昨年に続き、チェコとスロヴァキアで行われたU18の男子ホッケーのトーナメント、イヴァン・フリンカ・メモリアルで、元セイバーズで元クレインズのデレク・プラントがアメリカ代表チームのヘッドコーチをつとめました。今年は残念ながら8チーム中5位でしたが、大会を終えたデレクのインタビュー記事がネットにアップされていました。
http://www.iihf.com/home-of-hockey/news/news-singleview/?tx_ttnews%5Btt_news%5D=9972&cHash=498da3ff4c12b18af31bc260fc1a1d92
選手時代とはすっかり面影の変わったデレクの写真もあります。
記事では大会についての話のあと、NHLを去ったあと、ヨーロッパとアジアでプレーしたときのことが語られています。
最近、デレクは日本とアジアでプレーしたことを積極的に語っているのですが、指導者になる上で、クレインズ時代の経験が役に立ったと思っているのではないかと思います。北米とヨーロッパでは選手としてがんばるので精いっぱいだったでしょうが、アジアリーグでは若い選手の指導をする余裕があったのだと思います。アジアリーグでプレーしたということは、北米のトップを経験したホッケー選手にとっては普通は語りたくないことだと思うけど、デレクは他の媒体でも積極的に語っています。
デレクの頃にはアジアリーグは8チームでしたが、上位4チームと、中堅2チーム、だめな2チームがあった、と言ってますが、だいたい想像できますね。今はもうなくなってしまったチームもいくつかあるのですが。当時に比べると、今のアジアリーグは拮抗してきています。デレクはその後のアジアリーグには興味がないのか、自分の時代のことしか語りませんが。
「最初の年にファイナルで負け、次の年にファイナルで勝った」、そして、「クレインズのアリーナはキャパが3000人くらいで、毎試合2500人から3000人の客が入っていた」と言ってますが、後者はだいぶ水増しというか、ファイナルだとそのくらい入るけど、それ以外は半分入るかどうかでしたね。そのクレインズ、今季は指定席をやめて全部自由席にし、チケットも全国で買えるようにしたそうで、なかなかの英断であります。お客さんが増えるといいね。
2015年8月16日日曜日
2015年2月12日木曜日
セイバーズ、大量トレード
今季はドラフト全体1位か2位がほしいので最下位めざすセイバーズですが、一気に大量トレードをしていました。
まず、新人賞受賞歴のあるマイヤーズやサラリーキャップ導入後のセイバーズ最強時代の最後の1人だったスタッフォード、それに昨年ドラフトしたクロード・ルミューの息子(契約前のプロスペクト)などをウィニペグ・ジェッツにトレード。かわりにエヴァンダー・ケイン、ザック・ボゴジアンなどを獲得。
マイヤーズとスタッフォードは期待ほど伸びずイマイチだったし、エヴァンダー・ケインは非常にいい選手らしいのですが、このあとなんと、セイバーズはスターター・ゴーリーのエンロスをダラスにトレード。今季のセイバーズはエンロスががんばってなんとか少しは勝てていたので、こりゃもう今季は全部負けて、なんとしても最下位を死守して、ドラフト全体1位か2位の選手を確保しようという腹なのでしょう。というのも、今年のドラフトはシドニー・クロズビー以来の大物が2人いるからで、ドラフトくじで1番がとれなくても最下位なら2番はとれるからです。
とまあ、ドラフトに期待するしかない状況なわけですが、クロード・ルミューの息子ブレンダン・ルミューがトレードになったのは、彼がセイバーズに入りたくなくて、契約を拒否していたからだ、という話が伝わっています。
ああ、またしても選手に嫌われるセイバーズ、なわけですが、その一方で、セイバーズがいやならウィニペグ・ジェッツだっていやだろう、という説もあって、おそらくルミューはジェッツとも契約しないのではないかという予想も出ています。
というのも、ドラフトされる選手はおもに高校卒業するときにドラフトされるのですが、大学に進学すると4年間、ドラフトしたチームに契約の権利があります。が、選手が大学に行かず、メジャー・ジュニアでプレーした場合、契約の権利は2年で失効。ルミューはメジャー・ジュニアの選手なので、ジェッツとも契約せずにいれば来年はまたドラフトにかかるわけです。
はっきり言って、親が大物だからできるぜいたくだよな、という感じはしますが、父親が所属したような有名チームに行きたいのでしょうね。ただ、ドラフト上位で選ばれたのは親の七光りという意見もあり、果たして希望どおりに行くのかどうか。
アジアリーグのクレインズは11日の試合に快勝し、他力本願ながら、プレーオフの望みをわずかに残しています。
まず、新人賞受賞歴のあるマイヤーズやサラリーキャップ導入後のセイバーズ最強時代の最後の1人だったスタッフォード、それに昨年ドラフトしたクロード・ルミューの息子(契約前のプロスペクト)などをウィニペグ・ジェッツにトレード。かわりにエヴァンダー・ケイン、ザック・ボゴジアンなどを獲得。
マイヤーズとスタッフォードは期待ほど伸びずイマイチだったし、エヴァンダー・ケインは非常にいい選手らしいのですが、このあとなんと、セイバーズはスターター・ゴーリーのエンロスをダラスにトレード。今季のセイバーズはエンロスががんばってなんとか少しは勝てていたので、こりゃもう今季は全部負けて、なんとしても最下位を死守して、ドラフト全体1位か2位の選手を確保しようという腹なのでしょう。というのも、今年のドラフトはシドニー・クロズビー以来の大物が2人いるからで、ドラフトくじで1番がとれなくても最下位なら2番はとれるからです。
とまあ、ドラフトに期待するしかない状況なわけですが、クロード・ルミューの息子ブレンダン・ルミューがトレードになったのは、彼がセイバーズに入りたくなくて、契約を拒否していたからだ、という話が伝わっています。
ああ、またしても選手に嫌われるセイバーズ、なわけですが、その一方で、セイバーズがいやならウィニペグ・ジェッツだっていやだろう、という説もあって、おそらくルミューはジェッツとも契約しないのではないかという予想も出ています。
というのも、ドラフトされる選手はおもに高校卒業するときにドラフトされるのですが、大学に進学すると4年間、ドラフトしたチームに契約の権利があります。が、選手が大学に行かず、メジャー・ジュニアでプレーした場合、契約の権利は2年で失効。ルミューはメジャー・ジュニアの選手なので、ジェッツとも契約せずにいれば来年はまたドラフトにかかるわけです。
はっきり言って、親が大物だからできるぜいたくだよな、という感じはしますが、父親が所属したような有名チームに行きたいのでしょうね。ただ、ドラフト上位で選ばれたのは親の七光りという意見もあり、果たして希望どおりに行くのかどうか。
アジアリーグのクレインズは11日の試合に快勝し、他力本願ながら、プレーオフの望みをわずかに残しています。
2015年2月11日水曜日
予想外の展開
最近すっかりご無沙汰になっているのがホッケーの話。NHLのセイバーズはドラフト全体1位か2位ねらいの超低空飛行だし、クレインズもメンバー変わってよくわからなくなってるし、で、あまりホッケーのサイトを見なくなっていました。
が、ここに来て、予想外の展開が!
それは、クレインズがプレーオフ圏外の危機!
つか、もうほとんど終戦とファンのブログには書かれていますが、確かに無理そうな感じ。
今季は全日本選手権の決勝に北海道勢が2チームとも進出できず、バックス対ブレイズの本州勢対決、これはコクド対西武鉄道以来なのだそうで、私がアジアリーグ見始めたときには西武鉄道はとっくに廃部というか、コクドに吸収合併になってたので、かなーり昔の話。
で、クレインズがプレーオフ出れないと、いったい何年ぶり? 私が見始めたときはクレインズがファイナルの常連だったときだったので、これもかなーり前のはず。
いったいどうなっているのでしょうか、クレインズ。去年は優勝したんだよね。
いずれファンのブログや掲示板で総括されるのでしょうが、そういえば、以前は釧路のクレインズ・ファンのブログがいくつもあって、それを読んで情報を得たりしていましたが、ある時期からそれらのブログが更新をしなくなってしまい、うーん、ダーシが去ったあたりからだろうか、その頃から私も遠ざかってしまった気がします。
予想外の展開といえば、光文社文庫に続いて新潮文庫からも「フランケンシュタイン」の翻訳が出たので、すっかり売れなくなった創元推理文庫の「フランケンシュタイン」ですが、キンドルがあるので、もしかしたら紙の文庫本の方は絶版になってしまうかもしれません。創元とはとんとご無沙汰で、私は解説書いただけなので、その辺何もわかりませんが、文庫本は絶版だけどキンドルは健在という本が創元にはいくつかあることがわかりました。
創元の「フランケン」は出た当時(31年前の2月だね)はあまり売れず、数年で絶版かと思われていたのですが、どこかの学校が教科書に採用してくれたので増刷され、その後しだいに売れるようになって、27刷まで行ってます(1回あたりの増刷は2千部から3千部なので、27刷でも合計で7万部から8万部くらいだと思います。初版部数も1万8千と、当時の文庫としては少なかった。今は文庫でも1万切るのは普通らしい、って、私の小学館文庫の翻訳は1万切ってたわ)。
で、NHK教育で「フランケンシュタイン」の紹介番組が先週から始まって、それで新潮文庫も光文社文庫も売れ出したのですが、創元はキンドルが売れている(安いから)。うーん、もう紙は限界か(以上、アマゾンの話なので、書店も含めた実売はわかりません)。
正直、私の解説が30年以上も長持ちするとは思ってなかったので、ネットで今でも解説を絶賛してくださる読者がいるのはありがたいことなのですが、そしてキンドルがあれば今後も読みたい人には読んでもらえるのですが、でも、もしも紙の文庫が絶版になったら、あの解説を含めた本を出してみたいな、とか、ちらっと頭に浮かんだりもしたのでした。
翻訳は新潮文庫と光文社文庫は今ふうで読みやすいそうですが、創元の翻訳は古典の格調のある訳文で、ネットではこちらがいいと書いている人もいます。
追記
が、ここに来て、予想外の展開が!
それは、クレインズがプレーオフ圏外の危機!
