2026年9月13日日曜日

「オデュッセイア」と食欲の罪

 IMAXの入場者特典でもらったポスター。画像はヒューマックスシネマのサイトからスクショ。


この巨人に向かっている後ろ姿の人物(オデュッセウス)は、実はスタントウーマンであることがネットの記事に出ていた。巨人との身長差を強調するために身長150センチの彼女が選ばれたとのこと。そして、むきだしになった二の腕の美しさについて書かれていた。

というわけで、マット・デイモンのスタントが女性だった、という話なのだけど、この映画、戦争の悲惨さ残酷さを描いているのに女性に対する性加害はまったく描かれていないのね。唯一、キルケーのセリフの中にそれが出ている程度。

そのかわり描かれているのが食欲。この映画のモチーフは実は、

食欲は恐ろしい

ってことじゃないのかな、と思った。

オデュッセウスがなかなか戦争から帰って来ず、王が不在なので王妃に結婚を迫る求婚者が城に居座って宴会しているシーン。具体的に何を飲み食いしているのかはほとんど描かれてないという会食シーンなんだが、他のシーンでも兵士たちが食べるものはあまり詳しく描かれないか、キルケーのシーンのようになんだか気持ちの悪いものを食べている。

オデュッセウスたちが食糧を求めて羊のあとを追うと、洞窟の中にチーズがたくさん吊るしてある。持ち主が来たらこれを譲ってもらおうと待っていると、一つ目の巨人が来て兵士を捕まえて食べてしまう。チーズを盗んでさっさと逃げてればこんなことにはならなかったのだが、持ち主に譲ってもらうにしてもかわりに渡せるものはないわけで、結局、持ち主を脅して奪う強盗じゃねえの? だったら盗んで逃げた方が、と思ったのは私だけか?

国に帰ろうと航海を続ける彼らにはとにかく食糧がない。上がった岸に女性がいて逃げようとするが、兵士が捕まえて「乱暴はしない、何か食べさせてくれ」と頼む。女性は魔女キルケーで、兵士たちに食べ物を出すと、食べていた兵士が豚に変わってしまう。このときの兵士たちの食べ方が汚い上、食べているものがまた気持ち悪い。キルケーは彼らを豚にするとき、「本来の姿になれ」と言う。彼女にとって、兵士たちは豚なのだ。オデュッセウスは別行動していたので、豚にされずにすみ、キルケーを説得して彼らを人間に戻す。キルケーは過去に兵士たちによって姉とともにレイプされたようだ。

オデュッセウスと兵士たちが別の岸に上がると、そこには後ろ姿の人物が立っている。振り向くと身長は大人なのに顔は子ども。食糧が欲しいだけだ、という兵士たちから子どもは逃げ、その先から鎧に身を固めた巨人の軍勢がやってくる。オデュッセウスたちは命からがら逃げる。ここでも食糧を求めてやってくる兵士たちは、そこにいる人々にとっては敵なんだね。

オデュッセウスたちは神々の牛がいる陸地に着く。牛を食べると呪いがかかるので植物と果物しか食べないと兵士に約束させて上陸。が、オデュッセウス以外の兵士たちは結局、肉を食べたいという欲望に勝てず、牛を食べてしまう。

これでオデュッセウス以外の兵士はみんな滅びて、彼だけが生きてカリプソの島にたどり着く(時系列が入り乱れているので、故郷の城の宴会シーンとカリプソのシーンは早い段階から何度も出てくる)。カリプソは蓮の花を食べさせ、これで過去を忘れていい気分になったオデュッセウスは故郷に帰れなくなる。

戦争にはつきものの女性に対する性加害がこの映画ではキルケーのセリフの中に少しあるだけで描かれない、と書いたが、

食欲が性欲や征服欲のメタファーなのは言うまでもない。

宴会に集まった求婚者は王位をねらうために王妃ペネロペのからだを奪おうとしている。その欲望の報いがクライマックスだ。

そもそも、トロイ戦争の発端は、美女ヘレネーに横恋慕したパリスが彼女を奪ったからで、性欲が原因なんだわ。そういや、アーサー王も父親が人妻に横恋慕して奪って生まれた子どもだたったね。つながりはあるんだな。つか、昔話にはよくあるモチーフなんだろうけど。

キルケーも巨人の軍勢も、侵入者は略奪やレイプをする敵だと思っている。オデュッセウスの部下たちは食べ物だけを求めていて、決して女性に手出ししないが、普通はそんなことありえないわけでね。

