2020年10月5日月曜日

「ある画家の数奇な運命」(ネタバレ大有り)

 久々の日比谷。


シャンテシネもおそらく30年ぶりくらい。
「ある画家の数奇な運命」よそではほとんどやってないので。

映画のあと。夜のミッドタウン。

図書館から借りている本。「ゲルハルト・リヒター評伝」。横置きで撮っています。

口絵。映画にも似た絵が出てきた。フォト・ペインティング。

リヒターの叔母。同じくフォト・ペインティング。

「ある画家の数奇な運命」は、ドイツの現代美術の巨匠ゲルハルト・リヒターをモデルにした映画で、ナチスドイツ時代に安楽死させられた精神疾患を持つ叔母の死に責任のある医師が、のちに結婚した妻の父親だったという実話にもとづいている。

上にあげたリヒターの評伝は、まだ借りてきたばかりで読んでいないのだけど、これはリヒター公認の評伝らしい。そして、この評伝を読んだジャーナリストがナチスによって安楽死させられた叔母に興味を持って調べたところ、リヒターの妻の父親が安楽死の責任者だったことがわかり、それを中心とした非公認の評伝を書いたのだが、そこで、その事実とリヒターの芸術を関係づけたので、リヒター自身は不快感を示したのだという(本のあとがきから)。

そんなわけで、この映画はその非公認の評伝をもとにしたフィクションなのかもしれない。一応、リヒターからは映画化の承諾を得ているが、名前を変えること、何が事実で何が事実でないかを明らかにしないことを約束しての映画化らしい。

映画は3時間以上あるが、まったくあきなかった。ただ、全体に中途半端な出来だと感じた。

映画のドイツ語の原題は「作者のいない作品」で、これは結末近くのシーンのフォト・ペインティングについて言われる言葉。無名の人が撮った写真を模写し、ぼかす絵画をさしているのだが、確かに作者がいないといわれればそうだ。その究極が、機械が撮影する義父の証明書用の写真4枚をもとにした絵画。

一方、英語タイトルはまったく違っていて、「決して目をそらさないで」。これは最初の方で叔母が主人公のクルト少年(リヒターがモデル)に言うせりふで、その後の別れ際でも叔母が繰り返す。しかし、クルトの目には見たくないものはぼやけて見える。見たくないものがぼやけるシーンはその後にも出てくる。

クルト自身、「人は写真より絵を好む。なぜなら、写真は真実を見せるから」と言っているが、クルトは真実から目をそむけ続けているように見える。それに対し、叔母は医師が飾っている写真を見て夫婦仲が悪いことを見抜き、彼女を安楽死させることになる医師(クルトののちの妻の父)が飾っている絵を見て、彼の娘の描いた絵で、絵はうまくないけれどいい子だと見抜く。しかも、あとでわかるのだが、叔母は医師の娘と同じ名前で、そうとは知らずに医師に向かって、あなたは父親のような人だと言う。叔母は常に真実を見つめ、真実を告げるのだが、そのことが2人の医師を不快にし、最初の医師は彼女のことを当局に通報し、もう1人の医師は彼女を安楽死するリストに加えてしまう。

安楽死と言うが、叔母や他の女性たちはユダヤ人と同じように裸にされ、ガス室で殺されている。最初にドレスデンの町が登場し、ドレスデンは「スローターハウス5」でも描かれた大空襲を受けることがわかっていると、その時点で悲惨な運命が想像できるのだが、戦争中の悲惨な状況が短いカットでモンタージュのように登場し、そして瓦礫の山となったドレスデンのシーンで戦後が始まる。クルトは東ドイツで当局が求めるプロパガンダの絵を描いて成功する。叔母を安楽死させた医師はソ連の高官の妻の難産を助けたことから過去は問われずに保護されて出世。そして、娘とクルトが出会い、恋に落ちる。ここで、父親の医師はナチス時代と考え方が変わっていないことがわかるのだが、クルトの叔母と医師の関係は、観客は知っているが、映画の中の人物は誰も知らない。いつわかるのだろうというサスペンスをもたせながら、いろいろあって、医師夫妻がまず西側に逃げ、結婚したクルトと医師の娘もベルリンの壁建築の前に西側へ逃げる。

東側ではプロパガンダの絵しか認められず、西側へ行けば自由な芸術があるかと思ったら、西側も美術は低迷していて、クルトは何を描いていいのかわからない状態。そこへようやく叔母と義父に関する真実がわかり、フォト・ペインティングでそれを表現し始めるのだが、そこでクルトは絵をぼかす。真実から目をそらしていた自分を表現するためなのか? この辺がどうも中途半端なのだ。

ラスト、叔母がバスの運転手に頼んで、警笛を鳴らしてもらっていたのを思い出したクルトが、同じことを運転手にしてもらう。警笛の音はAの音で、オーケストラが音合わせに使う音だ。すべての秩序と真理の源の音なのだろう。その音の意味と解放感を、クルトが最後に見出した、というような結末になっている。なっているんだが、どうも中途半端な感じがしてならない。

結局、ドイツ語の原題「作者のいない作品」と英語の題名「決して目をそらさないで」の間の矛盾のような気がする。その矛盾について考えることを放棄してしまったような。

とまあ、いろいろと不満はある作品なのだが、それでも、キネ旬の星取表はちょっとひどすぎないかと思う。絵が下手だというのは私も大いに感じるが、あれ、わざとやってない? 「入門的な解説映画」では決してないと思うし(現代美術についての映画だとは思わない)、画家の成功物語でもないと思う(東ドイツで成功したのはプロパガンダの絵がうまかったからだろう)。画家の話なのに、なぜか、音や音楽の方が印象的なのだよ。バスの警笛のAの音もだが。確かに不満のある映画なんだけど、3人の評者が3人ともポイントはずしまくりな気がしてならない。