2011年12月23日金曜日

翻訳の感覚

女性のせりふをやたらと「だわ」とか「わよ」とか訳すのはへたな翻訳なのだそうです。
 あー、そーですか、私はへたな翻訳者なんですね、だから仕事がないんですね、わかりましたよ。
 と怒っている……なんてこたーありません。私くらいの年になると、そういうことには達観してるものです。
 1年くらい前、ある読書会で、20年以上前の翻訳ミステリーの読書会をしたとき、翻訳が「だわ」とか「わよ」とかが多いという批判が出ました。どうも、最近というか、最近じゃないのかもしれないけど、女性のせりふをこういうふうに強調した訳はだめな訳、というのが、文芸翻訳の世界では常識になっているみたいですね。
 しかし、文芸翻訳の王道を歩いたことがなく、ひたすらわが道を行く私は、そんな「常識」になんぞ負けたくはありません! なので、私は、この翻訳は、女性ばかり大勢登場する作品を、こうした色をつけることで、人物を個性豊にしている、また、この作品は演劇の手法で描かれているから、演劇的な強調はむしろ効果的である、と主張しました。幸い、私の主張に賛同してくれる人がいて、その場では、これはやはり名訳であるという結論になりました(私が押し切った感はあるが)。
 しかし、実際のところ、世間はやはり、現実の女性は「だわ」とか「わよ」とかあまり言わない、だから翻訳でもそういう表現は使うべきではない、という風潮のようです。実際、私がけんかしたある出版社では、私が男女の主人公が計8人も登場するロマンス小説を、1人1人違った口調で翻訳し、そのため、「だわ」や「わよ」はもちろん、俺とかぼくとかわたしとかあたしとか、1人1人を誇張した訳にしたのですが、その出版社は外部の編集者に全面リライトさせ、その結果、男は全員「俺」、女は全員「わたし」、口調も全部同じ、という、個性も何もない翻訳になっていました。当然、私はその翻訳の出版を拒否(別の人が新たに翻訳して出版)。以後、文芸翻訳の仕事は来ていません(もう9年前の話だ)。
 その頃、故・山岡洋一氏が、最近の翻訳は男も女も同じような口調でしゃべると、文芸翻訳を批判していましたが、たぶん、それは、私が反発した翻訳の常識のことを言っていたんだろうと、勝手に思っていました。
 その読書会では、私の言い方があまりにも強烈だったせいか、反論もなく、私の主張が一応、通ってしまったのですが、それでも、現在では、かつてのような、演劇的に人物を強調する訳し方が、今の読者には違和感を感じさせるということはわかりました。勝手にリライトして、8人の男女の区別をつかなくさせた出版社は、実は、今の読者にとってはいいことをしたのかもしれません。
 その後、私が文芸翻訳にアプローチすること自体をやめてしまい、翻訳そのものをあきらめてしまったのは、現在の読者の翻訳の感覚と、私の感覚が完全に異なってしまったと感じたからです。実際、私にとっては名訳である翻訳が、今の人には名訳ではないらしいと感じることが増えてきました。
 今年度は大学の講義で「グレート・ギャツビー」を扱ったので、久しぶりに野崎孝訳を再読しました。野崎孝は私の好きな翻訳者の1人で、「ライ麦畑でつかまえて」とか、本当に好きなのですが、現在では「ライ麦畑」の口語は古くなってしまっているというのは理解できます。また、「ギャツビー」の翻訳を今、読み返すと、意味不明な訳文があって、ここは改訳すべきだな、と思いますが、その一方で、この野崎節は最高だ、と思うところも多いのです。
 今、野崎節、と書きましたが、こういう、翻訳者の個性みたいなのが、現在の文芸翻訳ではあまり好まれないようです。それほどの個性のある翻訳者が今はいない、というのもあるし、日本語に対する感覚自体が変わったのだとも感じますが、まあ、こういうことを考えると、自分はやっぱり古い人間だな、やっぱり、古い人間が訳すと、今の人には古いんだろうな、と思わざるを得ないのです。まあ、私の好きなものは命をかけて守りますけどね。生きてるうちはね。未来のことはわかりません。