カリプソの差しだす蓮の花をオデュッセウスが食べるのも、2人の性交のメタファー。こちらはカリプソの方が誘惑しているのだが。

というわけで、上に上げたエピソードは全部、

食欲が略奪や性加害のメタファーになってる。

この映画は戦闘シーンにも残虐描写はないし、女性への性加害はおろか、性的な描写もない。(当初、見間違いであちらではGだと書いたが、Rだった。Rにしてはかなりおとなしい印象なのだが、バイオレンスと言葉の一部が引っかかったらしい。)

ゼンデイヤ扮するアテナが航海中のオデュッセウスにつきまとう亡霊のようになって出てくるが、生きていたときの彼女がクライマックスの戦闘シーンで登場する。ここも性加害ではないのだけど、それを連想させるよね。

アテナの亡霊がオデュッセウスにつきまとっているのは、彼女が彼の守護神みたいになっていて、上に書いたエピソードでも兵士たちが誘惑に負けてもオデュッセウスだけは負けない。もうそれだけで、オデュッセウスは英雄なんだ、と映画は言っているようだ。それに、カリプソに誘惑されても結局、妻を思い出したしね。

でも、トロイ陥落のシーンを最初と最後で別の視点で見せることで、オデュッセウスたちは侵略者でしかないという現実を見せつける。そして、オデュッセウスはその現実を思い知る。

戦闘能力ゼロのロバート・パティンソンの悪役。権謀術数に長けていそうにも見えないので、こんなのが王になってもすぐに滅ぼされるだろ、と思ったが、ノーランはこの映画では個人に悪を象徴させていないのね。悪は個人じゃなく、戦争全体にある、という感じか。「インソムニア」の殺人犯や「ダークナイト」のジョーカーとか、個人に悪を象徴させる映画はあったけれど、全体として、そういうのはノーラン的でないのだな。「ベン・ハー」や「グラディエーター」のように主役に負けない魅力と強さを持つ悪役を登場させ、クライマックスで対決させる、という手法とは真逆の手法なのだ。

というわけで、さすがノーランらしい工夫が物語にもあることがわかったのだけど、映画全体としてはちょっと散漫な印象で、取り出せばこういう面白さがある、という程度かな。

2026年9月12日土曜日

久々IMAXで「オデュッセイア」

 しばらく前からIMAXは疲れるし、料金も値上げしたので、通常上映を選ぶようになっていたのだけれど、「オデュッセイア」は通常が朝と夜しかないので、クリストファー・ノーランが全編IMAXで撮影したというからIMAXで見てみるか、と予約。

が、平日の金曜のせいか、あまりにも予約が少ない。近隣のTOHOのIMAXもあまり予約されてない。IMAXのないMOVIXは最大箱をあてているが、予約少なすぎる。大丈夫か、この映画。

しかし、IMAX先行上映は「マイケル」の先行を超える入りで、ロケットスタート、とか景気のよいニュースも出てるんだが。


で、映画なんだけど、正直、私はもうクリストファー・ノーランはいいかな、と思ってしまった。

前作「オッペンハイマー」も世間ほどには私は評価してなかったんだが、それでもつまらないってことはなかった。が、今回は、うーむ。

原作は読んでいないけれど、どういう話でどういう人物が出てきて、というくらいはおおざっぱには知ってる。だからいろいろな人物が出てくると、ああ、あれだ、とわかる。でも、なんか、面白くない。

時系列は入り乱れてはいるけれど、かつてのノーランの映画のようなわかりづらさはまったくない。でもさ、長いのよね。他のノーランの映画も長かったが、長いと感じてしまうことはこれまでなかった。これ、いつまでやってるの、いつ終わるの、と何度も思った。

古代ギリシャの叙事詩の現代的解釈も、まあ、今映画化したらこうなるよね、という域を出ない。

IMAXだから映像と音響はすごいし、役者もみんないいのだけれど。

でもまあ、ロッテントマトの評価もすごく高いし、かなり好きになる人もけっこういるようだし、IMAXの迫力だけで満足する人も多いようだから、それはそれでいいのか。

とりあえず、突っ込みたくなったところ3つ。

1 一つ目の巨人のビジュアル、ひどくないか?

2 ロバート・パティンソンの戦闘能力がゼロ。

3 ラストはアーサー王伝説のパクリでは?