つか、もうほとんど終戦とファンのブログには書かれていますが、確かに無理そうな感じ。
今季は全日本選手権の決勝に北海道勢が2チームとも進出できず、バックス対ブレイズの本州勢対決、これはコクド対西武鉄道以来なのだそうで、私がアジアリーグ見始めたときには西武鉄道はとっくに廃部というか、コクドに吸収合併になってたので、かなーり昔の話。
で、クレインズがプレーオフ出れないと、いったい何年ぶり? 私が見始めたときはクレインズがファイナルの常連だったときだったので、これもかなーり前のはず。
いったいどうなっているのでしょうか、クレインズ。去年は優勝したんだよね。
いずれファンのブログや掲示板で総括されるのでしょうが、そういえば、以前は釧路のクレインズ・ファンのブログがいくつもあって、それを読んで情報を得たりしていましたが、ある時期からそれらのブログが更新をしなくなってしまい、うーん、ダーシが去ったあたりからだろうか、その頃から私も遠ざかってしまった気がします。
予想外の展開といえば、光文社文庫に続いて新潮文庫からも「フランケンシュタイン」の翻訳が出たので、すっかり売れなくなった創元推理文庫の「フランケンシュタイン」ですが、キンドルがあるので、もしかしたら紙の文庫本の方は絶版になってしまうかもしれません。創元とはとんとご無沙汰で、私は解説書いただけなので、その辺何もわかりませんが、文庫本は絶版だけどキンドルは健在という本が創元にはいくつかあることがわかりました。
創元の「フランケン」は出た当時(31年前の2月だね)はあまり売れず、数年で絶版かと思われていたのですが、どこかの学校が教科書に採用してくれたので増刷され、その後しだいに売れるようになって、27刷まで行ってます(1回あたりの増刷は2千部から3千部なので、27刷でも合計で7万部から8万部くらいだと思います。初版部数も1万8千と、当時の文庫としては少なかった。今は文庫でも1万切るのは普通らしい、って、私の小学館文庫の翻訳は1万切ってたわ)。
で、NHK教育で「フランケンシュタイン」の紹介番組が先週から始まって、それで新潮文庫も光文社文庫も売れ出したのですが、創元はキンドルが売れている(安いから)。うーん、もう紙は限界か(以上、アマゾンの話なので、書店も含めた実売はわかりません)。
正直、私の解説が30年以上も長持ちするとは思ってなかったので、ネットで今でも解説を絶賛してくださる読者がいるのはありがたいことなのですが、そしてキンドルがあれば今後も読みたい人には読んでもらえるのですが、でも、もしも紙の文庫が絶版になったら、あの解説を含めた本を出してみたいな、とか、ちらっと頭に浮かんだりもしたのでした。
翻訳は新潮文庫と光文社文庫は今ふうで読みやすいそうですが、創元の翻訳は古典の格調のある訳文で、ネットではこちらがいいと書いている人もいます。
追記
2014年3月30日日曜日
17年目の和解
アジアリーグのクレインズは今季は全日本選手権でも王子を破って優勝していて、全日本とアジアリーグの両方で優勝したのは7年ぶり2回目となります。
その7年前のW優勝に貢献した選手の1人が元セイバーズのデレク・プラント。何度も書いてますが、セイバーズのゴーリー、ドミニク・ハシェックとHCテッド・ノーランの間で確執があり、そうした背景の中、97年のプレーオフ・ファーストラウンドでハシェックが彼を批判する記者への暴行で出場停止、絶体絶命の危機を救ったのがデレクの同点ゴール(実際は相手のオウンゴール)とOTゴールであったというお話。デレクはハシェックとノーランの確執の真っただ中にいた選手だったのです。
デレクのゴールでセカンドラウンドへ進んだものの、出場停止が解けたハシェックはケガで出られず、セイバーズは敗退。そしてノーランはHCをやめ、ハシェックはその後、98年長野五輪でチェコに金メダルをもたらし、99年にはセイバーズをファイナルに導くが、ダラス・スターズのブレット・ハルの疑惑のゴールで敗退。このとき、プレーオフ前のトレード・デッドラインでダラスにトレードされたデレクが棚ぼたカップ獲得となったのでした(しかもハルはデレクの大学の先輩)。
セイバーズは当時のオーナーがその後刑務所に入ってしまうような山師だったこともあって破産寸前、このままセイバーズにいてもカップとれないと思ったハシェックがデトロイト・レッドウィングスにトレードを要求、ということがあったために、長い間、セイバーズ・ファンの間にはハシェックに対する悪感情がありました。ハシェック自身もしばらくの間はセイバーズを無視し続けていたのですが、レッドウィングスで2度目の優勝をしたとき、チームの記者会見でバッファローとセイバーズの元チームメイトたちに感謝の言葉を述べ、あまりにバッファローの話ばかりするのでレッドウィングス側が打ち切ろうとしたとか。このあたりからセイバーズのファンも過去を水に流そうという感じになっていったようです。
ハシェックはバッファローで貧しい子供たちのためのチャリティ活動を続けていますが、他チームに移ってもそうしたチャリティ活動でバッファローに来ていたようです。2年ほど前にはセイバーズの試合で記念フェイスオフもしていました。この頃からセイバーズの殿堂入りや永久欠番は視野に入っていたと思われます。
現地時間29日夜、日本時間30日午前の試合で、ハシェックのセイバーズ殿堂入りのセレモニーが行われることになっていますが、来季には39番を永久欠番にすることも決まりました。
ハシェックとノーランの確執が事件となった97年からすでに17年。現在、セイバーズのHCはそのノーランなわけですが、この2人が会って大丈夫かな、と思っていたら、2人が笑顔で握手している写真がありました(アップできないのが残念。セイバーズのファンの掲示板にあったのだけど、この掲示板は登録しないと閲覧できない)。さすがに17年もたっているので、どちらにとっても昔のことになっているようです。
というわけで、ハシェックとノーラン、17年目の和解、となったわけです。
関連記事(英語)
http://www.nhl.com/ice/news.htm?id=711748&navid=nhl:topheads
私がセイバーズをチェックするようになったのは2003年からなので、当然、ハシェックとノーランの時代も、デレクの活躍もリアルタイムでは知りませんでした。ただ、このハシェックとノーランの話があまりに有名なので、そこで劇的なゴールをしたデレクのことも知り、そのデレクがクレインズに来るというのでアジアリーグを見るようになったのでした。
デレクの追っかけをした2005年から2007年の2シーズンは、私にとってはとても幸せな時期でした。また、この2シーズンはセイバーズが非常に強かった時代でもありました。ダーシー・リギアGMとリンディ・ラフHCの作戦がみごとに当たり、ドゥルーリーとブリエアという2人のキャプテン、ゴーリーのミラーを中心に、派手さはないが実力のある選手たちのケミストリーが毎回すばらしい勝ち試合を見せてくれていました。本当に魅力的なチームでした(同じ頃のクレインズも)。
特に2006年のプレーオフは、ハシェックとノーランの確執の重要人物だったジョン・マックラーGMのオタワ・セネターズが優勝のためにハシェックを雇ったのにハシェックがケガで出られず、最強と思われたセネターズをセイバーズが粉砕してしまうという結末に。ポマンヴィルのOTゴールにデレクのOTゴールを思い出した人も多く、くやしがるマックラーの姿に大喜び。このあとハシェックは人間的に丸くなっていき、また、セイバーズ・ファンもハシェックが与えた痛みを癒すようになっていった気がします。
セイバーズは2007年にプレジデンツ・トロフィーを獲得したあと、低迷が続いていますが、クレインズは2009年にアジアリーグ制覇したあと、ちと低迷だったのだね。今季は2冠達成するようなチームとは思いませんでしたが、ここ一番に強くなったのかな。王子はオギリンのブレイクが驚きだったよね。2006年にはエアホッケー優勝者だったけど、今年はベストゴーリーになったんだから。
その7年前のW優勝に貢献した選手の1人が元セイバーズのデレク・プラント。何度も書いてますが、セイバーズのゴーリー、ドミニク・ハシェックとHCテッド・ノーランの間で確執があり、そうした背景の中、97年のプレーオフ・ファーストラウンドでハシェックが彼を批判する記者への暴行で出場停止、絶体絶命の危機を救ったのがデレクの同点ゴール(実際は相手のオウンゴール)とOTゴールであったというお話。デレクはハシェックとノーランの確執の真っただ中にいた選手だったのです。
デレクのゴールでセカンドラウンドへ進んだものの、出場停止が解けたハシェックはケガで出られず、セイバーズは敗退。そしてノーランはHCをやめ、ハシェックはその後、98年長野五輪でチェコに金メダルをもたらし、99年にはセイバーズをファイナルに導くが、ダラス・スターズのブレット・ハルの疑惑のゴールで敗退。このとき、プレーオフ前のトレード・デッドラインでダラスにトレードされたデレクが棚ぼたカップ獲得となったのでした(しかもハルはデレクの大学の先輩)。
セイバーズは当時のオーナーがその後刑務所に入ってしまうような山師だったこともあって破産寸前、このままセイバーズにいてもカップとれないと思ったハシェックがデトロイト・レッドウィングスにトレードを要求、ということがあったために、長い間、セイバーズ・ファンの間にはハシェックに対する悪感情がありました。ハシェック自身もしばらくの間はセイバーズを無視し続けていたのですが、レッドウィングスで2度目の優勝をしたとき、チームの記者会見でバッファローとセイバーズの元チームメイトたちに感謝の言葉を述べ、あまりにバッファローの話ばかりするのでレッドウィングス側が打ち切ろうとしたとか。このあたりからセイバーズのファンも過去を水に流そうという感じになっていったようです。
