アカデミー賞作品賞を受賞した1966年の映画「わが命つきるとも」。エリザベス一世の両親ヘンリー八世とアン・ブーリンの結婚に反対して死刑になった、「ユートピア」の著者トマス・モアの妥協しない生き方を描くロバート・ボルトの戯曲の映画化で、ずっと前から気になってはいたものの、なかなか見る機会のなかった作品。先日、上野のツタヤへ行ったら旧作100円のキャンペーンをやっていたので、借りてみました。
なんか、なにげに地味な豪華キャスト。一番びっくりしたのは、ヴァネッサ・レッドグレーヴがアン・ブーリンを演じていたこと(ゲスト出演で、出番はわずか)。そして、あのジョン・ハートがびっくりするほど若かったこと。これが映画初出演で、当時、26歳。顔の表情ですぐにわかりました。
ほかにもヘンリー八世がロバート・ショー、枢機卿がオーソン・ウェルズ、トマス・モアの妻がのちの「エレファント・マン」で婦長の役でハートと共演することになるウェンディ・ヒラー、モアの娘がスザンナ・ヨークと、これ以外にも地味に豪華な演技派ぞろい。主役トマス・モアのポール・スコフィールドは主演男優賞を受賞。
ハートの役はモアとは対照的な生き方をする若者で、モアを裏切ってクロムウェル側につき、出世して、他の人物が首斬られたりする最後を遂げているのに、彼だけはベッドで大往生という、やっぱりモアみたいな生き方は損だよね、こういう調子いいやつが得するんだよね、という役柄。
役はともかくとして、ハート、実はモアに次ぐ準主役といっていいかも。
私がハートという俳優を意識したのは「ミッドナイト・エクスプレス」あたりからですが、その頃にはすでに渋い役者になっていて、その後、「エレファント・マン」のヒットでスターになるわけですが、その前に「ウォーターシップダウンのうさぎたち」や「指輪物語」で声の出演をしていたとは知らなかった。特に「指輪物語」はアラゴルンの役だと。あのアニメのアラゴルン、けっこう好きだったのだ。
映画「わが命つきるとも」は、日本人にはちょっと理解がむずかしいかも、と思います。私も、なんでモアがこんなに王に逆らってるのか、命まで犠牲にする価値があるのか、と考えてしまいました。
キリスト教が、ローマ・カトリックの堕落に対する反発からプロテスタントが出てきた頃で、ルターやカルヴァンはまじめにプロテステントしていたのでしょうが、イギリスはヘンリー八世がとにかく離婚してアン・ブーリンと結婚したい、ただそれだけのためにローマ・カトリックと決別して英国国教会を作って、自分がそのトップになってしまった。その身勝手さがモアは許せない。宗教とか法律はそういうふうに作ってはいかんのだ、とモアは思うわけです。しかも王のわがままを貴族や宗教界もそのまま追認、権力者はやりたい放題。こんなことでいいのか、とモアは言うわけです。
つまり、モアの主張はまさに正論。その正論が許されない社会の恐ろしさを描いているわけです。
でも、今の感覚でいうと、離婚が許されないのはおかしい、とか、ローマ・カトリックがすべてじゃないでしょ、というのがあるので、むずかしい。
そんなわけで、異論を言う人間を排除する社会の恐ろしさ、というテーマが、キリスト教がからんでいるためにわかりづらくなっているのは否めません。そこがとても残念です。今も通用するテーマなのに。
そして、正論を言い続けて死刑になるモアに対し、ハートの演じた若者が上手に世渡りしてそのまま逃げ切ってしまうのも、今の世の中を反映しているような気がするのですが、そこまで見てもらうのがむずかしい映画であるのも残念な気がします。
でも、とてもきっちりと作られた名作。アカデミー賞受賞のおかげで今も見られているのはよいことです。