なんだろね、ギリシャ神話っぽくないというか、もっとあとの時代の感じが入っちゃってる気がして、ギリシャ神話をリアリズムでやるとこうなる? でも怪物や魔女は出てくるんだよね。

見ていて、ちょっと、ジョン・ブアマンの「エクスカリバー」っぽいかな、と思ったのだけれど、それがラストのアーサー王伝説ふうのにも表れていて(アーサー王は悲劇だけど、こちらは違うが)、アーサー王はキリスト教とつながるのだが、この「オデュッセイア」もどうもキリスト教的なものが入ってしまってる感じがして、そこが古代ギリシャと違う、まがいものな感じがしてしまうのだが。古代ローマならキリスト教出てきてもいいんだけどね。

2026年9月8日火曜日

中山競馬9月開幕

 4月の皐月賞以来、長い間レースがなかった中山競馬場。例年なら夏は涼みに行ってモニター観戦するところ、今年はあまり暑くなかったのと、6月から都心へ行くついでに後楽園で馬券買っていたので実に3か月ぶり。

いつものように馬場内エリアに行って正面スタンドの写真を撮り、ターフィショップの馬の写真を撮り、スタンドへ。





7レースが始まるところ。黒い雲が垂れこめているが、このあとどんどん晴れていく。


8レースのパドック。南アフリカでG1を制し、JRA初の短期免許で来日中のミカエル・ミシェルと、オークスでG1ジョッキーになった今村聖奈が騎乗するので、G1女性ジョッキー対決を楽しみに、1番人気の今村を単勝で、人気上ではないミシェルを複勝で買う。実はこの2人でワイドも考えたのだが、買わずに大後悔。



結果は写真の先頭の馬が1着、2番目を走るミシェルは3番目の今村に最後抜かれて3着、今村2着。でも、ミシェルの複勝はそこそこの値段になったので、全滅したメインレースの馬券代合わせてもこの日の馬券代は回収できた。


久々にウマジョスポットに入る。


最後に入ったとき、スマホがないとアンケート用紙をもらって書かないとドリンクがもらえず、そのアンケートが項目が死ぬほど多くて、面倒なので以後、入らなかったが、今回は入口でスマホがないと言うとアンケート用紙を渡してもらえ、項目もすごく減っていたのでよかった。でも、スマホがないなんてのは私だけみたいで、というのも、ウマジョスポットは若い女性かせいぜい若めの中年女性なので、私のような年寄りはいないのだ。

ウマジョスポットに入っていたので9レースは見逃し、10レースが始まるところ。外側のコースの一番遠いところからのスタート。



メインレース、京成杯オータムハンディキャップのパドック。武豊のエコロブルームは馬券内来そうだなと思ったのだけど、人気上位だと複勝のうまみがないのでルメさんの人気上位馬とワイドにしたら、なんと、ルメさん最下位。エコロブルームは2着だったのに。勝ったのはエコロブルームの向こうにいるピコローズで、エコロブルームの手前のファンダムは競ゆ(競馬ゆっくりというYouTuber)イチ押しだったけど、さすが逆神で4着。競ゆはこの土日、逆神パワー炸裂で、全部はずしてました。





スタート地点は芝生エリアから見るとこんな感じ。


ミシェルはこの土日、2日とも中山で重賞に騎乗したのだけれど、結果は出せず。土曜の京成杯、せっかく有利な内枠でスタートしたのにこんな感じで大外ぶん回しで、日曜の紫苑ステークスも同じような騎乗で、彼女はこの2日でかなり信頼を失ったようだ。どちらも馬券内をねらえたはずなのに。特に紫苑は3着か4着で雲泥の差、3着なら秋華賞に出られるのにそのチャンスをふいにしたんだが、JRAだと4着でも騎手は大儲けで、世界の競馬では中東以外でこんなに儲かるのは日本だけなんだとか。ミシェルは通年免許の試験に毎年挑戦していて、応援したいと思っていたのだけど。


メインレースが終わる頃には青空が広がる。


地下では武豊の騎手人生40年の特集が。





こちら側は人が多くて写真があまり撮れなかった。



来たときはターフィショップのこの展示の前に親子が座っていて写真が撮れなかったので、帰りに。帰るお客さんの姿がガラスに映っている。


JR東日本の大幅値上げで船橋法典までの電車賃が高くなってしまい、それもあって都心の用事のついでに後楽園で馬券を買うようになってしまったのだけど、馬券を買うだけの後楽園と違ってやっぱり競馬場は楽しい。今月は入場料無料デーが2日もある。

