2017年3月1日水曜日

「ひるね姫」(ネタバレあり)

「映画 聲の形」、「この世界の片隅に」、「虐殺器官」とアニメの試写状をいただいたのにスケジュールの関係で見に行けず、「聲の形」と「この世界の片隅に」は映画館で見たが、「虐殺器官」は原作の一番重要なところをカットしてしまったと聞いて見る気がなくなってしまった。あの部分があるから原作は名作なのに。
で、今度は「ひるね姫」の試写状が来たので、これは見てきた。
期待されているのか、大盛況。確かに面白い。
主人公は瀬戸大橋がそばに建つ岡山県倉敷市に住む高校三年生のココネという少女。生まれてすぐに母を亡くし、自動車修理工の父親と2人暮らし。いつでもどこでも寝てしまうココネは最近、奇妙な夢を見るようになる。それは父がかつて創作して話してくれたファンタジーの物語だった。
一方、父親は何かのトラブルを解決するために東京へ行く予定だったが、突然逮捕されてしまう。そしてココネのもとにも怪しい男たちがやってくる。
ココネの見る夢は実は現実とパラレルになっていて、現実の人物が夢にも出てくる。その夢の世界はSFファンタジーの世界で、魔法を使えるお姫様が襲ってくる巨大な鬼との戦いに挑む。一方、現実の世界では、ココネは怪しい男たちから逃げながら、幼馴染の大学生と一緒に父親逮捕の真相に迫る。
この映画は「君の名は。」と似ていると思われているようだが、確かに似ている部分がある。
夢と現実がパラレルになっていて、夢の世界と現実の世界が交互に現れる、というのは過去のファンタジー作品にもよくあったが、ここは「君の名は。」とは似ていない。
むしろ、夢の世界は巨大ロボットの戦闘ものになっていて、この手の戦闘ものに食傷ぎみの私はうーんという感じだったし、また、願えば叶うみたいな精神論が多いのもちょっとね、だった。ただ、この夢の世界の話はココネの過去と未来と事件の真相にかかわっていて、その謎解きとして見るととても面白い。
「君の名は。」と似ているのは主人公の設定だ。どちらも女性主人公は田舎の女子高生で、東京へのあこがれがある。母がいないのも同じ。そして、ここからはネタバレになるのだが、母がクライマックスで大きな役割を果たす。
「君の名は。」は主人公・三葉がどうやって父親を説得したのかがまったく描かれていないのが難点なのだが、それはおそらく死んだ母が関係していたのだろうと私は思ったし、新海監督ではない別人が書いたサイドストーリーではまさに母が町を救うためにすべて仕組んだということになっていた(新海監督自身の考えかどうかは不明)。
「ひるね姫」の方は父と母の関係が重要な要素になっていて、クライマックスでは死んだ母が大きな役割を果たす。
実は「ひるね姫」の作画スタッフには「君の名は。」のスタッフが2名入っていて、何らかの影響関係があったのかと思ってしまう。どっちかが真似をした、のではなくて、むしろ、偶然同じような構想を考えていたが、「君の名は。」は高校生男女のラブストーリーが中心なので、母の部分は意図的にカットしたのかもしれない。「ひるね姫」ではココネは恋愛をしていない。むしろ、こちらは家族愛、親子愛、夫婦愛といった愛の方が物語の中心になっている。ここは大きな違いだ。
「ひるね姫」は2020年の東京オリンピックの直前に設定され、スマホやタブレット、そして自動車の自動運転技術が登場する。でも、この映画の雰囲気はなぜか、1964年の東京五輪の時代をそこはかとなく感じさせるのだ。
裕福とはいえない町工場の修理工が天才的な技術者で、そこから自動運転の優れた技術が出てくるとか、ココネの家とその周辺の昭和な雰囲気とか、高度成長時代に向かっていたかつての日本を彷彿とさせる。場面が東京になったとき、登場するのは東京タワーで、スカイツリーではない。
そして、ラストに流れる60年代のヒット曲、「デイドリーム・ビリーバー」。私の世代にはなつかしいモンキーズの歌。
2020年の東京五輪に向かう今の時代は、60年代のような未来への希望がないと感じる。貧しい人は大学進学もむずかしく、貧しい人の中から才能のある人がどんどん出てきて日本を発展させるという空気がない。
父親の経営する大企業の古臭い体質に反感を覚え、町工場で新しい技術を追究する若い夫婦の姿が描かれるが、そういう未来への希望や可能性が今、あまり感じられない(大企業の取締役が黒いスーツの男性ばかり、というのは今もそうかもしれないが)。
新海監督は「君の名は。」で田舎が牧歌的な楽園ではなく、町長と土建屋の癒着などの問題があることを見せていた。東京は、逆にピカピカのあこがれの世界として描いていた。「ひるね姫」の神山監督の描く田舎は牧歌的な楽園に見える。このなつかしさが、2020年の東京五輪と一緒に出てくることへの違和感、夢の世界での願えば叶うの精神論が正直、喉につかえた魚の小骨のように気になるのだが、それでもよくできた面白い話であり、物語の中心にある家族愛には素直に感動できる。

