2017年12月15日金曜日

「スター・ウォーズ 最後のジェダイ」

別に急いで見る必要はなかった「スター・ウォーズ 最後のジェダイ」。が、他の映画より1日早く予約が始まったのを目にして思わずポチってしまった。
というわけで初日に見たのですが、

なにこれ?
いまだかつてないほどつまらない「スター・ウォーズ」。
2時間半が4時間くらいに感じた。この映画、いつ終わるんや~な状態。
最初にド派手なアクションがあって、そのあとはなんだか禅問答みたいなのがえんえんと続き、その間、レイアたちが敵に襲われていて、どうやって逃げるかみたいなことをやっているのだが、全然話が転がっていかない。
「ローグ・ワン」も不満だったけど、この映画に比べたら何倍も面白かったわ、「ローグ・ワン」。
前作「フォースの覚醒」はまったく期待していなくて、2月になってやっと見たら、私好みの「スター・ウォーズ」で狂喜乱舞したのだけど、今回のはちょっとひどすぎる。こんな脚本でよくOK出たな、というレベル。エイブラムスに替わったライアン・ジョンソン(脚本も担当)が無能すぎるんじゃないの?と言いたくなるレベル。
もうとにかく話が全然進まなくて、おまけにアメコミ映画化よろしく善玉の内輪もめとかやってるし、前作の謎とか全然解かれないし、なんつうか前作から一歩も進んでない状態。あと、善玉の方の人たち頭悪すぎないか?
今回の映画は急死したキャリー・フィッシャーの遺作になるんだが、これが遺作じゃ死んでも死にきれないと言いたくなる。ただ、前作のレイアの髪型と衣装がひどすぎたのでなんとかしてほしいと思っていたが、そう思った人は多かったのか、髪型も衣装もがらっと変わって、プリンセスの気品が出ていたのはよかった。
しかし、前作は父息子の戦い、今作は伯父甥の戦い、と来たら次作は母息子の戦いになるはずなのに、フィッシャー、早死にしすぎ。
で、この映画、いつ終わるんや~状態がやっと終わるのが白い塩の下から赤い粉が出てくる戦いのシーンからで、このシーンからはヴィジュアル的にも見ごたえがあり、物語もようやく進んでいく。
あ、その前にベニシオ・デル・トロがちょっと出てくるのだが、このキャラも中途半端で生かせていない。この人物いつのまにかいなくなっていて、次回出てくるのかどうか。
この人物に限らず、全体にキャラをきちんと描けていないので、突然ラブシーンになったりすると、はあ?となってしまう。
デイジー・リドリーら善玉の方の若い主役たちがどうも小粒で華がないのが前作から気になっていたが、悪役のアダム・ドライヴァーに至っては、オレ、なんでこんな映画に出てるんだ?と思ってそうな気配。今年はドライヴァーの映画はこれで4本目だけれど、カイロ・レンは彼にとってはあまりやりがいのない役ではないかと思ってしまう(監督しだいかもしれませんが)。
とにかく、これまでの7本の「スター・ウォーズ」(+「ローグ・ワン」)と比較して、相当にレベル落ちたって感じは否めません。マーク・ハミルも前作のラストで期待したけど、だめだったなあ。
ロン・ハワード監督の「ハン・ソロ」は期待できるかもしれない。

「暗黒街の巨頭」(グレート・ギャツビー)

