アカデミー賞の発表がありましたが、わりと大方の予想どおりという感じでしょうか。「ライフ・オブ・パイ」が監督賞はじめ、いくつもとってますが、これも納得。私はアン・リーの映画はあまり好きじゃなかったですが、「ライフ・オブ・パイ」はかなり気に入っています(作品評はサイドの月別記事欄で探してください。2012年12月のところです)。
これから公開で関係者が期待してただろう「リンカーン」は作品賞はだめでしたね。「アルゴ」はまだ見てないや。
さて、長編ドキュメンタリー賞を受賞した「シュガーマン 奇跡に愛された男」。すでに見ているのですが、感想はまだ書いていませんでした。
ひとこと。これ、いいですよ。ぜひ見ましょう! おしまい。
というわけにはいかないので、詳しく書きますが、後半のネタバレは知らない方がよいと思いますが、書きます。
このドキュメンタリーの主人公は、1960年代後半、ミシガン州デトロイトに登場したシンガーソングライター、ロドリゲス。その歌と歌声はすぐに音楽プロデューサーの目にとまり、レコード・デビュー。しかし、まったく売れなかった!
そんなわけで、ロドリゲスはまたもとの貧しい労働者に逆戻り、音楽界からは完全に姿を消した。
ところが、1970年代、アパルトヘイト時代の南アフリカで彼のレコードが大ヒット。というのも、当時、南アフリカは黒人が差別されていただけでなく、白人も、アパルトヘイト政策を批判すると刑務所行きという時代で、言論の自由がなく、白人たちも閉塞状態に置かれていたのだった。そこへ誰かがアメリカからロドリゲスのレコードを持ち込み、そこに歌われている反体制的な内容に南アフリカの人々が熱狂し、レコードも発売されて大ヒットとなったのだった。ただし、当時の南アフリカではロドリゲスの歌は放送禁止だったそうな。
やがて90年代になり、アパルトヘイトもなくなって自由になった南アフリカで、若い頃にロドリゲスに熱狂した2人のファンが、ロドリゲスについて調べ始める。レコードは海賊版だったので、レコード会社をたどってもだめ。ロドリゲスに関する情報はほとんどなく、ステージで自殺したとか、都市伝説が信じられていた。
という具合に、ここまでは、ロドリゲスとはいったい誰なのだろう、その後どうなったのだろう、という謎を追いながら、彼の音楽がなぜアパルトヘイト時代の南アフリカで大ヒットしたのかを考察する、という内容になっている。特に、アパルトヘイト時代の白人たちが自由にものも言えず、抑圧されていた、というのは、これまでの南アフリカものではほとんど描かれなかったものだと思う。ロドリゲスを探すファンの1人は、ボタ政権はナチス政権と同じだったとさえ言う。
2人はロドリゲスの歌の中に出てくるある町の名前がデトロイトの郊外だということを発見する。デトロイトといえばモータウン。ここだ、と思った彼らはデトロイトでロドリゲスのレコードを出したプロデューサーに行き着く。ここでロドリゲスの正体がわかる、ということになったら、この映画、面白さが少し減ると思うが、ここで正体を明かさない。
話は続く。彼らはインターネットにロドリゲスを探すサイトを立ち上げる。そして彼らに連絡したのはなんと(というところで、文字の色を変えます)。
なんと、彼らに連絡してきたのは、ロドリゲスの娘だった。そして彼女を通して、ついに、ロドリゲス本人から電話が来る。ロドリゲスには3人の娘がいた。彼は今でもデトロイトの労働者として働いているが、政治家に立候補したり、貧しい人のために社会活動をしていたことがわかる。
そしてついに、ロドリゲス本人が登場。今でも十分ロックスターで通用する容姿の持ち主だ。2人のファンは南アフリカでのコンサートを実現。どの公演もソールドアウトとなる。客は白人が多数だが、サイン会にはサインを求める黒人も登場。テレビで彼にインタビューするのは黒人の女性キャスター、という具合に、アパルトヘイトが過去になったことを示す。
南アフリカで売れたレコードはすべて海賊版だったので、ロドリゲスはまったく印税をもらえなかった。また、南アフリカでのコンサートの収入も家族や友人にあげてしまい、今も質素な生活をしているのだという。欲のない人なのだと思う。
映画の中に流れるロドリゲスの歌はどれもすばらしく、声も魅力的だ。なぜアメリカでは受けなかったのか。プロデューサーは、名前がヒスパニック系だからだろう、という。当時のロックやフォークにヒスパニックは似合わなかったのだと。でも、もしもロドリゲスに欲があったら、名前を変えるなりして、スターになろうとしたのではないか。そこまでする気はなく、2枚のレコードを出しただけで労働者に戻り、そこで自分の納得のいく生き方をしていた人なのではないかと思う。
南アフリカでは大スターでも、アメリカや他の世界では彼は無名の人だ。無名だからこのドキュメンタリーが成立した。後半の展開を隠して謎を追う、というスタイルにしたのがこの映画の成功だからだ。
ロドリゲスの長女は父の南アフリカ・コンサートに同行したときに知り合ったボディガードと結婚、ロドリゲスは南アフリカ生まれの孫がいるのだそうだ。この最初のコンサートで南アフリカにやってきたロドリゲス一家がまた楽しい。自分たちがVIPだなどと思いもせず、歓迎ぶりに驚き、ホテルのスイートではロドリゲスはキングサイズのベッドに寝ずに(客室係に手間をとらせたくないので)、ソファで寝たとか、どこまでも質素で控えめな姿に好感を覚える。こういう人でも認められることがあるのだという夢を見させてくれる映画だ。
2013年2月25日月曜日
2013年2月23日土曜日
ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮(ネタバレ大あり)