ハシェックはバッファローで貧しい子供たちのためのチャリティ活動を続けていますが、他チームに移ってもそうしたチャリティ活動でバッファローに来ていたようです。2年ほど前にはセイバーズの試合で記念フェイスオフもしていました。この頃からセイバーズの殿堂入りや永久欠番は視野に入っていたと思われます。
現地時間29日夜、日本時間30日午前の試合で、ハシェックのセイバーズ殿堂入りのセレモニーが行われることになっていますが、来季には39番を永久欠番にすることも決まりました。
ハシェックとノーランの確執が事件となった97年からすでに17年。現在、セイバーズのHCはそのノーランなわけですが、この2人が会って大丈夫かな、と思っていたら、2人が笑顔で握手している写真がありました(アップできないのが残念。セイバーズのファンの掲示板にあったのだけど、この掲示板は登録しないと閲覧できない)。さすがに17年もたっているので、どちらにとっても昔のことになっているようです。
というわけで、ハシェックとノーラン、17年目の和解、となったわけです。
関連記事(英語)
http://www.nhl.com/ice/news.htm?id=711748&navid=nhl:topheads
私がセイバーズをチェックするようになったのは2003年からなので、当然、ハシェックとノーランの時代も、デレクの活躍もリアルタイムでは知りませんでした。ただ、このハシェックとノーランの話があまりに有名なので、そこで劇的なゴールをしたデレクのことも知り、そのデレクがクレインズに来るというのでアジアリーグを見るようになったのでした。
デレクの追っかけをした2005年から2007年の2シーズンは、私にとってはとても幸せな時期でした。また、この2シーズンはセイバーズが非常に強かった時代でもありました。ダーシー・リギアGMとリンディ・ラフHCの作戦がみごとに当たり、ドゥルーリーとブリエアという2人のキャプテン、ゴーリーのミラーを中心に、派手さはないが実力のある選手たちのケミストリーが毎回すばらしい勝ち試合を見せてくれていました。本当に魅力的なチームでした(同じ頃のクレインズも)。
特に2006年のプレーオフは、ハシェックとノーランの確執の重要人物だったジョン・マックラーGMのオタワ・セネターズが優勝のためにハシェックを雇ったのにハシェックがケガで出られず、最強と思われたセネターズをセイバーズが粉砕してしまうという結末に。ポマンヴィルのOTゴールにデレクのOTゴールを思い出した人も多く、くやしがるマックラーの姿に大喜び。このあとハシェックは人間的に丸くなっていき、また、セイバーズ・ファンもハシェックが与えた痛みを癒すようになっていった気がします。
セイバーズは2007年にプレジデンツ・トロフィーを獲得したあと、低迷が続いていますが、クレインズは2009年にアジアリーグ制覇したあと、ちと低迷だったのだね。今季は2冠達成するようなチームとは思いませんでしたが、ここ一番に強くなったのかな。王子はオギリンのブレイクが驚きだったよね。2006年にはエアホッケー優勝者だったけど、今年はベストゴーリーになったんだから。
2014年3月29日土曜日
祝優勝!クレインズ
日本製紙クレインズは王子イーグルスを4対3で破り、ファイナル3勝1敗として、アジアリーグプレーオフ3度目の優勝、そして、ホーム釧路での初優勝を飾りました。
おめでとうございます。
もう2年くらいアジアリーグの試合を見に行っていなくて、クレインズも選手が知らない名前ばかりになってきて、心理的に遠ざかっていましたが、ようやくの釧路での優勝。長らくこの瞬間を待っていた、特に遠くへ遠征できない釧路周辺のファンの方たちのことを思うと、こみあげてくるものがあります。
試合は1ピリでクレインズ3対0とし、これは楽勝か、と思いきや、2ピリで4対3と1点差に追い詰められ、しかも同点ゴール?と思われたのがノーゴールとなって救われたという顛末。そして3ピリはどちらも1点も入らない攻防でかなりスピーディに進み、気がつくと残り3分。このあたりはクレインズ・ペースでしたが、最後の20秒くらいはやっぱり祈ってました。(あ、試合はネットラジオで聞いたのですよ。)
チームを応援で支えてきた応援団の面々も年をとり、転勤で釧路にいない人もいるようで、もうほんと、この辺で、釧路で優勝しなくちゃ、という時期でした。彼らのためにもうれしかったです。
観客動員数も3120人と、釧路アイスアリーナ新記録。が、この数字、消防法的には大丈夫?
さて、土曜日はうちの周辺はすっかりお花見日和で、桜もかなり咲いています。霊園とか上野公園より街中の方が暖かいのか、街中のお寺の桜はすでに見頃。写真も撮っているのだけど、相変わらずブロガーが対応してくれないのでアップできないでいます。
明日は風雨が強いらしいので、せっかくの日曜日なのにお花見は無理そう。
おめでとうございます。
もう2年くらいアジアリーグの試合を見に行っていなくて、クレインズも選手が知らない名前ばかりになってきて、心理的に遠ざかっていましたが、ようやくの釧路での優勝。長らくこの瞬間を待っていた、特に遠くへ遠征できない釧路周辺のファンの方たちのことを思うと、こみあげてくるものがあります。
試合は1ピリでクレインズ3対0とし、これは楽勝か、と思いきや、2ピリで4対3と1点差に追い詰められ、しかも同点ゴール?と思われたのがノーゴールとなって救われたという顛末。そして3ピリはどちらも1点も入らない攻防でかなりスピーディに進み、気がつくと残り3分。このあたりはクレインズ・ペースでしたが、最後の20秒くらいはやっぱり祈ってました。(あ、試合はネットラジオで聞いたのですよ。)
チームを応援で支えてきた応援団の面々も年をとり、転勤で釧路にいない人もいるようで、もうほんと、この辺で、釧路で優勝しなくちゃ、という時期でした。彼らのためにもうれしかったです。
観客動員数も3120人と、釧路アイスアリーナ新記録。が、この数字、消防法的には大丈夫?
さて、土曜日はうちの周辺はすっかりお花見日和で、桜もかなり咲いています。霊園とか上野公園より街中の方が暖かいのか、街中のお寺の桜はすでに見頃。写真も撮っているのだけど、相変わらずブロガーが対応してくれないのでアップできないでいます。
明日は風雨が強いらしいので、せっかくの日曜日なのにお花見は無理そう。
2014年3月26日水曜日
悲願の地元優勝なるか?
レギュラーシーズンは圧倒的な強さを誇ったアジアリーグの王子イーグルス。プレーオフもセミファイナルはハイワンに圧勝でスイープ。続く日本製紙クレインズ相手のファイナルも苫小牧の第1戦はクレインズをぼこぼこに。こりゃあまたスイープかも、と数年前の悪夢がよみがえったのですが、第2戦はクレインズが楽勝。そして火曜の第3戦は互いに譲らず0対0のままOT突入。そしてクレインズがOT勝ちという劇的勝利で優勝に王手をかけました。
ファイナルはすべてFMくしろがネット生中継しているので、日本全国はおろか世界中で聞くことができます。第1戦、第2戦は聞いたのだが、第3戦は外出で聞けず。聞いていた人も見ていた人も息づまる攻防だったことでしょう。
そして舞台はクレインズ本拠地の釧路へ。土曜日にクレインズが勝てば悲願の地元胴上げです。
アジアリーグと全日本選手権では何度も優勝しているクレインズですが、まだ地元での優勝はなし。確かに上位でファイナルに進むとスイープしないと地元優勝はなし、ということで、可能ではあるけど条件的にむずかしいという場合もあったのですが、その一方で、条件的にできたはずなのにクレインズの自己責任でだめだった、ということも過去に何回かありました。
年は覚えてないけど、とりあえず、私の記憶にあるのを順不同で。
1 王子対クレインズのファイナル。この年は苫小牧で2戦、釧路で2戦、苫小牧で1戦のスケジュールだったので、クレインズがんばれば地元優勝のチャンスが大いにあったのに、苫小牧で連敗、その後釧路の最初の試合で王子の優勝を見るはめに(これは私も見た)。
2 釧路での全日本選手権。釧路でやるんだから優勝すれば地元胴上げだったのに、決勝戦で敗れる。相手は西武だったかな。ここ一番で地元で弱いクレインズを実証。
3 西武プリンスラビッツ終焉の年。ファイナルは西武対クレインズ。東伏見で2試合、釧路で3試合、東伏見で2試合というスケジュール。クレインズは東伏見で1勝1敗とし、釧路で2勝。次も勝てば地元胴上げだったが、西武が意地を見せて東伏見に帰る。結局、第7戦を制したクレインズの優勝。この年はプレーオフは7戦方式で、関係者は大変だったろうけど、試合的にはすごく盛り上がった。
4 アニャンハルラ対クレインズのファイナル。スケジュールはアニャン(韓国)で3試合、釧路で2試合。クレインズは敵地で2敗するが、第3戦は勝ち、釧路での第4戦は終了寸前に同点に追いつき、OTで勝利。その勢いで次の試合も勝てば地元胴上げだったが、最終戦はハルラが逆にOT勝利でハルラ初優勝。この釧路での2戦は相当に盛り上がったようだ。
私は1は苫小牧と釧路に遠征して3試合全部見ましたが、2と4は行かず。3は東伏見の4試合のみ観戦。3と4はとにかく劇的で、地元優勝のことより試合のすごさ、すばらしさの方が記憶に残ったと思いますが、落ち着いてくると、なんでクレインズは地元優勝できないの?という疑問がファンからわいてくるのです。
で、今回のファイナルは地元優勝に最も近い、というか、近さという点では2の全日本選手権に並ぶでしょう。1は王子強すぎ、3と4はこれだけ白熱した試合だから地元胴上げなくてもしかたないと思えますが、今回は、もう王子強すぎじゃなくなってきたようだし、あとはクレインズがやるしかない、という気がします。
今季はセミファイナルが韓国でのスイープだったので、釧路ではまだプレーオフの試合がなく、第4戦のチケットは売れに売れているよう。その上、地元胴上げの可能性もあるので、超満員は間違いなし。いいなあ、行ける人。
ファイナルはすべてFMくしろがネット生中継しているので、日本全国はおろか世界中で聞くことができます。第1戦、第2戦は聞いたのだが、第3戦は外出で聞けず。聞いていた人も見ていた人も息づまる攻防だったことでしょう。
