2025年12月31日水曜日

大晦日

 大晦日は八柱霊園へ散歩、そこからバスで温浴施設へ。

正門前のえびす様は正月仕様。


霊園内、もう梅が咲いている。



お気に入りの木は葉も実もほとんど落ちてしまったが、近くの別の木は白い実がまだいっぱいついている。大晦日だけどお墓参りの人が多く、白い実がある方の木の下に車や人がけっこういるので、上の方だけ撮影。



温浴施設は年末年始は混むので行かない予定だったけれど、回数券買うと無料券が1枚ついてくるというので、ついつい行ってしまう。混んでたら回数券買うだけにして帰ろうと思ったのだが、それほど混んでないかな、と思い、無料券で入ったら、まあ、混んではいるが、そんなにひどい混み具合ではなかった。

が、その後、子ども連れが続々と訪れ、大混雑になってきたので、いつもは1時間くらいお湯につかっているのに30分で引き上げた。

しかし、この施設、脱衣所が狭い。湯船やカランは混んでいるとはいえ、そんなにひどい混雑ではないが、脱衣所が狭いのでこっちは動くのも大変な大混雑。ドライヤーは行列ができているのだけど、ドライヤーが温風が出たり出なかったりでなかなか乾かない。だから時間がかかるので余計行列が。全体に施設が古い感じで、シャワーもお湯が出たり出なかったりするところがある。靴箱やロッカーもすいているときでも鍵がついていないのが多くて、鍵がなくなってもそのままなのかもしれない(常連が鍵を持ち帰って自分専用にしている可能性もあるが)。

施設の入口の門松。


白鳥がいた公園は30日から元日まで閉鎖。29日に行ったら、白鳥が岸の近くまで来る。水田に餌をまいて白鳥を呼んでいるところがあるので、餌がもらえると思ってるのかもしれない(ここは野鳥への餌やりは禁止)。





では、よいお年を。

2025年12月29日月曜日

オオカミ騒動と有馬記念

 土曜日はウィンズ後楽園へ行って翌日の有馬記念の馬券を買ったあと、上野動物園へ行ったら、食堂のところにカツカレーと書いてあったので、葛西臨海水族園のマグロカツカレーが食べたくなり、明日が今年最後だから行こうかな、と思った。

しかし、よく考えてみたら、葛西臨海公園からの帰りの武蔵野線、途中から有馬記念の客が大挙して乗り込んできてぎゅう詰めになることは必至。降りる駅で降りられない可能性も?

うーん、行くのは来年にした方がいいかな、年始の混雑予想を見てみよう、と思い、日曜の昼前に葛西臨海水族園のHPにアクセスしようとしたら、全然開かない。上野動物園のHPもだめ。実はその直前に多摩動物公園でオオカミが脱走していて、客を建物に避難させている、というニュースがあったのだ。これで東京都の動物園のサイトはつながらない状態なのだった。

オオカミ騒動は通報から4時間近くたってやっと解決したらしい。多摩動物公園はかなり広く、まわりも熊やイノシシが出てもおかしくない?場所だから、外に逃げられたら大変だった。正門近くの雑木林で発見されたらしいけど、動物園の中に雑木林があるのか(昔、2回ほど行ったことがあるだけ)。

有馬記念ですが、予想どおり、ミュージアムマイルでしたね。サンライズジパングも期待して複勝買っていたけど、惜しかった。AJCCのパドックで私にオーラを送ってくれたコスモキュランダを買わなかったのが痛恨のきわみ。シンエンペラーは、もうだめなのかな?

