昨夜は「翔んで埼玉」地上波初放送があったようですが、うちはテレビないので見てません(円盤あるし)。
が、映画が終わったあたりの午後11時頃、3000近いアクセスが。
その大部分が、このブログの記事「「翔んで埼玉」に登場するユニモはまさかの千葉県!」へのアクセスのようで、この記事になんと、ここ1日余りで4500以上のアクセスが!
もともとこの記事へのアクセスは毎日2ケタあったんですが、一気に4ケタで、ブログ開始以来のアクセス数ベストテンに入ってきました。
昨日の午後11時頃、ツイッターで「翔んで埼玉」を検索して見ていましたが(視聴者の反応が面白くて笑ってしまう)、ユニモが出てきた頃に「あれは千葉県」というツイートがいくつか出てきて、うーん、私のブログ見ていた人たちでしょうか。
その記事に貼ってある2つのリンク、まだ有効なので、写真つきでわかります。
ただ、記事自体は映画の話は最初だけで、昔埼玉県に7年間だけ住んでいたときの思い出が長かったりして(なので、ここにはリンク貼らないことにします)。
なお、このユニモに入っているUSシネマちはら台では武内監督の舞台挨拶があり、また、監督自らが観客に草加せんべいを配ったのだそうです。
10駅スタンプ押したあと、まったく参加していないガンダムスタンプラリー。今日、日暮里へ行ったら、こんなものができていました。
日暮里は去年のポケモンスタンプラリーでニャースを作っていたので、今回も何かするだろうと思ってましたが、これ、表面がつるつるで光などが写り込んでしまっています。正面から撮ると自分が写るので斜めから。
そして、近くのお寺の庭はこんな花が満開。
谷中墓地の梅。
鳥がかわいく撮れた。
映画や日常生活のブログ。記事内の写真はクリックすると大きくなります。別ブログ(ログインできなくなった場合用)http://sabre26.cocolog-nifty.com/blog/
2020年2月9日日曜日
2020年2月5日水曜日
宝塚LVの追記とか買い物の失敗とか
宝塚の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」、やはりどう考えても、デボラの設定と、銀行強盗からあとの深みのなさが致命的な欠点だなあと思う。
これはかなり大きな部分なので、東京公演で直すのは無理というか、ありえないと思うので、東京公演のLVは見なくていいかなあ、という気持ちに傾いています(買い物失敗続きで懐の事情もあるし)。
デボラが映画のような野心的で男勝りな女性だと、宝塚では娘役ではなく男役が演じることになると思うので(オスカルとかスカーレット・オハラとか)、娘役に合わせて古風な女性にしたのかもしれないけど、それにしても、あれでは成功者と結婚して玉の輿に載りたい女でしかなく、ヌードルスが愛するに値しない。ラスト近くで2人が再会したときが、まるでレッドフォードの映画「グレートギャツビー」みたいだったけど、映画では2人の再会のシーンにはかつての愛がよみがえるような深い感慨があった。
銀行強盗からあとの部分が安っぽくなっているのも問題で、映画の最後の深みがなくなるし、マックスの自殺もなんか唐突に見える。ヅカファンが「デボラの存在感がない」「デボラとマックスが一緒になる理由がわからない」「マックスが自殺する理由がわからない」とツイートしてるのもうなずける。舞台ではマックスが少年時代からデボラが好きだったという設定になってるけど、デボラをめぐる三角関係はほとんど描かれてない。映画ではデボラとマックスがともにヌードルスを愛していたということが逆に、2人の結びつきを納得させるのだ。
デボラの存在感がない、と、マックスの自殺の理由がわかない、というのは先に書いた2つの致命的な欠点のせい。一部のヅカファンのシンプルな感想が実は本質を突いている(多くは感動して、デニーロに見せたいとか、レオーネに見せたいとか書いてるんだけど)。
マックスやジミーの役者の演技を批判する意見もあるんだけど、もともと脚本に難があるので、役者はみなよいと思います。
********************
ベローチェのドリンク2杯分でもらえる岩合光昭のこねこ写真クリアファイル。「職場のカメラが趣味のおっさんが撮った下手な写真みたい」とツイートしてる人がいて、うんうん、とうなずいてしまった。
去年の猫クリアファイルの写真に比べて、なんか失敗作ばかり集めたみたいに見えるのは私だけか?
