「裏切りのサーカス」の記事で、イギリスのスパイはみんな中産階級出身と書きましたが、それと関連して思い出したのが「アナザー・カントリー」。
1980年代、「モーリス」とともに若い女性の間で大ヒットした英国美青年同性愛映画、ですが、実はこの「アナザー・カントリー」は実話を元にした舞台劇の映画化で、ルパート・エヴェレットの演じた主人公、パブリック・スクールの同性愛の青年のモデルは、ケンブリッジ・ファイヴと呼ばれる英国情報部内のソ連のスパイ(「裏切りのサーカス」で言うともぐらたち)の1人、ガイ・バージェスがモデルなのです。
「裏切りのサーカス」、というか、ル・カレの原作「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」ですが、この中で、ティンカー、テイラー、ソルジャー、プアマンという暗号名で呼ばれる4人のほかに、スマイリーがベガマンという暗号名で呼ばれ、スマイリーを含む5人が容疑者になっているのですが、これが英国情報部のソ連のスパイ、ケンブリッジ・ファイヴが元になっているらしい。
ケンブリッジ・ファイヴと呼ばれるソ連のスパイたちはみな、1930年代にケンブリッジ大学で共産主義にひかれ、ソ連のスパイになった人たちだそうです。彼らはみな、中産階級出身の裕福なエリートで、パブリックスクールから名門ケンブリッジ大学に入った人たちなのでしょう。
ケンブリッジ大学といえば、「モーリス」の原作者E・M・フォースターもケンブリッジ大学出身です。彼は大学時代、アポストルズというグループに入っていましたが、上のスパイたちの中にもこのアポストルズのメンバーだった人がいて、「アナザー・カントリー」の主人公のモデル、バージェスもそうだったようです。
フォースターがゲイであったように、「アナザー・カントリー」の主人公がゲイであったように、パブリックスクールやケンブリッジ大学でゲイの関係を結ぶ男性はめずらしくなかったようです。だから、「裏切りのサーカス」(とその原作)にもゲイの要素が出てくるのは別に驚くことではない。「アナザー・カントリー」のように、同性愛への抑圧から共産主義になるかどうかは別として、要素としてそういう部分があり、同性愛を抑圧するイギリス社会への反発が、こうしたゲイの人々の中にあったのは事実でしょう。
だから、「アナザー・カントリー」を、同性愛と共産主義を結びつけるのはいかにも少女漫画的、などと言うのはイギリスの文化を知らないと言われてもしかたがない。スパイと中産階級とゲイは、ある意味、イギリスの文化としてあるものなのだから(この辺、本当は私の専門分野とダブルので、もっと研究しないといけないんですが、してません、すみません。これから勉強します)。
このケンブリッジ・ファイヴのスパイたちについては、映画やテレビドラマがいくつも作られているようです。このファイヴの1人、キム・フィルビーも有名で、「裏切りのサーカス」はフィルビー事件がモデルだとも言われている。
というわけで、「アナザー・カントリー」に出ていたコリン・ファースが「裏切りのサーカス」に出ているのはある意味、必然な感じもするし、また、初期の主演作「プリックアップ」で、中産階級の男とゲイの関係になる労働者階級の若者を演じたゲイリー・オールドマンがスマイリーを演じているのもまた、感無量なところがあるわけです。
なお、トーマス・アルフレッドソン監督の「ぼくのエリ」の原作は「モールス」という邦題がついていますが、これはもちろん、原題とは違います。原題は英訳すると「Let the Right One In」。「適切な人を入れろ」という意味で、これはヨーロッパでは吸血鬼はその家の人間の許可がないと家に入れないということになっていて、だから、「適切な人を入れろ」というのは「間違った人を入れるな」=「吸血鬼を家に入れるな」という意味なのです(だから、原題はもろネタバレ)。それを「モールス」という変な邦題にしたのは(モールス信号は出てくるとはいえ)、絶対、「モーリス」にあやかって美少年愛で売ろうとしたな、と思うのですね(ネタバレ、ネタバレ)。もっとも、一世を風靡した「モーリス」も最近はすっかり忘れられている感がありますが。