2026年9月7日月曜日

四猫日和の新作

 四猫日和に関する記事がうちのブログとしてはなんかアクセス数が多い。

収益化を停止されてしまい、収益にならなければ続けられない、とか、このチャンネル自体が停止されるのではないか、といった不安を作者は抱いていたようで、ファンも心配していたのだが、先週金曜日に新作が投稿された。

4匹の猫を血液型であらわす、というのを、猫の性格や個性というふうに変えている。

猫に人間のせりふをしゃべらすのはファンに大不評だったので、それはやめているが、テロップがあるのに同じ言葉のナレーションをつけていて、これはちょっと余計、というか、テロップ自体も余計で、見ればわかるんだけど。

それ以外は以前と同じ四猫の物語で、戻ってきてくれたのは非常にうれしかった。



以前の動画を削除しなければならないかもしれない、とか、このチャンネル自体が停止されるのでは、といった作者の不安、どうしてそういう不安を持ったのか、ちょっと疑問に思った。収益化停止されてもチャンネルの停止にはならないはずだし、内容的に公序良俗に反するわけでもない。もしかして、四季ねこと似ているので盗作と思われて収益化停止と作者が思ったのだろうか? 確かに他の血液型猫動画は四季ねこに似ないような工夫をしているけれど、四猫はタイトルからして似てるし、4匹の猫も似てる。ただ、内容は作者の個性の違いがはっきりしているから、これを盗作と言うのはかなり無理があると思う。

とりあえず、四猫日和の過去作は削除されず、新作が投稿されたのはうれしい。

4匹の猫の人気投票もあって、私はトラに投票した。B型を茶トラって、ほかはやってないと思うが、私はB型が茶トラは大正解だと思っている。


このトラ、実は、私の大好きな絵本「ねこはるすばん」の茶トラの猫に似ている。二足歩行している姿が似てるのだ。四猫の方は下腹がぷっくりしてるのがまたいい。本が好き、っていうのも同じで、影響を受けたのではないかな(オマージュと言います)。顔は四猫の方がかわいくて、絵本の方は仏頂面だけど、これが最後のページで効果を表す。


とにかく継続はうれしい。四季ねこは収益化停止での作者の心の折れ方があまりにも気の毒で、もう続けないのかもしれないけど、停止から3か月たてば再審査してもらえるそうなので、がんばってほしい(あるいは、別の動画を始めているのかもしれないが)。四猫も、停止解除にならなくてもチャンスはあるはず。

ブログの方でグーグルアドセンスの審査がものすごくきびしくなっていて、以前は簡単に承認されたのにある時期から全然承認されなくなり、しかも何度か申請してだめだとしばらく申請できなくなる、という話を読んだ。しかも、AIが審査しているからどこが悪いのかわからず、お金を払って独自ドメインのブログにしたのにお金が出ていくばかりで収益にならないという。

まあ、こういうのは流行り始めた時期にやった人が勝ちで、みんなが始めたあとだともうだめなんだけど。

あとねえ、ブログで収益化した人のブログ見ていて、収益化の成功の味をしめて、収益を増やそうと広告だらけにしたり、内容を読者に媚びるものにしたり、noteで稼げるかと思ってそっちへ行ったりしている人もいて、みんな収益のことしか考えてないのか、と思ったけど、四猫も、どこか、アクセス数を伸ばすために小細工してきた感じがあるのよね。わかりやすくすればアクセスが増えるんじゃないか、みたいな感じが今回の新作にある。四猫は作品によっては50万近い再生数があるのに、これってかなり多いと思うのに、それでももっと増やしたくて小細工してるのかしら、と思うと、なんかもう、かつてのテレビの視聴率競争で、視聴率を上げるためなら何でもするのというのを、今はネットで個人がやってるのかという、なんかそういうのを感じて、好きな動画もブログも複雑な思いで見ている今日この頃。

2026年9月3日木曜日

最近読んだ本、見た映画

 県立図書館から借りた3冊。


東野圭吾って、実は読まず嫌いで、「手紙」の映画化を見たことがあるだけでまったく読んだことがなかった。「手紙」の映画はよかったんだけど、この作家さんはミーハー向けの小説を量産してるみたいに見えていたので、わざわざ読む気にならなかったのだ。

しかし、先だってお亡くなりになり(ご冥福をお祈りします)、ブログ村で見るシニア女性たちが悲嘆に暮れているのを見て、ちょっと読んでみるか、と思ったのだけど、市立図書館は人気作は軒並み予約数がものすごい。こういうときは穴場の県立図書館、全然予約ないどころか書庫に入っていた。