そして舞台はクレインズ本拠地の釧路へ。土曜日にクレインズが勝てば悲願の地元胴上げです。
アジアリーグと全日本選手権では何度も優勝しているクレインズですが、まだ地元での優勝はなし。確かに上位でファイナルに進むとスイープしないと地元優勝はなし、ということで、可能ではあるけど条件的にむずかしいという場合もあったのですが、その一方で、条件的にできたはずなのにクレインズの自己責任でだめだった、ということも過去に何回かありました。
年は覚えてないけど、とりあえず、私の記憶にあるのを順不同で。
1 王子対クレインズのファイナル。この年は苫小牧で2戦、釧路で2戦、苫小牧で1戦のスケジュールだったので、クレインズがんばれば地元優勝のチャンスが大いにあったのに、苫小牧で連敗、その後釧路の最初の試合で王子の優勝を見るはめに(これは私も見た)。
2 釧路での全日本選手権。釧路でやるんだから優勝すれば地元胴上げだったのに、決勝戦で敗れる。相手は西武だったかな。ここ一番で地元で弱いクレインズを実証。
3 西武プリンスラビッツ終焉の年。ファイナルは西武対クレインズ。東伏見で2試合、釧路で3試合、東伏見で2試合というスケジュール。クレインズは東伏見で1勝1敗とし、釧路で2勝。次も勝てば地元胴上げだったが、西武が意地を見せて東伏見に帰る。結局、第7戦を制したクレインズの優勝。この年はプレーオフは7戦方式で、関係者は大変だったろうけど、試合的にはすごく盛り上がった。
4 アニャンハルラ対クレインズのファイナル。スケジュールはアニャン(韓国)で3試合、釧路で2試合。クレインズは敵地で2敗するが、第3戦は勝ち、釧路での第4戦は終了寸前に同点に追いつき、OTで勝利。その勢いで次の試合も勝てば地元胴上げだったが、最終戦はハルラが逆にOT勝利でハルラ初優勝。この釧路での2戦は相当に盛り上がったようだ。
私は1は苫小牧と釧路に遠征して3試合全部見ましたが、2と4は行かず。3は東伏見の4試合のみ観戦。3と4はとにかく劇的で、地元優勝のことより試合のすごさ、すばらしさの方が記憶に残ったと思いますが、落ち着いてくると、なんでクレインズは地元優勝できないの?という疑問がファンからわいてくるのです。
で、今回のファイナルは地元優勝に最も近い、というか、近さという点では2の全日本選手権に並ぶでしょう。1は王子強すぎ、3と4はこれだけ白熱した試合だから地元胴上げなくてもしかたないと思えますが、今回は、もう王子強すぎじゃなくなってきたようだし、あとはクレインズがやるしかない、という気がします。
今季はセミファイナルが韓国でのスイープだったので、釧路ではまだプレーオフの試合がなく、第4戦のチケットは売れに売れているよう。その上、地元胴上げの可能性もあるので、超満員は間違いなし。いいなあ、行ける人。
2014年3月18日火曜日
ハシェック、セイバーズの殿堂入りへ
すでに3月6日にリリースされたニュースなのですが、90年代から2001年までセイバーズで活躍し、長野五輪ではチェコに金メダルをもたらしたゴーリー、ドミニク・ハシェックのセイバーズの殿堂入りが決まり、3月29日の対ライトニング戦でセレモニーが行われます。
ニュース記事(英語)。
http://sabres.nhl.com/club/news.htm?id=708213
で、私はセイバーズにファンとして一応登録してあるのですが、この試合の最上階の席を半額でご提供、というメールがさっき来てました。
78ドルのところ39ドルだそうです。
ふうん、セレモニーがあるのに席が余ってるのね。
永久欠番のセレモニーではありません。
それより、今季途中からセイバーズの監督(ヘッドコーチという言い方ではないが)になったテッド・ノーランはかつてハシェックと犬猿の仲で、大変な騒動になったという間柄なのですが、そのノーランがいるときにセレモニーするってことは、ノーランとは和解したってことでしょうか?
そのノーランはセイバーズと来季以降も契約しそうな雰囲気。
ヴァネクもミラーも放出したセイバーズ、来季以降、果たしてどうなることか。
そうそう、ミラーのトレードの直後、パット・ラフォンテーヌがセイバーズを去ったのです。理由はわからず、ラフォンテーヌの都合なのか、あるいはクビになったのかもわからず。ラフォンテーヌがセイバーズのスタッフになってあれだけ喜んでいたデレクはどうなんでしょうか(あわよくば自分がコーチに、なんて思ってたのかしらん)。デレクはまさにハシェック対ノーランの時代に活躍した選手だったのですが。
ハシェックのセイバーズ殿堂入りが決まったのがラフォンテーヌがセイバーズを去ったあとというタイミングだったので、なんとなくファンを引き留める策の1つなのかな、という感じもします。過去もいいけど、現在と未来をなんとかせい!
クレインズは韓国でスイープしちゃたので、先週末は釧路で試合なし。今週末に苫小牧でいよいよファイナル。スイープはあるまいと思って、先週末に釧路行きを考えていたけれど、体調よくないので断念、その後、また風邪をひいて釧路行きやめてよかった、と思ったのですが、クレインズのスイープ勝ち抜けでほんとに釧路行きやめてよかったになりました。
何年か前だけど、苫小牧で王子とファイナルやったとき、当時は2戦、移動、2戦、移動、1戦で、私は苫小牧で2戦見て、いったん東京に帰り、次の2戦見るべく釧路へ行ったのですが、クレインズはスイープされちまって、釧路での1試合目で王子に優勝されてしまったのです。もうあの轍は踏まないでいただきたいものです。
追記 デレクのシーズンはとっくに終わっていた。コーチをしているミネソタ大学ダルース校のブルドッグス、プレーオフには出たが、あっさり敗退していた。3年前の優勝のあと、低迷が続いている。
ニュース記事(英語)。
http://sabres.nhl.com/club/news.htm?id=708213
で、私はセイバーズにファンとして一応登録してあるのですが、この試合の最上階の席を半額でご提供、というメールがさっき来てました。
78ドルのところ39ドルだそうです。
ふうん、セレモニーがあるのに席が余ってるのね。
永久欠番のセレモニーではありません。
それより、今季途中からセイバーズの監督(ヘッドコーチという言い方ではないが)になったテッド・ノーランはかつてハシェックと犬猿の仲で、大変な騒動になったという間柄なのですが、そのノーランがいるときにセレモニーするってことは、ノーランとは和解したってことでしょうか?
そのノーランはセイバーズと来季以降も契約しそうな雰囲気。
ヴァネクもミラーも放出したセイバーズ、来季以降、果たしてどうなることか。
そうそう、ミラーのトレードの直後、パット・ラフォンテーヌがセイバーズを去ったのです。理由はわからず、ラフォンテーヌの都合なのか、あるいはクビになったのかもわからず。ラフォンテーヌがセイバーズのスタッフになってあれだけ喜んでいたデレクはどうなんでしょうか(あわよくば自分がコーチに、なんて思ってたのかしらん)。デレクはまさにハシェック対ノーランの時代に活躍した選手だったのですが。
ハシェックのセイバーズ殿堂入りが決まったのがラフォンテーヌがセイバーズを去ったあとというタイミングだったので、なんとなくファンを引き留める策の1つなのかな、という感じもします。過去もいいけど、現在と未来をなんとかせい!
クレインズは韓国でスイープしちゃたので、先週末は釧路で試合なし。今週末に苫小牧でいよいよファイナル。スイープはあるまいと思って、先週末に釧路行きを考えていたけれど、体調よくないので断念、その後、また風邪をひいて釧路行きやめてよかった、と思ったのですが、クレインズのスイープ勝ち抜けでほんとに釧路行きやめてよかったになりました。
何年か前だけど、苫小牧で王子とファイナルやったとき、当時は2戦、移動、2戦、移動、1戦で、私は苫小牧で2戦見て、いったん東京に帰り、次の2戦見るべく釧路へ行ったのですが、クレインズはスイープされちまって、釧路での1試合目で王子に優勝されてしまったのです。もうあの轍は踏まないでいただきたいものです。
追記 デレクのシーズンはとっくに終わっていた。コーチをしているミネソタ大学ダルース校のブルドッグス、プレーオフには出たが、あっさり敗退していた。3年前の優勝のあと、低迷が続いている。
2014年3月10日月曜日
また風邪
1月に風邪で寝込み、ついでにぎっくり腰までやってしまったのですが、ここに来てまた風邪をひいてしまいました。今回は熱は上がらず、寝込まずにすんでいますが、ひと冬に2回風邪ひくなんてワタクシ的には前代未聞。寄る年波には勝てず、か。釧路に行くのやめてよかった。
さてさて、クレインズは韓国でサンム相手に2連勝、ファイナルへの王手をかけました。
やっぱりアウェーに強いな、クレインズ。また、サンムもプレーオフとなるとロースターの人数不足が影響したのではないか、と。もうこうなったら3タテでさっさとファイナル進出を決めた方がよいですね。私は戦前からクレインズが韓国で王手をかける、と思っていましたが、勝ち、負け、勝ちの2勝1敗と予想していたので、2連勝は予想外。が、ここでサンムに踏みとどまられてしまうと、ホームに弱いクレインズはとっても不安なので、やはり3試合目で決めていただきたいものです。
一方、王子もハイワン相手に2連勝で王手ですね。こっちは王子が一方的に勝っていて、ハイワンの井上ゴーリーは初プレーオフの洗礼を受けているようです。
高いヘッドフォンを買ったので、段ボール箱からクラシックのCDを何枚か出して聞いています。久々にピエール・アモワイヤルのCDを聞いているのですが、アモワイヤルはもう引退したかな、と思って調べてみたら、全然現役だった。日本でもしょっちゅうコンサートしているみたいで、日本人でアモワイヤルの弟子になっている人もけっこういるよう。なんか、調べてみたら、私が熱心にCD買っていた頃より今の方が有名になってるみたいだぞ、アモワイヤル。私が熱心に買っていたのは80年代末から90年代くらいかな。その頃はアモワイヤルは日本では知る人ぞ知る感じでしたが、90年代末あたりから来日して演奏会するようになって知られるようになったのでしょうか。弟子になった日本人がブログで、アモワイヤルから聞いたハイフェッツ(アモワイヤルの師匠)の思い出を書いていて、なかなか面白かったです。アモワイヤルが好きな人はやはりハイフェッツが好きですね。写真見るとさすがに髪は白っぽくなり、顔も年とった感じですが、なんか人間的にとてもいい人みたいで、顔の表情とか柔和でよい。
