チャールズ・ディケンズの「クリスマス・キャロル」誕生秘話をフィクションとして描いた映画「Merry Christmas! ロンドンに奇跡を起こした男」を見た。
同じ配給元によるサリンジャーが登場する映画「ライ麦畑で出会ったら」の試写が大盛況だったのに対し、この映画の試写は空席の目立つさびしいものだった。
それもそのはず、(公開までに間があるのに言いたくはないが)はっきり言って、面白くありません。
小説の映画化とのことで、原作者は「クリスマス・キャロル」が自費出版であること、当時、ディケンズは人気が落ちていたことからヒントを得て、まったくのフィクションとして「クリスマス・キャロル」誕生秘話を書いたとのこと。原作は読んでいないのでわからないけれど、「クリスマス・キャロル」の3人のクリスマスの精霊を現実の人物と同じ俳優が演じるというMGMの「オズの魔法使」みたいなことをやっているのだが、現実とフィクションの中の人物のつながりにまったく必然性がない。ディケンズがスクルージに導かれて父との確執や少年時代のトラウマを解消していくというストーリーも説得力がない。ディケンズとスクルージと父親の人物造型が非常にあいまいで、物語の中で彼らの果たす役割が見えてこないのだ。
というわけで、映画自体はもうこれ以上言うことはないのだけど、映画に描かれたいくつかの事柄について、元イギリス小説研究者として少し解説してみようと思う。
まず、当時のディケンズの人気が落ちていた、ということだけれど、ディケンズは「ピックウィック・ペイパーズ」(プレスでは「ピックウィック・クラブ」となっているが、英文学者の間では「ペイパーズ」というのが普通)と「オリヴァー・ツイスト」で大人気作家となり、その後も好調だったが、「クリスマス・キャロル」に先立つ3作品が売れず、人気急落の事態に陥っていた。で、その売れなかった3作は、映画の中で「バーナビー・ラッジ」、「マーティン・チャズルウィット」、「アメリカ紀行」と言っていて、最初の2つが小説なのだが、確かにこの2作はディケンズの小説の中ではあまりかえりみられない作品。が、プレスの中のエッセイで、何を間違えたか、売れなかった3作を「ニコラス・ニクルビー」、「骨董屋」、「バーナビー・ラッジ」と書いている人がいるんですね。
いやあ、まいった。「ニコラス・ニクルビー」と「骨董屋」は売れたし、ディケンズの作品の中でもわりと重要な作品です。特に「骨董屋」はリトル・ネルという少女が読者の涙を搾り取ったことで有名で、映画のせりふにも「リトル・ネル」が出てくる。「ニコラス・ニクルビー」は日本未公開だけれど、超大作の映画化がされています。
私はディケンズは研究していたわけではないので、そんなにたくさんは読んでいないので、売れなかった「バーナビー・ラッジ」と「マーティン・チャズルウィット」のことはよく知らないが、映画の中で「マーティン・チャズルウィット」がピカレスクだと言われている。
そして、映画には、のちにディケンズと並ぶヴィクトリア朝前期の小説家となるウィリアム・メイクピース・サッカレーが出てくるのだが、このディケンズとサッカレーの描写がちと気になった。
映画ではサッカレーの方がディケンズよりずっと偉そうに描かれているが、サッカレーが最初の本格的な小説を発表したのは実は「クリスマス・キャロル」の翌年、1844年なのだ。つまり、映画の中の時点では、サッカレーはまだ小説家ではない。(サッカレーはそれ以前に「キャサリン」という小説を雑誌連載していたが、これを処女小説とするかどうかは微妙なようだ。)
その1844年に出た彼の小説がスタンリー・キューブリックが映画化した「バリー・リンドン」で、これは全然当たらなかった。サッカレーが小説家としてメジャーになったのは1847年から48年に分冊で出版された「虚栄の市」の大ヒットからである。
というわけで、「クリスマス・キャロル」が書かれる1843年にはサッカレーはまだ本格的な小説家ではなかったが、「イギリス俗物誌」というエッセイ集が人気を得ていて、コラムニストとして活躍していた(彼は絵もうまく自分の本の挿絵は自分で描いている)。だから、映画の中のサッカレーは評論家サッカレーと考えるべきなのだろう(だから偉そう?)。ちなみに、ディケンズとサッカレーは年は1歳違い。
