2023年1月10日火曜日

アオサギ

 三連休は下半身の痛みで休んでいましたが、9日はやっと借りられることになった「モドリッチ自伝」を借りに根津図書館へ。そのあと、上野公園の不忍池へ行き、途中で下半身が疲れたのでベンチに座ると、目の前にアオサギが!



アオサギの前の手すりがベンチの目の前にある手すりです。どれだけ近いかがわかる。が、アオサギは人がいるのに気づかないのか、いても平気なのか、まったくこちらには注意を払いません。

手すりでアオサギの一部が隠れているので、立ち上がって撮ります。


そのあと、荷物を持って立ち去ろうとしたときに音をたててしまったので、アオサギは飛び立っていきました。

こちらは近所の公園のアオサギ。


こんな広い環境です。当然、人の近くには来ません。



そういえば、中央区の庭園で、人の目の前でパフォーマンスしているアオサギがいたなあ。

2023年1月8日日曜日

借りている本、借りようとしている本

 「ケイコ 目を澄ませて」の三宅唱監督特集の「ユリイカ」2022年12月号を借りて読んでいる。


去年、映画を見た直後に書いた記事で、女性観が古い!と書いたけれど、木下千花氏がこの監督の世界はホモソだと書いていて、過去作を見ていない私には参考になった。が、木下氏は「ケイコ」についてはあたりさわりのないことしか書いていない。

この木下氏の論考の中で紹介されていたこの本、「男同士の絆」に興味を持ち、市内の図書館にはないので県立図書館で予約。出版されてからかなりたっているのに予約2番目なのに驚き、カードを持っている文京区立図書館で検索したら、こっちは予約が17人。


なんで?と思って検索したら、今月初めにテレビの「100分で名著」で紹介されたらしい。

とりあえず県立図書館の順番待ち(前にも書いたけど、県立図書館だと予約1位でも本が来るのは1か月後、気長に待とう)なのだけど、1985年の出版ということで、今の目で見ると古いのでは、という気がしないでもない。内容紹介を見ると、ホモソについてのフェミニズム的考え方を決定づけた本のようだが、女性たちがあこがれたBL的ホモソの魅力はここからは完全にはずれるわけで、そういうあたりはどうなんだろうと思う。

1980年代といえば、去年、スタンリー・カヴェルの「幸福の追求」を読んだけど、これも80年代なんで、女性観や結婚観の古さを感じた。

県立図書館ではとある映画論の本も予約しているのだけど、こちらの本は11月頃からずっと貸出中。どうなってんの?と思っていたら、他の図書館から借り出ししようとしているらしい。借りた人と連絡がつかないのだろうか。

そして、今、県立図書館から借りている本。アニー・エルノーの「凍りついた女」。エルノーが高く評価された「場所」、「ある女」、「シンプルな情熱」より前の作品で、文体がかなり違う。内容は自分のことを赤裸々に書いているのは同じだけど。エルノーは下層の両親のもとに生まれたが、その方が中流の家に生まれた女性よりも男女平等の考えで育っている、というのが興味深い。その彼女が中流の家の男と結婚して、1人で家事と育児をしなければならなくなる。彼女にとっては中流の方が男女差別があって、女性が生きづらいみたいだ。


エルノーの本は4冊とも県立図書館で借りたのだが、「シンプルな情熱」以外はあまり借りられた感じがなく、本がきれいだ。90年代に出た初版なのだけど、古い本とは思えないくらいきれい。

そして、文京区立図書館では1か月前に予約した「モドリッチ自伝」がやっと借りられるようだ。1か月前に予約したときは貸出中で予約はなく、私が予約1位になったのだけど、そのあとすぐに6人くらい予約が入った。なのに本はいっこうに来ない、という具合で、ここも予約してから借りられるのにけっこう時間がかかる図書館なのだろう。

注 画像はすべてアマゾンからお借りしました。

2023年1月4日水曜日

初詣

 ここ数年、初詣は谷中のお寺に行っています。


年末年始にかけて「新宿鮫」シリーズ第11作「暗約領域」を読んでいたのだけど、700ページもあるのに全然面白くなく、読むのが苦痛なくらいだった。

上司の桃井が殉職し、恋人の晶とも別れてしまった鮫島のその後で、前作の人物たちがまた出てくるのだけど、登場人物の会話ばかりで話が進む。その会話が全然面白くない。しかも、同じことを何度も会話で言う。事件とか一応起こっているんだけど、人物が行動するシーンが非常に少ない。というか、人物描写が全然だめで、前作と同じ人物たちも前作の方が魅力的だったよね?