「魔女と呼ばれた少女」と同じく、現在、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされているデンマーク映画「ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮」を見てきました。
18世紀後半、ちょうどフランス革命の直前くらいの時代。当時、ヨーロッパはルソーなどの啓蒙思想の影響で、多くの国が改革をしていたとき、デンマークはまだ遅れていて、検閲、拷問などが行われていたそうな。
そんなデンマークの王室に王妃として嫁いできたイギリス国王の孫カロリーネ。実は彼女のおばもデンマークの前国王の王妃で、現国王の母親。カロリーネも幼い頃からデンマーク王室に嫁ぐことが決まっていた、という、当時としてはよくある政略結婚ですね。
一方、デンマーク王のクリスチャンはすでに両親を亡くし、父王の再婚相手である継母の皇太后とその息子(クリスチャンの腹違いの弟)と暮らしています。まだ若いクリスチャンは、文学や音楽や芸術を愛する青年、ということで、同じく文学や芸術を愛し、読書が好きで本をたくさん持参した(しかし、デンマークの検閲で英国に送り返された本も多かった)カロリーネはクリスチャンとの結婚に期待してやってくるのですが、クリスチャンは実は精神の病にかかっていて、子供のように振舞うかと思えば、突然怒り出してカロリーネを侮辱する。確かに文学や芸術が好きで、時々、頭のよさも見せるのですが、とにかく精神不安定なので、カロリーネはしだいにクリスチャンを憎むようになってしまいます。
当時、カロリーネはまだ15歳。のちにドイツに追放されたあと、子供たちのために過去を語る、という形式になっていますが、大人になったカロリーネは、クリスチャンが病に苦しんでいたことを理解し、クリスチャンに対してある種の情を感じるようになっています。
しかし、結婚したばかりの頃のカロリーネはわがまま放題の夫に憎しみしか感じず、王妃のつとめとして息子を産んだあと、夫とは完全に断絶。クリスチャンも妻を置いてドイツへ外遊、そこで病が悪化したとき、ドイツ人の医者ストルーエンセに救われます。
このストルーエンセがクリスチャンに会うシーンがすばらしいのですが、クリスチャンがシェイクスピアのせりふを言うと、ストルーエンセがそれに答えてせりふを言い、クリスチャンがストルーエンセを気に入ってしまう、というシーンです。クリスチャンもストルーエンセも、シェイクスピアのせりふを暗唱できるほど文学に造詣が深いということを示している場面ですが、「エレファント・マン」でジョン・ハートとアン・バンクロフトが「ロミオとジュリエット」のせりふを言い合うシーンを思い出しました。
クリスチャンに気に入られたストルーエンセは王の侍医としてデンマークにやってきます。ストルーエンセはルソーをはじめとする啓蒙思想家の著書を読み、自身も匿名で啓蒙思想の本を書いているという人物。なぜか検閲をかいくぐって、デンマークでは禁じられているこうした哲学書を持っているストルーエンセに興味を持ったのが、持参した本の一部を検閲でデンマークに持ち込めなかった王妃カロリーネ。クリスチャンとストルーエンセはシェイクスピアで、カロリーネとストルーエンセはルソーで、互いに惹かれあうことになります(このあたりの脚本がいいね)。
そんなわけで、カロリーネもクリスチャンもストルーエンセも、文学や哲学書や演劇が好きな人、という共通点を持っていることになります。この3人は似た者同士なのです。
やがてストルーエンセは王を利用して、デンマークを改革しようとします。検閲や拷問をやめさせ、孤児院を作り、天然痘の予防接種をし、という具合に、デンマークの近代化を性急に進めていきます。また、貴族の権利を制限したりしたため、貴族たちが反発。それに対抗して、王とストルーエンセは貴族院を廃止し、2人だけで社会改革を進めていきます。
一方、ストルーエンセの愛人となったカロリーネも、クリスチャンとストルーエンセの改革に参加。クリスチャンは妻のカロリーネのことを「ママ」と呼び、母親扱いなので、妻と侍医が仲がよくても気にしません。実際、クリスチャンにとって、ストルーエンセは父親、カロリーネは母親なのだろう、と感じさせます。幼い皇太子に天然痘の予防接種をするとき、クリスチャンが外の部屋のソファでカロリーネと手を握り合い、そこへ接種を終えたストルーエンセが現れてクリスチャンの隣に座り、クリスチャンと手を握り合うシーンは、クリスチャンがこの2人の子供であるかのようです。
クリスチャンは2歳のときに母を失い、そして父も失って王位についたわけですが、継母の皇太后は自分の息子を王にしたいと思っていて、クリスチャンとは対立する立場。クリスチャンが妻であるカロリーネに母を求めるのもわからなくもないわけです。
そんな具合に、王と侍医と王妃の3人が独裁的に改革を進めていくのですが、社会改革というものはやはり民主的な手続きを踏まないといけないのか、彼らの改革は庶民の支持を得られません。皇太后や貴族たちの画策で、王妃と侍医の不倫が次々と新聞記事になり、人形劇にまでなって、それを庶民が楽しむ始末。そしてついに、皇太后と貴族たちが巻き返しをはかり、ストルーエンセは処刑され、カロリーネはドイツに追放される、という結末になります。
ストルーエンセは庶民のために改革をしたつもりだったのですが、死刑台に連れていかれるとき、彼を見つめる庶民たちの表情は冷ややかです。「私も民衆の1人だ」と彼は叫びますが、彼の改革は独裁的だったために、民衆の支持を得られなかった、ということがわかります。民主的な手続きを踏むと、時間ばかりかかって、なかなか実現しないのですが、それでも、改革には民主的な手続きが必要だと、映画は示しているようです。また、ストルーエンセの改革は、財源を考えずに行ったため、兵士たちに給料が払えないなどの問題が生じ、それが貴族たちの反乱を助けることになったという描写もあり、彼の改革が財源を考えないばらまき行政だったのか、という思いも。