映画のサッカレーは最初は意地悪そうに登場するが、実はディケンズの理解者みたいな感じになるけれど、サッカレーがディケンズのピカレスク「マーティン・チャズルウィット」について、評論家は理解してない、みたいな言い方をするのは、サッカレー自身がピカレスクの愛好家で、処女作「バリー・リンドン」も代表作{虚栄の市」もピカレスクだということを考えると、少しは興味深い。が、この映画は他の人物同様、サッカレーも特に人物として面白いわけでないので、英文学的にはこういうことも考えられるというレベルでしかない(いろいろな意味で残念な映画)。
「クリスマス・キャロル」が自費出版というのは意外だったが、その背景は原作者にはわからなかったので、フィクションにしたらしい。
自費出版といえば、ジェーン・オースティンも自費出版なのである。
オースティンの場合は当時は売れそうになかったので出版自体もなかなか実現しなかったのだが、ディケンズならある程度は売れ行きを見込めるだろうに。
ひとつ考えられることは、ディケンズはそれまで小説は分冊か雑誌連載で発表し、その後に単行本にしていた。当時の小説は非常に長く、単行本化するときは3冊本になるのが普通だった。それに比べて「クリスマス・キャロル」は非常に短く、最初から単行本で出版されている。クリスマスに合わせた本だからで、ディケンズはその後もこの手のクリスマス本を出版しているし、サッカレーもクリスマス本を出すようになった。クリスマス本が流行になったのだろう。
しかし、ディケンズが「クリスマス・キャロル」を短いとはいえ、最初から単行本で出すということは、どのくらい売れるかわからないわけで、それで自費出版になったのかな、と想像(あとで調べてみよう)。
ちなみに、ディケンズの時代、ヴィクトリア朝前期で最初から単行本で出たので有名なのはブロンテ三姉妹の「ジェーン・エア」、「嵐が丘」、「アグネス・グレイ」で、この3作はブロンテ姉妹が出版社に持ち込んでまとめて出版されたもので、かなり例外的。サッカレーも「バリー・リントン」は雑誌連載だし、「虚栄の市」は分冊だし、当時は長編小説は連載や分冊で出して様子を見ながらという時代だった。だから、連載や分冊の最後は次を買ってもらえるように、いわゆるクリフハンガーにしておくのである。
ちなみに、人気の出なかった「バリー・リンドン」はすぐには単行本化されず、だいぶたってから単行本になった。
こういう背景が映画でわかるようになっていたら、もう少し面白くなっていたかもしれないのだが、イギリス文学や文化に疎い人が作った映画という感じで、靴墨工場で働くことになった少年ディケンズが感じる屈辱が、のちに「大いなる遺産」で描かれることとなるイギリスの階級制度から来ているということが映画ではほとんど描かれていない。イギリスやヴィクトリア朝を骨抜きにして、イギリス最大の小説家ディケンズを描くとは、ディケンズのファンだったら許せないだろうなあと思うのである(プレスの解説にイギリス小説研究者が出てこないのはそのせいか?)。
2018年9月6日木曜日
2018年9月4日火曜日
ふちねこハロウィン&「妖猫傳」ディスク
ベローチェというかシャノアールがまたしても罪な企画を。
ふちねこハロウィン、10月31日まで開催。
https://chatnoir-company.com/fuchineko2018/index.html
今回は午後6時以降のレシート3枚だと好きなふちねこを選べるそうです。ただし、10月15日まで。
そして、なんと、限定50セットの金のふちねこが当たる、つうか、50セットじゃ当たるわけないわな。
しかし、ふちねこは毎年2月から3月の1回だけだったのに、今年からは年2回になるのか。確かにふちねこの期間はいつもの2倍以上店に行ってる。罪な企画です。
さて、今日は「空海」こと「妖猫傳」のディスクが届く日なので、セブンイレブンに取りに行きました。
オムニ7はアマゾンみたいにでかい箱で来ないのが何よりよいです。特典の黒猫ポストカード2枚つき。