偽ベートーベンこと佐村河内氏が替え玉暴露されてしまったちょうどその頃、日本ではリケジョの星、小保方氏がSTAP細胞なるものを作り出すのに成功したとして騒がれていたのですが、この小保方氏も最近は女・森口とか女・佐村河内とか言われて、なんかこの人も詐欺師だったのか、という感じになってきています。
そもそも、この小保方氏の論文は発表直後からネット上で疑問の声が上がっていて、偽ベートーベンと同じかもしれないと当時から疑っていた人はいたようですが、その後、画像やデータの使い回しが発覚し、その論文だけでなく他の論文にも疑問が出て、ついに共同研究者が論文取り下げを要請。分野は全然違うけど、偽キュリー夫人だったのか?(キュリー夫人は原子物理学なので分野が違いますが、一応、リケジョってことで)。
もともと佐村河内氏も小保方氏も騒がれ方がおかしかったというか、かたや聴覚障碍者で被ばく二世を売りにし、かたや若い女性でゴスロリの服装や指輪が話題になり、という、マスコミが飛びつく要素が前面に出ていた感はあります。しかも、障碍者、被ばく二世、若い女性となると、社会的弱者のイメージがあるので、疑いを持ちにくい。
佐村河内氏の場合は、周囲は知っていたのにわざとだまされていたんじゃないか、みたいな感じがありましたが、小保方氏の場合はグループで研究していたので、もしもほんとにねつ造だったら(その可能性がかなり高そうなんですが)、研究所や大学がからんでのねつ造ということになり、これは大問題になりそうです。
なんにしても、サムラゴーチックな人々と、それにとびつきたがるマスコミが目立つ今日この頃。佐村河内氏は記者会見して目立ちたがりなところを見せましたが、小保方氏は論文を批判されたら一晩泣き明かしたという人なので、雲隠れしたままでしょうね。
さてさて、クレインズは韓国でサンム相手に2連勝、ファイナルへの王手をかけました。
やっぱりアウェーに強いな、クレインズ。また、サンムもプレーオフとなるとロースターの人数不足が影響したのではないか、と。もうこうなったら3タテでさっさとファイナル進出を決めた方がよいですね。私は戦前からクレインズが韓国で王手をかける、と思っていましたが、勝ち、負け、勝ちの2勝1敗と予想していたので、2連勝は予想外。が、ここでサンムに踏みとどまられてしまうと、ホームに弱いクレインズはとっても不安なので、やはり3試合目で決めていただきたいものです。
一方、王子もハイワン相手に2連勝で王手ですね。こっちは王子が一方的に勝っていて、ハイワンの井上ゴーリーは初プレーオフの洗礼を受けているようです。
高いヘッドフォンを買ったので、段ボール箱からクラシックのCDを何枚か出して聞いています。久々にピエール・アモワイヤルのCDを聞いているのですが、アモワイヤルはもう引退したかな、と思って調べてみたら、全然現役だった。日本でもしょっちゅうコンサートしているみたいで、日本人でアモワイヤルの弟子になっている人もけっこういるよう。なんか、調べてみたら、私が熱心にCD買っていた頃より今の方が有名になってるみたいだぞ、アモワイヤル。私が熱心に買っていたのは80年代末から90年代くらいかな。その頃はアモワイヤルは日本では知る人ぞ知る感じでしたが、90年代末あたりから来日して演奏会するようになって知られるようになったのでしょうか。弟子になった日本人がブログで、アモワイヤルから聞いたハイフェッツ(アモワイヤルの師匠)の思い出を書いていて、なかなか面白かったです。アモワイヤルが好きな人はやはりハイフェッツが好きですね。写真見るとさすがに髪は白っぽくなり、顔も年とった感じですが、なんか人間的にとてもいい人みたいで、顔の表情とか柔和でよい。
偽ベートーベンこと佐村河内氏が替え玉暴露されてしまったちょうどその頃、日本ではリケジョの星、小保方氏がSTAP細胞なるものを作り出すのに成功したとして騒がれていたのですが、この小保方氏も最近は女・森口とか女・佐村河内とか言われて、なんかこの人も詐欺師だったのか、という感じになってきています。
そもそも、この小保方氏の論文は発表直後からネット上で疑問の声が上がっていて、偽ベートーベンと同じかもしれないと当時から疑っていた人はいたようですが、その後、画像やデータの使い回しが発覚し、その論文だけでなく他の論文にも疑問が出て、ついに共同研究者が論文取り下げを要請。分野は全然違うけど、偽キュリー夫人だったのか?(キュリー夫人は原子物理学なので分野が違いますが、一応、リケジョってことで)。
もともと佐村河内氏も小保方氏も騒がれ方がおかしかったというか、かたや聴覚障碍者で被ばく二世を売りにし、かたや若い女性でゴスロリの服装や指輪が話題になり、という、マスコミが飛びつく要素が前面に出ていた感はあります。しかも、障碍者、被ばく二世、若い女性となると、社会的弱者のイメージがあるので、疑いを持ちにくい。
佐村河内氏の場合は、周囲は知っていたのにわざとだまされていたんじゃないか、みたいな感じがありましたが、小保方氏の場合はグループで研究していたので、もしもほんとにねつ造だったら(その可能性がかなり高そうなんですが)、研究所や大学がからんでのねつ造ということになり、これは大問題になりそうです。
なんにしても、サムラゴーチックな人々と、それにとびつきたがるマスコミが目立つ今日この頃。佐村河内氏は記者会見して目立ちたがりなところを見せましたが、小保方氏は論文を批判されたら一晩泣き明かしたという人なので、雲隠れしたままでしょうね。
2014年3月6日木曜日
あんまりだ。
キム・ヨナ選手とキム・ウォンジュン選手の熱愛が報道されてますが、ウォンジュン選手については「アジアリーグのアイスホッケー選手」とだけでチーム名もなかったり、あってもアジアリーグで通っているデミョンサンムという名前になってない!
おまけにキム・ヨナ嫌いの日本人がキム・ウォンジュンなんて知らないし知りたくもないとかコメントしている。
このウォンジュン選手の所属するサンムが今週末、韓国で日本製紙クレインズとセミファイナルを戦うことなどどこも書いていない。そして、韓国で3タテがなければ、来週末、釧路に来ることも。
もう、こういうところでアジアリーグ宣伝しろよ!
クレインズ対サンムのセミファイナルはすごく見たくて、3タテはたぶんないから来週末釧路へ行こうと思ったのですが、1月からの体調不良がまだ続いているので断念。クレインズはアウェーの方が強いから、王手をかけて釧路に戻ってくれると思います。
しかし、サンムってまだ見たことないのだが、非常に試合運びがうまくて、日本人も「好きになってしまう」とかコメントしているので、ほんと、見たかったです。
おまけにキム・ヨナ嫌いの日本人がキム・ウォンジュンなんて知らないし知りたくもないとかコメントしている。
このウォンジュン選手の所属するサンムが今週末、韓国で日本製紙クレインズとセミファイナルを戦うことなどどこも書いていない。そして、韓国で3タテがなければ、来週末、釧路に来ることも。
もう、こういうところでアジアリーグ宣伝しろよ!
クレインズ対サンムのセミファイナルはすごく見たくて、3タテはたぶんないから来週末釧路へ行こうと思ったのですが、1月からの体調不良がまだ続いているので断念。クレインズはアウェーの方が強いから、王手をかけて釧路に戻ってくれると思います。
しかし、サンムってまだ見たことないのだが、非常に試合運びがうまくて、日本人も「好きになってしまう」とかコメントしているので、ほんと、見たかったです。
2013年3月23日土曜日
浜離宮からスカイツリーへ(3)
船を降りて川岸から。船は台東区側の浅草に着きます。川の対岸は墨田区。私は浅草もあまり得意ではないですが、墨田区は生まれてこのかた3回くらいしか行ったことがない。そのうち2回はシャープの工場にワープロの持ち込み修理を依頼したとき。あと1回は知人宅を訪ねたとき。つまり、墨田区のことはほとんど知らないのです。
せっかくだからスカイツリーの足元まで行こうと思い、隅田川のリバーサイドの桜を見ながら言問橋へ。このあたりは以前、通り魔殺人事件が起きたので、あまりいいイメージを持っていなかったが、普通に桜の名所だった。もう薄暗いので、桜はきれいに撮れない。言問橋の手前に東武線の橋がある。
スカイツリーの全体像が見える。対岸も桜がいっぱい。
言問橋を渡り、スカイツリーに近づくにつれ、月の位置がだんだん下がってくる。
とうきょうスカイツリー駅(もとは業平橋という由緒正しい駅名だったのに)。
月が右下にまで下がっている。
ほぼ真下に来ました。下の展望台より上が見えない。
入口。予約しなくても時間指定の整理券をもらって待てば入れます。が、2時間待ちだった。でも、予約は天気がわからないので、2時間待ちくらいならその方がいい。そばにはソラマチというビルがあり、レストランやプラネタリウムもあります。水族館も近くにあるようだ。
暗くなるまで時間をつぶしてライトアップを待つ。桜の季節の特別色。
が、すぐに白い色に変わってしまった。左に月。
帰りは押上駅から帰ることにし、ツリーを離れる。離れた方が上まで見える。下の方はブルーになってますね。桜が散るように、小さなピンクの光がキラキラと光る演出もあります。
押上駅の入口。東武鉄道はアイスバックスと協力関係にあります。クレインズの石川選手が写っている。石川選手は日光出身。
