2021年10月7日木曜日

「サウンド・オブ・メタル」には無音の映画館が必要だ(ネタバレ大有り)

 この記事のタイトルからしてもうネタバレなんですが、見る前に知っておくべきだった。

「サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ」は大手のシネコンではあまりやってない。音響のいい映画館が続々名乗りをあげている、というニュースがあったけれど、近隣ではキネマ旬報シアターでしかやってない。ここは古いから音響はよくないのはわかったいたし、コロナでなければ川崎のチネチッタまでライブザウンドを聴きに行くのだが、コロナ禍ではそれもむずかしい。今月下旬からイオンシネマ市川妙典とMOVIX三郷でやるらしいが、市川は古いから音響は期待できない。三郷はMOVIXなので期待できるが、駅からバスで、そのバスの本数が少ない。

早く見たい、ということもあって、音響は妥協しようってことで、キネ旬シアターへ。

が、キネ旬シアターが空調音がうるさい映画館だということを忘れていた。

いやこれほんと、音響より無音、映画館が静かなことの方が大事なのですよ。

だって、ラスト、無音になって、バリアフリー字幕で、(無音)としばらく出るのに、その間、ずっと、空調の風の音が響いているんですよ。

むなしい、(無音)の文字がむなしい。

やっぱりバスの時刻しっかり調べて三郷へ行くか?

しかしですよ、キネ旬シアター、お客さんは少なくて、全員シーンとしていて、外からもれてくる音もなく、ただ空調の風の音だけが響くという状態でしたが、もしも、空調音がほとんどない静かな映画館で見ていたとしても、その(無音)のときに客がくしゃみしたり、ポップコーン食べる音がしたり、4DXの部屋が近くて振動音がしたりするかもしれないのです。無音になるかどうかは運しだいだなあ。

それでも、空調音よりはましかもしれない。だって、客がくしゃみしても無音は体験できる。

というわけで、最後が無音だというネタバレをしてしまいましたが、このあともネタバレありで行きます。

歌手の恋人とツアーをしているドラマーが難聴になり、聴力のほとんどを失い、というストーリーなので、聴覚障がい者用のバリアフリー字幕がついている。これはどの国でもつけて上映することになっているらしい。日本ではセリフが字幕なのはデフォルトなので、効果音の説明が加わる程度だから、違和感は少ない。それより視覚障がい者がこの映画を聴いたらどう感じるのかということに興味を持った。吹き替えにして、バリアフリーの音声を加えるわけだけど。

「聲の形」のように聴覚障がい者を扱った映画はいろいろあるが、聴覚障がい者がどう聞こえるかを表現した映画はおそらくあまりなくて、この映画はそこがユニーク。普通に聞こえるシーンと主人公の耳に聞こえる音とが交互に出てきて、主人公の体験を共有することになる。

主役のカップルを演じるリズ・アーメッドとオリヴィア・クック、彼女の父親役のマチュー・アマルリックの演技がいい。

ただ、アーメッドはクックと暮らすようになって麻薬を断つことができたが、その分、彼女の方にストレスのしわ寄せがいっていて、アーメッドが障がい者施設に入るとクックがストレスから解放されるが、アーメッドが戻ってくるとまたストレスも戻ってくることがわかり、アーメッドは彼女のもとを去る決心をする、という展開はさして新鮮ではないし、わりとさらっと描かれて終わってしまう。

彼女のもとを去ったアーメッドがどこへ行くのか、施設に戻るのかはわからない。(無音)のラストは、彼が音=世間の雑音や自分の雑念から解放されたことを示すが、この感覚はどちらかというと健常者のものではないかと思ってしまう。

障がい者施設で仲間と打ち解けたアーメッドに、リーダー格の人物がこの施設に残るようにと言うが、障がい者は外の世界に出ない方がいいみたいで、ここもどうなのか。

アーメッド自身はドラマーとして再起したいので、大金をはたいてインプラントの手術を受ける。しかし、結果は悲惨なものだ。ラストの(無音)はドラマーとしての自分へのこだわりからの解放でもある。

たが、このあたりのモチーフの描写も今ひとつで、難聴の感覚を音響で表現した部分に埋もれてしまっている。ドラマ部分がちょっと弱いのだ。

というわけで、音響と(無音)がとにかく重要な映画なので、ここを聴けないとほんとに困る。

キネ旬シアターには映画書やキネ旬バックナンバーが並んだ図書コーナーがある。先だって、リンチの「砂の惑星」の映画評を書いたことを思い出したので、その号を探してのぞいてみた。

まだ30歳の自分が書いた文章はいかにも若書きだったが、あの頃の自分のこだわりをストレートに書いていた。載せてくれた編集部に感謝。