2023年9月16日土曜日

見た映画、読んだ本。

 アルノー・デプレシャン監督の「私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター」を見に行った。


この監督の映画は特に好きではないが、なんとなく題材にひかれて見たのだけど、姉と弟の確執がいまいちピンと来ないし、人間模様や家族の関係もうーん、別に、という感じだった。

読書はいろいろしているのだけれど、辻野弥生のノンフィクション「福田村事件」を近くの県立図書館で読んだ。


この本、市立や区立の図書館では順番待ちが数十人で、とても1年以内にはまわってこない。県立図書館にはまだ入っていなかったので、毎日チェックして入るのを待っていたら入ったけれど、郷土資料扱いで個人貸出不可。

千葉市にある千葉県立中央図書館には福田村事件関連の資料がいろいろあるが、ほとんどは個人貸出ができない。辻野弥生さんもここに通って古い新聞を調べたと書いている。

個人貸出不可の資料はどうやって読むか。図書館から申し込んで、資料が届いたらその図書館の中で読むのです。

かくして近所の県立図書館に取り寄せてもらい、館内で読みました。

1か月間通って読めるのだけど、次の人がいるだろうと思い、1日で読んで返した。返すとき、この図書館でも購入して、それは貸出可になる予定だと教えられたが、貸出可になったらあっという間に予約がたくさん入ってしまうよね。こんなにすぐに読めたのは館内閲覧だからでしょう。

中央図書館の方は建物がユニークで、でも、老朽化のために取り壊されるだろうと言われているので、早めに見に行きたいと思っている。

葛飾区の図書館だと寅さん関係の本が郷土資料になっていて、こちらも貸出不可だったりする。確かに貴重な資料が多いので、やむを得ないのだろう。「男はつらいよ」のDVDもそろっているが、こちらは一度に1本しか借りられない。

「福田村事件」の本は内容は完全に千葉県の郷土資料で、これが全国的に売れているのがある意味、ユニークな現象に思えた。

こちらは市立図書館から借りた本。


映画「福田村事件」にも飴売りの朝鮮人少女が虐殺されるシーンがあるが、この青年をモデルにしたわけではないと思う(パンフレットには飴売りの人の性別を変えたのは疑問とあるが)。辻野弥生の本にも、飴売りの朝鮮人たちが殺されたらかわいそうと、日本人たちがかくまったという話が出ているが、当時は飴売りの朝鮮人はたくさんいたのだろう。

この本の主人公・具は埼玉県の寄居村の人で、村では人気者だったようだ。物語は事実にもとづいたフィクションとされているので、どこまでが事実かわからないけれど、この本では村の人たちは彼を守ろうとしたけれど、よそから押し掛けた暴徒によって殺された、となっている。お墓があるけれど、これは日本人が建てたものだそうだ。

映画「福田村事件」と比べると、善人と悪人がはっきりしすぎているけれど、虐殺した人々は政府に扇動されたのだということははっきりと書いてある。辻野弥生の本でも、虐殺した民間人は裁判にかけられたけれど、軍隊や警察が組織的に行った虐殺はうやむやにされたと書いてある。関東大震災関連の他の本にも同じようなことが書かれていて、逮捕された人々を村が支援したのは、民間人だけ悪者にして裁いているという不満があったからでもあるらしい(福田村以外でも同じようなことがあったようです)。

暗い本ばかり読んでいても、ということで、一緒に借りたのがこれ。


1960年代なかばから10年くらい千葉県に住んでいたので、1970年代初頭の本八幡の話とかなつかしかった。あの頃、駅前の映画館によく行ったものだ。今はもうないけど、かわりに市川コルトンプラザのシネコンに行っている。

実は「翔んで埼玉」を見るまでジャガーさんを知らなかったのだけど、ものすごく多才な人。なんでも自作してしまう。本業は実業家。バブルがはじける前の10年間、千葉テレビを中心に活躍し、バブルがはじけたあとの10年はジャガーとしての活動はしていなかったが、その後、彼の影響を受けた千葉県出身のミュージシャンたちに担ぎ出されて再び活動開始、というあたり、なんか元気が出ます。とにかく明るい。この本も内容的には千葉県の郷土資料になりうる本です。

