アカデミー賞脚本賞候補、視覚効果賞受賞の「エクス・マキナ」を見てきた。
これ、SFものに強い人だったらあまり驚かないというか、既視感ありすぎな話なのだが、SFに詳しくない人には予想のつかない展開かもしれないし、そうでなくても事前にネタバレを見ない方が絶対にいい映画なので、映画を見るつもりの人は事前に読まない方がいいと思うが、一応、見て感じたところを書いておこうと思う。以下、さしさわりのない人だけ、読んでください。なお、ネタバレ部分は色を変えます。
世界最大のインターネット企業で働く優秀なプログラマー、ケイレブ(ドーナル・グリーソン)は、人前に姿を現さないCEO、ネイサン(オスカー・アイザック)の人里離れた山間の別荘に招かれる。そこにはエヴァという女性の姿をしたロボット(アリシア・ヴィキャンデル)がいて、ケイレブの仕事は彼女の人工知能が人間並みかどうかを調べるということ。
別荘にはネイサンとケイレブとエヴァのほかにキョウコという東洋人の女性がいるだけ。キョウコは言葉がわからず、食事を作るなどの仕事をしている。別荘はIDカードがないとドアを開けられない密室状態。そして、時々、突然の停電が起こる。
ケイレブはガラス越しにエヴァと対話することで彼女の人工知能を調べるのだが、その対話の最中にも停電が起こる。別荘内はすべてカメラで撮影されているが、停電のときはカメラも停止。停電が起こるとエヴァは突然表情を変え、ネイサンを信用するなとケイレブに言う。
エヴァに心をひかれるようになったケイレブはネイサンを疑い出し、そして、といった具合に、謎とサスペンスが深まっていく。
以下、ネタバレです。
実は停電はエヴァが起こしていた。
エヴァはケイレブの心をつかみ、ネイサンの別荘から逃げようとしていた。
キョウコも実は女のロボットだった。
ネイサンが酔っぱらったとき、ケイレブはエヴァ以前に作られた女のロボットたちの録画を見る。そして、今はもう動かなくなっている女のロボットたちが隠されている部屋を見つける。
ネイサンは次々と女のロボットを作っては廃品にしていたのだ。
エヴァもいずれは人工頭脳を変えて前の記憶は消す、とネイサンはケイレブに言う。
ケイレブは別荘のコンピューター制御に細工をし、エヴァと一緒に逃げる準備をするが、ネイサンにバレてしまう。しかし、エヴァはキョウコと力を合わせ、ネイサンを倒すが、キョウコはネイサンに破壊されてしまう。
エヴァはケイレブと一緒に逃げるのかと思いきや、ケイレブを裏切って彼を別荘に閉じ込め、自分だけ逃げてしまう。
人間そっくりの姿をしたエヴァが、人間社会に紛れ込んでいく。
まず第一に、ネイサンの別荘は明らかにアダムとイヴの楽園。ケイレブがアダム、イヴがエヴァ(イヴとエヴァは同じ名前と見ることができる)。そしてネイサンは本来なら神なのだが、この映画ではむしろサタンに見える。聖書ではサタンが蛇に姿を変えてイヴを誘惑し、そのためにアダムとイヴが楽園を追われるのだが、この映画ではサタンが神のようになってアダムとイヴを幽閉しているように見える。
ネイサンは女のロボットを過去に何人も作っているが、彼女たちには嫌われているようだ。ネイサンを怒鳴りつける女ロボットもいる。キョウコもネイサンを嫌っているように見える。そしてエヴァはもちろん、ネイサンが嫌いで、逃げ出したいと思っている。
彼女たちにとっては父親のような存在であるネイサンがなぜ、女ロボットたちに嫌われるのか。それは映画を見れば明らかで、ネイサンは自分の作ったロボットに対して愛情がない。ないだけでなく、彼女たちに対して暴君的であり、相当にいやな男だ。
ネイサンもそうした女ロボットたちにいらいらしているようだが、そもそも愛されるようなことを何もしていないのだからしかたないだろ、とはたから見たら思う。
それにしても、男の科学者が女のロボットを作る話は「未来のイヴ」とか「メトロポリス」とかあるし、ギリシャ神話の「ピグマリオン」にまでさかのぼることができるが、男がロボットを作ろうと思ったとき、女を作るか男を作るかで違ってくるだろうと思った。
というか、男が作るなら女のロボットだろうと思うのだが、あの「フランケンシュタイン」は男の科学者なのになぜか男の人造人間を作る。後半、その人造人間に頼まれて女の人造人間を作ろうとするが、子供が生まれたら、とか、女が彼を好きにならなかったら、と考えてやめる。
「フランケンシュタイン」の作者メアリ・シェリーは女性なのだが、もともと怪奇小説を書くということで書き始めたので、人造人間が人間を襲うというホラーなら人造人間は男が当然と思うだろう。
「フランケンシュタイン」にもアダムとイヴとサタンの話が出てくるが、この「エクス・マキナ」も「フランケンシュタイン」の系譜の映画と見て間違いない。
ただ、女のロボットを作るが、彼女たちに愛情を注がず、結果、彼女たちに復讐されるというのがまさしく「フランケンシュタイン」女ロボット・バージョンになっている。元祖フランケンシュタインも自分の作った人造人間に愛情を注がなかったのだ。
ギリシャ神話の「ピグマリオン」を現代の舞台劇にしたバーナード・ショーは、女性を自分の思い通りに教育しようとする大学教授がしっぺ返しを受けるという話にしたが、女のロボットを作る男にはそういう面がある。そして、ネイサンのやっていることは少女を誘拐して監禁する変質者のすることに近い。誘拐監禁された少女や女性は、身を守るために男に従うふりをするが、女ロボットたちは露骨にネイサンへの嫌悪を示す。生身の人間でないので、恐怖がないのだろう。
そんなわけで、ネイサンが女ロボットたちに復讐されるのはザマミロなのであるが、人のよいケイレブまでもが裏切られるのには驚いた。ケイレブはエヴァを愛し、彼女のために尽力したのに、である。
結局、エヴァは人間らしい感情を持っていないのだろう。彼女は人間ではないのだから当然なのだが、ロボットが人間らしい感情を持つかどうかをネイサンは調べたかったのに、実際は、女ロボットたちの人間らしい感情はネイサンへの憎悪や怒りだけだったことになる。ケイレブの好意や愛や同情については何も感じないのだ。ロボットは人間ではないからだ、と考えることもできるが、あるいは、女たちはネイサンのようなひどい男ばかり見ていると、男全体を嫌いになり、ケイレブのようなよい男性も見捨てる、ということなのか。このあたり、脚本監督のアレックス・ガーランドがどの程度考えているのかわからない。この人の過去の作品見てると、あまり深くは考えてないような気がするが。
最後の、廃品となった女ロボットたちが壁の扉の中にいるシーンは、青髭八人の妻を連想させる。ネイサンは青髭でもあるのだろう。
あと、疑問に思ったのは、ネイサンは別荘の機械装置を作った人々を秘密を守るために殺したとケイレブに言うのだが、そんなネイサンならケイレブも別荘から帰さずに殺してしまうだろうと思ったら、そうではなくて、エヴァはケイレブを迎えに来たヘリに乗って行ってしまうのである。この辺がちょっと脚本手抜きだなと思った。
また、ケイレブとネイサンも聖書に出てくる名前で、ケイレブ(カレブ)は神に忠実な男、ネイサン(ナタン)は預言者となっている。