ということで、土曜日からの写真。

ウィンズ後楽園。翌日の有馬記念の馬券を買うだけだったので1階しか行かなかったけど、馬券売り場かなり混んでいた。





そのあとすぐに上野動物園へ。門松が出ていた。


いそっぷ橋では中国に返還されるシャオシャオとレイレイの生まれてから現在までの様子を描いた幕が並ぶ。



着いたのが3時前で、不忍池テラスで業スーのどら焼きを食べ、小獣館へ。マヌルネコは2頭同居。




地下は前より赤い光が強くなって、見やすくなっていた。



もう1頭のマヌルネコと、ツチブタ。



西園はパンダ観覧の予約をゲットできた人たちが並ぶためのコーンがあちこちにあって、とても動きづらい。パンダの予約、全然つながらなくてあきらめたけど、西園の動物を見るために来ても動きづらいし、予約ができたパンダ常連っぽい人たちを見るのもなんかつらい。この日は着いた時間が遅かったせいで、パンダ観覧の行列はほとんど見なかったけれど、早い時間だと行列が邪魔で移動が面倒とかではないのだろうか?

レッサーパンダや西園売店、馬などを見る。





東園へ。もう閉園間近。アビシニアコロブスと、東園売店。パンダのグッズをたくさん売っているが、パンダがいなくなったらもうパンダのグッズもなくなるのだろうな。他の動物にシフトしつつあるのがなんとなくわかる。




動物園を出て西洋美術館へ。




西洋美術館は土曜日が今年最後で、この日は8時まで開館だから、5時頃でもチケット売り場はけっこう並んでいた。大部分は印象派展を見るのだろうと思っていたのだが、私の前の数組が全員、常設展のチケットを買っていた(値段をいうスタッフの声がよく聞こえるのでわかる)。後ろの2人組も常設展を見ると話していたので、ほとんどの人が常設展? まあ確かに企画展は大人2300円、常設展は大人500円、大学生250円、高校生以下と65歳以上無料だからね。

西洋美術館常設展は2週間前に来たばかりだけれど、その2週間前に来たときに初めて見た絵があったのだ。初展示作品で、その前に来たときはまだなかった。



東方の三賢人がキリストの誕生を祝っている絵。黒人が描かれているのがミソで、キリスト教がどんな人種も受け入れることを表しているそうだ。2週間前に来たときはデジカメを持っていなかったので、今回はこの絵を撮るのが目的だった。

デューラー展の聖母伝の1枚の一部。厩で生まれたキリストの絵。馬かわいい。


というわけで、この日は美術館ではあまり写真を撮らず、人も多いし、疲れてもいたので、1時間ほどで退散。

翌日。多摩動物公園のオオカミ騒動にびっくりし、普通なら有馬記念をネットのライブ映像で見るのだけど、録画で見ればいいや、と思って近所の公園へ出かけた。コサギのペアがいたので写真を撮っていたら、なんと、遠くに白鳥が4羽。








去年の冬も来ていたらしいけれど、昼間はどこかへ出かけていて夜しかいなかったようで、一度も見ることはできなかった。日曜はそんなに人は多くなかったけれど、これで人がたくさん来ると姿を隠してしまうかもしれない。

2025年12月28日日曜日

本はゴミ

 古本屋は、本に興味ない人が本を捨てに来る場所でもあった。

ハルタ on X: "古本屋は、本に興味ない人が本を捨てに来る場所でもあった。 (1/9) #ハルタ試し読み #漫画が読めるハッシュタグ https://t.co/M8ox2u6UFC" / X

上のXで古本屋の漫画の1話が全部読める。

コメントを見たらとっても好意的、つうか、共感している人しかいないみたいな感じ。

でも、私が最初にこれを見たとき思ったのは、この店主は本をゴミだと思っているんだな、ということだった。

そのときは最初に出ている文学全集を売りに来たおっさんのところだけだったんだけど、その後、1話分を全部読んだら、店主は売れない古本を夜中にこっそり資源ゴミに捨てに行っている。

そういう現実があるのはわかるんだけど、なんでこっそり捨てに行くわけ? 資源ゴミ上等じゃないの。

おっさんが売りに来た文学全集も、店主は資源ゴミにしかならないと思うから買取断ってるわけで。

文学全集が古本屋に売れないというのはかなり若い頃から知っていた。もしかしたら大学生の頃から知ってたかもしれない。まだ古本屋に売りに行った経験がない頃から知っていたと思う。なぜなら、そういう話を周囲からよく聞いていたから。