王のクリスチャンはストルーエンセに対する愛情を失っていないため、彼を助けたいと思っているのですが、クリスチャンは最後まで操り人形で、貴族たちに操られるままになっています。
ラスト、病に倒れ、亡くなったカロリーネの手記がクリスチャンとの間に生まれた息子と、ストルーエンセとの間に生まれた娘に手渡され、それを読んだ兄妹が、皇太后たちに権力を奪われ、暗い部屋で失意の人生を送っている父王クリスチャンを訪れ、カーテンを開け放って光を入れます。カロリーネは、改革を試みた王と侍医の子供たちにデンマークの未来を託すために手記を書いたのですが、最後に、クリスチャンの息子フレデリクが16歳で宮廷クーデターに成功し、王として社会改革を行い、ようやくデンマークに近代化が訪れた、という字幕が出ます。
試写状を受け取ったときは、よくある宮廷不倫もの、と思ったのですが、デンマークの歴史を踏まえた人間ドラマとして、非常に見ごたえがありました。
ストルーエンセを演じるのは、わがごひいきのマッツ・ミケルセン。「偽りなき者」に続き、堅実な演技を見せてくれますが、この映画で注目したいのは、カロリーネとクリスチャンを演じた2人の若い俳優です。カロリーネ役は最新の「アンナ・カレーニナ」で、アンナとは正反対の、ロシアの大地に生きるポジティヴな女性を演じたアリシア・ヴィカンダー。この映画では逆に、アンナと同じ結婚と地位に縛られた女性なのが面白い。「アンナ・カレーニナ」のときの役の方がよかったですが。
そして、ベルリン映画祭で男優賞を受賞した、クリスチャン役のミケル・ボー・フォルスガード。この人の演技がすばらしい。精神の病を持ち、わがままで、子供のように無邪気で、操り人形にされても気がつかず、しかし、王の気品はきちんと備えている。最初はいやなやつだけれど、見ているうちにある種の親しみを感じさせてしまう演技です。
監督はスウェーデン版「ミレニアム」第1部の脚本を書いたニコライ・アーセルという人。奇をてらったところのない手堅い演出ですが、最後のカーテンを開けて光を入れるシーンなどに才覚を感じます。
追記 クリスチャンが好きなシェイクスピアは「ハムレット」と「リチャード三世」のようですが、「ハムレット」は父が死んだあと、母がおじと結婚、おじが王になります。クリスチャンは母が死んだあと、父が再婚、そして、皇太后となった継母が支配、という点が似ています。また、「リチャード三世」は身体障害者の王ですが、クリスチャンは精神の病に苦しむという点が似ています(クリスチャンはリチャード三世のような邪悪な王ではないが)。
18世紀後半、ちょうどフランス革命の直前くらいの時代。当時、ヨーロッパはルソーなどの啓蒙思想の影響で、多くの国が改革をしていたとき、デンマークはまだ遅れていて、検閲、拷問などが行われていたそうな。
そんなデンマークの王室に王妃として嫁いできたイギリス国王の孫カロリーネ。実は彼女のおばもデンマークの前国王の王妃で、現国王の母親。カロリーネも幼い頃からデンマーク王室に嫁ぐことが決まっていた、という、当時としてはよくある政略結婚ですね。
一方、デンマーク王のクリスチャンはすでに両親を亡くし、父王の再婚相手である継母の皇太后とその息子(クリスチャンの腹違いの弟)と暮らしています。まだ若いクリスチャンは、文学や音楽や芸術を愛する青年、ということで、同じく文学や芸術を愛し、読書が好きで本をたくさん持参した(しかし、デンマークの検閲で英国に送り返された本も多かった)カロリーネはクリスチャンとの結婚に期待してやってくるのですが、クリスチャンは実は精神の病にかかっていて、子供のように振舞うかと思えば、突然怒り出してカロリーネを侮辱する。確かに文学や芸術が好きで、時々、頭のよさも見せるのですが、とにかく精神不安定なので、カロリーネはしだいにクリスチャンを憎むようになってしまいます。
当時、カロリーネはまだ15歳。のちにドイツに追放されたあと、子供たちのために過去を語る、という形式になっていますが、大人になったカロリーネは、クリスチャンが病に苦しんでいたことを理解し、クリスチャンに対してある種の情を感じるようになっています。
しかし、結婚したばかりの頃のカロリーネはわがまま放題の夫に憎しみしか感じず、王妃のつとめとして息子を産んだあと、夫とは完全に断絶。クリスチャンも妻を置いてドイツへ外遊、そこで病が悪化したとき、ドイツ人の医者ストルーエンセに救われます。
このストルーエンセがクリスチャンに会うシーンがすばらしいのですが、クリスチャンがシェイクスピアのせりふを言うと、ストルーエンセがそれに答えてせりふを言い、クリスチャンがストルーエンセを気に入ってしまう、というシーンです。クリスチャンもストルーエンセも、シェイクスピアのせりふを暗唱できるほど文学に造詣が深いということを示している場面ですが、「エレファント・マン」でジョン・ハートとアン・バンクロフトが「ロミオとジュリエット」のせりふを言い合うシーンを思い出しました。
クリスチャンに気に入られたストルーエンセは王の侍医としてデンマークにやってきます。ストルーエンセはルソーをはじめとする啓蒙思想家の著書を読み、自身も匿名で啓蒙思想の本を書いているという人物。なぜか検閲をかいくぐって、デンマークでは禁じられているこうした哲学書を持っているストルーエンセに興味を持ったのが、持参した本の一部を検閲でデンマークに持ち込めなかった王妃カロリーネ。クリスチャンとストルーエンセはシェイクスピアで、カロリーネとストルーエンセはルソーで、互いに惹かれあうことになります(このあたりの脚本がいいね)。