さて、押上からどう帰るかがかなり大変な問題でした。京成線、都営地下鉄、東京メトロの3種類があって、最初は京成線で日暮里へ出るかな、と思ったら、運賃がやけに高い。そういえば、青砥での乗換えが大変だったことがあったのを思い出し、京成線は却下(あとで地図を見たら、ひどく遠回りだった。運賃高いわけです)。次に都営地下鉄と東京メトロを比べたら、都営の方が20円安い。しかし、メトロは乗換えが1回だが、都営は2回、しかも1回は地上に出ての乗り換え。でも、時間的には都営が一番早そうなので、都営にした。蔵前で外に出て、信号まで渡っての乗り換えなのです。ちなみに、秋葉原と岩本町が乗換駅になりましたが、これも信号渡る乗り換えです。蔵前も初めての場所だし、台東区東部はなかなかに未知の世界です。
せっかくだからスカイツリーの足元まで行こうと思い、隅田川のリバーサイドの桜を見ながら言問橋へ。このあたりは以前、通り魔殺人事件が起きたので、あまりいいイメージを持っていなかったが、普通に桜の名所だった。もう薄暗いので、桜はきれいに撮れない。言問橋の手前に東武線の橋がある。
スカイツリーの全体像が見える。対岸も桜がいっぱい。
言問橋を渡り、スカイツリーに近づくにつれ、月の位置がだんだん下がってくる。
とうきょうスカイツリー駅(もとは業平橋という由緒正しい駅名だったのに)。
月が右下にまで下がっている。
ほぼ真下に来ました。下の展望台より上が見えない。
入口。予約しなくても時間指定の整理券をもらって待てば入れます。が、2時間待ちだった。でも、予約は天気がわからないので、2時間待ちくらいならその方がいい。そばにはソラマチというビルがあり、レストランやプラネタリウムもあります。水族館も近くにあるようだ。
暗くなるまで時間をつぶしてライトアップを待つ。桜の季節の特別色。
が、すぐに白い色に変わってしまった。左に月。
帰りは押上駅から帰ることにし、ツリーを離れる。離れた方が上まで見える。下の方はブルーになってますね。桜が散るように、小さなピンクの光がキラキラと光る演出もあります。
押上駅の入口。東武鉄道はアイスバックスと協力関係にあります。クレインズの石川選手が写っている。石川選手は日光出身。
さて、押上からどう帰るかがかなり大変な問題でした。京成線、都営地下鉄、東京メトロの3種類があって、最初は京成線で日暮里へ出るかな、と思ったら、運賃がやけに高い。そういえば、青砥での乗換えが大変だったことがあったのを思い出し、京成線は却下(あとで地図を見たら、ひどく遠回りだった。運賃高いわけです)。次に都営地下鉄と東京メトロを比べたら、都営の方が20円安い。しかし、メトロは乗換えが1回だが、都営は2回、しかも1回は地上に出ての乗り換え。でも、時間的には都営が一番早そうなので、都営にした。蔵前で外に出て、信号まで渡っての乗り換えなのです。ちなみに、秋葉原と岩本町が乗換駅になりましたが、これも信号渡る乗り換えです。蔵前も初めての場所だし、台東区東部はなかなかに未知の世界です。
2012年9月11日火曜日
ダーシ写真集2010-12
諸般の事情でクレインズを退団したダーシは韓国のハイワンに移籍。そこで2シーズン、プレーしたあと、引退しました。ハイワンではセンターとして非常によい働きをしていたと思いますが、ハイワンではプレーオフに出られなかったのが残念だったようです。
2010・11シーズンは開幕前にけがをしてしまい、古巣クレインズと当たる日韓集結には出れず。2011年になってからのバックス、ブレイズ相手の日韓集結でようやくダーシを見られました。
2011年1月22日東伏見、対ブレイズ戦。
1月23日、対バックス戦。
2011年12月17日東伏見。ハイワン2年目での日韓集結戦。相手はブレイズとバックスでしたが、試合ごとに入れ替えなのが面倒で、土日のうち土曜日の方しか行きませんでした。
2012年1月28日東伏見。北海道チーム相手の日韓集結戦。この日の相手は古巣クレインズ。
1月29日、対王子戦。この日はダーシが大きく写っている写真は撮れていませんでした。
結局、この試合が最後に見たダーシの試合になりました。もう1年くらいやるかな、と期待はしていたのですが、ダーシは春には引退と決めていたようですね。私は2005年からだったけれど、もっとずっと前から見ていた人も多いことでしょう。お疲れ様、そして第二の人生に幸あれ。
2010・11シーズンは開幕前にけがをしてしまい、古巣クレインズと当たる日韓集結には出れず。2011年になってからのバックス、ブレイズ相手の日韓集結でようやくダーシを見られました。
2011年1月22日東伏見、対ブレイズ戦。
1月23日、対バックス戦。
2011年12月17日東伏見。ハイワン2年目での日韓集結戦。相手はブレイズとバックスでしたが、試合ごとに入れ替えなのが面倒で、土日のうち土曜日の方しか行きませんでした。
2012年1月28日東伏見。北海道チーム相手の日韓集結戦。この日の相手は古巣クレインズ。
1月29日、対王子戦。この日はダーシが大きく写っている写真は撮れていませんでした。
結局、この試合が最後に見たダーシの試合になりました。もう1年くらいやるかな、と期待はしていたのですが、ダーシは春には引退と決めていたようですね。私は2005年からだったけれど、もっとずっと前から見ていた人も多いことでしょう。お疲れ様、そして第二の人生に幸あれ。
ダーシ写真集2007-10
ダーシ写真集第2弾は、ダーシのクレインズ最後の3シーズンです。
全日本選手権とプレーオフから選びました(全部見てると大変なので)。
まずはアジアリーグ2007・08シーズンのプレーオフ・ファイナル第3戦。2008年3月19日釧路。
このファイナルは王子にスイープされてしまったのでした。(ジャージの色は上位チームが選べるので、下位のクレインズは釧路でも白です。)
翌年、2009年3月1日釧路。プレーオフ・セミファイナル第4戦からの2枚。韓国でハルラ相手に1勝1敗で釧路での3連戦。この第4戦は勝ちましたが、3戦と5戦は敗れて王手をかけられて韓国へ行くことに。(ここも同じく下位のクレインズは釧路でも白。)
ところが韓国で2連勝。がけっぷちで生き残ってファイナルは廃部が決まっていた西武と。
2009年3月13日東伏見。ベンチでのダーシ。
3月14日第2戦、練習中のダーシ。結果は1勝1敗となるもクレインズの強さが際立ち、釧路で3連勝して地元で優勝かと思われましたが…。
西武が土壇場で意地を見せて、東伏見に戻ってきてしまいます。
2009年3月22日。ファイナル第6戦。練習中のダーシ、カメラ目線です。
第6戦でクレインズが勝てば優勝だったのだが、西武に逆王手をかけられ、翌23日、第7戦。
そしてクレインズ、2度目のアジアリーグ優勝。応援団の前に集まった選手たちを、ダーシが記念撮影しています。
トロフィーを掲げるダーシ。
この直後に家族と記念撮影していました。
翌2009・10シーズン。2010年3月7日苫小牧。全日本選手権でクレインズ優勝。ダーシは一番後ろの列の左から3人目。八戸での優勝では最前列だったが、クレインズでの存在感が薄くなったことのあらわれだったのか?
このあと、アジアリーグのプレーオフでは、クレインズはハルラと死闘を繰り広げ、釧路でのすごい2試合の結果、ハルラが初優勝したのですが、この年、私はプレーオフは1試合も見ずに終わったので、クレインズのダーシを見たのはこれが最後となりました。
全日本選手権とプレーオフから選びました(全部見てると大変なので)。
まずはアジアリーグ2007・08シーズンのプレーオフ・ファイナル第3戦。2008年3月19日釧路。
このファイナルは王子にスイープされてしまったのでした。(ジャージの色は上位チームが選べるので、下位のクレインズは釧路でも白です。)
翌年、2009年3月1日釧路。プレーオフ・セミファイナル第4戦からの2枚。韓国でハルラ相手に1勝1敗で釧路での3連戦。この第4戦は勝ちましたが、3戦と5戦は敗れて王手をかけられて韓国へ行くことに。(ここも同じく下位のクレインズは釧路でも白。)
ところが韓国で2連勝。がけっぷちで生き残ってファイナルは廃部が決まっていた西武と。
2009年3月13日東伏見。ベンチでのダーシ。
3月14日第2戦、練習中のダーシ。結果は1勝1敗となるもクレインズの強さが際立ち、釧路で3連勝して地元で優勝かと思われましたが…。
西武が土壇場で意地を見せて、東伏見に戻ってきてしまいます。
2009年3月22日。ファイナル第6戦。練習中のダーシ、カメラ目線です。
第6戦でクレインズが勝てば優勝だったのだが、西武に逆王手をかけられ、翌23日、第7戦。
そしてクレインズ、2度目のアジアリーグ優勝。応援団の前に集まった選手たちを、ダーシが記念撮影しています。
トロフィーを掲げるダーシ。
この直後に家族と記念撮影していました。
翌2009・10シーズン。2010年3月7日苫小牧。全日本選手権でクレインズ優勝。ダーシは一番後ろの列の左から3人目。八戸での優勝では最前列だったが、クレインズでの存在感が薄くなったことのあらわれだったのか?
このあと、アジアリーグのプレーオフでは、クレインズはハルラと死闘を繰り広げ、釧路でのすごい2試合の結果、ハルラが初優勝したのですが、この年、私はプレーオフは1試合も見ずに終わったので、クレインズのダーシを見たのはこれが最後となりました。
2012年9月7日金曜日
ダーシ写真集2005-07
検索したら、今年の4月にダーシ三谷がウィニペグのテレビに出演し、そこで引退とキャリアについて語っている動画がありました。
http://www.youtube.com/watch?v=m2hLv2uvLUg
ということで、ダーシ写真集第1弾。
デレクがいた2005年秋から2007年春までです。
クリックすると大きくなります。
2005年12月18日釧路。クリスマスジャージ。
2006年1月7日苫小牧。
2006年3月5日札幌・真駒内。全日本選手権クレンズ初優勝の直後。デレクの背中のすぐ右側に。
2006年10月21日釧路。ヒーローインタビュー。
2006年11月18日日光。
2007年1月7日釧路。ヒーローインタビュー。
2007年2月12日八戸。全日本選手権決勝。ここにいる選手はもう全員引退か?