というわけで、代表作と言われる「白夜行」と「秘密」を読んだのだけど、なんだか深みのない小説だな、という印象。「白夜行」はさすがに力作なのでそれなりに評価はできるんだけど、その場限りで使い捨てにされる人物がたくさん出てきて、ミステリーとしても特に驚くようなことはなく、使い捨てじゃない主役の人たちも共感できるような描かれ方をされていない。

でもまあ、「白夜行」はまだ読んで損はなかったのだが、「秘密」が私にはキモイ小説にしか思えず、作者の昭和の保守的な古いおっさんの感性に満ち満ちた文章にはかなーりうんざり。話はまあ、独自性はあるものの、そんなに面白いか?て感じ。この保守的な昭和のおっさん感は「白夜行」にもあったんだけど(でも、この人、私より数歳年下なんだけどね)、女性読者たちは気にならないのか?

それでネットでこの作家の評判を見てみたら、ファンが多い分、アンチも多くて、特に人気作家になってからは映画化を前提に書くラノベ作家みたいなことを言われていた。

「白夜行」や「秘密」の頃はまだそういうラノベ感はなかったらしい。

ラノベふうになった方が昭和のおっさん臭はなくなっているんだろうか。

実は「白鳥とコウモリ」は市立図書館に予約中で(県立図書館にはない)、5年前の単行本はまだ図書館にたくさんあるから予約数のわりには早く回ってきそうだ。こちらでラノベになった?東野圭吾を読んでみたい。

というわけで、ファンの方には申し訳ない感想になってしまったけど(あくまで読んだ2作についての感想です)、ネットで見たこの感想が私の感想にかなり近いと思う。


ここで東野圭吾とは正反対と言われている伊坂幸太郎だが、オークス優勝馬ジュウリョクピエロのせいで図書館には予約殺到の「重力ピエロ」も県立図書館で借りられた。オークスのあと、検索したら県立図書館では返却回送中で予約なしだったから、すぐ借りられると思ったのに1か月以上たっても返却回送中。もういいや、と思って予約解除してしまったのだが、東野圭吾の2冊を予約するときにチェックしたら貸出できる状態だったので、一緒に予約。

こちらは映画化を見ていたけれど、原作は文学などに関するペダンチックなせりふがちと鼻につく。あと、映画と原作は肝心なところが違うのだね。映画の方が一般に受け入れられやすいように毒抜きしてる感じ。これは東野の「手紙」もそうで、原作のあらすじ見ると映画はやはり一般に受け入れられやすいように変えてるなと思った。東野圭吾のファンには映画やドラマでまず見て、それから原作読んでファンになった人が多いようだから、毒抜きされた映画やドラマのおかげがあるのかもしれない。伊坂はほかにも何冊か読んでるので、この人の方が私には読む価値のある作家なのは間違いない。ないんだけど、でも、うーん、この人たちより上の世代の作家の方が小説としての質が高かった気がするのだけどねえ。うーん、私が年取っただけなのかもしれないけど。


さて、明日公開の映画「ヒンド・ラジャブの声」。試写状はだいぶ前にいただいていたのだけど、内容が内容なのでなかなか見る気になれず、昨日、ようやく見せていただいた。


こういう映画は賞賛するしかないし、見るのはつらいけど見なければいけない映画、なのだけど、では、見てからどうするかってのがある。

ガザにおけるイスラエルの暴虐を知らない人にはそれを知るよい映画だが、すでに知っている人はこれを見て、どうすればいいのだろう。

ガザで車の中で親戚数人の遺体とともに取り残され、周囲をイスラエル軍に囲まれ、時々、銃撃も受けている6歳の少女ヒンド・ラジャブの本物の声を、赤新月社(イスラム世界の赤十字社)のメンバーが電話で聞きながら、なんとか彼女を助けようと奔走する。イスラエル軍は救急車などの救助隊も容赦なく攻撃するので、救助隊員の命を考えると簡単には助けに行けない。いろいろと手をまわしているが、何もできないまま時間がすぎていく。この、何もできないという状況が、映画を見る観客、そして世界の人々の状況でもある。