漫画ではバブルの時代と書いているけど、その前です。

だから、古本屋に本を売りに行くようになったとき、文学全集は値段がつかないと言われても驚かなかった。ただでも引き取ってくれたのでそれでOKだったし、そういう文学全集の片割れが100円均一で売られていて、それを買ったこともあった。全集によっては多少の値段がついて引き取ってもらえたものもあった。

本を売りに行く人は、お金が欲しいんじゃないと思う。まあ、これは少しはいい値段がつくかな、という期待はあるけど。

文学全集を売りに行ったおっさんも、お金が欲しいんじゃないと思う。でも、本を読まない人が書棚に飾っていただけの文学全集を捨てに来た、と書く。それに対して批判的なコメントはいっさいない。自分も本を売りに行ったら、本を読まずに捨てに来る人と思われるとは、思わないんだろうね。

漫画の中には、買う客と買わない客は一目でわかるとも書いている。なんか若いのに、ずいぶん優秀な店主なんだね。(若い女性客が店内で写真を撮っているシーンがあるんだけど、ネットで話題の意識高い系横文字古書店なんだろうな。脱サラして普通の古書店はやらないだろうし。)

なんつうか、昔は古本屋のおやじっていうのは不愛想でやな感じっていうのが定番だったんだけど、そういうのとはまったく違うタイプのやな感じ。

いや、昔の古本屋のおやじも同じこと思ってたけど、それを絶対見せなかったのかな。

こういう本は引き取れない、っていうのをはっきり書いてくれていたら客もわかっていいのに、と思うんだけど、それやったらゴミじゃない本を逃す可能性があるからやらないのかな。

はい、本にはゴミとゴミじゃないのがあって、大部分はゴミ、ってことです。

20年前、引越で大量の本を売ったとき、八重洲地下街にあった古書店に持っていった本が全部で3000円くらいで売れた。妥当な値段だと思ったのだが、その後、店から電話がかかってきて、査定を間違えた、もっと高い値段なので、お金を取りにきてほしい、と言われた。行ってみると、なんと、8000円も余分にくれたのだ。いったい、どの本が価値があったのか、その時も今もわからない。正直に電話してくれた店に今も感謝している。

2025年12月27日土曜日

今月はついてない

 有馬記念人気投票した人の中から抽選で50万人に当たるカレンダー、去年はクリスマスイヴに届いたのですが、今年はまだ届かず。去年は落選するのは2万人くらいだったけど、今年はテレビドラマの影響で投票者爆増、20万人くらい落選する計算でした。(追記 どうやら今年は応募者数75万人以上、当選者50万人なので、3人に1人は落選したっぽい。)

このカレンダー、土日の競馬開催日程が出ているので月曜始まり。私は月曜始まりは苦手なので、カレンダーはあまり目立たないところに飾っていました。その前にまるちゃんカレンダーと上野動物園カレンダーを買っていたので、そっちがメイン。来年のカレンダーはまるちゃんゲットで、これがメインになるから、競馬カレンダーなくても無問題なんですが。

でもね、今月は、いやなことが多くてね。

ブックオフに本とDVD持って行ったらほとんどが値段がつかないと言われ、売るのをやめたのが中旬。この日は実はある場所でパーティがあり、そこに行く予定だったのに、このブックオフの件で本が売れず、重い荷物を抱えていくのがいやで、パーティに行くのをやめてしまったのです。かわりに西洋美術館へ行きましたが。

そして、その後、市内の意識高い系横文字古書店を見つけ、買い取りしてもらえるかと思ったら、「当店では買取できません」という返事。ただでも引き取ってくれるブックオフの方がマシなのか、という絶望。

「当店では買取できません」と言いながら、売れる本があったらまたよろしく、みたいな言葉が書き添えられているのがまた。。。

ブックオフでも値段がつかないとか、二束三文の値段しかつけなかったりしても、やっぱり、売れる本があったらまたよろしく、と言うんだけど、売るのをやめたブックオフはさすがにこの言葉は申し訳なさそうに言っていた。