同上。優勝後の集合写真。ダーシは最前列で寝そべって金メダルをくわえています(トロフィーのかげでよく見えないが)。
2007年3月2日釧路。プレーオフセミファイナルのヒーローインタビュー。
2007年3月24日東京・東伏見。アジアリーグ、クレインズ初優勝。
2007年3月26日東京。アジアリーグ・アワード授賞式。ベスト6に選ばれる。隣の伊藤雅俊、バックの映像の菊地もすでに引退。
2007年4月1日釧路。クレインズ優勝祝賀会。カメラを持つ手が左に大きく写ってしまいましたが、こういう構図もまたよい? ダーシの笑顔。
同上。抽選会の賞品のスティックを持っているところ。隣のデレク、ライアンもすでに引退。
写真を選ぶために古い写真を見ていたら、なつかしい顔ばかりで、なかなか選ぶのがはかどりませんでした。この頃のクレインズは華のある選手が多かったなあ。
http://www.youtube.com/watch?v=m2hLv2uvLUg
ということで、ダーシ写真集第1弾。
デレクがいた2005年秋から2007年春までです。
クリックすると大きくなります。
2005年12月18日釧路。クリスマスジャージ。
2006年1月7日苫小牧。
2006年3月5日札幌・真駒内。全日本選手権クレンズ初優勝の直後。デレクの背中のすぐ右側に。
2006年10月21日釧路。ヒーローインタビュー。
2006年11月18日日光。
2007年1月7日釧路。ヒーローインタビュー。
2007年2月12日八戸。全日本選手権決勝。ここにいる選手はもう全員引退か?
同上。優勝後の集合写真。ダーシは最前列で寝そべって金メダルをくわえています(トロフィーのかげでよく見えないが)。
2007年3月2日釧路。プレーオフセミファイナルのヒーローインタビュー。
2007年3月24日東京・東伏見。アジアリーグ、クレインズ初優勝。
2007年3月26日東京。アジアリーグ・アワード授賞式。ベスト6に選ばれる。隣の伊藤雅俊、バックの映像の菊地もすでに引退。
2007年4月1日釧路。クレインズ優勝祝賀会。カメラを持つ手が左に大きく写ってしまいましたが、こういう構図もまたよい? ダーシの笑顔。
同上。抽選会の賞品のスティックを持っているところ。隣のデレク、ライアンもすでに引退。
写真を選ぶために古い写真を見ていたら、なつかしい顔ばかりで、なかなか選ぶのがはかどりませんでした。この頃のクレインズは華のある選手が多かったなあ。
2012年9月6日木曜日
ダーシ…
アイスホッケーマガジンが年鑑として復活し、そこにダーシ三谷の引退が書いてあったとのことです。
ハイワンのロースターに入っていなかったので、もしやとは思いましたが。
諸般の事情で最後の2シーズンはハイワンだったとはいえ、もしもクレインズに殿堂があったら殿堂入りは間違いなしの選手。そして、デレク・プラント加入で初めてクレインズの試合を見に行ったとき、一番印象に残ったのが背番号20のダーシでした。
アジアリーグの勝手になれないデレクが審判に抗議ばかりしているのを押しとどめたりと、デレクもダーシのおかげでアジアリーグで活躍できた面もあるのでは。
今、使用しているネット上のアルバムがないので、しばらくしたら、ここで思い出のダーシの写真集を載せます。
ありがとう、ダーシ。
ハイワンのロースターに入っていなかったので、もしやとは思いましたが。
諸般の事情で最後の2シーズンはハイワンだったとはいえ、もしもクレインズに殿堂があったら殿堂入りは間違いなしの選手。そして、デレク・プラント加入で初めてクレインズの試合を見に行ったとき、一番印象に残ったのが背番号20のダーシでした。
アジアリーグの勝手になれないデレクが審判に抗議ばかりしているのを押しとどめたりと、デレクもダーシのおかげでアジアリーグで活躍できた面もあるのでは。
今、使用しているネット上のアルバムがないので、しばらくしたら、ここで思い出のダーシの写真集を載せます。
ありがとう、ダーシ。
2012年8月31日金曜日
ザンギバーガー
今、スパカツバーガーと一緒に期間限定で食べられるザンギバーガー。
北海道では鶏の唐揚をザンギと呼ぶそうで、そこから生まれたザンギバーガー。
それはこれだ!
で、食べてきました。が、写真は撮りませんでした。スパカツバーガーと違い、モスのサイトの写真とほとんど同じです。
スパカツはもう、あれをスパカツと呼ぶか???というくらいの違いでしたが、検索したら、北海道のモスで食べた方のブログ記事があって、これもタルタルソースが多すぎだったそうな。でも、さすが北海道というか、うちの近所のモスよりはスパゲッティが多かったようです。
期間限定のバーガーは、材料がなくなったら終わりなので、スパカツの場合、スパゲッティがなくなったら終わりなので、それでスパゲッティをあまり載せずに作っているのではないか、と疑いたくなります。まあ、モスは同じ商品でも店によってだいぶ違うという、当たり外れのあるチェーン店なのですが。
で、ザンギバーガーですが、これは上の写真と同じでした。スパカツのような派手さはありませんが、なかなかおいしかったです。ソースが濃いので、鶏肉の味わいがあまり感じられないのが残念ではありましたが。
これも近所のモスだったのですが、実はこの近所のモス、スパカツかザンギのバーガーを買うとスクラッチカードをくれます。必ず当たるカードなのか、前回、スパカツのときはSドリンクが当たりました。そして今回のザンギのときは、なんと、A賞の次回の期間限定バーガーが当たった! こりゃ楽しみです!
というわけで、スパカツでがっかりのあとのザンギは、A賞当たりもあって大成功、というところです。北海道シリーズ、あと10日ほどなので、ぜひご賞味あれ。
さてさて、アイスホッケーのアジアリーグは早くも開幕まであと1週間あまり。しかも9月末には新横浜でクレンズ、ブレイズ、ハルラ、ハイワンの日韓集結が! 前売は土曜日からです。
しかし、新横浜かあ。遠い…。それに、土日のうち日曜の方は予定があって行くのは無理だ。
今季は試合数が多いので、見るチャンスは増えそうですが、東伏見開催が減ったのね。
あと、日韓集結、去年まではブレイズとバックス、クレインズとイーグルスだったのに、ブレイズとクレインズになったのは、ブレイズの大会運営のひどさにバックスがうんざりして一緒に開催するのやだとか言い出したんじゃあるまいな???
クレインズは人がいいからなあ、大丈夫かい、おい? とか思ってしまうんですけどね。
釧路の試合増えたみたいなので、釧路行きたいなあ。そして泉屋でスパカツを食べるのだ! ああ、行きたい、釧路、なのです(しかし、先立つものとスケジュールの問題が)。
北海道では鶏の唐揚をザンギと呼ぶそうで、そこから生まれたザンギバーガー。
それはこれだ!
で、食べてきました。が、写真は撮りませんでした。スパカツバーガーと違い、モスのサイトの写真とほとんど同じです。
スパカツはもう、あれをスパカツと呼ぶか???というくらいの違いでしたが、検索したら、北海道のモスで食べた方のブログ記事があって、これもタルタルソースが多すぎだったそうな。でも、さすが北海道というか、うちの近所のモスよりはスパゲッティが多かったようです。
期間限定のバーガーは、材料がなくなったら終わりなので、スパカツの場合、スパゲッティがなくなったら終わりなので、それでスパゲッティをあまり載せずに作っているのではないか、と疑いたくなります。まあ、モスは同じ商品でも店によってだいぶ違うという、当たり外れのあるチェーン店なのですが。
で、ザンギバーガーですが、これは上の写真と同じでした。スパカツのような派手さはありませんが、なかなかおいしかったです。ソースが濃いので、鶏肉の味わいがあまり感じられないのが残念ではありましたが。
これも近所のモスだったのですが、実はこの近所のモス、スパカツかザンギのバーガーを買うとスクラッチカードをくれます。必ず当たるカードなのか、前回、スパカツのときはSドリンクが当たりました。そして今回のザンギのときは、なんと、A賞の次回の期間限定バーガーが当たった! こりゃ楽しみです!
というわけで、スパカツでがっかりのあとのザンギは、A賞当たりもあって大成功、というところです。北海道シリーズ、あと10日ほどなので、ぜひご賞味あれ。
さてさて、アイスホッケーのアジアリーグは早くも開幕まであと1週間あまり。しかも9月末には新横浜でクレンズ、ブレイズ、ハルラ、ハイワンの日韓集結が! 前売は土曜日からです。
しかし、新横浜かあ。遠い…。それに、土日のうち日曜の方は予定があって行くのは無理だ。
今季は試合数が多いので、見るチャンスは増えそうですが、東伏見開催が減ったのね。
あと、日韓集結、去年まではブレイズとバックス、クレインズとイーグルスだったのに、ブレイズとクレインズになったのは、ブレイズの大会運営のひどさにバックスがうんざりして一緒に開催するのやだとか言い出したんじゃあるまいな???