そんなわけで、カロリーネもクリスチャンもストルーエンセも、文学や哲学書や演劇が好きな人、という共通点を持っていることになります。この3人は似た者同士なのです。
やがてストルーエンセは王を利用して、デンマークを改革しようとします。検閲や拷問をやめさせ、孤児院を作り、天然痘の予防接種をし、という具合に、デンマークの近代化を性急に進めていきます。また、貴族の権利を制限したりしたため、貴族たちが反発。それに対抗して、王とストルーエンセは貴族院を廃止し、2人だけで社会改革を進めていきます。
一方、ストルーエンセの愛人となったカロリーネも、クリスチャンとストルーエンセの改革に参加。クリスチャンは妻のカロリーネのことを「ママ」と呼び、母親扱いなので、妻と侍医が仲がよくても気にしません。実際、クリスチャンにとって、ストルーエンセは父親、カロリーネは母親なのだろう、と感じさせます。幼い皇太子に天然痘の予防接種をするとき、クリスチャンが外の部屋のソファでカロリーネと手を握り合い、そこへ接種を終えたストルーエンセが現れてクリスチャンの隣に座り、クリスチャンと手を握り合うシーンは、クリスチャンがこの2人の子供であるかのようです。
クリスチャンは2歳のときに母を失い、そして父も失って王位についたわけですが、継母の皇太后は自分の息子を王にしたいと思っていて、クリスチャンとは対立する立場。クリスチャンが妻であるカロリーネに母を求めるのもわからなくもないわけです。
そんな具合に、王と侍医と王妃の3人が独裁的に改革を進めていくのですが、社会改革というものはやはり民主的な手続きを踏まないといけないのか、彼らの改革は庶民の支持を得られません。皇太后や貴族たちの画策で、王妃と侍医の不倫が次々と新聞記事になり、人形劇にまでなって、それを庶民が楽しむ始末。そしてついに、皇太后と貴族たちが巻き返しをはかり、ストルーエンセは処刑され、カロリーネはドイツに追放される、という結末になります。
ストルーエンセは庶民のために改革をしたつもりだったのですが、死刑台に連れていかれるとき、彼を見つめる庶民たちの表情は冷ややかです。「私も民衆の1人だ」と彼は叫びますが、彼の改革は独裁的だったために、民衆の支持を得られなかった、ということがわかります。民主的な手続きを踏むと、時間ばかりかかって、なかなか実現しないのですが、それでも、改革には民主的な手続きが必要だと、映画は示しているようです。また、ストルーエンセの改革は、財源を考えずに行ったため、兵士たちに給料が払えないなどの問題が生じ、それが貴族たちの反乱を助けることになったという描写もあり、彼の改革が財源を考えないばらまき行政だったのか、という思いも。
王のクリスチャンはストルーエンセに対する愛情を失っていないため、彼を助けたいと思っているのですが、クリスチャンは最後まで操り人形で、貴族たちに操られるままになっています。
ラスト、病に倒れ、亡くなったカロリーネの手記がクリスチャンとの間に生まれた息子と、ストルーエンセとの間に生まれた娘に手渡され、それを読んだ兄妹が、皇太后たちに権力を奪われ、暗い部屋で失意の人生を送っている父王クリスチャンを訪れ、カーテンを開け放って光を入れます。カロリーネは、改革を試みた王と侍医の子供たちにデンマークの未来を託すために手記を書いたのですが、最後に、クリスチャンの息子フレデリクが16歳で宮廷クーデターに成功し、王として社会改革を行い、ようやくデンマークに近代化が訪れた、という字幕が出ます。
試写状を受け取ったときは、よくある宮廷不倫もの、と思ったのですが、デンマークの歴史を踏まえた人間ドラマとして、非常に見ごたえがありました。
ストルーエンセを演じるのは、わがごひいきのマッツ・ミケルセン。「偽りなき者」に続き、堅実な演技を見せてくれますが、この映画で注目したいのは、カロリーネとクリスチャンを演じた2人の若い俳優です。カロリーネ役は最新の「アンナ・カレーニナ」で、アンナとは正反対の、ロシアの大地に生きるポジティヴな女性を演じたアリシア・ヴィカンダー。この映画では逆に、アンナと同じ結婚と地位に縛られた女性なのが面白い。「アンナ・カレーニナ」のときの役の方がよかったですが。
そして、ベルリン映画祭で男優賞を受賞した、クリスチャン役のミケル・ボー・フォルスガード。この人の演技がすばらしい。精神の病を持ち、わがままで、子供のように無邪気で、操り人形にされても気がつかず、しかし、王の気品はきちんと備えている。最初はいやなやつだけれど、見ているうちにある種の親しみを感じさせてしまう演技です。
監督はスウェーデン版「ミレニアム」第1部の脚本を書いたニコライ・アーセルという人。奇をてらったところのない手堅い演出ですが、最後のカーテンを開けて光を入れるシーンなどに才覚を感じます。
追記 クリスチャンが好きなシェイクスピアは「ハムレット」と「リチャード三世」のようですが、「ハムレット」は父が死んだあと、母がおじと結婚、おじが王になります。クリスチャンは母が死んだあと、父が再婚、そして、皇太后となった継母が支配、という点が似ています。また、「リチャード三世」は身体障害者の王ですが、クリスチャンは精神の病に苦しむという点が似ています(クリスチャンはリチャード三世のような邪悪な王ではないが)。
2013年2月22日金曜日
リンディ・ラフHC解任
1997年7月から15年以上にわたってバッファロー・セイバーズのHCをつとめたリンディ・ラフが、今季開幕からの不振のために、現地時間、水曜日にHCを解任されました。かわりに二軍のロン・ロルストンが指揮を執るとのこと(ただし、今季限りの可能性もあり)。