黒猫はハロウィンにぴったりなのだが、ふちねこ、この前やったときは「空海」の公開と重なっていたし、今回はディスク発売と重なっているのも奇遇だなあ。
ブックレットと箱。ブックレットはパンフレットとほとんど同じ内容ですが、少し違うところもあります。
ディスクケース。ディスクは3枚なので3面ですが、そのうちの2枚分の裏側。
もう1枚分の裏側が右側。左は特典映像のDVD。今日はとりあえずこれを見ようか。
DVD、BDともに、音声は中国語と日本語吹替えの両方が入っているので、中国語版を見たい方はレンタルでも大丈夫です。吹替えもクライマックスのおじさん2人のシーンはぜひ聞いてほしい。名演。
ふちねこハロウィン、10月31日まで開催。
https://chatnoir-company.com/fuchineko2018/index.html
今回は午後6時以降のレシート3枚だと好きなふちねこを選べるそうです。ただし、10月15日まで。
そして、なんと、限定50セットの金のふちねこが当たる、つうか、50セットじゃ当たるわけないわな。
しかし、ふちねこは毎年2月から3月の1回だけだったのに、今年からは年2回になるのか。確かにふちねこの期間はいつもの2倍以上店に行ってる。罪な企画です。
さて、今日は「空海」こと「妖猫傳」のディスクが届く日なので、セブンイレブンに取りに行きました。
オムニ7はアマゾンみたいにでかい箱で来ないのが何よりよいです。特典の黒猫ポストカード2枚つき。
黒猫はハロウィンにぴったりなのだが、ふちねこ、この前やったときは「空海」の公開と重なっていたし、今回はディスク発売と重なっているのも奇遇だなあ。
ブックレットと箱。ブックレットはパンフレットとほとんど同じ内容ですが、少し違うところもあります。
ディスクケース。ディスクは3枚なので3面ですが、そのうちの2枚分の裏側。
もう1枚分の裏側が右側。左は特典映像のDVD。今日はとりあえずこれを見ようか。
DVD、BDともに、音声は中国語と日本語吹替えの両方が入っているので、中国語版を見たい方はレンタルでも大丈夫です。吹替えもクライマックスのおじさん2人のシーンはぜひ聞いてほしい。名演。
2018年9月3日月曜日
ビニ本になっていた。
英文学がらみの映画の試写に行った帰りに秋葉原に寄り、ヨドバシアキバの7階の書店に行ってびっくり。
以前紹介した、ゲームのキャラ帯をつけた創元推理文庫6冊が、ビニ本になっていた!
見本だけ中を見られるようになっていて、あとは漫画本のようにビニ本!
確かに、帯が傷物になったら困るからねえ。
以前アップした写真。
試写で見た映画についてはあたらめて書く予定ですが、プレスを見たらあまりにも残念な文章があって、大手で最近ディケンズ翻訳家になっている人がディケンズをあまりよく知らないのがバレバレな文章で、最近流行の古典新訳に関する忸怩たる思いもあって、なんだか気持ちが落ち込んでしまいました。
が、書店でこの本を手に取って立ち読みしたら、笑いがこらえられないので購入。
アマゾンのレビューを見ると、人間のせいで絶滅したのにふざけてる、という低評価が、なぜか8月中旬くらいからどっと並んでいて、それにいいねがたくさんついているらしいのを見て、なんだかなあ、と思った。
例の「この本、面白いんですか?」で書いた進化論の本と重なる部分もあるというか、生物の99.9%は絶滅するとか、絶滅の原因は、とか、このあたりは生物学の事実なので重なるわけですが、そういう生物の歴史の点から見るべき話だと思うのに、あたかも人類総懺悔を期待しているようなレビューにはうんざりです。子供に読ませたくないなら読ませるな、つか、これ、子供が読む本だろうか? 大人が皮肉やアイロニーを感じて笑って読む本だと思うのだが。
人類のせいで絶滅したっていうのも、当時は、めずらしい生物がいて、人間が入り込むと絶滅するということ自体が、人間にはわからなかったんだけどね。
というわけで、試写のプレスでがっかりして、この本で笑って少しは気分がよくなったと思ったら、アマゾンのレビューでまた気分が悪くなるという、だめだ、こりゃ。
以前紹介した、ゲームのキャラ帯をつけた創元推理文庫6冊が、ビニ本になっていた!
