2018年2月24日土曜日

久々、上野動物園

もしかしたら12年ぶりかもしれない上野動物園。
幸運にもパンダ母子、シンシンとシャンシャンを見ることができました(かなりの幸運でした)。
4つの区画を30秒ごとに移動する方式ですが、入る前に係員が「今日はシャンシャンが非常によく動いていて、すべての区画で見ることができます」と言っていて、入ってみるとほんとそのとおりでした。最初の区画は柱が邪魔で見えない場所だったのですが、次からはばっちり。
前の竹でシャンシャンはよく見えないけど、シンシンがよく見える。ガラスにお客さんが映っているので、トリミングしてます。

このあとシャンシャンが動きだし、ごろんとしてみせたりするのでお客さん大興奮。係員が次の区画へ移動してと言ってもなかなか動かない。30秒×4で2分のはずが、写真の時間を調べたら4分は見てたみたいでした。
動いているところはどうしてもぼけやすいのですが、ここはじっとしていたのでよく撮れました。

子供のパンダ見たの初めてでしたが、やっぱりかわいい。

シンシンは途中で別室に行ってしまいました(そこも見られる)。

一方、パンダは育児は母親専業なので妻子と別居中の父親リーリー。
リーリーは並ばずに自由に見られますが、それでも大混雑。幼稚園か小学校の団体が来てたので、園内はどこも混んでました。シャンシャンとシンシンはずっと最前列で見られたけれど、リーリーは後ろからしか見られず、人と人の頭の間からズームして撮る感じ。でも、リーリーもかわいいのでお客さんはここでも大興奮。

その他の動物。おなじみの猿山。

しばらく行かないうちにホッキョクグマのところがだいぶ変わっていて、水中を見られるようになっていた。が、この日はあまり水に入ってくれず。これは水から上がるホッキョクグマ。このしぶきが撮れるというのが新しいカメラのすごいところ。

フラミンゴ。新しいカメラの困るところは、手前の金網にピントが合ってしまうところ。そこで遠くの被写体に大きくズームすると、金網が写らなくなる。

今回、パンダがだめならこれが見たい、と思っていたのがタテガミオオカミとマヌルネコ。
こちらはタテガミオオカミ。オオカミという名前だけどオオカミではないそうな。かなりのズームです。全身を撮ろうとすると手前の枝や葉にピントが合ってしまい、タテガミオオカミはぼけてしまう。

こちらは小さい動物を集めた建物の中のマヌルネコ。かわしいし、よく動くので大人気。ここもガラスに人が写り込むので、トリミング。


マダガスカルの動物を集めた建物の中。餌を食べている。

マダガスカルの動物などがいる島へ渡る途中で見られるワオキツネザル。よく動くので面白い。

ほかにもいろいろな動物の写真撮りましたが、動物の写真を撮るのはやはり面白いので、年間パスポートを購入。これがあると入場券を買う列に並ばないで入れるので、パンダ整理券目当てのときにあると心強いです。