リンディ・ラフは元セイバーズのディフェンスで、キャプテンをつとめたこともあり、また、HCとしては1999年にスタンレーカップファイナルに出場、そして、05・06シーズンには最優秀HC賞にあたるジャック・アダムズ・アウォードも受賞。1チームで連続してHCをつとめた期間は、NHLでは最長でした(次がナッシュヴィル・プレデターズの現HCで、ラフのすぐあとに就任したとか)。
しかし、私がセイバーズをフォローし始めたのは2003年からなのですが、掲示板などを見ると、GMやめろ、HCやめろ、のオンパレード。ダーシー・リギアGMとラフHCが支持されていたのは、05年から07年までの2シーズンくらいでした(この2シーズンのセイバーズは最強といわれている)。
それでも、数年前まではラフは支持され、リギアやめろの大合唱だったのが、最近ではラフやめろの声の方が強くなり、特に今季はだめな理由の筆頭にあげられるのがラフだった。
それでも、GMとHC両方替えてほしかった、という声もあるのですが、シーズン途中に両方ってわけにもいかず。来季は総入れ替えもあるかもですが。
さて、水曜の午後にリギアGMが直接ラフの自宅を訪ね、解任を告げたとき、ラフは選手たちにお別れのあいさつをしたいといい、チームが試合のためにトロントへ出発する前に、ラフは選手たちと会い、ハグや握手をしたとか。リギアも苦渋の決断だったようで、涙涙のお別れだったみたいなことがニュースに出てました。つか、どうも、GMのリギアが涙もろい人で、選手をトレードに出すときも涙ぐんだりとか、なんか、日本映画のような人情劇漂うセイバーズなのだよね。
この辺が、ファンには気に食わない、前任者のテッド・ノーランのような男っぽくてカリスマのある強いHCを望む声が大きいのですが、はて。
ラフっていうのは、ファーストネームのリンディがリンダの愛称でもあるので、名前が女っぽくて、でも、そのあとに来るファミリーネームがラフ、と、男っぽいので、その辺の剛と柔のような両面のある人でもあったようですが、試合中、隣のベンチのHCと口論したりとか、いろいろ話題もあった人でもあります。
というわけで、デレクがいた時代からセイバーズのHCだったラフがついに解任。デレクはジョン・マックラーやテッド・ノーランの時代の方が活躍できて、ラフの体制になったら活躍できなくなり、結局、ダラス・スターズにトレードされて棚ぼたカップ獲得となったのですが、デレクはこのニュースをどう聞いたでしょうか。デレクにとっては、ラフの時代にはいい思い出はなかっただろうからなあ。
トロントへ出発したセイバーズは、日本時間今日の午前にリーフスと試合ですが、HC変わっても選手は変わらないのだし、あまり期待もできない気がします。
リンディ・ラフは元セイバーズのディフェンスで、キャプテンをつとめたこともあり、また、HCとしては1999年にスタンレーカップファイナルに出場、そして、05・06シーズンには最優秀HC賞にあたるジャック・アダムズ・アウォードも受賞。1チームで連続してHCをつとめた期間は、NHLでは最長でした(次がナッシュヴィル・プレデターズの現HCで、ラフのすぐあとに就任したとか)。
しかし、私がセイバーズをフォローし始めたのは2003年からなのですが、掲示板などを見ると、GMやめろ、HCやめろ、のオンパレード。ダーシー・リギアGMとラフHCが支持されていたのは、05年から07年までの2シーズンくらいでした(この2シーズンのセイバーズは最強といわれている)。
それでも、数年前まではラフは支持され、リギアやめろの大合唱だったのが、最近ではラフやめろの声の方が強くなり、特に今季はだめな理由の筆頭にあげられるのがラフだった。
それでも、GMとHC両方替えてほしかった、という声もあるのですが、シーズン途中に両方ってわけにもいかず。来季は総入れ替えもあるかもですが。
さて、水曜の午後にリギアGMが直接ラフの自宅を訪ね、解任を告げたとき、ラフは選手たちにお別れのあいさつをしたいといい、チームが試合のためにトロントへ出発する前に、ラフは選手たちと会い、ハグや握手をしたとか。リギアも苦渋の決断だったようで、涙涙のお別れだったみたいなことがニュースに出てました。つか、どうも、GMのリギアが涙もろい人で、選手をトレードに出すときも涙ぐんだりとか、なんか、日本映画のような人情劇漂うセイバーズなのだよね。
この辺が、ファンには気に食わない、前任者のテッド・ノーランのような男っぽくてカリスマのある強いHCを望む声が大きいのですが、はて。
ラフっていうのは、ファーストネームのリンディがリンダの愛称でもあるので、名前が女っぽくて、でも、そのあとに来るファミリーネームがラフ、と、男っぽいので、その辺の剛と柔のような両面のある人でもあったようですが、試合中、隣のベンチのHCと口論したりとか、いろいろ話題もあった人でもあります。
というわけで、デレクがいた時代からセイバーズのHCだったラフがついに解任。デレクはジョン・マックラーやテッド・ノーランの時代の方が活躍できて、ラフの体制になったら活躍できなくなり、結局、ダラス・スターズにトレードされて棚ぼたカップ獲得となったのですが、デレクはこのニュースをどう聞いたでしょうか。デレクにとっては、ラフの時代にはいい思い出はなかっただろうからなあ。
トロントへ出発したセイバーズは、日本時間今日の午前にリーフスと試合ですが、HC変わっても選手は変わらないのだし、あまり期待もできない気がします。
2013年2月21日木曜日
魔女と呼ばれた少女
このところ、カナダの映画はなぜか、フランス語圏の映画、いわゆるケベック映画がよい。
アカデミー賞外国語映画賞受賞の「みなさん、さようなら。」もそうだし、東京国際映画祭で話題となったホッケー映画「ロケット」、アカデミー賞外国語映画賞ノミネートの「灼熱の魂」。そして、今、その外国語映画賞にノミネートされている「魔女と呼ばれた少女」。
