今から10年くらい前、「ウォリスとエドワード」と「シャドー・ダンサー」を見て、主演のアンドレア・ライズボローの演技のうまさに驚き、この女優はこれからブレイクするだろう、と思った。
しかし、その後、彼女は話題作にも出演するものの、彼女の演技力が生かされない、あまりぱっとしない脇役ばかり。しだいに記憶から薄れつつあったとき、この「トゥ・レスリー」でいきなりアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた。
手放しで喜びたいところだったのだが、そのノミネートが過剰な宣伝によるものだというスキャンダルが巻き起こった。ノミネートのためにロビー活動や宣伝をするのは当たり前のことなのだけど、彼女の場合、周囲のやり方が強引だったとか言われている。
しかし、複数のアカデミー賞女優による彼女への賛辞を見ると、私が思っていたこと、卓越した演技力を持ちながら役に恵まれず、不遇であるということを感じていた映画人がいたということではないかと思ってしまう。
今年のアカデミー賞で演技賞を受賞した4人が事情は異なれ、いずれも不遇なところのある人たちだったというのも関係しているかもしれない。
「トゥ・レスリー」はアンドレア・ライズボローの演技を見るために作られた映画だ、という感が強い。
実は試写状をいただいていたのだが、コロナ禍になってから試写は回数が激減、しかも予約制なので、予約はすぐに埋まってしまうだろう。オンライン試写も申し込み制とかで、今は新作について書く仕事も来ないし、映画館で見ればいいか、となっている。
というわけで、久々、角川シネマ有楽町で見た。「空海」字幕版最終日以来。
宝くじで大金を得たのに、酒に溺れてすべてを失った主人公レスリーが故郷の町に帰るが、人々は冷たい。モーテルの経営者の2人の男性が彼女を雑用係に雇ってくれるが、まともな生活ができないので、彼らからも見放されそうになる。が、息子の幼いころの写真を見て酒を断つ決意をし、という物語。
「ボブという名の猫」のルーク・トレッダウェイは第1作ではジャンキー演技、続編では麻薬を完全に断ったあとのしらふ演技で、その違いに驚いたが、この映画のライズボローも前半のアル中演技と後半のしらふ演技の違いに驚く。前半のアル中演技だけ見たら、ああいう女優なのかと思ってしまうが、後半はがらりと変わる。
とにかく彼女の演技を見せるための映画なので、彼女の目から涙が浮かんで流れ出すところをワンカットで撮ったりとか、演技を見せる映画なのが丸わかりだし、後半の酒を断つ過程も現実はこれほど甘くないだろうと思う。最後まで見ると、意外に普通の母息子ものだったりと、アート映画っぽいけれど実際は人情劇だったりする。
ただ、ライズボローの演技は見ごたえ十分で、彼女の演技=映画になっているあたりがすごい。10年前に彼女の演技に魅せられた者としては、非常に満足できる映画だった。
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有楽町界隈に来たのは久しぶりだったので、銀座通りの新橋寄りまで行って引き返し、京橋、日本橋、神田を通って秋葉原まで歩いた。銀座は昔あったビルが次々新しいビルに変わっていて、入ったことのないビルが増えた。建設中のビルもある。松坂屋のあったあたりが全然変わっていたのも驚き、銀座コアは健在だったけれど、地下はシャッター商店街になっていた。
映画評論家になった1980年代は京橋から銀座、新橋の間に試写室が集中していて、毎日のように通い、映画のあとその近辺を歩いたものだった。そんな思い出に浸りながら、あのビルはなくなったのか、あれはまだ残っている、と思いながら日本橋の近くに来たら、超有名布団屋さんのビルがなくなって、新しいビルを建設しようとしている。昔はこの銀座通りを歩く間に書店を何軒ものぞいたものだが、残っている書店は少ない。八重洲ブックセンターがなくなったけれど、そこは見に行かなかった。
神田駅の少し手前のところはあまり変わってなくて、昔のコース、かつやでかつ丼を食べて近くのベローチェで長居。このコース、いったい何年ぶりだろう。もしかして10年ぶりくらい?
秋葉原まで歩くと帰りの電車賃が90円安くなるので、歩くことにした。以前は高架線路の向こう側に出て、万世橋を渡って行ったのだけど、ヨドバシカメラができてからは昭和通りの方から行くようになっていた。それで、久々万世橋の方から行くことにしたら、昔よく行ったベローチェがなくなってるし、夜空にこうこうと輝いていた石丸電気のネオンがなくなってるし(石丸電気がなくなってるのはわかっていたけれど、かつては石丸電気が秋葉原の顔だったので寂しい)。万世橋もなつかしかった。