「オルランド」や「耳に残るは君の歌声」のサリー・ポッター監督の新作「ジンジャーの朝」を見てきました。
原題は「ジンジャーとローザ」で、1945年、広島原爆投下の年にイギリスで生まれた2人のヒロインの名前です。
2人の母は病院でベッドが隣りで、同時に娘を出産。誕生したジンジャーとローザは幼馴染として育ち、やがて1962年、キューバ危機で核戦争の恐怖が世界を覆っていた年、2人は反核兵器運動に参加するように。
ジンジャーは本名はアフリカだそうで、最初の人間である女性が誕生したのがアフリカなので、それにちなんでつけられたそうですが、生姜色の長い髪からジンジャーというあだ名がついたようです。一方、ローザは長い黒髪の持ち主。ジンジャーを演じるのはダコタ・ファニングの妹エル・ファニング、ローザを演じるのはジェーン・カンピオンの娘アリス・イングラート。
映画はジンジャーの視点で語られていきます。ジンジャーは詩人をめざし、社会問題に関心があり、知的な関心や思想に生きようとする少女。父親は思想家で、投獄されたこともあるらしい。ローザの方は幼くして父が家を出ていったという過去がありますが、こちらはごく普通の少女で、ジンジャーに比べるといわゆる女性らしい性格や関心の持ち主です。
キューバ危機の頃は、私はまだ幼くて、ほとんど何も覚えていないに等しいのですが、この映画を見ると、イギリスではイギリス政府が核戦争も辞さないと主張していて、市民の間にも不安が広がっていたようです。キューバ危機を描いたアメリカ映画は過去にありましたが、これほど核戦争の不安があったように描かれた映画はちょっと記憶にない。あるいは、これは10代の少女ジンジャーが過度に核戦争の不安を感じていた、ということなのかもしれません。
社会問題に関心があり、思想を持ち、T・S・エリオットの詩を読み、ボーヴォワールについて話すジンジャーは普通の少女ではなかったに違いありません。特に当時は女性は恋愛や結婚にしか関心を示さないのが当然とされていたので、ジンジャーは非常に変わった少女であっただろうと思います。対照的にローザは当時としては普通の少女、女らしいことに興味のある少女で、反核運動への参加も親友のジンジャーにつきあっている程度という感じです。
そんな対照的な2人の少女の間に決定的な溝が生まれる事件が起きます。かねてから不倫が多く、妻と別居していたジンジャーの父が、こともあろうにローザと不倫。しかも、同じヨットに娘が乗っているのに、父親はローザと関係を持つ。そして、やがて、ローザは「妊娠したみたい」と言う。
このジンジャーの父親というのがかなり変わった人で、思想家というけれど、何か理屈をこねくりまわしているだけの、わりと底の浅い人ではないかと思ってしまう。
結局、この父親とローザの不倫がばれ、両方の家族と知人たちまで巻き込んでの修羅場がクライマックスになりますが、ジンジャーが感じる核戦争への不安と、家族や親友との人間関係の崩壊が重なって、なかなかに深いものがあるクライマックスです。
ジンジャーが反核運動で逮捕されたあと、反核運動なんかしているなんて頭がおかしいと医者が言ったりするあたり、当時のイギリスはこういう世界だったのか、と思ってしまいます。核戦争も辞さない、という政府の態度を支持しない人はおかしいと思われていたのか。震災後の日本をちょっと連想してしまいました。
ラジオのニュースにバートランド・ラッセルの名前が出てきますが、ラッセルは反核運動でアインシュタインと共闘した人で、社会活動で2度も投獄されているそうです。
と、なかなかいい映画だったのですが、プレスにスタッフキャストの一覧がないので、驚きました。最近、試写でもらうプレスの中には、こうした必要事項がなぜか載っていないのがまれにあるのですが、役名と俳優名のリストがないのは資料としてどうなのかと思います。
また、夏に向けて気が重くなることの1つに、試写室の冷房がきいていない、ということがあり、この試写室はいつも上映が始まる直前にならないと涼しくならないのですが、混む試写だと入れない恐れがあるので20分から30分前に行くと、それから上映開始まで汗だくになって待たなくてはなりません。特に今回は室内の空気がものすごく悪く、気分が悪くなったので、外に出ていましたが、ほかにも外に出た人が何人もいたせいか、早めに冷房が入りました。が、そのかわり、上映途中で冷房を切られてしまった。
不思議なことに、試写室内は冷房をけちって暑いのに、試写室の外、スタッフがいるロビーなどはとてもよく冷えているのです。この試写室はやっぱり夏は鬼門です(いろいろ事情があるのでしょうけど)。