売りに行った本に自分が訳した本ががっつりあって、それを拒否されたというのが、一番のショックなんだと思う。私の訳した本が、こんなに価値がないのか。買取拒否される本なのか。

まあ、そういうことがあった末に(あと、つながらないパンダの予約とかいろいろ)、カレンダーも当たらないという。どうも、当たらない人は2年とか続けて当たらないみたいで、初めて応募する人を優先とか、そういうのってけっこうあるのだけど、その次がね。

そして今、ちょっと悩んでいたのは、ある求人。週4日勤務で月22万円。でも、応募条件がいろいろあって、そのどれかに該当すれば応募できるが、けっこうハードルが高い。私は該当するので応募できるが、任期は1年で、継続できるかは不明。非正規なので、毎年更新すると5年後には無期契約にしなければならないので、5年で雇い止めが多い。ここも最長5年だろう。

実際、1年後には仕事がなくなるかもしれず、しかも応募条件がハードルが高いとなると、いったいどういう人が応募するのかと考えると、おのずと答えが見えてくる。仕事内容も、うたい文句は立派だが、実際の仕事はどうなのよ、と思う。

そんなわけで、応募はやめようかと思いつつ、どういう世界かのぞいてみるだけでも面白いかな、という気もする。どっちにしても、私は年齢ではじかれると思うけどね。

2025年12月26日金曜日

「英子の森」についての追記:英語を活かす女性の仕事の変遷

 下の記事の中で追記しようと思っていたのですが、ちょっと長くなりそうなので。

今日、Yahooニュースで、教員採用試験の倍率が3倍を下回ったというニュースが。

「教員採用試験」倍率が過去最低の2.9倍に 受験数も12年連続で低下 文科省(テレビ朝日系(ANN)) - Yahoo!ニュース


そりゃあ、そうでしょう、あんなに待遇悪くて報われない仕事なんだもの。

下の記事で、1970年代、英語を活かす仕事は「中学高校の英語教師」か「外資系にタイピストとして就職」と書きました。が、その背景を書かなかった。

当時、女性の就職先は非常に限られていたのです。

特に大卒の女性は就職難でした。高卒短大卒なら歓迎されますが、だいたい30歳で定年。30歳以降も、そして結婚してからも働きたい女性は、公務員や教員を選択するしかなかったのです。公務員は高卒でもなれます。また、小学校教員は高卒でも専門学校からなる方法が当時はありました。子どもが多く、小学校教員が足りなかったんです。

教員の待遇も非常によかったです。給料で男女差もありませんでした。ただ、教員採用の過程では、男女差別は確かに存在していました。採用する側が男性をとりたがるのです。

それでもあからさまに女性を差別し、寿退職や30歳定年が横行する民間企業に比べ、教員は女性にとってやりがいのある仕事であり、特に中学高校教員は狭き門でした。浪人したり大学院へ行って再挑戦といった人も少なくなかった。

一方、私が在籍した教育学部の学生は民間企業への就職が非常に困難で、面接で「教育学部なのになぜ教師にならないのか」と言われて落とされていました。なので、自分は教師には向かないと思う英語のできる女性が、専門学校で英会話とタイピングを学んで外資系に就職したのです。ワープロパソコンと違って、タイプライターを速く正確に打つのは非常に高いスキルが必要で、昔はタイピストは教師と並んで女性のつくよい仕事でした。

そんなわけで、英語を活かす「女性の」仕事は、教員か外資系タイピストだったわけです。

男性は民間企業にいくらでも就職できて終身雇用ですから、上のような話は完全に女性だけの話なんですね。

「英語を活かす仕事」自体が、実は女性の問題なんだと気づきました。男性にとっては、少なくとも20世紀のうちは、「英語を活かす仕事」という概念はほとんどなかったのではないか、という気がします。