見本だけ中を見られるようになっていて、あとは漫画本のようにビニ本!
確かに、帯が傷物になったら困るからねえ。
以前アップした写真。
試写で見た映画についてはあたらめて書く予定ですが、プレスを見たらあまりにも残念な文章があって、大手で最近ディケンズ翻訳家になっている人がディケンズをあまりよく知らないのがバレバレな文章で、最近流行の古典新訳に関する忸怩たる思いもあって、なんだか気持ちが落ち込んでしまいました。
が、書店でこの本を手に取って立ち読みしたら、笑いがこらえられないので購入。
アマゾンのレビューを見ると、人間のせいで絶滅したのにふざけてる、という低評価が、なぜか8月中旬くらいからどっと並んでいて、それにいいねがたくさんついているらしいのを見て、なんだかなあ、と思った。
例の「この本、面白いんですか?」で書いた進化論の本と重なる部分もあるというか、生物の99.9%は絶滅するとか、絶滅の原因は、とか、このあたりは生物学の事実なので重なるわけですが、そういう生物の歴史の点から見るべき話だと思うのに、あたかも人類総懺悔を期待しているようなレビューにはうんざりです。子供に読ませたくないなら読ませるな、つか、これ、子供が読む本だろうか? 大人が皮肉やアイロニーを感じて笑って読む本だと思うのだが。
人類のせいで絶滅したっていうのも、当時は、めずらしい生物がいて、人間が入り込むと絶滅するということ自体が、人間にはわからなかったんだけどね。
というわけで、試写のプレスでがっかりして、この本で笑って少しは気分がよくなったと思ったら、アマゾンのレビューでまた気分が悪くなるという、だめだ、こりゃ。
「空海」(妖猫傳)のディレクターズ・カット@トロント映画祭
9月6日からカナダのトロントで開催されるトロント国際映画祭に「空海」こと「妖猫傳」のディレクターズ・カットが出品されるようです。
トロント映画祭で注目の外国映画(予告編あり)。
日本映画「斬、」も入っています。
https://www.blogto.com/film/2018/08/foreign-films-tiff-2018/
日本映画は「寝ても覚めても」や「万引き家族」も上映されるようですが、こちらはどちらもカンヌ映画祭に出ていたので注目度は低いのかもしれません。
上のサイトの予告編ではディレクターズ・カットといっても新しいシーンは入っていませんでしたが、普通は追加シーンがあったりするものなので、どうなってるのか興味深いです。
中国映画としての参加で、日本からは誰も行かないのかな。こちらではニュースにもなってませんね。
奇しくもトロント映画祭が始まる前日、9月5日は「空海」DVD&BD発売日です。予約していたのが4日に届くとの連絡がありました。
日本では「空海」はもう全然映画館では見られなくなっているのですが、9月29日に東京映画祭プレイベントとして赤坂のホールで上映されるそうです。こちらは応募抽選制で、すでに締切済み。サイトには書いてなかったけど、吹替え版でしょうね。
「空海」は欧米では公開されてるのかなあ。その辺、全然調べてないんだけど。ファンは多いけど、みんな自分の世界にひたっていて、「君の名は。」みたいに世界の情報を教え合うみたいなのがまったくないというか、中国の情報くらいしか入ってこない(中国はネットでメイキングを多数アップしていたので、情報は非常に多かった。それで満腹していた人が多かったのかも)。
トロント映画祭は北米に大きな影響力を持っていると思うので、ディレクターズ・カットが北米で公開されて話題になれば、と思っている。日本はディレクターズ・カット好きだから円盤にはなるかもだけど、映画館で見たいよね(もちろん中国語で)。
トロント映画祭で注目の外国映画(予告編あり)。