2023年9月14日木曜日

「福田村事件」再見(ネタバレあり)

 水曜サービスデーに「福田村事件」をまた見に行く。

UC松戸は今週はIMAXの次に大きなスクリーンで上映。新しめのシネコンなので音響もよく、大満足。しかもここはサービスデーは1200円。


そして、パンフレットが再入荷していた。シネコンはパンフ完売すると再入荷しない場合が多いと聞いていたけど、さすがに公開してすぐ完売なので、また入ったのだろう。キネマ旬報シアターと千葉劇場は再入荷してもすぐ完売したらしいけど、こちらはまだあります。


1回目見に行ったとき、登場人物が多いので、すべての人物を把握できていない、だからわからない部分がある、と思い、もう一度見なければと思っていた。なので、UC松戸が大きいスクリーンでやっているうちに見ようと。

パンフレットのシナリオをところどころ拾い読みしていたけれど、完成した映画の台本ではないようで、私の記憶と違うところがあった。そして、2回目見てみたら、私の記憶の方が正しかった。完成した映画の台本というのは完成した映画を見てせりふを拾って作らないといけないので、普通はこういうところに出てくるシナリオは完成した映画の台本ではないです。

2回目を見て、この映画、森監督が嫌がっていた時代遅れな昭和の濡れ場以外はすべて完璧だと思った。あの昭和の濡れ場も、表現をもっと今の時代に合うようにすればよいのだが、その辺は荒井氏の趣味なのだろう。不倫する3人の女性はみな、夫を愛していて、戦争や植民地での虐殺がなければ夫婦円満だっただろうと思われる。だから不倫を入れること自体はいいのだが、表現が。

それ以外は脚本も役者の演技も完璧で、特に脚本はほんとうに考え抜かれていることが今回再見してさらによくわかった。地震の前の登場人物の描写もわかりやすくて面白い。2回目見るとほんとうに人物がていねいに描かれていることがよくわかる。この辺、演出と編集もいいのだ。

で、以下、クライマックスからラストについてのネタバレ大有りの解説。

2023年9月12日火曜日

「熊は、いない」(ネタバレあり)

 9月15日公開のイラン映画「熊は、いない」。オンライン試写で見せていただきました。

傑作です。


試写状の解説から。

”2010年に映画撮影と出国の禁止をイラン国家から言い渡されるも、圧力に屈せず、映画撮影を続ける《闘う映画監督》ジャファル・パナヒの最新作。”

世界中から注目されるイラン映画ですが、いろいろと制約も多く、政府ににらまれる監督あり、ということも知られています。

この映画も政府にとって都合の悪いことを描いているので、イラン国内では上映禁止、でもヴェネチア映画祭では審査員特別賞受賞。

内容は、田舎の村の因習と同調圧力を描いていますが、それと同時に、ドキュメンタリードラマを作る監督のやっていることが、村の同調圧力と重なるように見えてくるという、その二重構造がみごと。

田舎の村の人々は本質的にはみな善人なのに、同調圧力がある、というところはどこか「福田村事件」につながる気がするし、また、映画監督のやっていることは、ドキュメンタリー出身の森達也監督が以前、あるドキュメンタリー監督が出演者の男性に性加害したことが問題になったときにした発言とちょっと通じるところがあるような、それは映画を作る側としては常にある危険性なのだけど、それを擁護したことで森監督を許せないと思っている人もいるらしい。その辺のこともちょっと連想してしまった。

公開はこれからなので、はっきりとしたネタバレはしませんが、ある程度のネタバレはしないと語れないので、その点は注意してください。

映画はまず、町の中で、偽のパスポートで国外脱出しようとしている男女の様子を描きますが、それが実は映画の撮影で、しかも監督は現場におらず、遠方からパソコンの画面を見て指示を出していることがわかります。

監督はパナヒ監督自身が演じる本人役。もちろんフィクションなのですが。

イラン出国が禁じられているパナヒ監督は、トルコで撮影している映画をイランの国境近くの村からパソコンで指示を出しています。そこは電波がよく届かず、圏外になってしまうことはしょっちゅう。それでいざというときはこっそり国境を越えてトルコの撮影場所へ行けるようにしているのです。