2017年2月25日土曜日

日暮里ねこ祭り

にゃっぽりジャックをやるというので水曜日に日暮里駅へ行ったら、にゃっぽりとは無関係の猫グッズの店が出ているだけだった、という話を書きましたが、今日、土曜日に行ったら、「日暮里ねこ祭り」と改名されていました(誰か苦情言ったのだろうか)。でも、にゃっぽりジャックのポスターも貼ってある。
グッズの店は水曜日よりもずっと多くなっていて、これはなかなか見応えあるグッズが多かったです。にゃっぽりグッズでは布製品の店とキオスクで売っていますが、キオスクのにゃっぽりキーホルダーが水曜はたくさんあったのに土曜は3つしかなかった。にゃっぽりどら焼きはたくさんありました。1個150円、箱入りもあり。布製品の方は特に新作はなさそう。

さて、先日紹介したにゃっぽり川柳、1枚だけ写真撮り忘れていたのがあったので、撮ってきました。土曜は通行人が多いので、わずかな隙を見てパッと撮影。

2月28日まで開催中。

2017年2月24日金曜日

「ブライトン・ロック」(ネタバレあり)

「マリアンヌ」でブラッド・ピットが読んでいた小説、グレアム・グリーンの「ブライトン・ロック」を読んだ。(ネタバレありなので注意)
「マリアンヌ」を見る前に近くの図書館でグレアム・グリーン全集があるのを見つけ、数十年ぶりにグリーンを数冊借りて読んだのだけど、そのきっかけはスコセッシの「沈黙」を見たから。
遠藤周作のようにカトリックの神の存在にこだわる外国の作家といえばグレアム・グリーン、というのが頭にあったからだ(代表作「権力と栄光」はまさにそれ)。
で、「マリアンヌ」を見てから今度は「ブライトン・ロック」を読んだのだけど、これはなかなかすごい小説だった。
主人公は邪悪の化身のような17歳の少年ピンキー。カミソリと硫酸の小瓶を持ち、人を傷つけるのも殺すのも平気。罪悪感もない。大人のギャングとも張り合う。その彼が昔の仲間をブライトン・ロックという飴を使って殺す。
ブライトン・ロックというのはブライトンという海辺の町で売っている飴で、金太郎飴のようにどこを切ってもブライトンと書いてある棒状の飴。
検視では自然死とされたが、ピンキーを慕う16歳の少女ローズはある場面を目撃していて、殺人を疑われた場合、ピンキーにとって不利な証人となる。そこでピンキーはローズと結婚することを考える。妻は裁判で証人になれないからだ。
ローズはピンキーを愛しているが、ピンキーはまったく愛していない。彼は女が嫌いな男のようで、そうでなくても人を愛することなどない邪悪な少年。2人は結婚するが、ピンキーはローズが邪魔で、心中を持ちかけて彼女を殺そうとする。
ストーリーだけ書くとただの犯罪ものみたいだが、ローズはキリスト教の善と悪について考えていて、これがクライマックスから結末にかけての重要なテーマになる。
人間の本質は変わらない、ブライトン・ロックのどこをかじってもブライトンという文字が出てくる、という意味深なせりふもある。小説の語り口も文学的なレベルが高い。
ピンキーの殺人に気づいた女性がローズに接近し、ピンキーはあなたを愛していない、と忠告する。ローズはピンキーが自分を愛していなくても自分が惚れているのだからいい、と思ったり、いや、彼は私を愛していると思ったり。
しかし、読者はピンキーがローズをまったく愛していないこと、むしろ、嫌いなくらいだとわかっている。しかも、ピンキーはレコードにその気持ちを録音してしまっているが、ローズは蓄音機を持っていないので聞けない。
ラスト、神父への告悔を終えたローズが(彼女は妊娠している)希望を抱いてある場所に向かうとき、読者はそこに悲劇があるのを知っているが、彼女は知らない。衝撃的な結末だ。

