5日午後6時半頃。谷中霊園から見た赤い月。
鶯谷駅へ向かう途中。
こちらは赤というより黄色。
ズームで撮った写真をトリミングしています。1枚目と3枚目は最大の12倍ズーム。
12年選手のデジカメ、いよいよだめかな。フラッシュが使えなくなっていた。
映画や日常生活のブログ。記事内の写真はクリックすると大きくなります。別ブログ(ログインできなくなった場合用)http://sabre26.cocolog-nifty.com/blog/
2017年11月6日月曜日
2017年11月4日土曜日
ラーメン・サミット
この時期になると近くの公園でやっているラーメン・サミット。昨年は行けなかったが、今年は行くことができた。昨年に続いて今年が二度目とのこと。
公園に入ると、屋台がいっぱい。あれ、ラーメンじゃないの?
ラーメンはその奥だった。
池の反対側から見た風景。ラーメン屋が数軒並んでいる。
公園のあちこちにいろいろなオブジェが。
子供たちの描いた絵の袋が木についている。
木の枝のオブジェ。
屋台でバッファロー・チキンを買った。見かけはよくないけどけっこううまい。ソースがバッファロー・ウィングのものなのかな。これ自体はウィング(手羽)ではない。食べた後、むしょうに水が飲みたくなる。
紅葉もぼちぼち。
夕暮れ。子供たちの絵の袋に灯りがともる。
ラーメン・サミットの後ろのオブジェにもライトがあたる。閉園間近。
公園に入ると、屋台がいっぱい。あれ、ラーメンじゃないの?
ラーメンはその奥だった。
池の反対側から見た風景。ラーメン屋が数軒並んでいる。
公園のあちこちにいろいろなオブジェが。
子供たちの描いた絵の袋が木についている。
木の枝のオブジェ。
屋台でバッファロー・チキンを買った。見かけはよくないけどけっこううまい。ソースがバッファロー・ウィングのものなのかな。これ自体はウィング(手羽)ではない。食べた後、むしょうに水が飲みたくなる。
紅葉もぼちぼち。
夕暮れ。子供たちの絵の袋に灯りがともる。
ラーメン・サミットの後ろのオブジェにもライトがあたる。閉園間近。
2017年11月3日金曜日
「ゴッホ 最期の手紙」@上野(ネタバレあり)
新しくできたTOHOシネマズ上野。1日と2日に「君の名は。」を見に行ったあと、3日の文化の日はアート系のアニメとして評価の高い「ゴッホ 最期の手紙」を見た。
1日と2日は平日なのでわりと閑散としていたが、3日はものすごい混雑。というか、休日のアメ横周辺の混雑はものすごい。上野駅に着いたときはまだよかったが、歩道橋から丸井の電光掲示板に気温29度の文字を見てまずびっくり。そして丸井から外に出るともう大混雑。前に進めないくらい。
それでもなんとか松坂屋そばにたどり着いたが、TOHOシネマズのエレベーターの入口に行列ができている。こりゃ大変だ、と思ったが、エレベーターは複数利用されていたので、わりとすぐに7階へ。が、このロビーが大混雑。ロビーでも前に進むのが大変。そして、「ゴッホ」開場します、のアナウンスで入口に行くと、なぜか「ゴッホ」じゃない人が何人も並んでいて、みんなはじかれていくのだ。
どうも、映画館慣れしていない人がたくさん来ているような感じ。
それよりも何よりも、ネットですでにわかっていたのだが、「ゴッホ」のようなアート系アニメになんでこんなに客が来るの、っていうくらい予約率が高い。確かに今、上野の東京都美術館でゴッホ展やっているのだが、お客さんがどうもゴッホって感じじゃないのだ(?)。配給にパルコがかかわっているようなので、下のパルコヤで優待券とか出していたのだろうか?(追記 「ゴッホ」は他の劇場でも満席かそれに近い状況だったらしい。ゴッホ好きが多いのに劇場の数が少ないのだろうか。)
実は隣町のシネコンでも「ゴッホ」やっているのだが、こちらは吹替版。それで字幕版の上野に来たのだけど、こんなに混むとは思わなかった。
「ゴッホ」は純粋に絵を楽しみたかったら字幕の出ない吹替版の方がいいかもしれない。絵の上に字幕が出て一部が見えない、イライラ、というシーンが多少はあった。
ただ、この映画は俳優が演じた実写の映像をもとにゴッホの絵のようなアニメにしているので、声は実際に演じている俳優のもの。なので、やはり俳優の声も聴きたい。ということで、字幕と吹替両方見るのがいいのかもしれない。
内容は、ゴッホの死後、ゴッホの最期の手紙を遺族に届けるためにゴッホが亡くなった地にやってきた青年が、ゴッホの死の真相を探るというもの。
果たしてゴッホは自殺だったのか、それとも?
