テレビドラマ「シャーロック」で人気のベネディクト・カンバーバッチ主演で、アカデミー賞にもノミネートされている話題作「イミテーション・ゲーム」。第二次大戦中、ドイツの暗号を解くのに成功した実在の数学者アラン・チューリングにカンバーバッチが扮する。
このチューリングという人物、ケンブリッジ大学を卒業した数学の天才だが、非常に変わり者で、まわりと協力しようともせず、自分の心を素直に見せることもしない偏屈な男で、まさにカンバーバッチのシャーロックの延長線上にある人物だ。
カンバーバッチはメジャーの映画ではこれまで脇役ばかりだったと思うが、この映画がたぶんメジャー初主演。この役はたしかにカンバーバッチ以外考えられない。
そして、これからがネタバレになるのだけど、このネタバレ、隠した方がいいのか隠さない方がいいのか、微妙なところだ。
んなわけで、映画を見る予定で、隠してほしい人はこのあとは読まないでください(文字色変えます)。
実はチューリングは同性愛者なのだ。このことは映画のなかほどで彼自身が告白する。だから、最後の最後にわかるネタバレではない。
映画は第二次大戦終戦後の1951年、チューリングが暗号解読をしていた第二次大戦中、そしてチューリングの少年時代の3つの時代が交互に描かれる。そして、その中で同性愛だったチューリングの悲しみや、彼が受けた迫害が明らかになる、というのがラストだ。
チューリングの受けた迫害というのは、イギリスが1880年代から1960年代までの間、同性愛の性行為をして見つかった人々を逮捕し、有罪にしていたという歴史的背景と関係している。実際、オスカー・ワイルドは刑務所に入ったし、アレック・ギネスも若い頃に同性愛の行為で有罪になったとか。チューリングと同じケンブリッジ出身のE・M・フォースターは精神的なゲイだったが、それでも同性愛を徹底的に隠していた。同性愛であるとわかると法的に罰せられる可能性のある時代だったのだ。
映画はチューリングと仲間たちの暗号解読のドラマと、同性愛者であったがゆえに自分の本心を隠して偏屈になってしまったチューリングの人生、そして、同性愛の行為で有罪となったために破滅に導かれる結末を描いている。しかも、彼が成し遂げた暗号解読は機密事項であったために、彼の功績は隠されたままだった。
プレスを見ると、彼の同性愛については何も書かれていない。しかし、この映画がイギリスの同性愛者に対する弾圧についての物語であることをまったく知らせないで映画を公開していいのだろうか、という疑問が浮かぶ。カンバーバッチのファンの女性にはボーイズラブが好きそうな人がいるし、「シャーロック」もカンバーバッチのホームズとマーティン・フリーマンのワトソンがちょっとアレっぽかったり(コナン・ドイルの原作からして同性愛疑惑がある)するので、カンバーバッチのファンはこの同性愛のテーマを映画を見て初めて知ってもすんなり受け入れられると思うし、他の映画ファンもそうだろうと思うが、逆に、こういう性的少数者の迫害に関心のある人が映画のテーマを知らされないために見逃してしまうのではないかという危惧を感じる。あるいは、こういう情報というものは必要な人には伝わるものなのだろうか。
映画そのものについて言えば、いくぶん物足りなさは残る。暗号解読に成功したチューリングたちは、それをドイツに気づかれないために、ドイツ軍の襲撃目標になっている人々のうち、誰を救い、誰を救わないかの選択を迫られる。この非情な任務をチューリングたちがどのように悩みながら成し遂げたのか、映画はそれを描かないのだ。人間と同じように考え、しかも人間より遥かに速く考える機械=コンピューターの元祖を作り上げたチューリングは、いわば神のような立場に立つ人間であり、多くの人の生死を決定する立場にいたのだが、その葛藤を描かないのが非常に物足りないのだ。
映画の中で、チューリングはそのコンピューターの元祖にクリストファーという名前をつける。これは史実とは違うようだが、映画ではクリストファーはチューリングの少年時代の親友で、チューリングがひそかに思いを寄せていた少年の名前である。このように、映画はチューリングの同性愛を軸に話を展開しているのだが、チューリングの性格の原因を同性愛への抑圧に限定しているのも少し疑問を感じる。また、チューリングの暗号解読によって終戦が早まり多くの人命が救われた、という最後の言葉は、原爆投下によって終戦が早まり多くの人命が救われたという言葉を思い出させるので、素直にはうなずけない。面白い映画なのだが、不満も残る作品だ。
なお、カンバーバッチを取り巻く助演陣、キーラ・ナイトレー、マーク・ストロングなどの役者たちもみな個性的で魅力的。俳優の演技の面でも充実した映画である。