「英子の森」では母と娘の関係も読者には注目されているようで、母親の「英語さえできればなんとかなる」みたいな考え方をそのまま信じ込んで、レベルの低すぎる「英語を活かす仕事」を非正規でやり続けるようになってしまった娘と母の自立しない関係も確かに描かれてはいます。が、これも前の記事に書いたように、母親は専業主婦で、夫に先立たれても資産があるから働く必要はなく、娘を大学にやり、留学もさせ、専門学校に行かせ、と、要するにお金があるからこうなるんだよね、な親子なわけで。

お金がなかったら、母親は働きに出て社会を知り、娘も「英語を活かす仕事」にあこがれて非正規でお茶を濁して年をとることもなかったでしょう。ヴァーチャルリアリティの森は、そういうお金に困らない世間知らずな人たちの楽園なんですね。まあ、最後は楽園を出ようとするようですが。

20世紀末、民間企業で定年に男女差がなくなり、差別が少しずつ解消されていくと同時に、教員の待遇が悪くなり、非正規の教員が安い給料で正規の教員と同じ仕事をさせられ、正規の教員も多忙で疲弊していくという事態になり、教員は人気のない仕事になっていったわけですが、民間の方も非正規が増え、正社員になれない人が増えて、しかし、ある時期まではバブルの名残で親が金持ちだったりして、大学を出ても就職しないで翻訳学校に通って翻訳家になる夢を見るような人(主に女性)が増え、翻訳学校ビジネスが繁盛していくわけです。

翻訳自体は21世紀に入ってどんどん需要がなくなっていて、狭き門になってますが、その前、バブルがはじけたあたりから「英語を活かす”非正規の”お仕事」が増えて、それで英子みたいな女性が出てしまったのかな? 「英子の森」でも登場人物ほとんど女性。男性の社会や仕事と比べて女性は、みたいな視点がほぼないからお花畑の女性の話にしか見えないけど、ほんとは男性社会の複雑な背景とかあるはずなんだよね。

「英子の森」という小説を読んだのですが

 あまりのジェネレーションギャップにのけぞり返りながらとりあえず最後まで読了。


なんじゃ、この小説。

英語を活かせる仕事って、私の時代は次の2つでしたよ。

1 中学高校の英語教師になる。

2 外資系企業に就職する。

翻訳家になる? そんなの、ちゃんと就職して生計を立ててから、余暇に翻訳の仕事をして、軌道に乗ったら専業になるのですよ。それでも、出版翻訳家は食うのが大変な時代。1970年代です。

通訳は、同時通訳がもてはやされるようになっていたかもしれない。

私は教育学部出身ですが、同期で英語やってた人は、大部分が中学高校の教師になり、一部、教師になりたくなかった人が専門学校で英会話とタイピングを学んで外資系に就職してました。ワープロ、パソコンがなかった時代、タイプライターが打てる人は貴重だったのです。

私が10代の頃は1ドル360円で固定されていて、ハワイ旅行が100万円とか、そういう時代でした。海外旅行とか留学とか夢のまた夢。

1980年代になって円高になり、20代後半にはヨーロッパ旅行が30万円台とか、そういう時代になって、就職していた友人はパリへ旅行に行き、「私がパリにいるなんて信じられない」という感動の絵葉書を送ってきました。そういう時代。留学とか私費でできる人は相当なお金持ちの家の子どもで、大学院へ進んで研究者をめざしても、留学は大学に就職したらそこから留学できるという時代。就職できなければ留学も無理な時代。

それがいつのまにか、若い人たちが、卒業旅行でヨーロッパへ行ったとか、研究職に就くために私費で留学するとか、そういう時代になっていきました。

1990年代にコミケのような同人誌即売会で知り合った10歳年下の女性は、九州の化粧品の原料を輸入する会社に勤めていて、海外出張が多く、そこで英語を普通に使っていました。彼女は出身大学はあまり偏差値の高い大学ではなく、ただ、そこで学びたいことがあったのでそこを選んだのだそうで、そこは英語を専門とする学部ではまったくなかったようです。しかし、就職後には英語を活かす仕事に就けるだけの能力を身に着け、海外で活躍していたわけです。

