2016年7月23日土曜日

「野球の国」

なんとなく自分の日本語を磨きたいと思い、それには気になる日本人作家の文章を読むのが一番、と思ったので、ブックオフで108円の日本人作家の文庫本を5冊買うぞ、と思い、深く考えずにとにかくピンと来た5冊を買った。短編集3冊、エッセイ集1冊、長編小説1冊。短編とエッセイを中心にしたのは、短かめの文章の構成を少し勉強したかったから。
最初に読んだのは奥田英朗の「野球の国」。奥田が野球観戦を目的に、日本のあちこちと台湾を旅するエッセイ集。
奥田英朗と言えば、最初に読んだのは変人医師・伊良部のシリーズ1冊目「イン・ザ・プール」。映画化されて、その映画評の執筆を依頼されたので読んだ。面白かったので、2冊目「空中ブランコ」、3冊目「町長選挙」も読んだ。「イン・ザ・プール」はけっこう棘のある書きっぷりだったけれど、直木賞受賞の「空中ブランコ」ではその棘がとれてほんわかムードになっていた。1冊目の棘のある文章は実はあまり好きではなかったが、2冊目でこの作家が気に入った。
そういえば、森田芳光が映画化した「サウスバウンド」もこの人が原作なんだけど、まだ読んでない。映画の方は森田芳光にしてはめずらしくあまり面白くないと感じたので、原作は読まなかったのだが、考えてみれば森田の作風と奥田の作風はかなり違うと思う。「サウスバウンド」も今度読んでみよう。文庫本上下各108円で売ってたし(作者が儲からないだろ、おい!)。

「野球の国」は拾い物だった。
もともと野球は好きだし、この本の文章が書かれた2002年頃はプロ野球に詳しかったので、選手の名前もすぐわかる。
奥田英朗は映画も好きなので、地方に野球観戦に行ったついでにそこの映画館で映画も見ている。
最初に行った沖縄で、彼は「地獄の黙示録 完全版」を見ている。
そして、後半に行く広島では「インソムニア」を見ている。映画館は広島スカラ座で、昔私が広島へ行ったときに入った映画館がここだった気がする。
「地獄の黙示録 完全版」も、「インソムニア」も、映画に合せて翻訳本を出した思い出の映画だから、本を読みながら特別な感慨にふけった。
エッセイの文章がとてもいい。ユーモアにあふれ、人柄のよさがうかがわれる。不眠症なところは私にそっくりだ。映画に関する考え方は私を極端にしたみたい。「地獄の黙示録 完全版」を絶賛し、「インソムニア」を予定調和と切り捨てる。私はそこまでしないが、映画に関する物言いには共感するところが多い。
人が少ないところが好きだと言う。私と同じだ。けっこうしょっちゅう世の中に腹を立てているらしい。私もそうだけど、私の方がまだ少ないかな。でも、奥田の文体はとてもほんわかしていて、旅先で出会う人々への視線がやさしく、そんなに腹を立てているのかなと思う。しかし、「イン・ザ・プール」の棘のある文章を思い出すと、奥田がそうした棘をユーモアやほんわかした文体ややさしい視線で隠しているのだと気づく。
神は細部に宿る、と彼は書いている。まさにそのとおりのエッセイ集だ。いやなこと、腹が立つことをさらっと書いて、そのあとユーモアで棘を隠す。そして、すばらしいと思ったことをひたすら強調するから、いやなことが書かれていたことなんか忘れてしまう(思い返せばけっこう書かれていたのだが)。
奥田はプロットを作って小説を書くことが嫌い、あるいは苦手で、先を考えずに書くのだそうだ。小説の魅力は文体にあると彼は主張する。実際、文体がすばらしい作家だということはわかる。プロットを作り、それを頼りに予定調和の物語を書くのではなく、先の見えない状態で書く。だから書くことには常に苦痛が伴うらしい。不眠症もそこから来ているのだろう。でも、出来上がった小説やエッセイは苦痛とは正反対の魅力を持っている。
ブックオフでこの本を手に取ったのは正解だった。これこそ、日本語を磨きたい私が必要としていた本だった。文体もそうだが、なにより、予定調和ではない文章を手探りで書くこと、まさにこれが私がやりたいと思っていたことなのだ。これまであまりに理詰めできちんと考え抜いた文章ばかり書いていたので、そうではない文章を模索していたところだったのだ。
ブックオフには神様がいたってことですね。