日本映画「斬、」も入っています。
https://www.blogto.com/film/2018/08/foreign-films-tiff-2018/
日本映画は「寝ても覚めても」や「万引き家族」も上映されるようですが、こちらはどちらもカンヌ映画祭に出ていたので注目度は低いのかもしれません。
上のサイトの予告編ではディレクターズ・カットといっても新しいシーンは入っていませんでしたが、普通は追加シーンがあったりするものなので、どうなってるのか興味深いです。
中国映画としての参加で、日本からは誰も行かないのかな。こちらではニュースにもなってませんね。
奇しくもトロント映画祭が始まる前日、9月5日は「空海」DVD&BD発売日です。予約していたのが4日に届くとの連絡がありました。
日本では「空海」はもう全然映画館では見られなくなっているのですが、9月29日に東京映画祭プレイベントとして赤坂のホールで上映されるそうです。こちらは応募抽選制で、すでに締切済み。サイトには書いてなかったけど、吹替え版でしょうね。
「空海」は欧米では公開されてるのかなあ。その辺、全然調べてないんだけど。ファンは多いけど、みんな自分の世界にひたっていて、「君の名は。」みたいに世界の情報を教え合うみたいなのがまったくないというか、中国の情報くらいしか入ってこない(中国はネットでメイキングを多数アップしていたので、情報は非常に多かった。それで満腹していた人が多かったのかも)。
トロント映画祭は北米に大きな影響力を持っていると思うので、ディレクターズ・カットが北米で公開されて話題になれば、と思っている。日本はディレクターズ・カット好きだから円盤にはなるかもだけど、映画館で見たいよね(もちろん中国語で)。
2018年9月2日日曜日
「ボルグ/マッケンロー」&「タリーと私の秘密の時間」
テニスに疎い私でも知っているボルグとマッケンロー。この2人の伝説の試合が映画化されたと知り、公開を待ちわびていたので、早速行きつけのシネコンで予約。せっかく行くのだからついでに何か見られる映画はないかな、とスケジュールを見たら、同じスクリーンで「タリーと私の秘密の時間」がある。これは2本立てにできる、とこちらも予約。
このスクリーンは50席余りしかないところで、しかもファーストデイだからどちらも満席。他の回も満席だった。このシネコンは先週、「カメラを止めるな!」を見たところで、「カメラ」のスクリーンは今週は100席くらいのところだったけれど、こちらも全回満席のようだった。
「タリー」を先に見たのだけれど、この映画、シャーリーズ・セロンが「モンスター」以上に体重増やして、という話題を聞いたときは見る気がしなかったのだけど、その後、夜間の子守り、タリーの正体は、というあたりで興味を持った。が、正体はさほど意外性がなく、ちょっとがっかり。
家事と育児に疲れ果てた主婦をセロンが演じていて、夜間の子守りが来てくれて、授乳のときだけ起きればいいとどんなに楽かが描かれているけれど、夜泣きにつきあわなくていいだけで赤ん坊の親はどんなに助かるだろうと思う。おまけにタリーは子守り以外のこともしてくれる。
で、タリーの正体がわかったところで、この映画に描かれたことは現実ではなく、現実は別にあるとわかるのだが、最後は夫も家事育児を手伝い、ハッピーエンド。うーん、ちょっと甘いかな。
本命の「ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男」はスウェーデン映画なので、ボルグの方がメイン。スウェーデン語のシーンも多い。興味深いのは、冷静沈着でクールな貴公子ボルグが、実は少年時代はマッケンローのようなすぐにキレて悪態をつく悪童だったこと。テニスは紳士のスポーツなのに、とか、出身の階級のことまで言われ(このあたり、いかにもヨーロッパ)、嫌われ者だったボルグだが、そういうところが彼の勝利を阻んでいると見たコーチの助言により、怒りを抑えて冷静になることを学んだボルグは10代で頭角を現し、そしてウィンブルドン4連覇。5連覇に挑戦する彼の前に現れたのが、アメリカの悪童マッケンローだった。