あと、今はシーズンオフなのか、工事中のところや非公開の動物がかなりありました。

2018年2月21日水曜日

ネットで見た興味深い話

翻訳家に関するネットで見た興味深い話2つ。

https://togetter.com/li/889292
マイクル・コナリーの翻訳などで有名な古沢氏が最近の文芸翻訳事情を書いています。
氏は数年前にも、売れるシリーズものの翻訳が出たのに去年の年収は300万円だった、と書いていたことがありました。昔はシリーズものの新刊が出ると、過去作が増刷されたのに、今はそれがない、と。
氏の話だと、文芸翻訳の初版部数はバブル期に比べて今は4分の1らしい。
そして、文庫本1冊訳して印税30万から40万の世界になっていると。
うーん、確かにバブル期に翻訳家の友人から聞いた某売れ筋文庫の翻訳書の初版部数が5万部だったのに、世紀末に私がそこから翻訳出したら初版部数が2万5千だったので、氏がバブル期から半減し、その後4分の1に、と書いているのは本当かもしれない。となると、その大手出版社の文庫は初版部数は今、1万数千になっているのだろうか?
もう10年近く翻訳書出していないので実態はわからないが、大手ではない出版社の文庫の初版部数が1万を切っているらしいことはかなり前から感じていた。その分、定価がすごく高い。
今は文庫本もいろいろあるので、印税30万から40万がどのあたりのことかわからないが、印税率が8%から下がっているところもあるらしい。文庫じゃなかったが、単行本で翻訳をたくさん出していて、その後つぶれたらしい某社は、21世紀はじめに翻訳の話が来たとき、印税は6%の6掛け、つまり3・6%と聞いて断ったことがある(作品は非常によかったのだが)。このやり方だと1000円の文庫が1万部出ても印税は36万円。当たっている。
古沢氏は、文芸翻訳では翻訳家専業はこれからは無理、別の仕事をしながら数年に1冊出した方がいい、と書いているが、文芸翻訳全体が翻訳家および志望者多数なのに仕事は少ないという状態なので、別の仕事をしながら数年に1冊、というのはむずかしいのではないかと思う。つまり、特定の出版社でコンスタントに仕事をもらえる人しか文芸翻訳はできないということ。もちろん、持ち込みをして翻訳を出すことはできるが、この持ち込みもむずかしくなっていると聞く。誰も目をつけていなくて、しかも売れそうな本を探すのがむずかしい。
増刷が1000部を切るようになっている、というのも驚いた。
テレビの100分de名著で「フランケンシュタイン」が放送されたとき、新潮文庫と角川文庫が新訳を出したが、すでに創元と光文社の文庫で翻訳が出ているので、大きくないパイを4つの文庫で奪い合うのでは全体は売れても各文庫の売れ行きは芳しくないだろうと思ったが、新潮と角川が2年で3刷になっていたのに驚いた。光文社は1度増刷になり、創元はもう完全に売れなくなった感じだ(創元は書店に並ばないのが非常に不利)。新潮も角川も初版部数が少なく、増刷部数も少ないので3刷になっているのか、あるいはこの2文庫はよく売れているのか、その辺はわからない。ただ、新潮と角川は小さい書店でもコーナーがあり、有利であることは確か。
創元の「フランケンシュタイン」は100分de名著のときに最後の増刷があったが、確か3000部だったような気がする。3000部の増刷って今では多いのか。その最後の増刷の前は、2年に一度は増刷があったのだけど、その分が新潮・角川にまわってしまったのだと思うと、なんとなく数字は合う気がする。

もう1つの話題は、ある翻訳家が別の翻訳家の訳書に「らぬき言葉」を見つけて死にたくなるほどのショックを受けたという話。リンクは貼りません。
こういう話は必ずブーメランになって自分に返ってくるので、困ったもんなんだが、そこに書いてあったたとえ話がかなり変なので、たとえ話という点で少し意見を書いてみようと思う。
他の翻訳家のどういうミスなら許せるか、ということを、友人がいれてくれるコーヒーにたとえているのだが、翻訳家というプロである以上、コーヒーをいれるのは喫茶店のマスターでないとまずいだろう。
そのマスターが、コーヒーに砂糖を入れるつもりで間違って塩を入れっちゃったとか、そばつゆをコーヒーと思って出しちゃったとか、熱いコーヒーをこぼしてお客さんにかけちゃったとか、それ全部、プロとしてダメ。
特にそばつゆは、そばつゆをあたためてカップに入れて出すわけだから、コーヒーをいれる動作としてはまったく不自然なわけで、仲のよいお客さんにいたずらしようとしたのならまだよいが、そうでないお客さんだったらツイッターで炎上案件だわ。
というわけで、こういうコーヒーの出し方なら私もやるから許せる、って、それはまずいだろうと思うわけだ(たとえ話がそもそもよくない)。
で、この翻訳家の許せない「らぬき言葉」に相当するのは、コーヒーを音をたてて飲むことだという。
つまり、「らぬき言葉」のような下品な言葉(実際は「らぬき言葉」は古い時代の日本語の文献にもあり、下品かどうかは国語学者にきかないとわからないが)を、活躍していて、翻訳のあり方などを講義している有名翻訳家が自分の訳書にあるのに直しもしなかった、ということにショックを受けた、ということらしい。
本をたくさん出している有名翻訳家はたいてい下訳を使っていて、なかには下訳の訳文をチェックしない人もいるから、そういう人なら問題翻訳があっても驚かないが、「らぬき言葉」が何よりも許せない、という人の深層心理の方が興味深いと思ったのである。