銭湯…

長い間、通っていた銭湯が、2ヶ月かけて全面リフォームして、新規開店しました。
 そこはかれこれ25年くらい前から通っていた銭湯で、古くてあちこち汚れが目立っていたり、シャワーが壊れていたりしていましたが、番台の女性がとても感じがよくて、好きな銭湯でした。
 4年前にシャワーのある部屋に引っ越したあとも、週に一度はお湯につかりたくて通い、今年6月にバスタブのある部屋に引っ越したときも、引越当日はその銭湯へ行きました。
 その後、夏なのでシャワーだけでいいや、という日が続き、10月になって、久々に大きな湯船につかろうと、その銭湯へ行ったら、なんと、リニューアル中で、休業。引っ越した部屋は当初、浴室に問題があったものの、その後、大家さんが風呂釜とバスタブを新しいものに替えてくれて、とても快適になったので、銭湯へ行く必要をあまり感じなくなりましたが、それでも銭湯の大きな湯船がなつかしいので、12月中旬に新規開店したらぜひ一度、行かなければ、と思っていました。
 そして、冬至の22日、銭湯はゆず湯。というわけで、リニューアルしたその銭湯へ行ってみたのですが……かなりがっかり。
 たしかにすごくきれいになってるんですけどね。でも、感じのよかった番台の女性はいなくて、入り口の受付に若い男性がいるだけ。券売機で券を買って、その男性に渡して、男女それぞれ、別々の入り口から入るのです(最近は、女性が番台にいると恥ずかしいと思う男性が多いので、受付式の銭湯が増えているようです)。下駄箱も一箇所しかなく、男女一緒。なんだかなあ。
 中はきれいなんですけど、前に比べてずいぶん狭く感じました。しかも、前に比べてお客さんが多い。きれいになったせいか、若い女性が増えてますな。前はおばさん、おばあさんばっかりだったよ。
 ゆず湯とはいっても、ゆずが入った袋が湯船に浮いているだけで、匂いも何もしないので、ゆず湯に入った気がしないのもがっかりでした。
 以前は、脱衣所に新聞が置いてあったり、ドリンクを売っていたりして、お風呂から出たあと、ドリンクを買って新聞を読んだりしたものですが、ドリンクも新聞も外に出ないとないみたいでした。脱衣所も狭くて、落ち着かない。くつろぎの場所ではなくなってしまったなあ。
 以前は銭湯というと、お年寄りのくつろぎの場所で、番台の女性とお客さんの交流があったりしたものですが、今度リニューアルしたのは本当に、ただ入って出るだけね。つまらん。結局、番台の女性と最後に会ったのは、6月に行ったときだったということになってしまいそうです。経営者もかわったのかもしれない。
 というわけで、この銭湯は多分、もう行かないだろうと思います。しかし、たまには銭湯に行かないと気がすまない性格なので、ほかをいろいろ開拓することにします。

訃報

水曜日に森田芳光監督が亡くなったというニュースを知り、あまりに急なことで、頭の中が真っ白になってしまった。毎年、順調に新作を撮っていて、来年春に公開の最新作の試写が始まっているという情報をもらったばかりだった。
 年齢はすでに61歳だったが(自分の年を考えれば、不思議ではない)、まだまだ進化の途中という感じがしていだけに、まるで映画がいきなり途中で終わってしまったような、そんな不完全燃焼な気持ちがぬぐえない。
 森田監督の映画については、ここ数年、映画雑誌で時々語らせてもらってきて、それもまだまだ続くと勝手に思っていたのだが、運命というものは本当に先が見えない。
 とりあえず、私の好きな森田芳光監督作ベスト5を(製作順)。
「の・ようなもの」
「ときめきに死す」
「それから」
「(ハル)」
「39 刑法第39条」
 最も名高い「家族ゲーム」が入っていないが、好きな映画と優れた映画はちと違うものなのですよ。でも、最高傑作なのは確か。
 森田監督の視線というのは、とにかくユニークで、普通の人とはあまりにも違いすぎて、理解されないことが多かったようだ。それでも、その違いすぎるユニークさを発揮した作家の映画を30年も撮り続けてこれたのは、熱心な支持者が少なくなかったからだろう。アートと娯楽映画の境目で、自分の個性を追求し続けることのできる人はめったにいない。外国で常に新作が話題になる監督でもなければ、大ヒットを飛ばし続ける監督でもなかったのに、それができていたというのは、ある意味、幸せだったといえるかもしれない。

 先月はケン・ラッセルが亡くなりました。こちらはすでに80代。日本ではすでに長い間、新作が公開されていませんでしたが、moviedatabase.comを見ると、テレビムービーやドキュメンタリーを最近まで撮り続けていたようです。
 で、私のケン・ラッセル、ベスト5はこれだな。やはり製作順。
「恋する女たち」(文句なし、ベストワン!)
「ボーイフレンド」
「リストマニア」
「バレンチノ」
「ゴシック」