一方、監督の滞在する村ではある問題が起きています。この村では女の子が生まれるとへその緒を切る前に許嫁を決める風習があるのですが、女性が別の男性を好きになってしまう。それで長老たちは2人を別れさせ、許嫁と結婚させるために監督に協力させようとします。しかし、監督はそんなことはしたくない。

この愛し合う男女は画面にはほとんど登場しません。かわりに許嫁の男が登場し、好きな女性がいたのにあきらめさせられた過去があることがわかります。この許嫁の男も被害者なわけです。

村人たちはほんとうにいい人ばかりで、監督に対してもとても親切です。監督に協力を強制する長老たちも悪い人には見えません。でも、村の風習は絶対に守らないといけないので、同調圧力があるわけです。また、村の同調圧力だけでなく、その外の権力の圧力もそれとなく感じさせる描写があります。監督の行動に当局が目を光らせているのです。

監督がある場所へ行くように言われたとき、そこは熊が出ると言われているのですが、実際は熊はいない、というのが映画のタイトルの由来。でも、そのいない熊が人々を支配しているわけです。

一方、トルコの町で撮影中の映画は、女性の方は偽造パスポートが手に入るけれど、男性の方は手に入らないという問題を抱えています。この映画はドキュメンタリードラマなので、主役の男女は国外脱出したい本人たちで、女性の方は過去に拷問を受けたことがあると言うので、政治的なことで危うい立場にいる人のようです。

監督は、女性がとにかく国外脱出する絵を撮りたい。だから女性だけ旅立たせようとする。でも、女性は男性と一緒でないと絶対いや。

(ネタバレ)監督が彼女の気持ちよりも映画を優先にした結果、悲劇が起こります。そして、田舎の村でも。そして、どちらも水辺のできごと。

村の因習や政府の圧力を描くだけなら普通の社会派映画ですが、映画製作の中で監督が権力者と同じことをしているのではないか、という視点が何よりも深く考えさせられます。

「福田村事件」と一緒に考えたい傑作。

2023年9月10日日曜日

パンフレット入手(追記あり)

 UC松戸でさえ売り切れていた「福田村事件」のパンフレット。

9日、ツイッターを見ていたら、ミニシアターが続々、再入荷のツイートをしていて、その中にキネマ旬報シアターもあったので、電車賃使って柏まで行って買ってきました。


完売のところが多く、メルカリに出品までされていたという。

まだパラパラっとしか見ていませんが、読み応えありそう。

UC松戸は金曜から1日3回に増やし、うち1回はIMAXの次に広いところで上映。

松戸の入りがよかったせいか(?)、ユナイテッドシネマは10月から上映館が増えます(今は松戸のみ)。もともとシネコンはイオンシネマがそこそこ上映しているのだけど、これからだんだんシネコンにも上映拡大するかもしれない。

追記

10日の朝のキネマ旬報シアターのツイッター(X)。


えええ、昨日再入荷でもう残りわずかなの?

確かに1日2回の上映だと200人くらい見るからそのうち半分が買うとすぐなくなっちゃうかも。その上、買えなかった人たちが来るわけで。

松戸で見たのに買ってしまってすみません。

でもパンフの奥付に2刷と書いてあったので、おおもとにはまだ在庫が十分あるのでは、と思うのですが。

パンフ、脚本以外は全部読みました。長年この問題に取り組んできた方が苦言を呈しているのを全部載せている。映画は事実とは違う、ということを隠さないし、それに対する危惧もきちんと載せるわけですが、できれば、映画と事実との大きな違いを表にしてくれていたらよかった。これから誰かやるかもしれませんが。

荒井晴彦と森達也の出会いがキネマ旬報ベストテン表彰式だったというのも面白い。あのときは荒井氏が邦画1位、森氏が文化映画1位。すごい出会いだし、キネ旬シアターで大ヒットなのに、肝心な本誌が。

追記

午後1時頃に完売したそうです。もっとたくさん送ってあげて!

2023年9月7日木曜日

「こんにちは、母さん」と「君の名は。」(ネタバレ大有り)

 「こんにちは、母さん」について、これまではたまたま「福田村事件」と同じ日に見て、歴史的地理的つながりが潜んでいることに気づき、2本を関連させて書いてきたけれど、ここでは完全に「こんにちは、母さん」だけの作品評とします。

結末までネタバレするので注意!