2018年2月17日土曜日

「グレイテスト・ショーマン」

有名なリングリングサーカスの前身となるサーカスを作ったP・T・バーナムを主人公としたミュージカル。リングリングサーカスになったのはバーナムの死後のようだ。
このリングリングサーカス、昨年、146年の歴史に幕を閉じた。理由は象のショーをやめたら客が激減したからだそうで、現在では動物のショーは動物愛護団体から批判が多く、アメリカではもはやできないようだ。
かつてはサーカスというと、アメリカのリングリングサーカス、ソ連のボリショイサーカスだったが、今はカナダのモントリオール発祥のシルク・ド・ソレイユ。ボリショイは時々日本に来るが、日本の木下大サーカスよりもしょぼい感じで(少なくとも日本公演では)、かつての世界の2大サーカスも今や見る影もない? ボリショイも木下大サーカスも動物のショーをやっているが、今後はシルク・ド・ソレイユなどの人間だけのショーがサーカスの主流になるのだろう。

「グレイテスト・ショーマン」には「地上最大のショー」というせりふが何度も出てくるが、これはバーナムが使った言葉だそうだ。「地上最大のショウ」といえば、セシル・B・デミル監督の有名なサーカス映画がある。

「グレイテスト・ショーマン」はミュージカルであると同時にサーカス映画でもあるのだが、今では批判の対象になるフリークショーを肯定的に描いているのが珍しいというか、けっこうリスキーな企画だったのではないかと思う。
現代ではフリークショーは障碍者や異形の人を見世物にするということで否定的に描かれる(例「エレファント・マン」)。だが、この映画では、人前に出ることができず、隠されていた異形の人々がサーカスで仕事を得て生き生きとする、というふうに描かれている。当時としてはそれでよかったのだろうが、本物のバーナムは黒人奴隷を買って見世物にしたようだし、また、日本のアイヌの人々が見世物として出品されたことがあることを考えると、いくら今とは時代が違うといってもどうなのかなという感じはある。確かに芸人の仕事を得てよかった人たちもたくさんいたのも事実のようなのだが(「エレファント・マン」の主人公メリックも、実際は芸人として活躍し、本人もそれを喜んでいたらしい)。

映画ではバーナムは貧しい生まれで、裕福な上流階級の令嬢と恋に落ち結婚、異形の人々でサーカスを始めて成功する(映画だから史実とは違うところも多いだろう)。しかし、バーナムは上流階級にも認められたいという欲望があり、そのため、上流階級相手の劇を書いている作家を引き入れ、ヨーロッパの一流歌手のアメリカ公演を行う。その過程で仲間である異形の人々や黒人の芸人たちを見捨てるような態度をとるようになってしまう。
このあたりの上流階級(アメリカの場合、上流階級というのは貴族でなく、北東部の家柄のよい裕福な人々)と大衆の対比、上流階級の好む芸術と大衆の好むエンターテインメントの対比は紋切型とはいえ物語の王道。ただ、気になるのは、バーナムのサーカスを愛する大衆もいれば憎む大衆もいるように描かれているのだけれど、大衆の中にそういう分断があるということが描写不足で惜しい。彼のサーカスを憎む大衆が露骨に異形の人々を差別したり、建物に火をつけたりするのだが、サーカスを愛する大衆と憎む大衆の違いは何かということが置き去りにされている。
たとえば、「エレファント・マン」では、メリックを露骨に差別し虐待するのは貧しい人々だった。一方、上流中産階級の人々には偽善的な人と良心的な人の両方がいた。「グレイテスト・ショーマン」は逆に貧しい大衆の方に2種類の人間がいるような描き方をしているのだが、「エレファント・マン」に比べてまったくうまくいっていない。ミュージカルだからどうでもいいじゃないか、というのなら、なぜそういう大衆の分断を脚本に入れたのか、という疑問がわく。志は高かったけれどうまくいかなかったということだろうか。