ローソンの機械の故障で受け取れなかったアマゾンの荷物をやっと受け取ってきた。
DVD5枚とブルーレイ3枚。このDVDの1枚が、1949年製作の「暗黒街の巨頭」。スコット・フィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」の2度目の映画化(小説と舞台版の両方が原作らしい)。
ずっと見たかったのだが、アマゾンのサイバーマンデーでいろいろ検索してたときに見つけた。ジュネス企画なのでちょっと高い。アマゾンでも4000円以上。画質音質はかなり悪い。
なんで見たかったかというと、アラン・ラッドのジェイ・ギャツビーは理想だと思ったからだ。
彼はレッドフォードの美貌とディカプリオのワルっぽさの両方を備えている。
パーティでイチャモンつけに来た男をぶん殴るなんてことはレッドフォードのギャツビーにはできない。
ギャング全盛の禁酒法時代に酒の密造で稼いだギャングとしてのギャツビーがしっかりと映像化されている(原作はそこまではっきりとは書いていないんだが)。
デイジー役のベティ・フィールドがまたよい。レッドフォード版のミア・ファローはおそらく彼女の演技を参考にしたのだろう。フィールドのデイジーをはすっぱにしたのがファローのデイジーという感じ。でも、フィールドの方が存在感がある(原作のデイジーの愚かさが足りないが)。
ベティ・フィールドは6年後の「ピクニック」ではキム・ノヴァクとスーザン・ストラスバーグの母親を演じているのだけど、「ピクニック」のときはまだ30代だったとわかった。
ほかにも有名な俳優が何人も出ているが、シェリー・ウィンタースのマートルがはまり役すぎる。が、出演シーンが少ない。もったいない。3年後、彼女は「陽のあたる場所」で主役の1人を演じる。
レッドフォード版とディカプリオ版が2時間以上もあって、どちらも長すぎると感じたが、この映画は90分ほどなのに実にコンパクトによくまとめてある。ギャツビーの過去の話とか、オールドスポートのこととかもしっかり入っている。
日本ではアラン・ラッドは「シェーン」しかないみたいに言われているが、このギャツビーの演技は非常によい。ロマンチックな面とギャングとして成功した暗黒面の両方を兼ね備えていて、デイジーへの真摯な思いもよく表現されている。ロマンチックな面しか表現できていないレッドフォードと、漫画でしかないディカプリオと比べて、ラッドのギャツビーは本当に理想的だと思う。
レッドフォード版はレッドフォード以外のメイン・キャストはみなよくて、特にトムのブルース・ダーンとマートルのカレン・ブラックの演技は特筆すべきものだった。ニックのサム・ウォーターストンも好感が持てた。スコット・ウィルソンもよかったし、ロイス・チャイルズはひたすら美しかった。
ラッド版ではニックとトムがやや平板な感じで、語り手のニックがあまり機能してないのと、トムとマートルの不倫があまりしっかり描かれていないのが不満だ。
そして、一番困るのが、ギャツビーがトムにデイジーと別れてくれと言うホテルのシーンから最後までが原作とはかなり違う解釈になっていること。
原作では話し合いのうちにギャツビーが暗黒街のビジネスで儲けたと知ったデイジーが恐ろしくなり、夫のトムに心を戻してしまうのだが、ラッド版ではデイジーは最後までギャツビーを愛している。
デイジーがマートルをひき逃げしてしまうシーンはレッドフォード版では描かれず、その後にトムたちが通りかかって事故を知るようになっていて、ここはあの映画の中では非常にうまい演出になっている。マートルの死に怒りと悲しみを感じるトムもブルース・ダーンの演技で的確に伝わってくる。
しかしラッド版ではデイジーがひき逃げする場面からずっとデイジーを中心とするシーンで描かれ、デイジーは運転していたのは自分だと正直に告白する。デイジーは一時的にトムに心を戻すが、やはりギャツビーへの愛は消えない。トムも訪ねてきたマートルの夫ウィルソンにギャツビーのことは言わない。しかも、そのあと、デイジーに懇願されて、ギャツビーに危険を知らせようとする。デイジーもトムもいい人になっているのだ。
原作ではトムやデイジーのような金持ちは自分のことしか考えていない人々で、それに対し、ギャツビーは違うとニックが言うシーンがあるのだが、ラッド版だとトムもデイジーもいい人で、しかし、ギャツビーはウィルソンに撃たれて死ぬ、という結末になっている。
この大事な部分をこういうふうに変えてしまったのでは映画としての評価が低くなるのはやむを得ないか、という気はする。
レッドフォード版は公開当時、評判が悪かったのだが、ディカプリオ版があまりにも漫画チックだったので、逆にレッドフォード版が再評価されてしまった感もあるし、私もディカプリオ版ができる前に大学の授業でレッドフォード版を紹介して、昔見たときよりも印象がよくなったのだが、欠点は多いにしても原作に一番近いのはレッドフォード版だと思う(最初の映画化は見てないが)。
ラッド版はアラン・ラッドが理想のギャツビーであることを思うと、いかにもハリウッド的なみんないい人のクライマックスと結末になってしまったのは惜しい。原作ではニックとジョーダンは別れてしまうのに、ラッド版では最後に結ばれるみたいになっているのも当時のハリウッドのハッピーエンド主義のような気がする。
細かいことでは、ラッド版ではイーストエッグとウェストエッグが逆になっている。船着き場の緑のライトは出てこない。