というところで、ああ、思い出したわ、あれだ。
1991年にモーリス・ピアラが監督した「ヴァン・ゴッホ」という映画が2013年に日本公開されたときにプレスに書いてあったので知った話。
その映画を見たときの記事がこれですが、思いっきりネタバレしてますのでご注意。
https://sabreclub4.blogspot.jp/2013/07/blog-post_30.html
で、以下は上に書いたことと同じネタバレ、そしてこの映画のネタバレを含みます。
上の記事にあるように、2011年に、ゴッホの死因は実は少年たちが誤ってゴッホを銃で撃ってしまい、ゴッホは少年たちを守るために真相を告げなかったという説が現れた。
今回のアニメ「ゴッホ 最期の手紙」にもこの話は出てくる。
主人公の青年がゴッホの死に疑問を持ち、いろいろな人から話を聞く。そしてこの、少年たちに銃で撃たれた説が出てくる。
しかし、映画はさらに進んで、ゴッホの手当てをしたガシェ医師がゴッホの体内の弾を取り出そうとしなかったこと、そこから、ガシェ医師がゴッホの死にかかわっていたのではないかという疑問が出てくる。
ガシェはもともと画家志望だったが、才能がなく、医者になった人物で、ゴッホの才能を見抜くだけの目を持っていた。実際、ゴッホの模写も描いていたようだ。また、ゴッホの遺族とも親しかったらしい。映画は、本来は妻子のために使うべきお金を兄ゴッホのために使っていた弟テオが梅毒の末期で長く生きられない状態だったことをガシェが語り、テオのためにゴッホが死んだような印象になっている。実際、テオはゴッホの死後に亡くなっている。
最後に登場するゴッホの2つの手紙、1つは若い頃に書かれた手紙で、そこではゴッホは何ものでもない自分が絵を残すことについての抱負を語り、もう1つの最期の手紙では死について語っている。ゴッホの死は少年たちと、そしてテオとその家族を守るための犠牲的な死だったのか。
この映画のゴッホはとてもやさしい人のようで、狂気の芸術家のようなところがない。
映画におけるゴッホ像がいろいろと変わってきているのか、それが美術界での人間ゴッホに対する変化なのか。この辺、全然わからないし、映画の創作もあるかもしれないし、興味深いところではる。
映像は真相を探る青年の部分がゴッホの油絵のようなカラー、回想の部分がモノクロの映像になっている。どちらも美しい。
1日と2日は平日なのでわりと閑散としていたが、3日はものすごい混雑。というか、休日のアメ横周辺の混雑はものすごい。上野駅に着いたときはまだよかったが、歩道橋から丸井の電光掲示板に気温29度の文字を見てまずびっくり。そして丸井から外に出るともう大混雑。前に進めないくらい。
それでもなんとか松坂屋そばにたどり着いたが、TOHOシネマズのエレベーターの入口に行列ができている。こりゃ大変だ、と思ったが、エレベーターは複数利用されていたので、わりとすぐに7階へ。が、このロビーが大混雑。ロビーでも前に進むのが大変。そして、「ゴッホ」開場します、のアナウンスで入口に行くと、なぜか「ゴッホ」じゃない人が何人も並んでいて、みんなはじかれていくのだ。
どうも、映画館慣れしていない人がたくさん来ているような感じ。
それよりも何よりも、ネットですでにわかっていたのだが、「ゴッホ」のようなアート系アニメになんでこんなに客が来るの、っていうくらい予約率が高い。確かに今、上野の東京都美術館でゴッホ展やっているのだが、お客さんがどうもゴッホって感じじゃないのだ(?)。配給にパルコがかかわっているようなので、下のパルコヤで優待券とか出していたのだろうか?(追記 「ゴッホ」は他の劇場でも満席かそれに近い状況だったらしい。ゴッホ好きが多いのに劇場の数が少ないのだろうか。)
実は隣町のシネコンでも「ゴッホ」やっているのだが、こちらは吹替版。それで字幕版の上野に来たのだけど、こんなに混むとは思わなかった。
「ゴッホ」は純粋に絵を楽しみたかったら字幕の出ない吹替版の方がいいかもしれない。絵の上に字幕が出て一部が見えない、イライラ、というシーンが多少はあった。
ただ、この映画は俳優が演じた実写の映像をもとにゴッホの絵のようなアニメにしているので、声は実際に演じている俳優のもの。なので、やはり俳優の声も聴きたい。ということで、字幕と吹替両方見るのがいいのかもしれない。
内容は、ゴッホの死後、ゴッホの最期の手紙を遺族に届けるためにゴッホが亡くなった地にやってきた青年が、ゴッホの死の真相を探るというもの。
果たしてゴッホは自殺だったのか、それとも?