主演のヒュー・ジャックマンは「レ・ミゼラブル」で歌唱力は証明済みで、この映画でも歌って踊ってはじけている。他の出演者も歌や踊りがみごとで、はじける歌と踊りのショーが満載。ミュージカルにはいろいろなルーツがあって、オペラ、オペレッタ、ショー、レビュー、バレエ、ボードヴィルなどがあげられるが、このミュージカルはショーやレビューの流れをひくものだ。ショーやレビューではストーリーはあまり重要ではないし、歌と踊りでつなげていけばいいのだ。その辺が人間描写を歌でするようなオペラ系のミュージカルとは違う。この映画はレビューとして見れば、歌と踊りの見応えのあるシーンが多く、満足できるものだ。

2018年2月15日木曜日

にゃっぽり

駅にこんなものができていました。

駅近くの郵便局へ行くと、上野動物園のシャンシャンの切手シートが。
思わず、「シャンシャンの切手ください」と言うと、窓口の人が、「62円切手10枚で1500円ですが、よろしいですか?」
えええ、切手代の2.5倍じゃん、ぼったくり、と思ったのですが、「やめます」とも言えず、購入。


が、裏を見たらクリアファイルつき。(クリアファイルを外に出して撮影。)

右はクリアファイルの裏です。

このサイズのクリアファイルは欲しかったのですが、使えませんよねえ。この切手、いつ出たんだろう。1500円じゃ、マニアしか買わないかも。

追記 この切手、去年の12月に発売され、1月下旬に増刷されたのだそうです。私が買ったのは増刷分だったのか。都内の郵便局でしか売られてなく、郵便局のネット通販受付も終了していますが、都内の郵便局ならまだ余ってそう?

紅梅白梅

梅が咲き始めた。


ノスリ。野鳥観察センターの望遠鏡ではよく見えたが、うちのカメラではこれが限界。ピント合わせの光のせいでカメラ目線。

カワセミ。ノスリははるか遠方の木だが、これはセンターの窓のすぐそば。

別の木の枝に飛び移る。光が足りないので、近くてもなかなかうまく撮れない。

このあとベローチェに寄って、ふちねこ3種類目をゲット。袋を3つか4つ触って、小さいのが入っているのがあったので、ベビーだと思い、それをもらう。まだまだ在庫はあるので、箱の中にはそこそこいろんな種類がありそう。ジャンボは最初の店ではたくさんあったのに、その後は触っていない。

今のパソコンはすでに6年目に入っているWindows7で、8が出る直前に買ったのだけど、さすがに動作が遅い、時々固まる。なんとなく10はいやだなあと思っていたけど、もうほんとに10を買わないといけないかもしれない。
2年半前に買ったWindows8.1のタブレット、Surface3が今年に入って充電器をつけても充電できない、できたと思ったら使ってないのに2日でバッテリー容量不足で起動しない。新しいバッテリーに取り換えようとネットで調べたら、Surfaceは修理やバッテリー交換で画面が必ず壊れる仕様だそうで、こりゃもうSurfaceはだめだ、解約しよう、と思ったら、今度は接続できない事態が発生。これは買ったばかりの頃に発生したのと同じで、サポートに電話すれば解決するのだが、もう解約するからいいや、て感じになっている。
パソコンなら通信できなくても使えるのに、これは通信できないとあまり使い道ないみたいだ。機械代は10万円くらいだけど、あまり使っていないし、損な買い物だったなあと思う。