クレインズは人がいいからなあ、大丈夫かい、おい? とか思ってしまうんですけどね。
釧路の試合増えたみたいなので、釧路行きたいなあ。そして泉屋でスパカツを食べるのだ! ああ、行きたい、釧路、なのです(しかし、先立つものとスケジュールの問題が)。
2012年3月26日月曜日
ファイナル@苫小牧
もうすでに結果はわかってしまって、シーズン終了しているのですが、一応、写真を。
とはいっても、今回はあまり熱心に写真を撮っていません。もともと練習中とフェイス・オフくらいしか撮らないのですが、今回はそれもあまり撮らず。でも、場内の雰囲気くらいはお伝えできるかも。
まず3月17日(土)の第1戦。午前中の飛行機で北海道入りしたのですが、飛行機が遅れて試合開始に間に合わず。つか、南千歳で各駅に乗ればぎりぎり間に合う予定だったのが飛行機の遅れで各駅に間に合わず。それで次の13時45分の特急に乗ろうと思ったら、なぜか、12時48分の特急が来るという。なんでも列車から燃料が漏れているのが発見され、それで約1時間遅れたのだそうです。とにかくそれで苫小牧へ。
着くとすでにバックスが1点取っていました。セミファイナルで負傷した福藤は欠場、かわりにレギュラー最終戦で初勝利を飾ったバックアップの小野がマスクをかぶっています。この試合はとにかく王子がメタメタで、春名も調子悪く、打てば入る状態。バックスのベンチ裏にはかなりの数のファンが来ていて、アウェー状態ではまったくありません。
で、これが1ピリ終了時のリンク。フェンスの上にライトがつくようになっています。ザンボの運転手は王子のジャージを着ている。
2ピリ開始前の春名。鷲の絵が描かれたマスク。
んが、しかし、2ピリも打てば入る状態で次々とゴールされてしまい、バックアップの成澤に交替。
3ピリは王子がふだんの王子らしくなり、2点差にまで追い上げられましたが、バックス勝利。終了のブザーと共に乱闘が。
このファイナル、裏MVPとも言える小野ゴーリー。勝利は第1戦だけでしたが、ものすごい数のシュートを受けてよく守っていました。
バックスはこのボンク選手のラインがすごい。
ゴール裏に陣取るバックス応援団。試合終了後。
3月18日(日)の第2戦。練習開始。まだスタンドはガラガラですが、試合開始頃にはかなり埋まりました。
試合開始前の王子応援団。クレインズのパクリみたいだが。
これは2ピリのフェイス・オフ。第2戦は王子が圧倒的に強く、バックスは弱いバックスに逆戻り。春名は第1戦の雪辱の完封勝利。
3月20日(祝)の第3戦。練習開始前なのでガラガラですが、第2戦と第3戦はどちらも入場者数2000人以上です。この写真は本部席側から撮ったもの。
フェイス・オフ。
バックスはとにかく先制しないと勝てないのが今季のプレーオフのパターン。そして、この試合はバックス先制の絶好のチャンスがあったにもかかわらず、そのチャンスを逃し、そして王子が先制。これでまた王子のペースになってしまうのですが、しかし、その王子も攻め疲れか、しだいにバックスの方が元気になっていく。そして、1点差まで追いすがるのですが、6人攻撃も成功せず、王子が勝って、王手。舞台は日光に移ります。
苫小牧ではこの試合が今季最後ということで、最後に王子のセレモニーがありました。苫小牧市長が来て、あいさつをしています。「苫小牧と日光は姉妹都市なので、日光には絶対に負けたくない」と言ってました。
このあと、アリーナでは王子の選手のサイン会が行われたようです。
このあと、私は釧路地方へ出かけてしまい、24日の日光の第4戦のときには飛行機で羽田に向かっていたので、結果はあとで見ました。第3戦、3ピリはバックス、かなりがんばったので、あるいは流れを引き寄せるか、と思いましたが、やはり王子は強かったようで、第4戦もバックスは先制できず、王子は3ピリ入って3対0とリード。しかし、このあと、怒涛の3ゴールでバックスが同点に追いつき、超満員の霧降アリーナは大興奮。が、OTでは王子が圧倒して勝ち、優勝、となったようです。とにかく第3戦と第4戦は王子のシュート数がハンパじゃない。小野は4失点でもセーヴ率90パーセント以上なんで。それに対し、バックスは16とか17とか、そんなシュート数で3点とってる(どちらの試合も)。今季のバックスは、たくさん打たれながら少ないシュートで効率よく点とって勝ったりしていたので、最後に来て、やっぱりレギュラーシーズンの強い王子と綱渡りのバックスの持ち味だったのかな、と。
今季のアジアリーグは、絶対的に強いと思えたのは王子だけで、ハルラ、バックス、クレインズは強いんだか弱いんだかわからないチームでしたが、このファイナルでは、バックスよくやった、と思います。第3戦のあと、近くの王子ファンが「バックス、よくがんばった」と言って拍手していました。
それと、5年前、王子はプレーオフ、ファーストラウンドでバックスに敗れて敗退しているのですね。クレインズがアジアリーグのプレーオフで初優勝した年です。だから、このファイナルは、王子のリベンジでもあったのだなあ、と。できれば5戦まで行ってほしかったけど、OTで優勝が決まるというのは一番ファイナルらしいと思います。5年前のクレインズの優勝もOTで決まりました。そして、2年前のハルラの優勝も。
バックスにとっては、福藤負傷でもここまでやれたというのはすごいし、若い小野ゴーリーには大チャンスで、ほんとに裏MVPと言っていい活躍でした。
というところで、アジアリーグはシーズン終了。NHLもプレーオフ進出を決めたチームが出てきて、レギュラーシーズンはいよいよ終盤。また、デレク・プラントがコーチをつとめるミネソタ大学ダルース校のブルドッグスは全米チャンピオンを決めるフローズン・フォーの出場が決まったようです、と書いてしまいましたが、実はあと1勝で出場だったのが、最後に負けてしまって出場ならずでした。残念。
というところで、ブルドッグスのサイトで久々にデレクの写真を見たら、髪の毛が薄くなっているような…。選手とコーチ陣がベンチに集まっているのを上から写した写真があるのだ。
とはいっても、今回はあまり熱心に写真を撮っていません。もともと練習中とフェイス・オフくらいしか撮らないのですが、今回はそれもあまり撮らず。でも、場内の雰囲気くらいはお伝えできるかも。
まず3月17日(土)の第1戦。午前中の飛行機で北海道入りしたのですが、飛行機が遅れて試合開始に間に合わず。つか、南千歳で各駅に乗ればぎりぎり間に合う予定だったのが飛行機の遅れで各駅に間に合わず。それで次の13時45分の特急に乗ろうと思ったら、なぜか、12時48分の特急が来るという。なんでも列車から燃料が漏れているのが発見され、それで約1時間遅れたのだそうです。とにかくそれで苫小牧へ。
着くとすでにバックスが1点取っていました。セミファイナルで負傷した福藤は欠場、かわりにレギュラー最終戦で初勝利を飾ったバックアップの小野がマスクをかぶっています。この試合はとにかく王子がメタメタで、春名も調子悪く、打てば入る状態。バックスのベンチ裏にはかなりの数のファンが来ていて、アウェー状態ではまったくありません。
で、これが1ピリ終了時のリンク。フェンスの上にライトがつくようになっています。ザンボの運転手は王子のジャージを着ている。
2ピリ開始前の春名。鷲の絵が描かれたマスク。
んが、しかし、2ピリも打てば入る状態で次々とゴールされてしまい、バックアップの成澤に交替。
3ピリは王子がふだんの王子らしくなり、2点差にまで追い上げられましたが、バックス勝利。終了のブザーと共に乱闘が。
このファイナル、裏MVPとも言える小野ゴーリー。勝利は第1戦だけでしたが、ものすごい数のシュートを受けてよく守っていました。
バックスはこのボンク選手のラインがすごい。
ゴール裏に陣取るバックス応援団。試合終了後。
3月18日(日)の第2戦。練習開始。まだスタンドはガラガラですが、試合開始頃にはかなり埋まりました。
試合開始前の王子応援団。クレインズのパクリみたいだが。
これは2ピリのフェイス・オフ。第2戦は王子が圧倒的に強く、バックスは弱いバックスに逆戻り。春名は第1戦の雪辱の完封勝利。
3月20日(祝)の第3戦。練習開始前なのでガラガラですが、第2戦と第3戦はどちらも入場者数2000人以上です。この写真は本部席側から撮ったもの。
フェイス・オフ。
バックスはとにかく先制しないと勝てないのが今季のプレーオフのパターン。そして、この試合はバックス先制の絶好のチャンスがあったにもかかわらず、そのチャンスを逃し、そして王子が先制。これでまた王子のペースになってしまうのですが、しかし、その王子も攻め疲れか、しだいにバックスの方が元気になっていく。そして、1点差まで追いすがるのですが、6人攻撃も成功せず、王子が勝って、王手。舞台は日光に移ります。
苫小牧ではこの試合が今季最後ということで、最後に王子のセレモニーがありました。苫小牧市長が来て、あいさつをしています。「苫小牧と日光は姉妹都市なので、日光には絶対に負けたくない」と言ってました。
このあと、アリーナでは王子の選手のサイン会が行われたようです。
このあと、私は釧路地方へ出かけてしまい、24日の日光の第4戦のときには飛行機で羽田に向かっていたので、結果はあとで見ました。第3戦、3ピリはバックス、かなりがんばったので、あるいは流れを引き寄せるか、と思いましたが、やはり王子は強かったようで、第4戦もバックスは先制できず、王子は3ピリ入って3対0とリード。しかし、このあと、怒涛の3ゴールでバックスが同点に追いつき、超満員の霧降アリーナは大興奮。が、OTでは王子が圧倒して勝ち、優勝、となったようです。とにかく第3戦と第4戦は王子のシュート数がハンパじゃない。小野は4失点でもセーヴ率90パーセント以上なんで。それに対し、バックスは16とか17とか、そんなシュート数で3点とってる(どちらの試合も)。今季のバックスは、たくさん打たれながら少ないシュートで効率よく点とって勝ったりしていたので、最後に来て、やっぱりレギュラーシーズンの強い王子と綱渡りのバックスの持ち味だったのかな、と。
今季のアジアリーグは、絶対的に強いと思えたのは王子だけで、ハルラ、バックス、クレインズは強いんだか弱いんだかわからないチームでしたが、このファイナルでは、バックスよくやった、と思います。第3戦のあと、近くの王子ファンが「バックス、よくがんばった」と言って拍手していました。
それと、5年前、王子はプレーオフ、ファーストラウンドでバックスに敗れて敗退しているのですね。クレインズがアジアリーグのプレーオフで初優勝した年です。だから、このファイナルは、王子のリベンジでもあったのだなあ、と。できれば5戦まで行ってほしかったけど、OTで優勝が決まるというのは一番ファイナルらしいと思います。5年前のクレインズの優勝もOTで決まりました。そして、2年前のハルラの優勝も。
バックスにとっては、福藤負傷でもここまでやれたというのはすごいし、若い小野ゴーリーには大チャンスで、ほんとに裏MVPと言っていい活躍でした。
というところで、アジアリーグはシーズン終了。NHLもプレーオフ進出を決めたチームが出てきて、レギュラーシーズンはいよいよ終盤。また、デレク・プラントがコーチをつとめるミネソタ大学ダルース校のブルドッグスは全米チャンピオンを決めるフローズン・フォーの出場が決まったようです、と書いてしまいましたが、実はあと1勝で出場だったのが、最後に負けてしまって出場ならずでした。残念。
というところで、ブルドッグスのサイトで久々にデレクの写真を見たら、髪の毛が薄くなっているような…。選手とコーチ陣がベンチに集まっているのを上から写した写真があるのだ。
登録:
投稿 (Atom)