2023年1月2日月曜日

新年早々

苦言を呈すいやみな私です。

国立映画アーカイブで上映中のアカデミー・フィルム・アーカイブ映画コレクション。

「バリー・リンドン」を上映するというのでサイトをのぞいてみたら、おい!


主人公のレドモンド・バリーは農家の息子じゃないぞ!

マイケル・ホーダーンはナレーションで、解説じゃないぞ!

他の作品だとずいぶんとアカデミックっていうかシネフィルっぽいこと書いてるのに、こういうところで馬脚をあらわすのがいわゆるシネフィルかよって言いたくなる。

「農家の息子」なんて重箱の隅つつき、と思ったあなたは「バリー・リンドン」をきちんと見ていない。

ホーダーンのナレーションで、「バリーは二度と紳士の身分を失うまいと誓った」というのが出てくる。

つまり、バリーはアイルランドの没落した紳士階級の息子。紳士階級は貴族のすぐ下。ジェーン・オースティンの小説に出てくるような地主階級で、小作人に土地を貸して地代を取り、それで生活している。

彼らは領地をまわったりはするが、農業はしない。

当時は農家の息子っていうのは、ポランスキーが映画化したトマス・ハーディの「テス」の一家のような小作人の息子ってことです。

「バリー・リンドン」は没落した紳士階級の息子が自分の階級より上の貴族階級にのし上がろうとする話で、すぐ上だからのし上がれる可能性があるわけ。

一方、没落した紳士階級だから土地もあまり持ってなくて財産もないので、軍隊に入って一兵卒からのしあがろうとしてるわけだけど、軍人というのは当時の紳士階級の男性がつける数少ない職業の1つ。農業するとか工場で働くとかは下層に落ちることなのだ。同じく没落した紳士階級のディケンズが子どものころ、わずかな期間、靴墨工場で働いたことが彼にとっては大きな屈辱になっていた。

 だから、バリーが「紳士の身分を失うまいと誓った」というナレーションはこの映画の肝なわけで、それを「農家の息子」と平気で書いてしまう国立映画アーカイブの無教養にがくぜんとしたのである。

国立といえば、昨年、西洋美術館で版画で見る演劇という展示会をやっていて(今もやってます)、初日に見に行ったら、壁に大きく書いてある「オセロ」の有名なせりふに「ハムレット」と書いてあったので驚き、すぐにメールしたら、「ご指摘のとおりでした。これに懲りず、また訪れてください」というていねいな返信が来た。このときも、国立なのにちょっと恥ずかしいミス、と思ったら、今度もまた国立かよ。しかもこっちはメールアドレスもなく、ご意見とか受け付けてる暇ねえよって感じがありあり。

「バリー・リンドン」はアカデミー・フィルム・アーカイブの所有する35ミリ・フィルムを借りて上映するようだが、昔映画館で見た映画を今、また映画館で見ると、プリントの状態が悪すぎてがっかり、見なきゃよかった、ってことになることがけっこうあるので不安。ディスクの方がきれいだったりするので、映画館ならなんでもいいってわけではなくなっている。