というところで、ああ、思い出したわ、あれだ。
1991年にモーリス・ピアラが監督した「ヴァン・ゴッホ」という映画が2013年に日本公開されたときにプレスに書いてあったので知った話。
その映画を見たときの記事がこれですが、思いっきりネタバレしてますのでご注意。
https://sabreclub4.blogspot.jp/2013/07/blog-post_30.html
で、以下は上に書いたことと同じネタバレ、そしてこの映画のネタバレを含みます。
上の記事にあるように、2011年に、ゴッホの死因は実は少年たちが誤ってゴッホを銃で撃ってしまい、ゴッホは少年たちを守るために真相を告げなかったという説が現れた。
今回のアニメ「ゴッホ 最期の手紙」にもこの話は出てくる。
主人公の青年がゴッホの死に疑問を持ち、いろいろな人から話を聞く。そしてこの、少年たちに銃で撃たれた説が出てくる。
しかし、映画はさらに進んで、ゴッホの手当てをしたガシェ医師がゴッホの体内の弾を取り出そうとしなかったこと、そこから、ガシェ医師がゴッホの死にかかわっていたのではないかという疑問が出てくる。
ガシェはもともと画家志望だったが、才能がなく、医者になった人物で、ゴッホの才能を見抜くだけの目を持っていた。実際、ゴッホの模写も描いていたようだ。また、ゴッホの遺族とも親しかったらしい。映画は、本来は妻子のために使うべきお金を兄ゴッホのために使っていた弟テオが梅毒の末期で長く生きられない状態だったことをガシェが語り、テオのためにゴッホが死んだような印象になっている。実際、テオはゴッホの死後に亡くなっている。
最後に登場するゴッホの2つの手紙、1つは若い頃に書かれた手紙で、そこではゴッホは何ものでもない自分が絵を残すことについての抱負を語り、もう1つの最期の手紙では死について語っている。ゴッホの死は少年たちと、そしてテオとその家族を守るための犠牲的な死だったのか。
この映画のゴッホはとてもやさしい人のようで、狂気の芸術家のようなところがない。
映画におけるゴッホ像がいろいろと変わってきているのか、それが美術界での人間ゴッホに対する変化なのか。この辺、全然わからないし、映画の創作もあるかもしれないし、興味深いところではる。
映像は真相を探る青年の部分がゴッホの油絵のようなカラー、回想の部分がモノクロの映像になっている。どちらも美しい。
2017年11月1日水曜日
「君の名は。」@上野
松坂屋南館があった場所に新たに建設されたビル。その中のTOHOシネマズ上野が11月1日に開館した。
目玉は1日と2日のみ上映の「君の名は。」。予約もこれが一番入っている。とはいっても、混んでいるとはいいがたい。まだあまり存在が知られていないのだろうか。
映画館は7階で、その下がパルコヤ。パルコヤは4日にグランドオープンするのだけど、1日から3日は招待客に公開していた。
なので、映画館へ行くには3日までは7階直通のエレベーター1基しかない。夕方の回を見たのでそのときは問題なかったのだけど、夜はエレベーターに行列ができていた。
なお、映画館から6階に降りる下りエスカレーターがあって、これで降りると招待状がなくてもパルコヤを見れる。で、ちょっとのぞいてみたけど、松坂屋南館の1階にあったおいしいケーキの店が2階にあった。前からそこの喫茶室に入ってみたかったので、南館が閉館する直前に入ってケーキを食べたけど、お値段がかなり高いので、新たに開店してもあまり利用できないだろうな。それにけっこう混んでるときが多い。今日は招待客だけの日のせいか喫茶室はガラガラだったけれど。
この喫茶室も、パルコヤ全体もなんとなく狭い感じがする。TOHOシネマズもわりと狭くて、ロビーには座るところがほんの少ししかないし、トイレも狭い。でも、真新しいトイレ、真新しい館内、真新しいスクリーンと、すべてが新品。開館当日に映画館に行ったのは初めてだ。
