2012年5月11日金曜日

ハシゴ

久々に試写室ハシゴ。
 まずはドリュー・バリモア主演「だれもがクジラを愛してる。」(最後に。があるようだ)。
 1988年、アラスカで起こったクジラ救出作戦の実話をもとにした映画化で、氷に閉じ込められたクジラの親子を、利害の対立する石油会社、グリーンピース、地元の先住民、それに冷戦末期のアメリカとソ連が力をあわせて救出する感動の実話……だったら見に行かねーよ、と思っていたのだが、Rotten Tomatoesの評価がやけにいい。それで試写状をよく見たら、この利害の対立するグループがそれぞれ思惑を抱えながらクジラ救出に協力、という、ただの感動の実話ではないらしいと思ったので見に行った。
 結論。こういう下心のある美談って、やっぱりアメリカだよね。日本じゃ下心のある美談は受けないよね?
 でも、その下心のある美談が面白い。ていうか、人間ならともかくクジラの救出にこんだけ人がたくさん出てきていろいろやるって、下心がなければかえって嘘くさい。
 たとえば、環境保護地区の石油の採掘を決めた石油会社の社長は、クジラ救出に協力することで、環境にも配慮する企業だというイメージを手に入れる。
 捕鯨で食料を得ている先住民はクジラを捕りたいが、マスコミの注目を集めているので、クジラを殺したりすると捕鯨自体ができなくなる恐れがあるので救出に協力。
 この石油会社と捕鯨先住民の両方を敵視しているのが、バリモア扮するグリーンピースの活動家。特にクジラを崇め、貴重な食料として捕鯨を続けてきた先住民を悪者扱いする彼女は、最初はかなりイヤな女。グリーンピースは役に立つこともしているのですが、やはり嫌われる部分も多いのですね。石油会社からお金もらえるのだから捕鯨やめろと先住民の集まりで言うと、先住民の代表が、「石油がなくなったらお金がもらえない。そのとき捕鯨ができなくなっていたら、誰が自分たちを食わせてくれるのか」という。さすがにこれには彼女も黙るが、先住民の長老が、捕鯨を続けるためには氷に閉じ込められたクジラを助ける方がいいと判断するのだ。
 映画はこの長老の孫のナレーションで始まり、ナレーションで終わる、つまり、この少年の回想のようになっているのだけど、この幼い孫がまた資本主義の申し子のような子供で、クジラ救出の取材に集まったマスコミ連中に物を高く売り付ける。地元のテレビ局のキャスターに、「いいかげんにしろ、ゴードン・ゲッコー」といわれるが、ゴードン・ゲッコーは88年の映画「ウォール街」の貪欲な主人公。でも、最近、この続編「ウォール・ストリート」ができなかったら、ゴードン・ゲッコーでは意味がわからない人が多かったかも?
 そんなわけで、幼い少年までもが下心いっぱいの資本主義全開の世界なのだけれど、そのあたりがとてもユーモラスに描かれているのがいい。テッド・ダンソン扮する石油会社社長も欲の塊みたいな人なのだけど、この少年と同じく憎めない。彼らは下心で動いているが、それと同じくらい、クジラを助けたいという気持ちにも動かされているからだ。人間は美しい心だけで動くものではない、下心もあるが、純粋な気持ちもある、それが人間だということを、ユーモアたっぷりに描いている。
 環境保護で対立していた石油会社社長とグリーンピース活動家が、最後にお互いを認め合い、これからも対立するといいながら笑顔で分かれるのは、まさにagree to disagree(合意しないことで合意する)。こういうの、いいなあ、と思うけど、日本人にはこれが相当にむずかしいんだよね。
 このほか、次期大統領選挙でブッシュ(父の方)に有利にしたいレーガン政権もイメージアップの思惑に乗っかり、近くにいるソ連の砕氷船に頼むしかないとなると、今度はゴルバチョフ政権イメージアップの下心でソ連が協力。このほか、ホッケーリンクをすぐにプールに変えます、というミネソタの氷を溶かす機械のメーカーが、やっぱり、自分たちの製品を売り出すチャンス、という下心でやってきたりもする。
 結局、下心がないのは、ソ連の砕氷船の乗組員と、アラスカ州兵たち、つまり、任務でクジラ救出にやってくる人たちなのだね。グリーンピース活動家も、お金をたくさん集めている、とかいわれるし。
 それにしても、こんなに下心満載の人たちばかりが出てくるのに、彼らがみんな感じのいい人たちで、気持ちよく見られるというのも驚きです。人間らしくて、かわいげのある下心だからだけどね。
 エンドクレジットを見ていたら、元アラスカ州知事のサラ・ペイリンが本人役で出ていました(最後に流れるニュース映像の1つに州知事になる前のペイリンが映っているらしい)。

 さて、ハシゴのもう1本は、イタリア映画「ローマ法王の休日」(ナンニ・モレッティ監督)。思いがけずローマ法王に選ばれてしまった主人公が、恐れをなしてローマの街に逃げてしまう、という、法王版「ローマの休日」、かと思ったら、予想とはかなり違っていました。「ローマの休日」のような展開ではまったくないし、特にラストは全然違います。また、法王だけでなく、法王がいなくなったバチカンの枢機卿たちのエピソードもかなりあって、特に枢機卿たちを世界の地域別に分けてバレーボールの試合をさせるのが面白い。枢機卿って、世界各地から来ているんですね。日本人もいました。
 コメディなんですが、観客の中に1人、よく笑っている女性がいて、笑いのタイミングから見て、イタリア語がわかる人なのかなと思いましたが、イタリア語がわからない私はせりふでは今ひとつ笑えませんでした。でも、動作で笑わせる部分は笑えます。

 4月には韓国映画「ムサン日記 白い犬」や、終戦直後のブラジルの日系人を描くブラジル映画「汚れた心」といった秀作を見ましたが、こちらは気軽には書けない、重いテーマの内容です。「ムサン日記」のような映画を見ると、韓国はキリスト教的なものが浸透しているのだなと感じます。「汚れた心」はブラジル人監督だからこその視点で、日本人監督ではこういうふうには描けないと思いました。