2010年11月9日火曜日

ヴァンサン・ランドンは超法規的男が似合う

 先週の月曜に試写を見せてもらったフランス映画「君を想って海をゆく」の話を書かなければ、と思っているうちに1週間がすぎてしまった。
 フィリップ・リオレ監督、ヴァンサン・ランドン主演のこの映画、フランスの難民問題を扱ったシリアスな社会派ドラマで、非常に見応えがあった。
 クルド人の難民の少年が徒歩でフランスにたどり着き、フェリーに密航してイギリスへ渡ろうとするが、二酸化炭素の検査に引っかかって見つかってしまう。祖国イラクは戦争中ということで、強制送還にはならなかったが、イギリスに恋人がいる彼はどうしてもイギリスへ行きたいと思い、ドーバー海峡を泳いで渡ろうと、市民プールで水泳を教えている元水泳選手のコーチにつく。かつては金メダルを取ったこともあるコーチは、今はしがない中年男で、妻とは離婚手続き中。難民問題になど関心がなかった彼は、難民支援のボランティアをしている妻の気を引きたくて、少年に水泳を教えることになる。
 舞台はイギリスに最も近いフランスの町、カレで、ここにはイギリスへ渡ろうとする難民が大勢いる。フランス政府は難民に冷たいらしく、難民を支援するボランティアを逮捕したり、ボランティアが難民に食事を配っているところに警官隊が来て、催涙ガスで難民とボランティアを追い払ったりするということが映画の中に描かれている。少年を自宅に招いたコーチも住民の通報で警察に呼ばれる。難民を助けると実刑5年になることもあるという。
 町の人々の中には難民に冷たかったり、あからさまに差別をあらわにする人もいる。特にコーチの隣人は、部屋の前のマットに「ウェルカム」(映画の原題)と書いてあるのに差別意識丸出しで、コーチと少年が同性愛だという嘘の噂をたてる。コーチも最初は難民にかかわりたくないという気持ちが強かったが、そうした人々や警察のやり方にしだいに怒りを感じ、なんとしても少年を助けたいと思うようになる。
 コーチを演じるヴァンサン・ランドンがすばらしい。彼は「すべて彼女のために」というアクション映画で、無実の罪で投獄された妻を法を犯してでも奪い返す男を演じたが、彼は法律の一線を超えてでも愛する者を救い出そうという男が実によく似合っている。「すべて彼女のために」では、妻の無実を証明するのが事実上、不可能だから、という背景があって、主人公は法を犯して妻を脱獄させるのだが、この「君を想って海をゆく」では、法律の一線を超えてでも少年をイギリスへ行かせてやりたいという思いに、しだいに駆り立てられていく過程がよく描かれている。難民をイギリスに密入国させるのは法律違反だが、ときに人はその一線を超えてでも、人を助けたいと思うのだという心情が、ランドンの演技から伝わってくる。
 一方、イギリスにいる恋人は、父親から無理やり結婚させられようとしている。恋人の家族はなぜか、イギリスでの市民権を得ているのだ。同じ難民でも、なぜ、一部の人は市民権が得られ、他の人は得られないのか、その辺は映画は触れていないが、そうした現実があることをイギリスのシーンでは描いている。おそらく、この一家はコネがあるからで、そうしたコネ社会の中で、娘は無理やり結婚させられるのだろう、という感じがする。
 少年は果たして、ドーバー海峡を泳ぎきれるのか、離婚手続き中のコーチと妻はどうなるのか、そして、結婚を強制されているイギリスの恋人は? このあたりはネタバレになるので、書かないけれど、クライマックスから結末へのシークエンスはすばらしい。ここでもランドンの表情がすべてを引き締めている。