では、なぜ、何もできないのか。イスラエルの暴虐を、なぜ、世界は止められないのか。

結局、映画を見終わったときにたどり着く疑問はそこだ。

映画の途中で、ある人物がこう言う、「イスラエル軍は車の中に幼い少女が1人いるだけだということはとっくにわかっている。この通話も聞かれているかもしれない」

この言葉から、とてもいやな考えが浮かぶ。

イスラエル軍は少女をすぐに殺さずに数時間、恐怖にさらしてもてあそび、救急車を来させて、両方を殺したのだ、と。

2026年9月2日水曜日

四猫日和の問題

 四季ねこと四猫日和の記事で、3か月前に四季ねこが収益停止になってしまい、その後更新がされていないことを書いたが、実は、四猫日和も収益停止になってしまったとわかった。

こちらはコミュニティというところに書かれている。


四季ねこのXに書かれていたことから推測して、四猫日和の新作は収益停止を解除してもらうために作ったのだろうという予想はしていた。しかし、四季ねこは収益停止を解除してもらうための動画を作ったが、それを見てももらえていないというから、四猫もだめだろう。

このままではこれまでの動画を削除しなければならない、というようなことが書かれているが、削除したから収益化につながるのだろうか。私は四猫の動画を何度も何度も見ていて、それで癒されているので、新作がなくなっても残してほしいと思う。実際、四季ねこは動画を残している。

また、動画制作には多額のお金がかかるので、収益化されなければ続けられないと書いているが、それはわかる。このクオリティでは相当なお金と労力がかかっているだろう。それで続けられないならやめてもしかたない。でも、過去の動画は残してほしい。

YouYubeはこの種の猫のAI動画を駆逐しようとしてるようだが、なぜだかわからない。四季ねこに続いて四猫日和も同じことになるわけだから、この種の動画はYouTubeではだめということなのだろう。こうした、人々に愛される動画が、理不尽な理由でなくなるのはほんとうに悔しいが、見る人からお金をとって続けるのもむずかしいだろう。削除するなら、過去動画をまとめてDVDにして売るとかしてほしいけど、それもむずかしいのかな(利用した音楽などの権利関係で)。

上野動物園のマヌルネコ

 全然知らなかったのだが、上野動物園のマヌルネコのメスで、子どもを何頭も生んだプリームラが、8月30日で展示終了となったのだった。

プリームラは前足に腫瘍ができ、前足1本を切断。でも、3本足でも普通に生活できるということで公開されていた。しかし、肺に腫瘍が転移していることがわかり、バックヤードでの治療に専念することになったとのこと。

知らなかった。8月23日に見たのが最後になってしまった。

プリームラは1階の狭い展示室にいて、隣のオスの方が見やすかったので、どうしてもオスの方の写真を多く撮っている(つか、私はマヌルネコは好きだが、名前はあまりよく知らない)。

東園パンダ舎が板囲いされる前の週末、8月22日と23日に出かけ、マヌルネコも見たけれど、22日は雨のせいか、プリームラの前もさほど混んではいなかった。が、翌23日はプリムーラの前に柵ができていて、最前列は歩いて観覧になっていた。

普段なら小獣館にかなり長く滞在してマヌルネコを何度も見るのだが、この日は東園パンダ舎を見られる最後なので滞在時間は短かった。プリームラの前に列ができているので、ミケリスと隣のマヌルネコを撮影。




そのあと、プリームラのところへ行ったら、プリームラがガラスのすぐ前にいて、こちらを向いている。前を通るお客さんの間から撮影。






並んでいる人はそれほど多くなかったのだけど、これで満足して小獣館をあとにした。

プリームラは子どもたちと同居しているときにも何度も見たのだけれど、静かな場所で治療に専念してくれればと思う。プリームラの場所には今は娘が入っているらしい。

東園パンダ舎は24日のあとは庭の方はまだ板囲いされてなかったけれど、8月31日の休園日に庭の方まですべて板囲いされてしまったようだ。

2026年9月1日火曜日

9月になりました。

 8月も終わり、9月になったので、今、部屋にある唯一のカレンダー、まるちゃんカレンダーをめくって気づいたのは、この団地に引越した2015年9月とまったく同じ曜日と日付だということ。


2015年9月19日にとりあえず必要なものだけ持って(一部は宅急便で送って)、管理事務所で鍵をもらって今の部屋に引越し。郊外生活になじめるかわからなかったので、前のアパートはそのままにしてセカンドルームで借りたのです。

その日のうちに最寄り駅と両隣の駅の周辺で必要なものを買い、隣の駅から歩いて帰る途中で広い自然公園を発見。その公園が気に入って、ここに本格的に住むことに決めたのでした。