英語を活かす仕事って、こういうものだと、私は思っていました。

「英子の森」の主人公は、英語を活かす仕事に就くということに執着しているけれど、中学高校の英語教師になろうとか、外資系企業に就職しようとか、海外に取引のある企業に就職しようとか、そういうことはいっさい考えたことがないらしい。夫に先立たれた母親がそれなりの資産があるので働く必要もなく、娘を大学にやり、その後は留学もさせ、専門学校にも通わせているけど、上に書いたような現実的な英語を活かす仕事に就かせることはさせなかったわけです。

主人公は英語をちょっとだけ使うアルバイトをしたり、翻訳学校に通ったり、幼児が対象の英語塾で教えたりしていますが、これよりましな英語を活かす仕事はいくらでもある。なんで、受験生相手の塾や予備校で教えないのか。TOIEC850点もあって、できないわけないだろう。翻訳だって、産業翻訳なら食える時代があった(今はむずかしそうだが)。

とにかく、この小説の英語を活かす仕事のレベルの低さに辟易する。

作者は1979年生まれ。私が学部を卒業して別の大学の院へ進学したのが1978年春。作者の世代がこの時代を知らないのはしかたないにしても、母親は知っていたはずだ。しかし、この小説に登場する母親は、その時代を生きたとは思えない。

1970年代半ば、当時唯一の通学制翻訳学校が四谷にあった。大学3年生のとき、そこに3か月通った。当時は文芸翻訳家になるには翻訳家に弟子入りするしか方法がなかったが、そこに通えば講師の翻訳家の弟子になれた。私は3か月で挫折してやめてしまったが、あの頃は翻訳家になるには自力で弟子入りして修行してデビューさせてもらうのが普通だった。翻訳自体、やりたがる人が少なかった。インターネットがない時代、翻訳でわからないことを調べるのはほんとうに大変だった。

それが変化し始めたのが1980年代。翻訳学校が次々とできて、そこから翻訳家が出るようになり、そして1995年、Windows95の登場でインターネットが普及し、調べ物が格段に楽になった。英語ができれば誰でも翻訳家になれる時代になったわけだ。

しかも80年代はバブル、90年代も前半はバブルの名残で、翻訳市場は活気があったと思う。

しかし、バブル崩壊、翻訳の仕事はどんどん減り、かわりに注目された産業翻訳も、今では単価が激安になって、かなりひどい状況らしい。

でもまあ、英語ができるだけではだめ、別のことができて、それに英語ができればいい、というのは、30年前からすでに言われていたのだけどね。

「英子の森」ですが、森の描写、登場人物が住んでいる家がヴァーチャルリアリティで森になっているみたいなんだけど、これ、レイ・ブラッドベリがずっと昔に短編小説にしてる世界とまったく同じ、しかも、ブラッドベリの小説の方がはるかに優れていた。

いろいろ残念な小説ですが、英語を活かすにだまされた人が多いので、それなりに受けているのでしょう。

追記の記事を書きました。

さーべる倶楽部: 「英子の森」についての追記:英語を活かす女性の仕事の変遷

2025年12月24日水曜日

無料なのにクレジットカード番号を登録

 上野動物園のパンダ、シャオシャオとレイレイの返還まで残り1か月となり、昨日からはネットで予約できた人のみ、1月中旬からは抽選となり、この予約サイトにまったくつながらない人多数。私も1週間前の16日から何度も挑戦してますが、キャンセルが出てもつながらない状態。


そして、なんと、このサイト、アソビューは、無料イベントでもクレジットカード番号を登録しないといけないことが判明。


そういえば、プロスポーツの試合で5万名をご招待、というのがあったので申し込もうとしたら、無料なのにクレジットカード番号を打ち込まねばならず、不安になってやめた、というブログ記事があった。

一応、1月最初の抽選は申し込んじゃったんだけど、当たってもクレジットカード番号打ち込むのはいやだなあ。たぶん、当たらないだろうけど。

先週から必死で予約とろうとアクセスしてたけど、もしもとれたらクレジットカード番号打ち込まないといけないのか。

まあ、このアソビューは最初からシステムがすごく不親切でいやだったから、これで踏ん切りがついたわ。(上野動物園は以前はアソビューじゃなかったのに。アソビューは利用者には不便でも主催者に都合のいいシステムなのだろうね。)

