーズ王女とナンネルの対比もある。
 その一方で、この映画が面白いのは、モーツアルト家の父の描写だ。確かにこの父親は息子のステージパパで、娘の才能は認めようとしないが、しかし、娘に対する父としての愛は本物だ。そして、この一家は、夫婦、親子、姉弟が愛し合い、仲むつまじい家族に見える。「アマデウス」では奇人として描かれたモーツアルトも、この映画ではごく普通の少年で、父のせいでゆがめられているような感じはない。
 ルイーズ王女がうらやましがるように、モーツアルト一家はいつも一緒に演奏の旅をする仲のよい家族で、父親は問題はあるけれど、父としての愛情に欠けることはない。逆に言うと、才能は認められなくても父の愛は受けられたから、ナンネルは父に反発してわが道を行くことをしなかった、弟の芸術を守る姉という、父の望む娘になってしまったのだとも言える。(もちろん、これもフィクションだろうけれど)
 父親を演じるマルク・バルベの演技が絶賛されているのは、だから、とてもよく理解できるのだ。

 なお、ルイ十五世の息子の王太子は父親より先に死亡した。そのため、この王太子の息子が王位継承者となり、マリー・アントワネットと結婚し、ルイ十五世崩御のあと、ルイ十六世となったのだった。

2011年1月10日月曜日

打撲ふたたび

 新年早々、幼児用プールの滑り台で滑って、プールの底に尻餅ついて打撲、という話の続き。その後、しだいに痛みはおさまってきたので、いつも行くプールの年末年始の休みが終わったあと、泳ぎに行きました。ところが、泳いだ2日後に激しい痛みが…。しまった、平泳ぎは腰に悪いことを忘れていた! 平泳ぎでガンガン泳いだので、打撲のところがまた痛くなってしまったようです。
 でも、2日遅れっていうのは、要するに、私の年代だと、筋肉痛が2日遅れで来るってことですね。つまり、打撲プラス筋肉痛か。
 それでも懲りずに、また泳いできましたが、水の中だと痛みは感じないけれど、やはり、いつものように元気には泳げません。クロールと背泳を中心に、軽く泳いだだけで帰りました。ものすごくすいていたのに残念だ。
 痛むのは、立ち上がったり座ったりするときと、あとは歩くときで、それ以外は痛みません。階段の上り下りも大丈夫です。ただ、長時間立っているのがけっこうつらいので、授業再開が心配だ。

 2月3月はホッケー観戦に行けず、涙、と書きましたが、決して忙しいのではありません。むしろ、2月3月は暇です(力強く言う)。仕事ほしいです!(本音)。なんでホッケー観戦だめかというと、2月3月はある事情で遠出ができそうにないからです。とはいっても、今のところ、この時期の予定は何も確定していないので、急に行けるようになるかもしれない。
 さっき、チケットぴあで2月の東京集結のチケットの売れ具合を見たら、かなり売れてきていますね。日曜もよく売れてるようです。日光の全日本選手権も詳しいことが発表になったようです(ほんとはこれも行くはずだったのに)。