2017年12月12日火曜日

アマゾンの荷物がローソンで受け取れなかった件

アマゾンで買い物すると、私は代引きにしてローソンで受け取り、というのをずっとやってました。
ローソンはセブンイレブンに比べると店が少ないですが、それでも1軒は必ず近くにあるので利用していたのです。
が、郊外に引っ越してから近所のローソンでアマゾンの荷物を受け取ろうとするとなぜかトラブルが。
しばらくアマゾンで買い物してなくて、今年に入って新海誠の過去作のDVDを買ったのがこちらに引っ越してから初めてのアマゾンでしたが、そのときは店員がまったく不慣れで、渡すべき書類を渡してもらえず、あとから店に取りに行かなければならなかったのです。
そのとき、ここはあぶないな、少し遠いけどファミマにするか、と考えたのですが、その後アマゾンで買い物しなかったので忘れてしまいました。
が、今週月曜日までやっていたアマゾンのサイバーマンデーというセール。フォックスのDVDとブルーレイが6枚3090円。や、安い、と思って、DVD4枚とブルーレイ2枚を注文。それを受け取りに行ったら、なんと、機械が壊れていて受け取れなかった。
ローソンで受け取る場合、コードみたいなのを印刷して持っていけばいいのですが、私は番号を控えて行ったので、ロッピーという機械に番号を打ち込んでレシートみたいなのを手に入れて、それをレジに持って行かなければならない。が、そのロッピーが故障。明日の朝まで治らないと!
がっくりして帰ってきたんですが、機械が故障で受け取れないって、今日が受け取り最終日だったらどうするよ!
しかし、都心では何度もローソンで受け取っていましたが、トラブルがあったことなど1度もなく、やはりあの店はやめた方がいいのか?
あるいは、遠くてももっと都会の場所にある店にした方がいいのか?
実はサイバーマンデーのあとにまたDVDとブルーレイを注文したので、それと一緒に取りに行ってもいいんですけどね。あーあ、がっかり。

実はまだブルーレイのプレーヤーを持っていないので、4Kとブルーレイの「君の名は。」ボックスセットも見ていない状態。これはセブンイレブンで注文したのですが、同じ地元のコンビニでもセブンイレブンは実にスムーズでした。うちの近所、なぜかセブンイレブンが3軒もあって、さらに1軒できるとかいう噂。大丈夫か?
(追記 久々にオムニセブンで買い物しようとしたら、なんと、近隣のセブンイレブンはすべて受け取り不可に。やっぱりコンビニで商品の受け渡しをするのはミスが多くて大変なのでしょう。結局、電車に乗らないと行けないヨーカ堂で仕事帰りに受け取ることにしました。)

サイバーマンデーではまずDVDでほしいものをリストアップして、それからブルーレイで同じものがあるかチェックして、結局DVD4枚とブルーレイ2枚になったのですが、注文してしまってからリドリー・スコットの「レジェンド」のブルーレイがあったのに気づき、しまった、これを入れればよかった、と後悔したのですが、また6枚買うのもなんだし、というわけで今回はあきらめ。
この「レジェンド」、日本公開されたときは「キネ旬」に、だいぶたってスコットのムック本が出たときに再び、映画評を書いていますが、最初に見たのは輸入のレーザーディスクでした。
この映画、いろいろとトラブルがあったことで有名で、特にジェリー・ゴールドスミスの音楽がタンジェリン・ドリームに替えられてしまい、アメリカではタンジェリン・ドリームの版、ヨーロッパではゴールドスミスの版が公開されました。
日本ではなかなか公開されず、アメリカ版のレーザーディスクが秋葉原に出て、それを買って見たのが最初。そのあと、「トップガン」の大ヒットのおかげか、「レジェンド」も日本公開されましたが、確か他の映画と2本立てだったと思います。
うれしかったのは、日本公開版はゴールドスミスの音楽のヨーロッパ版だったこど。上映時間もこちらの方が少しだけ長く、アメリカ版よりもずっといい雰囲気になっていました。
ブルーレイは数年前に「ディレクターズ・カット」と銘打って発売され、サイバーマンデーに出ていたのもそれでしたが、アマゾンのレビューを見ると、どうもこれはヨーロッパ版のブルーレイで、それにシーンを付け加えたディレクターズ・カットも入っているとのこと。しかし、メインはヨーロッパ版なので、画質はヨーロッパ版がよく、ディレクターズ・カットは劣るようです。