マッケンローは審判の判定に怒って悪態をつくことで有名で、こちらも紳士のスポーツにふさわしくないと言われていたが、さすがアメリカ、悪童でものし上がってこれたのであるが、映画ではマッケンローの少年時代も、ボルグほどではないが、描かれていて、そこでは彼は学校の勉強ができる優等生なのだ。両親も学業に期待している。マッケンローの父は著名な弁護士だそうで、ボルグと違って裕福なインテリの家の生まれなのだろう。マッケンローが悪態をついたり反抗的だったりするのは、そうしたインテリの家への反発なのかもしれない。
表向きにはクールな男と悪童という対照的な2人だが、映画は彼らが正反対なのではなく、互いに共通点を持った複雑な、そしてとても人間的な人間なのだということを描いていく。
マッケンローたちがボルグの試合を見るシーンで、「ボルグは氷山だと思われているが、本当は火山だ」という言葉が出てくる。逆にボルグがマッケンローの試合を見るシーンで、ボルグは、イライラカッカしているマッケンローが実は試合に集中していることを見抜く。ボルグもマッケンローも表向きのイメージとは違う面を持つことを、お互いに理解しているのだ。
ボルグの方がメインの作りだが、マッケンローも非常によく描かれていて、敗れたアメリカ人の選手から「おまえはウィンブルドンでいずれは優勝するだろうが、偉大な選手にはなれない。おまえにあこがれる子供はいない」と言われ、涙を流すシーンは印象的だ。マッケンロー自身はボルグにあこがれたのであり、ボルグはクールになることを学んで成功し、あこがれの的になっているからだ。
映画では勝利を脅かされるボルグの心情が丹念に描かれているが、クライマックスの決勝戦ではシャイア・ラブーフ演じるマッケンローの魅力が炸裂する。挑戦者の魅力である。この試合のシーンが迫力満点で、見応え十分。審判の明らかなミスジャッジがあってもなぜか怒らないマッケンローは決勝戦では冷静さを保ち、ボルグも試合途中でマッケンローに励ましの言葉をかけたりする。クライマックスの試合は第4セットで、第3セットまではボルグが2対1でリードしていて余裕だからなのだが。とにかく、このクライマックスはスポーツ映画の醍醐味だ。
ラスト、空港で偶然出会った2人のシーンもいい。ボルグが引退後、2人は親友になったことが語られるが、水と油のように言われる2人の間の親和力を感じさせるシーンだ。
ボルグ役のスベリル・グドナソン、マッケンロー役のシャイア・ラブーフともにすばらしい演技をしているが、脇をかためるコーチ役のステラン・スカルスガルドが圧倒的な存在感。
このスクリーンは50席余りしかないところで、しかもファーストデイだからどちらも満席。他の回も満席だった。このシネコンは先週、「カメラを止めるな!」を見たところで、「カメラ」のスクリーンは今週は100席くらいのところだったけれど、こちらも全回満席のようだった。
「タリー」を先に見たのだけれど、この映画、シャーリーズ・セロンが「モンスター」以上に体重増やして、という話題を聞いたときは見る気がしなかったのだけど、その後、夜間の子守り、タリーの正体は、というあたりで興味を持った。が、正体はさほど意外性がなく、ちょっとがっかり。
家事と育児に疲れ果てた主婦をセロンが演じていて、夜間の子守りが来てくれて、授乳のときだけ起きればいいとどんなに楽かが描かれているけれど、夜泣きにつきあわなくていいだけで赤ん坊の親はどんなに助かるだろうと思う。おまけにタリーは子守り以外のこともしてくれる。