昨年、あの世へ旅立ってしまったまるちゃん、来年のカレンダーは出ないのかな、と思っていたら、もう発売されているとのこと。来年のカレンダー、どうしよう、と思っていたけど、まだまるちゃんで行けそうです。

そのまるちゃんカレンダー、2016年の正月に近所の西友ですごい値引きになっているのを見て買ったのが最初で、その後、毎年買ってますが、その前、2015年のカレンダーはどんな感じだったのかな、と思って検索してみたら、こんな感じ。



2016年以降に比べ、まだ幼さも感じられる写真。その後、同居猫が増え、先輩としての貫禄が出てきたのでしょう。

2026年8月27日木曜日

「四季ねこ」と「四猫日和」

 以前、ここでも紹介した血液型を表す4匹の猫の動画「四猫日和」が2週間、更新なかった。毎週金曜日くらいに更新していたのに、どうしたのだろう、手間をかけても収益化にならないのでやめてしまったのだろうか、と思っていたら、今日、新作が投稿された。


これまでとはまったく違う内容で、動画が思ったほど再生されない、ということを4匹の猫で描いているが、これまでとは違って4匹それぞれに人間の声でせりふをしゃべらせている。これまでは4匹の性別が不明だったのに、白猫と三毛がメス、茶トラと銀色がオスになっている。コメント欄を見るとこれが大不評。当然です。

4匹の猫で血液型を表す動画は複数あって、その中ではこれが一番好きだった。エピソードもどれも何回も見ている。動画のクオリティが非常に高く、音楽の使い方がうまい。

始めてまだ3か月ほどだが、チャンネル登録数は16000人くらいあるし、動画の再生回数も数万から数十万あるので、収益化は可能だろうと思っていたが、作者が期待したほどではなかったのか、あるいは、最近、収益化を停止されてしまう動画が多いので、この作者も収益化の未来に期待できないのでやる気をなくしてしまったのか?

YouTubeでは何か1つ成功する動画があると、それと似たような動画が雨後の筍のように次々と出てくるのだが、この血液型を4匹の猫で、という動画を最初に始めたのはたぶん、「四季ねこ」だろう。


この「四季ねこ」は1年近く前に始めたのに、3か月前から更新がなく、どうしたのかと思っていたら、3か月前に収益化を停止されてしまったということがわかった。

事情はXに書かれているので、興味のある方は「四季ねこ」で検索して見てください。


実は今年の初めからYouTubeでは収益化停止祭りになっていたらしく、中身がないとか、同じような内容ばかりとか判断された動画が収益化停止になっているらしい(収益化停止であって、動画自体は投稿できる)。しかも、停止にするかはAIが判断してるので、明らかに停止すべきでないものも被害にあっているらしい。

「四季ねこ」はこのアイデアではオリジナルだし、毎回違う内容なのに、同じような内容と判断されてしまったらしい。この、同じような内容、というのは、類似動画がいくつもあるとそう判断されてしまうようなので、「四季ねこ」をまねた動画が次々と出ているのも原因かもしれない。

実は3か月前というのは、最初にあげた「四猫日和」が始まった頃で、「四季ねこ」と「四猫日和」は動画のクオリティが同じくらい高い。そして、「四季」と「四猫」では、B型の猫とO型の猫の模様が入れ替わってるだけで、あとは同じ。タイトルにもどちらも「血液型あるある」と入れている。今回、「四猫」の新しい動画で「血液型あるあるはやめます」と言っているのは、「四季ねこ」からの抗議があったのだろうか? また、「節約のしかた」とか、内容もどうしてもかぶる。「四猫日和」は猫の表情が抜群によくて、だからこれが一番好きなのだが、内容的なオリジナリティという点では確かに疑問はある。

動画で収益化して稼いでいる人はそれで生活してる人が多いようだ。だから収益化が停止になると一気に無収入になってしまう。また、停止されなくても儲からなくなれば続けられない。「四季ねこ」も「四猫日和」もファンがついているのだからやめなくてもいいのに、と思うが、AIによる動画制作はお金も時間もかかるから儲からないのに続けるのは無理なのだろう。ただ、「四猫日和」は今回のような動画ではファンが離れると思う。

動画で収益化の背景には、自分で全部作るのではなく外注して作ってもらっている人もかなりいるはずで、実際、主婦の料理の動画を買い取るとか、シナリオをライターに書かせるとか、動画自体の製作を外部に依頼とか、普通にあるようだ。