そして、2か月ぶりに映画館で見る「君の名は。」。この間、DVDも見てなかったので、本当に久しぶりだった。前に通路のある列のど真ん中だったが、私としてはもう少し前でもよかった感じ。実は明日もまた行く予定で、明日はかなり前の方になる予定。
3日は「ゴッホ 最期の手紙」に行くので、3日連続TOHOシネマズ上野となる。
上野から御徒町、そして秋葉原の間の道は数十年にわたって何度となく歩いた場所だけれど、郊外に引っ越してからは歩くこともめったになくなり、今日、久しぶりに上野から松坂屋の先まで歩いて、なつかしい気分を味わった。TOHOシネマズ上野はエレベーター利用がちょっと面倒な気がするけど、場所的には行きやすいので、ここに通えばまた昔のようにこの周辺を散歩する機会が増えるだろう。
目玉は1日と2日のみ上映の「君の名は。」。予約もこれが一番入っている。とはいっても、混んでいるとはいいがたい。まだあまり存在が知られていないのだろうか。
映画館は7階で、その下がパルコヤ。パルコヤは4日にグランドオープンするのだけど、1日から3日は招待客に公開していた。
なので、映画館へ行くには3日までは7階直通のエレベーター1基しかない。夕方の回を見たのでそのときは問題なかったのだけど、夜はエレベーターに行列ができていた。
なお、映画館から6階に降りる下りエスカレーターがあって、これで降りると招待状がなくてもパルコヤを見れる。で、ちょっとのぞいてみたけど、松坂屋南館の1階にあったおいしいケーキの店が2階にあった。前からそこの喫茶室に入ってみたかったので、南館が閉館する直前に入ってケーキを食べたけど、お値段がかなり高いので、新たに開店してもあまり利用できないだろうな。それにけっこう混んでるときが多い。今日は招待客だけの日のせいか喫茶室はガラガラだったけれど。
この喫茶室も、パルコヤ全体もなんとなく狭い感じがする。TOHOシネマズもわりと狭くて、ロビーには座るところがほんの少ししかないし、トイレも狭い。でも、真新しいトイレ、真新しい館内、真新しいスクリーンと、すべてが新品。開館当日に映画館に行ったのは初めてだ。
そして、2か月ぶりに映画館で見る「君の名は。」。この間、DVDも見てなかったので、本当に久しぶりだった。前に通路のある列のど真ん中だったが、私としてはもう少し前でもよかった感じ。実は明日もまた行く予定で、明日はかなり前の方になる予定。
3日は「ゴッホ 最期の手紙」に行くので、3日連続TOHOシネマズ上野となる。
上野から御徒町、そして秋葉原の間の道は数十年にわたって何度となく歩いた場所だけれど、郊外に引っ越してからは歩くこともめったになくなり、今日、久しぶりに上野から松坂屋の先まで歩いて、なつかしい気分を味わった。TOHOシネマズ上野はエレベーター利用がちょっと面倒な気がするけど、場所的には行きやすいので、ここに通えばまた昔のようにこの周辺を散歩する機会が増えるだろう。
2017年10月28日土曜日
「ブレードランナー 2049」(ネタバレ大有り)
金曜日の初日に「ブレードランナー 2049」を日本橋のシネコンで見てきた。
2週間前にここで「猿の惑星 聖戦記」をTCXのスクリーンで見て味をしめ、おまけに近場のシネコンでは吹替えメインで字幕はよい時間にやってないので、またもや日本橋へ。
その前に六本木で試写を見たのだけど、2週間前も試写室は別だけど場所は六本木の試写へ行って、なんと映写機壊れて試写中止の憂き目にあったのだが、今回は試写もきちんと見れた(その話はまた別記事で)。
(2週間前の「猿の惑星 聖戦記」の記事は「13日の金曜日は」というタイトルの記事です。)
さて、日本橋で見た「ブレードランナー 2049」(以下「2049」と略記)、予約番号が4092だった。つまり、2049と同じ数字の組み合わせ。
で、もともと期待はしてなかったのだけど、なんか、その斜め下を行く昭和な世界にがくぜん。
