2022年5月28日土曜日

「トップガン マーヴェリック」と「ライトスタッフ」

 前作「トップガン」は当時、ちょっとだけ仕事もさせてもらい、試写室で見たのだけど、好きではなかったので、続編は見なくてもいいや、と思っていたが、前作よりよいという評判だし、交通費がかからないシネコンで見られるし、ショッピングセンターで買いたいものもあったので、初日に出かけた。

のっけからなつかしのテーマソングとか流れてくるのだけど、そのあとが、なんと「ライトスタッフ」。

戦闘機でマッハ10を出すプロジェクトに参加していた主人公マーヴェリックが、突如、プロジェクトの中止を言い渡される。理由は、これからは無人機の時代だから。

で、軍のお偉いさんが来るので、マーヴェリックはその目の前で戦闘機を発進させ、マッハ10を達成し、それでもまだ先を目指して墜落。

場面変わり、田舎のダイナーに現れたマーヴェリック。水をもらって飲み(「アラビアのロレンス」だね)、子どもにここはどこと聞くと、子どもは「地球だよ」と答える。

そのあと、「ライトスタッフ」の主演者の1人エド・ハリスが登場と、こんなにあからさまなオマージュはない。

「ライトスタッフ」ではクライマックスで、サム・シェパード演じるイエーガーが戦闘機で成層圏に挑戦し、墜落する。

このシーンと並行して、副大統領がテキサスで鳥の扮装をしたストリッパーのダンスを見る。バックに流れるのはドビュッシーの「月の光」。

イエーガーは鳥ではなかった、飛べなかった、太陽に近づきすぎて落ちたイカロスだった、ということを示すシーン。

でも、このシーンの最後に、燃え上がる戦闘機をバックに、脱出したイエーガーが歩いてくる映像があって、ここがものすごくかっこいい。

この映画はとにかくサム・シェパードのイエーガーがかっこよくて、冒頭、バーでバーバラ・ハーシーをナンパするんだけど、実は2人は夫婦だったというオチだが、ここもかっこいい。(トム・クルーズとジェニファー・コネリーのカップルもこの2人をちょっと思わせるシーンがある。)

それに比べると、田舎のダイナーにぼろぼろになって現れたマーヴェリックはむしろコミカルで、「ライトスタッフ」のまねしたけどイエーガーみたいにかっこよくはないところがいい。

「ライトスタッフ」は地球を何回もまわる7人目の宇宙飛行士デニス・クエイドで幕を閉じる。宇宙開発の時代に去っていく古い時代の英雄イエーガーとの対比だ。

「トップガン マーヴェリック」も基本的にこのテーマで描かれている。「ライトスタッフ」へのオマージュはただの遊びではない。

有人戦闘機の時代は終わり、これからは無人戦闘機やドローンの時代になる、というときに、最後の戦闘機時代の英雄マーヴェリックがある任務のために若手を鍛える。

その任務というのが、どこかの国の核施設を爆破というのだけど、国連で問題にした方が安全に処理できると思うんだが、この戦闘機作戦がほとんどテレビゲームなので、まあ、その辺は大目に見ようという気になれる。

これが前作だと、敵は特定されていなかったとはいえ、リアルだったので、大目に見られなかった。ベトナム戦争を体験したオリヴァー・ストーンが、若者の成長を描くのになぜ戦争を使うのか、と怒ったのも当然だった。ストーンはこのあと、トム・クルーズを主役に「7月4日に生まれて」を作り、それを「トップガン」への答えとした。クルーズはこの映画でも仲間が死んでしまう兵士を演じている(こちらの方がずっと深刻)。

「~マーヴェリック」は前作で死んだ仲間の息子とマーヴェリックの父と息子のような関係に焦点が絞られている。父息子ものはハリウッド映画の王道だ。クライマックスで2人が助け合うとか、あの辺も全然リアルじゃないのだが、とにかく戦闘シーンは迫力はあるけどリアルでない、まさにゲームの世界。で、古い戦闘機に乗るはめになるとか、こういうグッとくる面白さがあちこちに散りばめられている。

ラスト、クルーズとコネリーは飛行機に乗り込むが、「トップガン」の続きはもうないだろう。「ライトスタッフ」でイエーガーの時代が終わったようにマーヴェリックの時代も終わる。

近頃の映画はなんとかユニヴァースとか続きものばかりで、そうでなくても続編をにおわせておわるとかいうものが少なくないが、1つの時代が終わり、そこで完結するという潔さを感じる。

現代を舞台にした戦闘機映画はもう作られないかもしれないし、「スター・ウォーズ」のようなSFの世界でもありえない話になるだろう。