「マリアンヌ」ではピット演じる主人公が、妻がドイツのスパイだと告げられる。妻がスパイなのかどうか、もしもスパイなら自分を愛しているのかどうか。カサブランカでの愛が、スパイの任務のための芝居だったのか、という疑問が当然あるだろう(その辺、描き方全然だめなんだけど)。
そして、夫婦が幼い娘に託した思いは、「ブライトン・ロック」のローズが期待した思いだ。ローズの期待は裏切られることが読者にはわかっている。
こんなふうに比べると、「マリアンヌ」がますますだめな映画になってしまうので、比べない方がよいだろう。
とにかくグレアム・グリーンはすごい。

2017年2月22日水曜日

にゃっぽり川柳

前の記事に書いたとおり、2月22日猫の日から1週間、JR日暮里駅でにゃっぽりの日暮里ジャックをやるというので、出かけて見ました。
が、全然日暮里ジャックじゃないやん。
コンコースの真ん中で、にゃっぽりとはまったく関係のない猫グッズを売っているだけ。
通常のにゃっぽりグッズはいつもの店で売ってるだけで新作もなし。
その他、ポスターなどの展示もなし。
サギじゃん!

と、がっかりして改札を出ると、

日暮里駅員の作ったにゃっぽり川柳が書かれたにゃっぽりポスターが。

クリックすると大きくなるので、川柳が読めると思います。
ここ、人が行き来する場所なんで、写真撮るのけっこう大変かも。たまたま昼間のすいているときだったので、人が少なかったが。





谷中方面への通路にあるのですが、反対側は見なかったのでわかりません。
土日はもう少し派手にやるのかなあ。

ところで、上にアップした写真の川柳、勝手にベスト3を選んでみました。
まず3位
「にゃーとなく エサをあげたら そっぽ向く」(1枚目の写真)
続いて2位(実は2位と3位は甲乙つけがたく、どっちが2位でもよかった)
「谷中ネコ 気まぐれ具合 超一流」(2枚目の写真)

そして栄えある1位は
「インスタに 無断であげるな にゃこの顔」(4枚目の写真)

いやあ、これは谷中の標語にしてほしいです。
谷中の猫の写真をネットにあげるのは禁止、という立札が立っていますが、捨て猫などの犯罪防止のためです(捨て猫捨て犬は罰金百万円)。書店で売られている地域猫の写真集は、現地のボランティアの許可を得ているものだそうです。

2017年2月17日金曜日

2月22日は猫の日

2月22日は猫の日、だそうで、「ルドルフとイッパイアッテナ」のDVDもこの日に発売されるようですが、

なんと、JR日暮里駅で、22日から1週間、にゃっぽりの日暮里ジャックをやるそうな。

このイベント、一昨年春にやって大盛況。グッズは発売15分で売り切れたとか。

今回は1週間やるので、グッズも十分に用意されていると思います。

私としては、一昨年は近くに住んでいたのにイベントを知らず、いや、知っていても仕事で行けなかったので、今回はぜひ行ってみたい。
グッズ販売だけでなく、前回はにゃっぽり年表やポスターが多数貼りだされたらしいので、それを見たいのです。

まだネットには情報が出ていないみたいなのですが、私は昨日、日暮里駅のポスターで知りました。

さて、前回書いた「マリアンヌ」ですが、ネタバレになるのでストーリーの腑に落ちないところについては書かなかったのだけど、文字の色変えて書くことにします。
「マリアンヌ」は主人公のカナダ人将校の妻マリアンヌが実はドイツのスパイではないかという疑いをかけられ、それが事実だとわかったら主人公が妻を殺せという命令を受けるのですが、マリアンヌがスパイだったら逮捕して裁判にかけ、死刑にするのが普通なのに、なんで夫に殺させるのかが最大の疑問です。
夫に殺させるって、かなり残酷。それなら別の人が暗殺するとかの方がはるかに理にかなっている。
また、マリアンヌと主人公が行った大使暗殺が、実は大使は反体制派で、ヒトラーが暗殺を命じていた、というのも、なんでそんなこともっと前からわかってなかったんだよ、という気がします。
ドイツのスパイの任務にカナダ人将校が載せられたって、ちょっと無理がありませんかね。
この辺の、マリアンヌの関する部分がどうも納得いかない話になっていて、物語の根本がおかしいと思わざるを得ないのです。
マリアンヌについても、本物のマリアンヌが死んだあと、ヒロインがその名をかたってスパイになるのも、どういう事情があってそうなったのかがわからない。本当の名前さえわからないのです。
だから、結局、夫婦の愛と子供への愛しかわからないという、あまりに人物造型を無視した物語になっているのです。