2025年12月26日金曜日

「英子の森」についての追記:英語を活かす女性の仕事の変遷

 下の記事の中で追記しようと思っていたのですが、ちょっと長くなりそうなので。

今日、Yahooニュースで、教員採用試験の倍率が3倍を下回ったというニュースが。

「教員採用試験」倍率が過去最低の2.9倍に 受験数も12年連続で低下 文科省(テレビ朝日系(ANN)) - Yahoo!ニュース


そりゃあ、そうでしょう、あんなに待遇悪くて報われない仕事なんだもの。

下の記事で、1970年代、英語を活かす仕事は「中学高校の英語教師」か「外資系にタイピストとして就職」と書きました。が、その背景を書かなかった。

当時、女性の就職先は非常に限られていたのです。

特に大卒の女性は就職難でした。高卒短大卒なら歓迎されますが、だいたい30歳で定年。30歳以降も、そして結婚してからも働きたい女性は、公務員や教員を選択するしかなかったのです。公務員は高卒でもなれます。また、小学校教員は高卒でも専門学校からなる方法が当時はありました。子どもが多く、小学校教員が足りなかったんです。

教員の待遇も非常によかったです。給料で男女差もありませんでした。ただ、教員採用の過程では、男女差別は確かに存在していました。採用する側が男性をとりたがるのです。

それでもあからさまに女性を差別し、寿退職や30歳定年が横行する民間企業に比べ、教員は女性にとってやりがいのある仕事であり、特に中学高校教員は狭き門でした。浪人したり大学院へ行って再挑戦といった人も少なくなかった。

一方、私が在籍した教育学部の学生は民間企業への就職が非常に困難で、面接で「教育学部なのになぜ教師にならないのか」と言われて落とされていました。なので、自分は教師には向かないと思う英語のできる女性が、専門学校で英会話とタイピングを学んで外資系に就職したのです。ワープロパソコンと違って、タイプライターを速く正確に打つのは非常に高いスキルが必要で、昔はタイピストは教師と並んで女性のつくよい仕事でした。

そんなわけで、英語を活かす「女性の」仕事は、教員か外資系タイピストだったわけです。

男性は民間企業にいくらでも就職できて終身雇用ですから、上のような話は完全に女性だけの話なんですね。

「英語を活かす仕事」自体が、実は女性の問題なんだと気づきました。男性にとっては、少なくとも20世紀のうちは、「英語を活かす仕事」という概念はほとんどなかったのではないか、という気がします。

「英子の森」では母と娘の関係も読者には注目されているようで、母親の「英語さえできればなんとかなる」みたいな考え方をそのまま信じ込んで、レベルの低すぎる「英語を活かす仕事」を非正規でやり続けるようになってしまった娘と母の自立しない関係も確かに描かれてはいます。が、これも前の記事に書いたように、母親は専業主婦で、夫に先立たれても資産があるから働く必要はなく、娘を大学にやり、留学もさせ、専門学校に行かせ、と、要するにお金があるからこうなるんだよね、な親子なわけで。

お金がなかったら、母親は働きに出て社会を知り、娘も「英語を活かす仕事」にあこがれて非正規でお茶を濁して年をとることもなかったでしょう。ヴァーチャルリアリティの森は、そういうお金に困らない世間知らずな人たちの楽園なんですね。まあ、最後は楽園を出ようとするようですが。

20世紀末、民間企業で定年に男女差がなくなり、差別が少しずつ解消されていくと同時に、教員の待遇が悪くなり、非正規の教員が安い給料で正規の教員と同じ仕事をさせられ、正規の教員も多忙で疲弊していくという事態になり、教員は人気のない仕事になっていったわけですが、民間の方も非正規が増え、正社員になれない人が増えて、しかし、ある時期まではバブルの名残で親が金持ちだったりして、大学を出ても就職しないで翻訳学校に通って翻訳家になる夢を見るような人(主に女性)が増え、翻訳学校ビジネスが繁盛していくわけです。

翻訳自体は21世紀に入ってどんどん需要がなくなっていて、狭き門になってますが、その前、バブルがはじけたあたりから「英語を活かす”非正規の”お仕事」が増えて、それで英子みたいな女性が出てしまったのかな? 「英子の森」でも登場人物ほとんど女性。男性の社会や仕事と比べて女性は、みたいな視点がほぼないからお花畑の女性の話にしか見えないけど、ほんとは男性社会の複雑な背景とかあるはずなんだよね。