もちろん、英語圏のカナダ映画も、クローネンバーグとか、エゴヤンとか、「テイク・ディス・ワルツ」のサラ・ポーリーといった監督たちの映画があるのだが、勢いを感じるのはなぜかケベック映画。その中でも「灼熱の魂」は始まりはカナダだが、その後のシーンはほとんどが中東、そして、「魔女と呼ばれた少女」は全編アフリカで、カナダは無関係。「灼熱の魂」は中東出身のカナダ人が主人公だが、「魔女と呼ばれた少女」の監督キム・グエンはヴェトナム人の父とカナダ人の母を持つ。カナダもアメリカと同じく移民の国であり、この映画でもアフリカ系のカナダ人の俳優が3人、アフリカ人を演じている。英語を使わないカナダのケベック映画が世界を描き始めているということを、どう見たらいいのだろうか。
「魔女と呼ばれた少女」は、内戦で多数の人が死亡しているアフリカのコンゴを舞台としている。アフリカや中東の戦争では、子供が兵士にさせられているという例は多いが、この映画では、反政府軍に拉致され、無理やり兵士にさせられた少女が主人公だ。
湖のほとりの村に、ある日、突然、反政府軍がやってきて、大人たちを皆殺しにし、子供を拉致して兵士にする。そのために、子供に親を銃で殺させたりする。そうやって、子供を兵士になるしかない状況に追いやるのだという。少女はやがて、両親をはじめとする死んだ人々の亡霊を見るようになり、その亡霊のおかげで、政府軍の存在をいち早く察知できるようになる。彼女は魔女と呼ばれ、部隊の守り神となるが、以前に魔女と呼ばれた少女たちはみな、戦闘に負けると殺されたという。
部隊には少女に思いを寄せる少年がいる。彼はメラニン色素が少なく、肌の色や髪の色が白いアルビノだ。アフリカでは白いものは貴重で特別なものだと思われているらしく、アルビノは特別な存在と思われているようだ。少年は、いずれ少女が殺されることを恐れ、2人で部隊から逃げ出す。
2人はつかのまの逃避行を楽しみ、結婚もする。この地方では、求婚された女性は条件として白い雄鶏を要求することになっているらしい。しかし、ここでは白い雄鶏はめったにいないらしく、たいがいは別のもので求婚を受け入れてもらうのだが、お金のない少年は白い雄鶏を探すしかない。そんなわけで、白い雄鶏を必死に探す少年に、「おまえは結婚したいのか」と大笑いする大人たち。やがてアルビノの人たちの村にたどり着いた少年は、ついに白い雄鶏を手に入れ、少女と結婚する。
しかし、牧歌的な逃避行は長くは続かず、別の反政府軍の部隊に少女は捕らわれ、少年は殺されてしまう。
映画は捕らえられた少女が部隊長の愛人にさせられ、妊娠したあと、生まれてくる子供に自分のことを語る、という形になっている。両親を殺すよう強要され、兵士にさせられ、逃避行をした最愛の少年は殺され、そして部隊長の愛人にさせられて妊娠し、生まれてくる子供を憎む気持ちをなんとか振り払おうとする姿はあまりにも悲惨だが、映画は残酷な場面は直接描かず、亡霊を登場させたりして、アフリカらしい呪術と幻想の世界に仕上げている。
無理やり兵士にさせられた少年少女の人生はあまりに過酷だが、軍隊とは無関係の普通の庶民たちは心優しく、親切だ。逃亡中の少年少女に一時的な家を与える肉屋夫妻、部隊長のもとを逃げ出した少女が心的外傷から頭がおかしくなり、銃を撃ちまくって逮捕されたとき、彼女を逃がしてやる警官、そして、赤ん坊を抱えて旅をする彼女をトラックの荷台に乗せてやる運転手と、彼女に親切にする荷台にいた女性。少年と少女が白い雄鶏を探すときにめぐりあった大人たち。彼らの中には、肉屋の男のように、内戦で過酷な経験をし、深く傷ついた人もいる。他の大人たちも、内戦でなんらかの心の傷を負っているのかもしれないが、彼らは困っている人を見れば手を差し伸べる。残酷で過酷な世界だが、庶民はやさしい心と笑顔を持っている、という描写が救いとなっている。
3人のカナダ人男優以外はすべて、現地の住民から選ばれた人たちが演じているのだそうだが、主役の2人がすばらしい。少女を演じたラシェル・ムワンザはこの演技でヴェネチア映画祭主演女優賞を獲得したが、アルビノの少年を演じたセルジュ・カニンダも、彼女に劣らない存在感で、忘れがたい。
アカデミー賞外国語映画賞はたぶん、ハネケの「愛、アムール」だろうけれど、このカナダのケベック映画(言葉はほとんどアフリカの言語のようだが)も注目してほしいものだ。
アカデミー賞外国語映画賞受賞の「みなさん、さようなら。」もそうだし、東京国際映画祭で話題となったホッケー映画「ロケット」、アカデミー賞外国語映画賞ノミネートの「灼熱の魂」。そして、今、その外国語映画賞にノミネートされている「魔女と呼ばれた少女」。
もちろん、英語圏のカナダ映画も、クローネンバーグとか、エゴヤンとか、「テイク・ディス・ワルツ」のサラ・ポーリーといった監督たちの映画があるのだが、勢いを感じるのはなぜかケベック映画。その中でも「灼熱の魂」は始まりはカナダだが、その後のシーンはほとんどが中東、そして、「魔女と呼ばれた少女」は全編アフリカで、カナダは無関係。「灼熱の魂」は中東出身のカナダ人が主人公だが、「魔女と呼ばれた少女」の監督キム・グエンはヴェトナム人の父とカナダ人の母を持つ。カナダもアメリカと同じく移民の国であり、この映画でもアフリカ系のカナダ人の俳優が3人、アフリカ人を演じている。英語を使わないカナダのケベック映画が世界を描き始めているということを、どう見たらいいのだろうか。
「魔女と呼ばれた少女」は、内戦で多数の人が死亡しているアフリカのコンゴを舞台としている。アフリカや中東の戦争では、子供が兵士にさせられているという例は多いが、この映画では、反政府軍に拉致され、無理やり兵士にさせられた少女が主人公だ。