予約とれてる人は何日もとれてるようだけど、もともとアソビューで何度もチケット買ってた人だと裏ワザ知っていたり、つながりやすかったりするのかもしれないね。もちろん、パンダ界では数十人単位での人海戦術をしているグループもいるのは知ってるし、シャンシャンのときに比べて日数が少ない(半分)のも競争率の高さに拍車をかけているのでしょう。

というわけで、11月に見たのが最後になるのだな。12月初旬も上野動物園行って、そのときは日比谷で「ズートピア2」を見る前に寄っただけだったからパンダは見なかったけど、そのあたりならまだたいして並ばずに見られたのだよね。こんなに急に、しかも2月返還が1か月早まるとはまったく予想できなかったのだ。

シャオレイに関しては、まだ母のシンシンと一緒ですべて抽選だったときに、週に2日も3日も当たる時期があって(夕方ばかり申し込んでいたから、平日はよく当たった)、たっぷり見ているからいいかな。

2025年12月23日火曜日

昨日は冬至、明日はイヴ

 先月末に八柱霊園へ行ったら、お気に入りの木の葉がほとんど落ちていたので、また行かなくなってしまったけれど、先週後半と冬至の昨日に出かけた。

12月に入ると霊園正門前にあるお墓屋さんのえびす様がサンタのコスプレをするので、その写真を撮らねばならない。

左奥に霊園の正門が見えている。



霊園の中。谷中霊園はどんどん変わっているけれど、八柱霊園はほとんど変わってない、と思ったら、大きな木が切り倒されて切り株だけになっていた。これはいつだったか、突然の雷雨のときに雨宿りできた木だったのだ。


お気に入りの木は白い実がなっていて、鳥が食べに来ている。




近くの別の木も白い実がたくさんなっていた。


冬至なので霊園の近くから出るバスに乗って温浴施設に行き、ゆず湯に入ろうかと思ったのだが、先週後半にも行っているし、ゆず湯だと混むだろうからわざわざ行かなくても、と思っていたら、1時間に1本しかないバスの時刻がすぎてしまった。

温浴施設までは3キロほどなので歩こうと思えば歩ける。ちょっと途中まで行ってみようか、と思って歩き出したら、そういえば、最後にゆず湯に入ってから20年くらいたっていることに気づいた。20年くらい前から銭湯通いがなくなり、ゆず湯に入る機会がなくなったのだ。

今年はいいか、と言っているうちにもう二度とゆず湯には入れなくなるかもしれない、と思い、バスの通る道に沿って歩き出した。

途中までは1本道で歩道も広く、歩きやすい。バスから見るのと歩いて見るのでは風景が違って見えるのも面白い。

そして、温浴施設まであと少し、というところで、道がわからなくなった。グーグルマップって、郊外だと地図と実際が違うことよくあるよね???

なんとかあたりをつけて歩き出しだのだけど、ちょっと遠回りしてしまい、それでもなんとかたどり着けた。

この温浴施設は狭い湯船がいくつもあるタイプで、そのうちの1つがゆず湯になっているから、数人入るといっぱいで、大混雑。それでもちょっとだけ入ることができたが、小さいゆずがたくさん網に入っていて、香りもなく、なんだかなあ。昔行った銭湯だと、大きなゆずが半分に切ってあって、香りがしたし、ゆずの実の一部が浮いていたりした。今はなくなってしまった文京区の某銭湯ではかぼちゃが浮いていたものだ。

ゆず湯なのでいつもの平日よりは混んでいたが、ゆず湯の湯船に人が集まるので他は混んでなくて、いつもどおりにお湯は楽しめた。ロビーのテレビでは日光などいくつかの地域のゆず湯が紹介されていたけど、広くてよいなあ。温泉行かないとだめか?