新しく女性上司と若い相棒が出てくるんだけど、彼らも全然人物としての魅力がない。

主人公の鮫島ももちろん、魅力なし。

つまらない会話をえんえんと700ページも読まされたわけだけど、最新刊の第12作「黒石」もどうやら同じような傾向らしい。

「新宿鮫」は第10作までは面白かったのに、なんで急にこうなるのかなあ。作者がもうだめなのか。

2023年1月2日月曜日

新年早々

苦言を呈すいやみな私です。

国立映画アーカイブで上映中のアカデミー・フィルム・アーカイブ映画コレクション。

「バリー・リンドン」を上映するというのでサイトをのぞいてみたら、おい!


主人公のレドモンド・バリーは農家の息子じゃないぞ!

マイケル・ホーダーンはナレーションで、解説じゃないぞ!

他の作品だとずいぶんとアカデミックっていうかシネフィルっぽいこと書いてるのに、こういうところで馬脚をあらわすのがいわゆるシネフィルかよって言いたくなる。

「農家の息子」なんて重箱の隅つつき、と思ったあなたは「バリー・リンドン」をきちんと見ていない。

ホーダーンのナレーションで、「バリーは二度と紳士の身分を失うまいと誓った」というのが出てくる。

つまり、バリーはアイルランドの没落した紳士階級の息子。紳士階級は貴族のすぐ下。ジェーン・オースティンの小説に出てくるような地主階級で、小作人に土地を貸して地代を取り、それで生活している。

彼らは領地をまわったりはするが、農業はしない。

当時は農家の息子っていうのは、ポランスキーが映画化したトマス・ハーディの「テス」の一家のような小作人の息子ってことです。

「バリー・リンドン」は没落した紳士階級の息子が自分の階級より上の貴族階級にのし上がろうとする話で、すぐ上だからのし上がれる可能性があるわけ。

一方、没落した紳士階級だから土地もあまり持ってなくて財産もないので、軍隊に入って一兵卒からのしあがろうとしてるわけだけど、軍人というのは当時の紳士階級の男性がつける数少ない職業の1つ。農業するとか工場で働くとかは下層に落ちることなのだ。同じく没落した紳士階級のディケンズが子どものころ、わずかな期間、靴墨工場で働いたことが彼にとっては大きな屈辱になっていた。

 だから、バリーが「紳士の身分を失うまいと誓った」というナレーションはこの映画の肝なわけで、それを「農家の息子」と平気で書いてしまう国立映画アーカイブの無教養にがくぜんとしたのである。

国立といえば、昨年、西洋美術館で版画で見る演劇という展示会をやっていて(今もやってます)、初日に見に行ったら、壁に大きく書いてある「オセロ」の有名なせりふに「ハムレット」と書いてあったので驚き、すぐにメールしたら、「ご指摘のとおりでした。これに懲りず、また訪れてください」というていねいな返信が来た。このときも、国立なのにちょっと恥ずかしいミス、と思ったら、今度もまた国立かよ。しかもこっちはメールアドレスもなく、ご意見とか受け付けてる暇ねえよって感じがありあり。

「バリー・リンドン」はアカデミー・フィルム・アーカイブの所有する35ミリ・フィルムを借りて上映するようだが、昔映画館で見た映画を今、また映画館で見ると、プリントの状態が悪すぎてがっかり、見なきゃよかった、ってことになることがけっこうあるので不安。ディスクの方がきれいだったりするので、映画館ならなんでもいいってわけではなくなっている。

2023年1月1日日曜日

謹賀新年

 年賀状用に作った画像です。


12月下旬に下半身を痛めてもう10日くらいたつのですが、いっこうによくなる気配がない。

右腰を痛めて、右脚も痛くなり、それをかばいながら無理して「ホイットニー・ヒューストン」見に行ったら、2日後に左脚がひどい筋肉痛に。

しかし、さすが、ただの筋肉痛は治りが早く、痛くなってから4日後にはほぼ完治。

が、右の腰と脚は相変わらず。

コロナで高熱が出た場合に備えて買っておいたロキソニンを飲むと痛みが多少は和らぐので、1日2回ずつ飲んでたら消化器系にちょっとした副作用があり、強い薬を毎日飲むのはよくないかも、と思って大晦日は飲むのをやめたら、ひどい痛み。ロキソニンのおかげで痛いけどなんとか動けていたのだな。

ロキソニンがなくなりかけていたので、新たに買いに行ったら、そこは日用品と薬品が同じレジで、ロキソニンは薬剤師の説明を受けなければならないので待たされ、やっと薬剤師のところへ行ったら、「前に買ったことありますか?」「あります」「じゃあ、説明大丈夫ですね?」「大丈夫です」「~円です」支払い。

まあ、薬剤師が夕方までしかいないところもある中で、そこは閉店までいるから買えたのだけどね。