で、タリーの正体がわかったところで、この映画に描かれたことは現実ではなく、現実は別にあるとわかるのだが、最後は夫も家事育児を手伝い、ハッピーエンド。うーん、ちょっと甘いかな。
本命の「ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男」はスウェーデン映画なので、ボルグの方がメイン。スウェーデン語のシーンも多い。興味深いのは、冷静沈着でクールな貴公子ボルグが、実は少年時代はマッケンローのようなすぐにキレて悪態をつく悪童だったこと。テニスは紳士のスポーツなのに、とか、出身の階級のことまで言われ(このあたり、いかにもヨーロッパ)、嫌われ者だったボルグだが、そういうところが彼の勝利を阻んでいると見たコーチの助言により、怒りを抑えて冷静になることを学んだボルグは10代で頭角を現し、そしてウィンブルドン4連覇。5連覇に挑戦する彼の前に現れたのが、アメリカの悪童マッケンローだった。
マッケンローは審判の判定に怒って悪態をつくことで有名で、こちらも紳士のスポーツにふさわしくないと言われていたが、さすがアメリカ、悪童でものし上がってこれたのであるが、映画ではマッケンローの少年時代も、ボルグほどではないが、描かれていて、そこでは彼は学校の勉強ができる優等生なのだ。両親も学業に期待している。マッケンローの父は著名な弁護士だそうで、ボルグと違って裕福なインテリの家の生まれなのだろう。マッケンローが悪態をついたり反抗的だったりするのは、そうしたインテリの家への反発なのかもしれない。
表向きにはクールな男と悪童という対照的な2人だが、映画は彼らが正反対なのではなく、互いに共通点を持った複雑な、そしてとても人間的な人間なのだということを描いていく。
マッケンローたちがボルグの試合を見るシーンで、「ボルグは氷山だと思われているが、本当は火山だ」という言葉が出てくる。逆にボルグがマッケンローの試合を見るシーンで、ボルグは、イライラカッカしているマッケンローが実は試合に集中していることを見抜く。ボルグもマッケンローも表向きのイメージとは違う面を持つことを、お互いに理解しているのだ。
ボルグの方がメインの作りだが、マッケンローも非常によく描かれていて、敗れたアメリカ人の選手から「おまえはウィンブルドンでいずれは優勝するだろうが、偉大な選手にはなれない。おまえにあこがれる子供はいない」と言われ、涙を流すシーンは印象的だ。マッケンロー自身はボルグにあこがれたのであり、ボルグはクールになることを学んで成功し、あこがれの的になっているからだ。
映画では勝利を脅かされるボルグの心情が丹念に描かれているが、クライマックスの決勝戦ではシャイア・ラブーフ演じるマッケンローの魅力が炸裂する。挑戦者の魅力である。この試合のシーンが迫力満点で、見応え十分。審判の明らかなミスジャッジがあってもなぜか怒らないマッケンローは決勝戦では冷静さを保ち、ボルグも試合途中でマッケンローに励ましの言葉をかけたりする。クライマックスの試合は第4セットで、第3セットまではボルグが2対1でリードしていて余裕だからなのだが。とにかく、このクライマックスはスポーツ映画の醍醐味だ。
ラスト、空港で偶然出会った2人のシーンもいい。ボルグが引退後、2人は親友になったことが語られるが、水と油のように言われる2人の間の親和力を感じさせるシーンだ。
ボルグ役のスベリル・グドナソン、マッケンロー役のシャイア・ラブーフともにすばらしい演技をしているが、脇をかためるコーチ役のステラン・スカルスガルドが圧倒的な存在感。
登録:
投稿 (Atom)