のっけから昭和なキッチン。昭和なエアコン室外機のあるビル。昭和な時代のSF映画(「ブレードランナー」以前)の世界にあったような古めかしい未来風景。首都高速でロケした「惑星ソラリス」を思い出させる風景(「2049」の主人公のエア彼女が青い服を着て出てくるシーンで、「惑星ソラリス」の青い服を着た女性がうろうろしているシーンを思い出した)。
そういえば、「ブレードランナー」は1982年だからもろ昭和。東西冷戦真っ最中。ソ連が崩壊するなんて誰も思わなかった時代。
が、その時代の「ブレードランナー」の方が先駆的映像で、今の「2049」の方がレトロってどうよ。
レトロといえば、ハリソン・フォード演じる老いたデッカードが住んでいる建物の内装がもろ昭和。マリリン・モンローやエルヴィス・プレスリーやフランク・シナトラの映像が登場し、デッカードがプレスリーの歌う「愛さずにいられない」を好きな歌だとか言うシーンでは笑いそうになったのをかろうじてこらえた(なに、あのシーン? 同じライアン・ゴズリング主演の「ラ・ラ・ランド」の影響か?)。
あと、ゴズリングの周囲で着信音みたいな音楽が時々鳴るのだけど、これが有名なクラシックの曲、でも思い出せない、と思って帰宅してネットで調べたらプロコフィエフの「ピーターと狼」だった。
前にも書いたけど、私はドゥニ・ヴィルヌーヴは過大評価されていると思ってるので、まあこんなもんだろうと思って見ていたが、「猿の惑星 聖戦記」同様、この「2049」もやたら絶賛されている。そんなに絶賛するようなものかと思うのだが。
映像は「メッセージ」と同じような雰囲気で、映像的には「猿の惑星 聖戦記」の方がすごかった。
以下、ネタバレ大有りで内容について書いていきますので、未見の方は注意してください。
前作の世界から30年後、前作のレプリカントを製造していたタイレル社は倒産し、今は別の会社がレプリカントを製造している。主人公のブレードランナー、Kは新型のレプリカントで、旧型のレプリカントを処分する役まわり。旧型のレプリカントは寿命は人間並みに長いのだが、地下組織となって人間に対抗しようとしている。そんな中、30年前にレプリカントの女性が妊娠して出産していたことがわかる。レプリカント製造が追いつかない今の会社はレプリカントが子供を生めばそれで数が増えるので好都合、というわけで、Kは生まれたレプリカントを探すよう命令される。
まあ、ここでもう、この女性から生まれたレプリカントは誰か、というのが想像つくのですが、これは最後にひとひねりしています。していますが、生まれたレプリカントを探すKの葛藤が全然面白くない。
で、このあたりからいよいよネタバレになっていくのだが、
Kはやがてデッカードに出会い、子供の父親がデッカードだとわかる。で、父親がデッカードなら母親はレイチェルに決まってるわけで、なんかもう、予想がつくところをいちいち引き伸ばしてもったいぶってやってるんだよね(だから長いんだよ)。
で、レイチェルは出産で亡くなっているのだが、結局、タイレル社は生殖できるレプリカントとしてデッカードとレイチェルを作り、2人を結びつけた、というのがわかる。
ハリソン・フォードはデッカード=レプリカント説大反対だったのに、結局、受け入れたのね。
まあ、マニアがもうデッカード=レプリカントになっているから、マニアの需要に合わせるしかないわけだが。
しかし、最初の昭和な世界に戻ると、「2049」は日本語大杉。ソニーの宣伝でかすぎ。ああ、ソニーも昭和の時代に大発展した企業。日本での配給はソニーなんで、最初からソニー、ソニーで、ワーナーじゃない「ブレードランナー」なんてフォックスじゃない「スター・ウォーズ」ですわ。
「ブレードランナー」に登場する日本はいかにもあちらの人が取り入れた日本で、そのエキゾチックなところがよかったんだけど、今回のは日本人が入れた日本みたいでなんだかなあ。