湖のほとりの村に、ある日、突然、反政府軍がやってきて、大人たちを皆殺しにし、子供を拉致して兵士にする。そのために、子供に親を銃で殺させたりする。そうやって、子供を兵士になるしかない状況に追いやるのだという。少女はやがて、両親をはじめとする死んだ人々の亡霊を見るようになり、その亡霊のおかげで、政府軍の存在をいち早く察知できるようになる。彼女は魔女と呼ばれ、部隊の守り神となるが、以前に魔女と呼ばれた少女たちはみな、戦闘に負けると殺されたという。
部隊には少女に思いを寄せる少年がいる。彼はメラニン色素が少なく、肌の色や髪の色が白いアルビノだ。アフリカでは白いものは貴重で特別なものだと思われているらしく、アルビノは特別な存在と思われているようだ。少年は、いずれ少女が殺されることを恐れ、2人で部隊から逃げ出す。
2人はつかのまの逃避行を楽しみ、結婚もする。この地方では、求婚された女性は条件として白い雄鶏を要求することになっているらしい。しかし、ここでは白い雄鶏はめったにいないらしく、たいがいは別のもので求婚を受け入れてもらうのだが、お金のない少年は白い雄鶏を探すしかない。そんなわけで、白い雄鶏を必死に探す少年に、「おまえは結婚したいのか」と大笑いする大人たち。やがてアルビノの人たちの村にたどり着いた少年は、ついに白い雄鶏を手に入れ、少女と結婚する。
しかし、牧歌的な逃避行は長くは続かず、別の反政府軍の部隊に少女は捕らわれ、少年は殺されてしまう。
映画は捕らえられた少女が部隊長の愛人にさせられ、妊娠したあと、生まれてくる子供に自分のことを語る、という形になっている。両親を殺すよう強要され、兵士にさせられ、逃避行をした最愛の少年は殺され、そして部隊長の愛人にさせられて妊娠し、生まれてくる子供を憎む気持ちをなんとか振り払おうとする姿はあまりにも悲惨だが、映画は残酷な場面は直接描かず、亡霊を登場させたりして、アフリカらしい呪術と幻想の世界に仕上げている。
無理やり兵士にさせられた少年少女の人生はあまりに過酷だが、軍隊とは無関係の普通の庶民たちは心優しく、親切だ。逃亡中の少年少女に一時的な家を与える肉屋夫妻、部隊長のもとを逃げ出した少女が心的外傷から頭がおかしくなり、銃を撃ちまくって逮捕されたとき、彼女を逃がしてやる警官、そして、赤ん坊を抱えて旅をする彼女をトラックの荷台に乗せてやる運転手と、彼女に親切にする荷台にいた女性。少年と少女が白い雄鶏を探すときにめぐりあった大人たち。彼らの中には、肉屋の男のように、内戦で過酷な経験をし、深く傷ついた人もいる。他の大人たちも、内戦でなんらかの心の傷を負っているのかもしれないが、彼らは困っている人を見れば手を差し伸べる。残酷で過酷な世界だが、庶民はやさしい心と笑顔を持っている、という描写が救いとなっている。
3人のカナダ人男優以外はすべて、現地の住民から選ばれた人たちが演じているのだそうだが、主役の2人がすばらしい。少女を演じたラシェル・ムワンザはこの演技でヴェネチア映画祭主演女優賞を獲得したが、アルビノの少年を演じたセルジュ・カニンダも、彼女に劣らない存在感で、忘れがたい。
アカデミー賞外国語映画賞はたぶん、ハネケの「愛、アムール」だろうけれど、このカナダのケベック映画(言葉はほとんどアフリカの言語のようだが)も注目してほしいものだ。
2013年2月20日水曜日
ショック2
なんだか最近、役者の顔を見てもすぐにピンと来ない、ということが多くて、え、この人があの映画に出てたの?と驚くことが多くなりました。あー、もー、年はとりたくない(年のせいじゃないかもしれないが)。
先月、ゆえあって、横浜のホテルに泊まった、という話はすでにしましたが、夜、ホテルの部屋の立派なアクオスであちこちのチャンネルを見ていたら、NHKでイギリスのドラマ「シャーロック」の第1回をやっていたのですね。「ピンク色の研究」、つまり、「緋色の研究」の現代版。
このドラマ、有名なシャーロック・ホームズを現代に置き換えたもので、主人公のシャーロックはパソコンやスマホを駆使するオタク。「ソーシャル・ネットワーク」のザッカーバーグみたいなオタクです。対するワトソンは、アルジェリア戦争、じゃなかった、アフガン戦争で負傷した軍医。戦争で心的傷害を受けた彼が、オタクで社会不適応者のシャーロックと同居することになり、こいつ、ゲイじゃないの、と思いつつ、一緒に事件を解決する、というお話。
実はこのドラマ、テレビ放送される前だったか、試写があったんですよ。でも、回数が少なかったのか、見に行かなかったのです。興味はあったんですが。
で、このドラマの肝は、やはり、ワトソンだねえ、と、横浜の深夜のホテルの部屋で、私は思った。
演じるマーティン・フリーマンが、いかにも腐女子好み、と、私には見えたのですが、ブロンドで、背丈は低くて、おとなしめなのだけど、なんともいえない色気を発散させているのです。ひたすらオタクで突っ張っているホームズに対し、静かだけれど、ホームズを超える存在感を発揮しています。
で、このワトソンのマーティン・フリーマンとか、ホームズのベネディクト・カンバーバッチとか、いったい、どういう俳優なの、と思って、調べてみて、びっくり。
まず、マーティン・フリーマンですが、なんと、「ホビット」の主役、ビルボ・バギンスだと。
うーん、「ホビット」は、正直、見る気のまったくない映画でした。あの短い原作を、長大な3部作にするってあたりから、もういいや、勝手にやってなさい、ピーター、の世界。「ホビット」3部作はスルー、と決めていたのだけど、フリーマンが主役か…。
そして、ホームズのベネディクト・カンバーバッチ。なんと、「つぐない」や「裏切りのサーカス」や「戦火の馬」に出てるじゃないの! 役名見れば、確かに記憶にありますが、同じ人だったのか!