 お二人のご冥福をお祈りします。

2011年12月21日水曜日

ロバート・レッドフォードと「追憶」

ここ3年間、大学の授業で「グレート・ギャツビー」を扱っていたので、ロバート・レッドフォード主演の「華麗なるギャツビー」を見る機会がかなりありました。
 この映画、脇役のカレン・ブラック、ブルース・ダーンなどはすばらしい名演技をしていて、ヒロインのミア・ファローもデイジーの軽薄なところがよく出ていて、悪くないのですが、主役のギャツビーを演じるレッドフォードだけが完璧な大根。全然演技してないみたいなのです。
 やっぱりレッドフォードは美男なだけの俳優だったのかな、と思ってしまうところなのですが、先日、「追憶」を、本当に、本当に久しぶりに見直しました。
 レッドフォード、うまいじゃないか!
 うーむ、やっぱりギャツビーは、演技に身が入ってなかったんですね。「追憶」の演技は、本当に、身が入った、みごとな演技です。
 「追憶」を見たのは、大学に入った年で、試写会に何度も応募して、試写会で2回見て、映画館でも2回見て、その後はレーザーディスクを持っていた時期もあり、何度も見ているので、かなりのシーンを記憶していました。冒頭、バーブラ・ストライサンドのボーイフレンド役でジェームズ・ウッズが出ていたりして、そういう面からも、何度も見た映画でした。
 で、今回、DVDで見直して、そのあと、監督のシドニー・ポラックや、脚本のアーサー・ローレンツや、ストライサンドなどが回想するドキュメンタリーの映像特典を見て、なるほどなあ、と思ったところがありました。
 実は、ポラックは重要なシーンを2つカットしてしまっていて、ストライサンドとローレンツは残念に思っているのだということ。1つは、ストライサンドのヒロインが、UCLAのキャンパスのそばを通りかかり、そこで、赤狩りで職を失う教師たちのために戦おう、という女子大生の姿を見て、若い頃の自分を思い出すシーン。赤狩りというと、ハリウッドの映画人が仕事を失ったことばかりが言われますが、教師など、他の職業でも仕事を失う人が多かったのだそうです。
 そして、もう1つは、冒頭のシーンでウッズが演じたボーイフレンドが、赤狩りで、自己保身のためにヒロインを密告し、そのために夫のレッドフォードがハリウッドでの仕事を失う危機となり、ヒロインは自分の信念を守り、なおかつ夫を守るために離婚する決心をしたというシーン。このシーンがないと、夫婦は夫の不倫のせいで離婚したようにしか見えない、とストライサンドは言っています。
 公開当時、夫婦が離婚したのは、不倫のせいではなく、妻の活動によって夫の立場が不利になるから、ということは、日本の映画雑誌にも書かれていました。だから、私は、離婚の原因は、妻の政治活動だと思っていました。つまり、公開当時、すでに、カットされた部分が言わんとしていたことはわかっていたわけです。
 ポラックは、政治的なシーンをカットしたら、観客に受けた、と言っています。カットしても、当時の観客には政治的な意味はわかったのでしょう。でも、今はどうだろうか、と思います。
 その一方で、政治的な部分を強調しすぎると、映画の魅力が損なわれる、というのも理解できます。どこかあいまいな方が魅力的になる場合も多いのです。
 それにしても、UCLAで、赤狩りの犠牲になる教師を救おうと叫ぶ女子大生のシーンはショックでした。かつて、ヒロインが大学で演説したときは、多くの学生が聞きに来ていたのに、この女子大生の意見を聞く人は誰もいない、ということに愕然とします。この時代のアメリカがいかに危機的であったかということを示すシーンなのかもしれません。

2011年12月18日日曜日

12月17日@東伏見(2)

今日はアリーナには行きませんでした。
 が、なんと、第1試合でラドンくん、2ゴールじゃありませんか。私の行かないときに限って、なぜ活躍する? 今季限りだろう、と書いたのが伝わったのか? まあ、それはありえないですが。
 今日の昼間は、釧路では崖っぷちのクレインズがなんとか勝ちました。よかったね。
 で、昨日の写真の続き。
 まず、第1試合の記念フェイスオフ。

 ダーシ。ちょっとカメラ目線かも?

 ハイワン勝利。3人の日本人選手たち。

 第2試合。ハルラの守護神オム・ヒョンスン。後ろにいるバックスの選手はボンクとソン・ドンファンですね。

 バックスの守護神、福藤豊。

 ラドンくん。やっぱり練習中はラドンくんばかり撮っていた。

 福藤のマスクの裏側の絵。

 中央の選手が存在感大のジャックマン。

 勝利のあと。ラドンくん、ど真ん中にいます。

 バックスの選手とハルラの選手が握手をしたあと。こちらは真ん中にジャックマンが。右端はラドンくんだけど、ピンボケしてしまっている。

 アウェー側にいたので、バックスとブレイズの選手はあまり撮れませんでした。