一番がっかりなのは、「2049」には好きになれるキャラが1人もいないということ。「ブレードランナー」の方は好きなキャラばっかりだったのに。
また、女性が単純な悪役か従順な善女っていうのも時代遅れもはななだしい。
とまあ、不満だらけの映画なのだけど、前作が「フランケンシュタイン」で、今作は「フランケンシュタインの花嫁」というつながりはあるな、と思った。両方ともハンプトン・ファンチャーが原案で脚本も書いているが、やっぱり「フランケンシュタイン」はファンチャーだったのか。
で、今作が「フランケンシュタインの花嫁」というのは、原作で、もしも女の怪物を造ったら子供が生まれ、子孫が増えて人間を脅かすかもしれない、とフランケンシュタインが考えたのをこの「2049」が敷衍してるかな、というところ。
「2049」では、デッカードとレイチェルが実は怪物と女の怪物で、子供が生まれ、その子供が救世主になって旧型レプリカントたちが戦いを始める、みたいな暗示が出てくる。
まあ、それはいいんですけど(別に驚くようなアイデアでもない)。
でもねえ、「ブレードランナー」ではルトガー・ハウアーのロイが怪物だったんですよ。原作の同情される怪物。それをいまさら、デッカードが怪物で、レイチェルが女の怪物ってやられて、まあいいんですけど、はあ(ため息)。
ルトガー・ハウアーは続編の話を聞いて、興味ないと言ったそうだけど、初公開版を愛する人にとって、「2049」はディレクターズ・カットの続編だから、こちとらには関係ねえでござんす、ってことで。
2週間前にここで「猿の惑星 聖戦記」をTCXのスクリーンで見て味をしめ、おまけに近場のシネコンでは吹替えメインで字幕はよい時間にやってないので、またもや日本橋へ。
その前に六本木で試写を見たのだけど、2週間前も試写室は別だけど場所は六本木の試写へ行って、なんと映写機壊れて試写中止の憂き目にあったのだが、今回は試写もきちんと見れた(その話はまた別記事で)。
(2週間前の「猿の惑星 聖戦記」の記事は「13日の金曜日は」というタイトルの記事です。)
さて、日本橋で見た「ブレードランナー 2049」(以下「2049」と略記)、予約番号が4092だった。つまり、2049と同じ数字の組み合わせ。
で、もともと期待はしてなかったのだけど、なんか、その斜め下を行く昭和な世界にがくぜん。
のっけから昭和なキッチン。昭和なエアコン室外機のあるビル。昭和な時代のSF映画(「ブレードランナー」以前)の世界にあったような古めかしい未来風景。首都高速でロケした「惑星ソラリス」を思い出させる風景(「2049」の主人公のエア彼女が青い服を着て出てくるシーンで、「惑星ソラリス」の青い服を着た女性がうろうろしているシーンを思い出した)。
そういえば、「ブレードランナー」は1982年だからもろ昭和。東西冷戦真っ最中。ソ連が崩壊するなんて誰も思わなかった時代。
が、その時代の「ブレードランナー」の方が先駆的映像で、今の「2049」の方がレトロってどうよ。
レトロといえば、ハリソン・フォード演じる老いたデッカードが住んでいる建物の内装がもろ昭和。マリリン・モンローやエルヴィス・プレスリーやフランク・シナトラの映像が登場し、デッカードがプレスリーの歌う「愛さずにいられない」を好きな歌だとか言うシーンでは笑いそうになったのをかろうじてこらえた(なに、あのシーン? 同じライアン・ゴズリング主演の「ラ・ラ・ランド」の影響か?)。
あと、ゴズリングの周囲で着信音みたいな音楽が時々鳴るのだけど、これが有名なクラシックの曲、でも思い出せない、と思って帰宅してネットで調べたらプロコフィエフの「ピーターと狼」だった。
前にも書いたけど、私はドゥニ・ヴィルヌーヴは過大評価されていると思ってるので、まあこんなもんだろうと思って見ていたが、「猿の惑星 聖戦記」同様、この「2049」もやたら絶賛されている。そんなに絶賛するようなものかと思うのだが。