山田洋次は「たそがれ清兵衛」から第二の、そして最大の黄金時代を迎えたと私は思っているが、その黄金時代も「家族はつらいよ」までで、その続編からはかなりレベルが下がった、特に最近の「お帰り寅さん」と「キネマの神様」は凡作の部類、山田洋次はもう終わりなのか、と思っていたが、この「こんにちは、母さん」は黄金時代が戻ったかのような出来栄えだった。

ストーリー的には新しいところはなく、特に結末には疑問を感じるのだが、なにより目を惹きつけられたのはその映像。

山田洋次は長らくフィルムにこだわっていて、日本の映画界がデジタル撮影になったあともフィルムで撮影していたと聞くが、時代の変化には逆らえないのか、最近はデジタル撮影になったらしい。

それでも映像の質感などは以前と変わらない感じだったのだが、この「こんにちは、母さん」では明らかに映像が変わった。

冒頭の高層ビルの描写はこれまでの山田洋次の映画では見たことのないものだし、墨田区向島の吉永小百合演じる女性の住む家の内部の映像も、これまでの下町の家の映像と明らかに違うと感じた。

すぐに連想したのは、新海誠の大ヒットアニメ「君の名は。」だ。

大泉洋演じる息子は高層ビルの中にある会社の人事部長をしていて、窓から見下ろすと、都心のターミナル駅が見える。新幹線が出入りしているので、東京駅だろうか?

これ、「君の名は。」の新宿駅を空から見下ろす映像によく似ている。しかも、新海のアニメと同じく、このシーンが何度も繰り返し出てくる。

「君の名は。」と違って、空からの映像ではなく、高層ビルの窓からなので、閉塞感があるのが大きな違いだが。

そして、向島の母親の家。畳の日本家屋なのだが、ソファやテーブルが置かれている。奥の方に縁側があり、その向こうに植物がたくさん植えてある。

映像はこれまでの山田洋次の映画のようなくすんだ感じではなく、なにかキラキラした感じなのだ。なんだろう、このキラキラ感は? デジタル感?

「君の名は。」では飛騨の町に住む少女の家が出てくる。手前に縁側があり、その前に植物が植わっている。畳の部屋で、ソファやテーブルはないが、何か構図が似ている。特に縁側と植物。

「君の名は。」では同じ部屋が同じ構図で何度も出てくるということはないが、「こんにちは、母さん」では畳にソファの部屋が同じ構図で何度も出てくる。結末近く、あることを知った母親が哀しみのあまり、暗い部屋でじっとしているシーン、そこに至るまでに何度も出てくるその部屋の映像が効果的だ。

この日本家屋の部屋の描写は、2本の映画は似ていると思わない人が多いだろうし、実際、比べたら似ていないかもしれない。だが、「こんにちは、母さん」の日本家屋の部屋の描写が、これまでの山田洋次の部屋の描写とかなり違うこと、そのくっきりとしたデジタル感が、新海誠のアニメの映像にどうも似ているように感じてしまう。もちろん、こんなこと感じるのは私だけだろうけど。

畳の部屋にソファが置いてあるのは、高齢になるとソファやベッドの方が使いやすいからだろう。息子はマンションに住んでいるが、片付け上手の妻がいないので部屋がごちゃごちゃしていて、お掃除ロボットがスムーズに掃除できないとか、相変わらずこういうあたりの細かい表現がうまい。

「こんにちは、母さん」が新海誠の「君の名は。」を意識しているのではないかと思ったもう1つの理由は、シニアの恋愛を描いていることだ。

「君の名は。」の大ヒットは若者だけでなく中高年も虜にしたところから来ているが、特にシニア世代が映画を見て若い頃の恋愛を思い出した、ということがあった。

「こんにちは、母さん」のシニア男女の恋愛は、「君の名は。」とそれ以前の新海誠の描く恋愛にどこか似ている。2人の間には物理的な距離や年齢の差があり、容易に結ばれない。「こんにちは、母さん」の母親と牧師の恋愛もそうした距離が間にある。

以下、ストーリーに関するネタバレがあります。