まあ、「ブレードランナー」もだけど、スコットのディクターズ・カットはあまり信用してないんですよ。
特に「ブレードランナー」のメイキングの本を読んだら、スコットはあのディレクターズ・カットにはさほど熱心ではなくて、「ユニコーンさえ出ていればよかったのだろう」なんて書かれているのですね。
初公開版のときにいろいろトラブルがあって、対立もあって、ナレーションがしつこすぎた、エンディングが緑の大地はまずいだろう、デッカードはレプリカントにしたかった、それにはユニコーンを出さなくちゃ、みたいなのがあって、そういう思いをとりあえず編集したのがディレクターズ・カットで、ナレーションも少しは入れたかったとか、エンディングは砂漠にすべきだったとか、そういう理想の形には目をつぶった妥協の産物にに見えるのです。
スコット自身、ディレクターズ・カットの頃はさまざまなタイプの映画を意欲的に作っていたので、過去作の手直しとか、本当はあまり興味なかったんじゃないかと思うのですよね。でも、「ブレードランナー」が人気があるので、ファンにお応えする形で作り直して商売とか、そういう思惑もあったのじゃないかと。
実際、スコットが本当に「ブレードランナー」に思い入れているなら、続編を他人に監督させたりしないと思うのです。
新「エイリアン」シリーズの方は自分で監督してますが、こっちの方が思い入れがあるんでしょうかね。お元気なのはなによりで、がんばっていただきたい(いろいろイチャモンつけてますけど、これでも「デュエリスト」から見てるし、最初はかなり高く評価してた好きな監督だったんだけど、気がついたらわりと何でも屋の職人監督になってたので、心が離れてしまったのです)。

2017年12月11日月曜日

マックス・ボルンのこととか、試写室のこととか

グーグルのトップページにマックス・ボルンが登場している。
今日はボルンの誕生日なのだ。
ボルンは、1990年代にヴェルナー・ハイゼンベルクについての本を熱心に読んでいた私にとってはなじみのある物理学者だ。
ボルンはハイゼンベルクの師だったが、ユダヤ系なのでナチスのユダヤ人迫害から逃れるためにイギリスに亡命した。
アメリカに亡命したユダヤ人科学者には原爆製造にかかわった人が多かったが、ボルンはイギリスに亡命したため、原爆製造にかかわらなかった。
彼自身、原爆使用には反対の意志を持っていたようだ。
亡命しなかった弟子ハイゼンベルク(ユダヤ系ではない)についても、彼が決してナチス支持ではなかったと考えていたようだ。
ボルンは終戦後、ドイツに戻り、ドイツで亡くなった。

「鋼の錬金術師」のあと、映画を見ていないので、更新していなかったが、それ以前に試写で見た映画がいくつもあり、その中の1つ、「否定と肯定」が先週末に公開された。
原作者が来日してインタビューを受けているので、その記事で十分に内容がわかると思うが、いろいろ言われているように、今の日本と重なる部分が非常に多い。
ポスト・トゥルースとか、歴史修正主義とか、いろいろ考えさせるところの多い映画。原作者を演じるレイチェル・ワイズもかっこいい。

郊外に転居して、試写室が確実に遠くなったと思う。
初めて配給会社の試写室に入ったのは19歳くらいのとき。場所は銀座にあった東和。映画は「パピヨン」。キネ旬で読者対象の試写会を試写室で行い、応募して当選したのだった。うなぎの寝床みたいな細長い試写室だったのを記憶している。
プロとして試写室に入ったのはそれから10年後、京橋にあったワーナーで「グレイストーク」を見た。異色のターザン映画で、クリストファー・ランバートの出世作になる。
そのあとは試写室族になって、試写室でたくさんの映画を見せてもらった。
当時、試写室は京橋から新橋に集中していた。