映像は「メッセージ」と同じような雰囲気で、映像的には「猿の惑星 聖戦記」の方がすごかった。
以下、ネタバレ大有りで内容について書いていきますので、未見の方は注意してください。
前作の世界から30年後、前作のレプリカントを製造していたタイレル社は倒産し、今は別の会社がレプリカントを製造している。主人公のブレードランナー、Kは新型のレプリカントで、旧型のレプリカントを処分する役まわり。旧型のレプリカントは寿命は人間並みに長いのだが、地下組織となって人間に対抗しようとしている。そんな中、30年前にレプリカントの女性が妊娠して出産していたことがわかる。レプリカント製造が追いつかない今の会社はレプリカントが子供を生めばそれで数が増えるので好都合、というわけで、Kは生まれたレプリカントを探すよう命令される。
まあ、ここでもう、この女性から生まれたレプリカントは誰か、というのが想像つくのですが、これは最後にひとひねりしています。していますが、生まれたレプリカントを探すKの葛藤が全然面白くない。
で、このあたりからいよいよネタバレになっていくのだが、
Kはやがてデッカードに出会い、子供の父親がデッカードだとわかる。で、父親がデッカードなら母親はレイチェルに決まってるわけで、なんかもう、予想がつくところをいちいち引き伸ばしてもったいぶってやってるんだよね(だから長いんだよ)。
で、レイチェルは出産で亡くなっているのだが、結局、タイレル社は生殖できるレプリカントとしてデッカードとレイチェルを作り、2人を結びつけた、というのがわかる。
ハリソン・フォードはデッカード=レプリカント説大反対だったのに、結局、受け入れたのね。
まあ、マニアがもうデッカード=レプリカントになっているから、マニアの需要に合わせるしかないわけだが。
しかし、最初の昭和な世界に戻ると、「2049」は日本語大杉。ソニーの宣伝でかすぎ。ああ、ソニーも昭和の時代に大発展した企業。日本での配給はソニーなんで、最初からソニー、ソニーで、ワーナーじゃない「ブレードランナー」なんてフォックスじゃない「スター・ウォーズ」ですわ。
「ブレードランナー」に登場する日本はいかにもあちらの人が取り入れた日本で、そのエキゾチックなところがよかったんだけど、今回のは日本人が入れた日本みたいでなんだかなあ。
一番がっかりなのは、「2049」には好きになれるキャラが1人もいないということ。「ブレードランナー」の方は好きなキャラばっかりだったのに。
また、女性が単純な悪役か従順な善女っていうのも時代遅れもはななだしい。
とまあ、不満だらけの映画なのだけど、前作が「フランケンシュタイン」で、今作は「フランケンシュタインの花嫁」というつながりはあるな、と思った。両方ともハンプトン・ファンチャーが原案で脚本も書いているが、やっぱり「フランケンシュタイン」はファンチャーだったのか。
で、今作が「フランケンシュタインの花嫁」というのは、原作で、もしも女の怪物を造ったら子供が生まれ、子孫が増えて人間を脅かすかもしれない、とフランケンシュタインが考えたのをこの「2049」が敷衍してるかな、というところ。
「2049」では、デッカードとレイチェルが実は怪物と女の怪物で、子供が生まれ、その子供が救世主になって旧型レプリカントたちが戦いを始める、みたいな暗示が出てくる。
まあ、それはいいんですけど(別に驚くようなアイデアでもない)。
でもねえ、「ブレードランナー」ではルトガー・ハウアーのロイが怪物だったんですよ。原作の同情される怪物。それをいまさら、デッカードが怪物で、レイチェルが女の怪物ってやられて、まあいいんですけど、はあ(ため息)。
ルトガー・ハウアーは続編の話を聞いて、興味ないと言ったそうだけど、初公開版を愛する人にとって、「2049」はディレクターズ・カットの続編だから、こちとらには関係ねえでござんす、ってことで。
登録:
投稿 (Atom)