そして、きわめつけが、レストレイド警部のルパート・グレイヴス。えええ、ルバート・グレイヴスだったの??? 気がつかなかったよ…。
忘れもしません、彼は、あの腐女子を熱狂させた「モーリス」の主役の1人。3番目の主役ですが。その後も「天使を踏むを恐れるところ」とか、「ダロウェイ夫人」とか、出ていたのだね。すっかり忘れてた。でも、レストレイド警部があの「モーリス」の森番だなんて、全然気がつきませんでした。ああ、「眺めのいい部屋」ではヘレナ・ボナム・カーターの弟役だったんだわ。
というわけで、年はとるもんじゃないっていうか、グレイヴスの場合は、あの若者が、年とりましたね。でも、健在なんだ、よかった。
というわけで、現在に追いついていなし、過去も忘れてるし、と、ショック、ショック、の「シャーロック」でした。「ピンク色の研究」のあとはDVDで見よう。
先月、ゆえあって、横浜のホテルに泊まった、という話はすでにしましたが、夜、ホテルの部屋の立派なアクオスであちこちのチャンネルを見ていたら、NHKでイギリスのドラマ「シャーロック」の第1回をやっていたのですね。「ピンク色の研究」、つまり、「緋色の研究」の現代版。
このドラマ、有名なシャーロック・ホームズを現代に置き換えたもので、主人公のシャーロックはパソコンやスマホを駆使するオタク。「ソーシャル・ネットワーク」のザッカーバーグみたいなオタクです。対するワトソンは、アルジェリア戦争、じゃなかった、アフガン戦争で負傷した軍医。戦争で心的傷害を受けた彼が、オタクで社会不適応者のシャーロックと同居することになり、こいつ、ゲイじゃないの、と思いつつ、一緒に事件を解決する、というお話。
実はこのドラマ、テレビ放送される前だったか、試写があったんですよ。でも、回数が少なかったのか、見に行かなかったのです。興味はあったんですが。
で、このドラマの肝は、やはり、ワトソンだねえ、と、横浜の深夜のホテルの部屋で、私は思った。
演じるマーティン・フリーマンが、いかにも腐女子好み、と、私には見えたのですが、ブロンドで、背丈は低くて、おとなしめなのだけど、なんともいえない色気を発散させているのです。ひたすらオタクで突っ張っているホームズに対し、静かだけれど、ホームズを超える存在感を発揮しています。
で、このワトソンのマーティン・フリーマンとか、ホームズのベネディクト・カンバーバッチとか、いったい、どういう俳優なの、と思って、調べてみて、びっくり。
まず、マーティン・フリーマンですが、なんと、「ホビット」の主役、ビルボ・バギンスだと。
うーん、「ホビット」は、正直、見る気のまったくない映画でした。あの短い原作を、長大な3部作にするってあたりから、もういいや、勝手にやってなさい、ピーター、の世界。「ホビット」3部作はスルー、と決めていたのだけど、フリーマンが主役か…。
そして、ホームズのベネディクト・カンバーバッチ。なんと、「つぐない」や「裏切りのサーカス」や「戦火の馬」に出てるじゃないの! 役名見れば、確かに記憶にありますが、同じ人だったのか!
そして、きわめつけが、レストレイド警部のルパート・グレイヴス。えええ、ルバート・グレイヴスだったの??? 気がつかなかったよ…。
忘れもしません、彼は、あの腐女子を熱狂させた「モーリス」の主役の1人。3番目の主役ですが。その後も「天使を踏むを恐れるところ」とか、「ダロウェイ夫人」とか、出ていたのだね。すっかり忘れてた。でも、レストレイド警部があの「モーリス」の森番だなんて、全然気がつきませんでした。ああ、「眺めのいい部屋」ではヘレナ・ボナム・カーターの弟役だったんだわ。
というわけで、年はとるもんじゃないっていうか、グレイヴスの場合は、あの若者が、年とりましたね。でも、健在なんだ、よかった。
というわけで、現在に追いついていなし、過去も忘れてるし、と、ショック、ショック、の「シャーロック」でした。「ピンク色の研究」のあとはDVDで見よう。
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