クリント・イーストウッドの新作は、丹波哲郎の大霊界!と、評判イマイチの「ヒアアフター」を見てきました。以下、ネタバレありです。
東南アジアで津波に巻き込まれ、臨死体験をしたフランスの女性ジャーナリスト(セシル・ド・フランス)、双子の兄を事故で失い、母親は薬物依存症で施設へ入れられ、孤独な日々をすごすロンドンの少年、そして、死者とコミュニケーションできる霊媒として活躍したが、その能力が重荷となり、今はひっそりと暮らすサンフランシスコの工場労働者(マット・デイモン)。この3人の物語が並行して描かれ、最後に1つになるという映画で、脚本は「クイーン」のピーター・モーガン。
正直、前半はなんだかゆるい展開で、イーストウッドらしさもなく、いっそ、製作のスピルバーグが特撮満載でファンタジーにしちゃった方がよかったんじゃないかと(それじゃ、まんま大霊界か?)思ったくらいでしたが、もともと評判イマイチと聞いていたので、あまり期待しなかったせいか、見終わったときの満足感はそこそこありました。つか、見てよかったという感じ。この、見てよかった、という感じはとても重要なのです。
最近のアメリカ映画はこの手の来世ものっていうんですか、そういうのがちと目立つのですが、個人的には最近の来世ものは私は好きではありません。1980年代から90年代には、「ジェイコブスラダー」とか、「フィアレス」とか、死を見つめたシリアスな作品があって、そういうのは好きなんですが、最近のは来世依存というか、霊界依存みたいな匂いがして、私にはどうも、だったのです。
だから、この映画もそういう映画だろうと思い、実際、そういう面が強いのですが、それでも見終わったときの好感度が高かったのは、「インビクタス」同様、登場人物がほとんど善人で、癒し系の映画になっているからです。双子の兄が死亡する原因を作った不良たちさえも、事故にショックを受ける様子が描かれていて、根っからの悪人ではなさそう。どうしちゃったの、イーストウッド、って感じもしますけどね。
この映画で特にゆるいなと思うのは、イタリア料理の講習会のエピソードですね。ここではイタリアやフランスの有名なオペラの曲がかかっていて、デイモン扮する霊能者が若い女性と出会うんですが、このエピソードが映画全体の中でうまく機能していない感じです。全体的にご都合主義で話が進んでいるのは脚本に欠陥があるのでしょう。
ただ、私が面白いと思ったのは、デイモン扮する男がチャールズ・ディケンズのファンで、ディケンズの小説の朗読の録音をよく聞いていることです。その中に「デイヴィッド・コッパーフィールド」がありましたが、この小説は「風と共に去りぬ」の中でメラニーが朗読する本で、ほかの映画でも朗読される話があったような気がする(「華氏451」かな?)。
そして、彼がロンドンに引き寄せられ、他の2人と出会うことになるのは、まさにこのディケンズの導きのためなのです。
仕事を失い、霊媒に戻るのもいやな彼は、気晴らしに、ロンドンのディケンズゆかりの名所見物に出かけます。イタリア料理の講習会で知り合った女性に、「シェイクスピアじゃなくてディケンズが好き」と彼は言いますが、ディケンズだからロンドンなのです。シェイクスピアだとストラットフォードですから、他の2人には会えません。
そして、ディケンズの家を見学したとき、彼が聞いていたディケンズの朗読の録音の主である俳優デレク・ジャコビ(本人)の朗読会がブックフェアであることを知り、ジャコビの朗読が聞きたくて出かけていき、そこで、となるわけですが、朗読が映画の主要なモチーフになっているところに、非常にひかれました。
この映画では、霊媒が死者と交信することを、「リーディング」と言っています。「リーディング」というのはもちろん、読むこと、朗読することでもあります。あの有名な「朗読者」の英語題名は「ザ・リーダー」ですから。つまり、霊媒が死者の気持ちを読むことが「リーディング」であり、それがデイモンをロンドンへ導いた朗読と言葉的に重なるのが面白いなと思いました。深い意味はないのかもしれませんが、このブックフェアではフランス人の女性も朗読をしていて、その朗読が彼女とデイモンの出会いになるというふうに、朗読がクライマックスの重要なモチーフとなっているのです。
ちなみに、ディケンズは朗読が大変うまかった作家で、自作の朗読会は大盛況だったそうです。ディケンズと朗読がモチーフというのは、やはりイギリス人の発想でしょう。
映画のクライマックスがブックフェアというのも、かなりユニークな気がします。ヨーロッパ、特にドイツで行なわれるブックフェアには、日本からは翻訳出版の関係者がよく出かけているそうですが、私はこの種のブックフェアには行ったことがありません(ブックフェアで編集者が見つけた本のリーディングをした経験はあります。この場合のリーディングとは、翻訳候補作を読んで内容をまとめること)。この映画のロンドンのブックフェアは、一般の人も参加して、朗読を聞いたり、著者からサインをもらったりしているのが印象的でした。
そしてもう1つ、気になったのは、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の有名なフレーズが何度も流れること。死んだ兄を求めるロンドンの少年のシーンでよく流れていましたが、イタリア料理講習会のオペラよりもこちらの方がずっと映画によく合っていました。