2013年2月25日月曜日

シュガーマン 奇跡に愛された男(ネタバレ大あり)

アカデミー賞の発表がありましたが、わりと大方の予想どおりという感じでしょうか。「ライフ・オブ・パイ」が監督賞はじめ、いくつもとってますが、これも納得。私はアン・リーの映画はあまり好きじゃなかったですが、「ライフ・オブ・パイ」はかなり気に入っています(作品評はサイドの月別記事欄で探してください。2012年12月のところです)。
これから公開で関係者が期待してただろう「リンカーン」は作品賞はだめでしたね。「アルゴ」はまだ見てないや。

さて、長編ドキュメンタリー賞を受賞した「シュガーマン 奇跡に愛された男」。すでに見ているのですが、感想はまだ書いていませんでした。
ひとこと。これ、いいですよ。ぜひ見ましょう! おしまい。

というわけにはいかないので、詳しく書きますが、後半のネタバレは知らない方がよいと思いますが、書きます。

このドキュメンタリーの主人公は、1960年代後半、ミシガン州デトロイトに登場したシンガーソングライター、ロドリゲス。その歌と歌声はすぐに音楽プロデューサーの目にとまり、レコード・デビュー。しかし、まったく売れなかった!
そんなわけで、ロドリゲスはまたもとの貧しい労働者に逆戻り、音楽界からは完全に姿を消した。
ところが、1970年代、アパルトヘイト時代の南アフリカで彼のレコードが大ヒット。というのも、当時、南アフリカは黒人が差別されていただけでなく、白人も、アパルトヘイト政策を批判すると刑務所行きという時代で、言論の自由がなく、白人たちも閉塞状態に置かれていたのだった。そこへ誰かがアメリカからロドリゲスのレコードを持ち込み、そこに歌われている反体制的な内容に南アフリカの人々が熱狂し、レコードも発売されて大ヒットとなったのだった。ただし、当時の南アフリカではロドリゲスの歌は放送禁止だったそうな。
やがて90年代になり、アパルトヘイトもなくなって自由になった南アフリカで、若い頃にロドリゲスに熱狂した2人のファンが、ロドリゲスについて調べ始める。レコードは海賊版だったので、レコード会社をたどってもだめ。ロドリゲスに関する情報はほとんどなく、ステージで自殺したとか、都市伝説が信じられていた。
という具合に、ここまでは、ロドリゲスとはいったい誰なのだろう、その後どうなったのだろう、という謎を追いながら、彼の音楽がなぜアパルトヘイト時代の南アフリカで大ヒットしたのかを考察する、という内容になっている。特に、アパルトヘイト時代の白人たちが自由にものも言えず、抑圧されていた、というのは、これまでの南アフリカものではほとんど描かれなかったものだと思う。ロドリゲスを探すファンの1人は、ボタ政権はナチス政権と同じだったとさえ言う。
2人はロドリゲスの歌の中に出てくるある町の名前がデトロイトの郊外だということを発見する。デトロイトといえばモータウン。ここだ、と思った彼らはデトロイトでロドリゲスのレコードを出したプロデューサーに行き着く。ここでロドリゲスの正体がわかる、ということになったら、この映画、面白さが少し減ると思うが、ここで正体を明かさない。
話は続く。彼らはインターネットにロドリゲスを探すサイトを立ち上げる。そして彼らに連絡したのはなんと(というところで、文字の色を変えます)。

なんと、彼らに連絡してきたのは、ロドリゲスの娘だった。そして彼女を通して、ついに、ロドリゲス本人から電話が来る。ロドリゲスには3人の娘がいた。彼は今でもデトロイトの労働者として働いているが、政治家に立候補したり、貧しい人のために社会活動をしていたことがわかる。
そしてついに、ロドリゲス本人が登場。今でも十分ロックスターで通用する容姿の持ち主だ。2人のファンは南アフリカでのコンサートを実現。どの公演もソールドアウトとなる。客は白人が多数だが、サイン会にはサインを求める黒人も登場。テレビで彼にインタビューするのは黒人の女性キャスター、という具合に、アパルトヘイトが過去になったことを示す。
南アフリカで売れたレコードはすべて海賊版だったので、ロドリゲスはまったく印税をもらえなかった。また、南アフリカでのコンサートの収入も家族や友人にあげてしまい、今も質素な生活をしているのだという。欲のない人なのだと思う。
映画の中に流れるロドリゲスの歌はどれもすばらしく、声も魅力的だ。なぜアメリカでは受けなかったのか。プロデューサーは、名前がヒスパニック系だからだろう、という。当時のロックやフォークにヒスパニックは似合わなかったのだと。でも、もしもロドリゲスに欲があったら、名前を変えるなりして、スターになろうとしたのではないか。そこまでする気はなく、2枚のレコードを出しただけで労働者に戻り、そこで自分の納得のいく生き方をしていた人なのではないかと思う。
南アフリカでは大スターでも、アメリカや他の世界では彼は無名の人だ。無名だからこのドキュメンタリーが成立した。後半の展開を隠して謎を追う、というスタイルにしたのがこの映画の成功だからだ。
ロドリゲスの長女は父の南アフリカ・コンサートに同行したときに知り合ったボディガードと結婚、ロドリゲスは南アフリカ生まれの孫がいるのだそうだ。この最初のコンサートで南アフリカにやってきたロドリゲス一家がまた楽しい。自分たちがVIPだなどと思いもせず、歓迎ぶりに驚き、ホテルのスイートではロドリゲスはキングサイズのベッドに寝ずに(客室係に手間をとらせたくないので)、ソファで寝たとか、どこまでも質素で控えめな姿に好感を覚える。こういう人でも認められることがあるのだという夢を見させてくれる映画だ。