実は同じことを言っていると思うのだが。
オタクには理解し難いが「世間で高尚とされているかどうか」で趣味や行動を決める人がかなり数多くいる - Togetter
最初のは「オタク」とそうでない人に分けているのがちょっと誤解を招くのだが、そして実際、オタクの好む漫画などと、一般人の好む文学や芸術のことだと思っている人もいるのだが、そうではない。
2番目のはたくさんついているレスを読むと意味がよくわかる。
たとえば、美術でもゴッホ展とかフェルメール展とかはすごく混む。でも、ハマスホイ展とかベックリーン展とかは混まない。
ゴッホやフェルメールは美術にたいして詳しくない人も来る。とりあえず有名だし、見て損はないし。ハマスホイやベックリーンに来る人は通。
映画だと、アカデミー賞受賞、とか、カンヌ映画祭パルムドールとか、ものすごくヒットしている映画とかだと人がたくさん来る。
つまり、有名だから見る人と、ほんとにその分野が好きで、有名でなくても見る人がいる。
ハマスホイとかベックリーンとか、シャンタル・アケルマンの映画とか見る人をオタクとは呼ばない。
でも、そういう人たちには、最初の人が言うオタクの情熱がある。
2番目の人は、若い頃は好奇心旺盛で、図書館で何でも借りて読んだ時代をなつかしんでいる。今はもうそんな余裕はなくて、ネットで話題になっている本しか読まなくなっているのだろう。
ネットの発達で、有名どころとか、人気のある作品とか、世間的にもてはやされているものとかがわかりやすくなり、星取りとかトマトとか点数で出てるところも多く、そうした情報で選ぶようになってしまっている。それに加え、大きな図書館や書店でさまよいながら何かに出会うという機会も減っている。
今住んでいる町は大きな図書館がなく、小さな分館がたくさんあって、どこに住んでも徒歩圏内に図書館があるのは便利なのだが、1館にある本の数はとても少ない。多くの分館に分けて置かれているからだ。だから、読みたい本をネットで検索し、予約して、近所の分館で受け取る。便利だけど、これでは偶然の出会いがない。
大きな図書館だと偶然の出会いがある。かつて、西洋中世史に入れ込んでいたとき、大きな図書館の西洋史のコーナーで本を何冊も借りて読んだ。どういう本があるのかは、図書館に行ってみてわかる。初心者にはありがたかった。
今はネットで調べてそこでお墨付きのある本を検索して予約し、分館で受け取ることになる。
今住んでいるところは県立図書館が近いので、そこもよく利用する。県立図書館は3か所あり、こちらも館によって置いてある本が違う。私が読みたい人文系の本は1日がかりでないと行けない遠方の館にあるが、これもネットで予約して近くの館で受け取れる。
そんなふうにして、コンラッドの「オルメイヤーの阿房宮」も読めたし、今は「マリアビートル」を借りて読んでいる。「マリアビートル」はブラピの映画になったので、市立図書館は予約がいっぱい。だが、県立図書館は穴場で、予約がまったく入っていなくてすぐ借りられた。
そういう便利な面もあるのだが、偶然の出会いも何もない、予定通りの出会いしかないというのは、ゴッホやフェルメールは有名だから見に行くのとどこか似ている。