チャールズ・ディケンズの「クリスマス・キャロル」誕生秘話をフィクションとして描いた映画「Merry Christmas! ロンドンに奇跡を起こした男」を見た。
同じ配給元によるサリンジャーが登場する映画「ライ麦畑で出会ったら」の試写が大盛況だったのに対し、この映画の試写は空席の目立つさびしいものだった。
それもそのはず、(公開までに間があるのに言いたくはないが)はっきり言って、面白くありません。
小説の映画化とのことで、原作者は「クリスマス・キャロル」が自費出版であること、当時、ディケンズは人気が落ちていたことからヒントを得て、まったくのフィクションとして「クリスマス・キャロル」誕生秘話を書いたとのこと。原作は読んでいないのでわからないけれど、「クリスマス・キャロル」の3人のクリスマスの精霊を現実の人物と同じ俳優が演じるというMGMの「オズの魔法使」みたいなことをやっているのだが、現実とフィクションの中の人物のつながりにまったく必然性がない。ディケンズがスクルージに導かれて父との確執や少年時代のトラウマを解消していくというストーリーも説得力がない。ディケンズとスクルージと父親の人物造型が非常にあいまいで、物語の中で彼らの果たす役割が見えてこないのだ。
というわけで、映画自体はもうこれ以上言うことはないのだけど、映画に描かれたいくつかの事柄について、元イギリス小説研究者として少し解説してみようと思う。
まず、当時のディケンズの人気が落ちていた、ということだけれど、ディケンズは「ピックウィック・ペイパーズ」(プレスでは「ピックウィック・クラブ」となっているが、英文学者の間では「ペイパーズ」というのが普通)と「オリヴァー・ツイスト」で大人気作家となり、その後も好調だったが、「クリスマス・キャロル」に先立つ3作品が売れず、人気急落の事態に陥っていた。で、その売れなかった3作は、映画の中で「バーナビー・ラッジ」、「マーティン・チャズルウィット」、「アメリカ紀行」と言っていて、最初の2つが小説なのだが、確かにこの2作はディケンズの小説の中ではあまりかえりみられない作品。が、プレスの中のエッセイで、何を間違えたか、売れなかった3作を「ニコラス・ニクルビー」、「骨董屋」、「バーナビー・ラッジ」と書いている人がいるんですね。
いやあ、まいった。「ニコラス・ニクルビー」と「骨董屋」は売れたし、ディケンズの作品の中でもわりと重要な作品です。特に「骨董屋」はリトル・ネルという少女が読者の涙を搾り取ったことで有名で、映画のせりふにも「リトル・ネル」が出てくる。「ニコラス・ニクルビー」は日本未公開だけれど、超大作の映画化がされています。
私はディケンズは研究していたわけではないので、そんなにたくさんは読んでいないので、売れなかった「バーナビー・ラッジ」と「マーティン・チャズルウィット」のことはよく知らないが、映画の中で「マーティン・チャズルウィット」がピカレスクだと言われている。
そして、映画には、のちにディケンズと並ぶヴィクトリア朝前期の小説家となるウィリアム・メイクピース・サッカレーが出てくるのだが、このディケンズとサッカレーの描写がちと気になった。
映画ではサッカレーの方がディケンズよりずっと偉そうに描かれているが、サッカレーが最初の本格的な小説を発表したのは実は「クリスマス・キャロル」の翌年、1844年なのだ。つまり、映画の中の時点では、サッカレーはまだ小説家ではない。(サッカレーはそれ以前に「キャサリン」という小説を雑誌連載していたが、これを処女小説とするかどうかは微妙なようだ。)
その1844年に出た彼の小説がスタンリー・キューブリックが映画化した「バリー・リンドン」で、これは全然当たらなかった。サッカレーが小説家としてメジャーになったのは1847年から48年に分冊で出版された「虚栄の市」の大ヒットからである。
というわけで、「クリスマス・キャロル」が書かれる1843年にはサッカレーはまだ本格的な小説家ではなかったが、「イギリス俗物誌」というエッセイ集が人気を得ていて、コラムニストとして活躍していた(彼は絵もうまく自分の本の挿絵は自分で描いている)。だから、映画の中のサッカレーは評論家サッカレーと考えるべきなのだろう(だから偉そう?)。ちなみに、ディケンズとサッカレーは年は1歳違い。
映画のサッカレーは最初は意地悪そうに登場するが、実はディケンズの理解者みたいな感じになるけれど、サッカレーがディケンズのピカレスク「マーティン・チャズルウィット」について、評論家は理解してない、みたいな言い方をするのは、サッカレー自身がピカレスクの愛好家で、処女作「バリー・リンドン」も代表作{虚栄の市」もピカレスクだということを考えると、少しは興味深い。が、この映画は他の人物同様、サッカレーも特に人物として面白いわけでないので、英文学的にはこういうことも考えられるというレベルでしかない(いろいろな意味で残念な映画)。
「クリスマス・キャロル」が自費出版というのは意外だったが、その背景は原作者にはわからなかったので、フィクションにしたらしい。
自費出版といえば、ジェーン・オースティンも自費出版なのである。
オースティンの場合は当時は売れそうになかったので出版自体もなかなか実現しなかったのだが、ディケンズならある程度は売れ行きを見込めるだろうに。
ひとつ考えられることは、ディケンズはそれまで小説は分冊か雑誌連載で発表し、その後に単行本にしていた。当時の小説は非常に長く、単行本化するときは3冊本になるのが普通だった。それに比べて「クリスマス・キャロル」は非常に短く、最初から単行本で出版されている。クリスマスに合わせた本だからで、ディケンズはその後もこの手のクリスマス本を出版しているし、サッカレーもクリスマス本を出すようになった。クリスマス本が流行になったのだろう。
しかし、ディケンズが「クリスマス・キャロル」を短いとはいえ、最初から単行本で出すということは、どのくらい売れるかわからないわけで、それで自費出版になったのかな、と想像(あとで調べてみよう)。
ちなみに、ディケンズの時代、ヴィクトリア朝前期で最初から単行本で出たので有名なのはブロンテ三姉妹の「ジェーン・エア」、「嵐が丘」、「アグネス・グレイ」で、この3作はブロンテ姉妹が出版社に持ち込んでまとめて出版されたもので、かなり例外的。サッカレーも「バリー・リントン」は雑誌連載だし、「虚栄の市」は分冊だし、当時は長編小説は連載や分冊で出して様子を見ながらという時代だった。だから、連載や分冊の最後は次を買ってもらえるように、いわゆるクリフハンガーにしておくのである。
ちなみに、人気の出なかった「バリー・リンドン」はすぐには単行本化されず、だいぶたってから単行本になった。
こういう背景が映画でわかるようになっていたら、もう少し面白くなっていたかもしれないのだが、イギリス文学や文化に疎い人が作った映画という感じで、靴墨工場で働くことになった少年ディケンズが感じる屈辱が、のちに「大いなる遺産」で描かれることとなるイギリスの階級制度から来ているということが映画ではほとんど描かれていない。イギリスやヴィクトリア朝を骨抜きにして、イギリス最大の小説家ディケンズを描くとは、ディケンズのファンだったら許せないだろうなあと思うのである(プレスの解説にイギリス小説研究者が出てこないのはそのせいか?)。