京橋 ワーナー
銀座日比谷 東宝、東和、東映、松竹、UIP(ユニバーサルとパラマウント)
新橋 ヘラルド、コロンビア(現ソニー)
神谷町 フォックス

当時はディズニーはワーナーが配給していた。

あの頃の試写室というのは椅子はひどいし、かなり見づらい環境だったが、今は試写室はずいぶんと見やすくなっている。
でも、30年以上前の試写室で見た数々の映画を忘れることはできない。
東和で見た「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」。キネ旬で分析採録をしたので2回見たのだが、2回とも、映画館では上映されなかった完全版を見ることができた。
この映画は有楽町マリオンの日劇のこけら落としになったのだが、そこで上映されたのは短縮されたバージョンだった。私の書いた分析採録もカットされた部分は削除されて掲載された(しかも誤植の多いひどい形で)。
日劇ではこの映画を見なかったのだが、その後、レーザーディスクで短縮版を見て、また、文芸坐でも同じバージョンを見た。試写室で見たのとは印象が異なっていた。
試写室で見た完全版を再び見ることができたのは、DVDだった。

映画評論家としては数年前から開店休業状態なので、試写状もあまり来なくなり、試写室に行くことも少なくなったが、試写室の思い出はとても多い。いろいろな意味で感謝したい気持ちでいる。

2017年12月1日金曜日

「鋼の錬金術師」

予告編を見たときから見たいと思っていた「鋼の錬金術師」。
原作は読んでいないけれど、だいぶ前に劇場アニメ化された映画は見ていて、テレビアニメの外伝みたいな位置づけだったので、原作知らないとよくわからんな感じの映画だったが、内容的には私好みの世界だったし、今回の実写化は原作どおりらしいし、なんといっても、予告では山田涼介のエドがなかなか決まっていてかっこよく見えたのと、CGすごそうだったので、それを目当てに。
さて、12月1日は映画の日、ということで1000円だったのだが、なんと、初日特典らしきものをもらってしまった。


左がチラシで、右が特典の小冊子。描き下ろしの漫画と、原作者と監督の対談が載っている。漫画は映画の前日譚のようだったので映画が始まる前に読み、対談はネタバレ注意とあったのであとで読んだが、別にネタバレしてないので先に読んだ方が映画の効果とかわかってよかったのになあ。むしろ漫画が、原作知らない人が映画を見た後に読むと、ああ、そうだったのか、とわかるところがある。
けっこう立派な小冊子で、得してしまった。明日は舞台あいさつの中継があるようだけど、明日も配るのだろうか?

さて、映画だけど、山田涼介とCGはどちらも満足できたので、目的は達成された。映画も原作読んでなくてもわかるようにまとめられていて、面白かった。
特にCGは、日本映画もここまで来たか、という感じで、ハリウッド映画に比べて遜色ない感じ。出だしにハリウッドのアクション映画のようにこれでもかのCGアクションがあり、そのあと、演出がちょっとだれた感じになるので、このまま行って大丈夫か、と思ったが、話が本筋になってくるとだれた感じもなくなり、面白く見ることができた。
ホムンクルスという人造人間3人組は最初から悪役で、あとは誰が悪役かというミステリーで話が進む。原作を知っている人だといろいろ文句のつけどころもあるだろうし、命のテーマも原作のよさだから、映画としてはやっぱりCGと役者ということになるのだろうけれど。

ヨーロッパ的な世界だけれど役者は日本人、というのは、「テルマエ・ロマエ」の成功があるのでそれほど違和感はない。イタリアにロケした古い町の風景も、神戸と長崎と札幌をブレンドしても別に違和感ないんじゃね?とか、明治時代の話にしてもいいんじゃね?とか思ってしまった。
最後に続編を予告するような映像があるが、ちらっと見せる程度で押し付けがましくないのがいい。
ただ、この映画、近所のシネコンではガラガラだったので、続編作れるのかちと心配ではあります。
見たいけどね、続編。