私の好きな動画には、本人が体を張って体験したのを動画にしている「トラ猫鉄道ちゃんねる」、「ずんだ調査部」、「徒歩検証チャンネル」があるが、こういうのは停止になりにくい。また、今回停止処分を多く受けたのにゆっくり解説があり、そのせいでこの手のゆっくりがかなり減ったようだが、私の好きな「ゆっくりと学ぶ山の悲劇」が最近、本人の登山の動画をメンバー限定で多く投稿しているのは停止を避けるためなのだろうと思った。このメンバー限定はお金を払う人だけが見れるので、私は見てないのだが。

ブログ村が広告を消す×印を3回押さないとまったく見られなくなったので、見るのをやめたらすっきりした。ここで上位に来る人気ブログは結婚の失敗談で人気を得て収益化に成功したシニア女性ばかりで、毎日更新は必須、毎日書くから中身のない記事が多いか、愚痴や悪口が多い。それでもついつい野次馬根性で見ていたが、ブログ村で上から順番に見ていくとクリックして中身のない記事を読んでいたので、ブログ村が見られなくなったのはよかった。本当に読みたいブログは直接行くし、本当に読みたい、中身のあるブログは更新回数が少ないからしょっちゅう見に行く必要はないのだ。そして、こういうブログは収益化はしていないので収益化のための広告も出ない。収益化している人たちは毎日更新しないと収益にならないから絶対毎日書くのだ。そして、読む方も毎日惰性で読んでしまうという罠。

2026年8月25日火曜日

最後の日は晴れやかに:旧シャンシャン邸

 昨日24日、予想通り、東園パンダ舎の板囲いが始まった様子が「毎日パンダ」ブログに写真掲載されていました。

旧シャンシャン邸こと東園パンダ舎の姿が見られる最後の日、23日は、前日の大雨と深夜の地震で交通機関は乱れまくり。幸い、うちから上野へ行く電車はあまり乱れてなかったので、お昼すぎに上野動物園に到着。

まずは東京都美術館の方からパンダ舎の裏側を撮影。



そしてパンダ舎の前へ。抱っこシャンを持ってきている人がいます。




ベビーカー貸出所のあたりから出口の方に向かって、覆っている幕の隙間から建物や庭を撮影していきます。







ゾウ舎。アルンのからだのお世話をしている。





自分の庭に戻ったアルン。


トラ舎。昨日とは別の放飼場で水につかるトラ。昨日とはまた別のトラなのだろう。






スバールバルライチョウの成鳥だけ、と思ったら、子どもが3羽出てきた。親子のフォーショット。



アザラシの親子。


西園パンダのもりへ。シンシン、シャオレイのパネルが昨日よりよく撮れた。



ハシビロカートに乗ると行ける裏側。写真が2枚見える。



レッサーパンダは昨日と同じく母娘で食事中。



これ以外にもいろいろ動物の写真撮っているのですが、今回は旧シャンシャン邸メインということで。

東園に戻り、さるやまキッチンでアイスコーヒー。これ、320円とベローチェより安いのにベローチェよりうまい。久しぶりに1階の窓際の席に座って飲む。4時半頃なのですいていた。


いよいよ最後の時間。旧シャンシャン邸出口のあたりから入口の方まで写真を撮りながら移動。今回はできるだけパンダ舎から離れて、望遠のレベルを使い分けながら撮影。近くよりも離れた方が建物や木々がよく見える。











名残を惜しむ人々がいました。抱っこシャンも。




24時間前のゲリラ豪雨で濡れた掲示。


一番右側の部分。壁の間から見える小庭のガラスに、向かい側の壁にある歴代のパンダたちの図が写っている。外からは見えない内側が見えた瞬間。



このモザイクは残すそうだ。


遠くからだと建物の上の方が見える。


「家路」が鳴り始め、出口のそばからズームして撮ったラストショット。


正門の外から見えるパンダ舎入口。




前日、雨宿りした西洋美術館。


13日はうちの方がレベル5の大雨、15日16日も雨で、22日は上野あたりがレベル4の大雨と、なんでこんなに雨なの? 涙雨? と思いましたが、最後の23日は晴れでした。シャンシャンが旅立った日も日本は全国的に晴れで、各地でシャンシャンの乗った飛行機が目撃されていました。お別れの日は晴れやかに、さよなら、ありがとう、旧シャンシャン邸。