ツイートしてる人がもらったファイルはこれなんだけど
私もサイトで見たとき、なんじゃこれ、と思いましたよ。これ以外もなんかピントが合ってないみたいな、イマイチな写真が多い気がするんですが、見る人が見ると違うんでしょうか。
こねこといえば、先日、某所へ行ったとき、たまたま行く手をこねこが2匹横切りました。
道を通り過ぎると、3匹目が反対側に。
このあと、この猫もとことこと2匹の方へ走っていきました。
場所は秘密。谷中ではないよ。
以下は愚痴。
昨年11月に買った新しいパソコン、ブルーレイが見られるので買ったのだけど、2、3回見たら、見られなくなってしまった。
どうやら、新しいバージョンのソフトを買わないと見られないらしい。
そのソフト、半額、とかうたってるけど、5800円もする。
今あるブルーレイプレーヤーはポータブルで画面が小さいので、パソコンなら大きい画面で見られると思い、そのパソコンを大枚はたいて買ったのに。
ブルーレイなくていいなら半額のパソコンにしてたな。
悔しいから絶対そのソフトは買いません。それ買うくらいならモニター買うわ。
(サイバーリンクパワーうんたらというやつです。)
同じスーパーで去年の1月に買った電気ストーブが、当時はなんともなかったのに、昨年12月くらいから変なにおいが気になりはじめ、その後、喉や目が痛くなり、調べたら化学物質過敏症になってしまったことが判明。
過敏症になってしまうと暖房器具はほとんどだめになるそうで、とりあえず、ホームセンターで半額になっていた電気アンカを買って、それと使っていなかった寝袋で簡易こたつにしたら、多少においは気になるものの、暖冬のおかげでなんとかそれで暖がとれている。
化学物質過敏症はひどい人は自律神経失調症になってしまうらしいけれど、私はまだ喉と目が痛いとかにおいに敏感になってしまったとか、その程度なので、まだましなのだと思う。
電気ストーブを1週間使わなかっただけで1か月の電気代が前年同時期の3分の2になってたのは驚いた。半額の電気アンカも見てくれがかわいくて気に入っている(これは成功の買い物)。
追記
パソコンでブルーレイが急に見れなくなった件、少し調べてみたら、再生機器よりブルーレイの方が新しいと再生できないということを知りました。
それが関係してるのかはわかりませんが(ポータブルプレーヤーだと再生できた)、この話を知ってからはブルーレイを買うのはやめた方がいいのかな、と思い始めました。ブルーレイが出てもDVDの方が売れてるわけがわかったような気がします。でも、ブルーレイしかないソフトもあるしなあ。
これはかなり大きな部分なので、東京公演で直すのは無理というか、ありえないと思うので、東京公演のLVは見なくていいかなあ、という気持ちに傾いています(買い物失敗続きで懐の事情もあるし)。
デボラが映画のような野心的で男勝りな女性だと、宝塚では娘役ではなく男役が演じることになると思うので(オスカルとかスカーレット・オハラとか)、娘役に合わせて古風な女性にしたのかもしれないけど、それにしても、あれでは成功者と結婚して玉の輿に載りたい女でしかなく、ヌードルスが愛するに値しない。ラスト近くで2人が再会したときが、まるでレッドフォードの映画「グレートギャツビー」みたいだったけど、映画では2人の再会のシーンにはかつての愛がよみがえるような深い感慨があった。
銀行強盗からあとの部分が安っぽくなっているのも問題で、映画の最後の深みがなくなるし、マックスの自殺もなんか唐突に見える。ヅカファンが「デボラの存在感がない」「デボラとマックスが一緒になる理由がわからない」「マックスが自殺する理由がわからない」とツイートしてるのもうなずける。舞台ではマックスが少年時代からデボラが好きだったという設定になってるけど、デボラをめぐる三角関係はほとんど描かれてない。映画ではデボラとマックスがともにヌードルスを愛していたということが逆に、2人の結びつきを納得させるのだ。
デボラの存在感がない、と、マックスの自殺の理由がわかない、というのは先に書いた2つの致命的な欠点のせい。一部のヅカファンのシンプルな感想が実は本質を突いている(多くは感動して、デニーロに見せたいとか、レオーネに見せたいとか書いてるんだけど)。
マックスやジミーの役者の演技を批判する意見もあるんだけど、もともと脚本に難があるので、役者はみなよいと思います。
********************
ベローチェのドリンク2杯分でもらえる岩合光昭のこねこ写真クリアファイル。「職場のカメラが趣味のおっさんが撮った下手な写真みたい」とツイートしてる人がいて、うんうん、とうなずいてしまった。
去年の猫クリアファイルの写真に比べて、なんか失敗作ばかり集めたみたいに見えるのは私だけか?
ツイートしてる人がもらったファイルはこれなんだけど
私もサイトで見たとき、なんじゃこれ、と思いましたよ。これ以外もなんかピントが合ってないみたいな、イマイチな写真が多い気がするんですが、見る人が見ると違うんでしょうか。
こねこといえば、先日、某所へ行ったとき、たまたま行く手をこねこが2匹横切りました。
道を通り過ぎると、3匹目が反対側に。
このあと、この猫もとことこと2匹の方へ走っていきました。
場所は秘密。谷中ではないよ。
以下は愚痴。
昨年11月に買った新しいパソコン、ブルーレイが見られるので買ったのだけど、2、3回見たら、見られなくなってしまった。
どうやら、新しいバージョンのソフトを買わないと見られないらしい。
そのソフト、半額、とかうたってるけど、5800円もする。
今あるブルーレイプレーヤーはポータブルで画面が小さいので、パソコンなら大きい画面で見られると思い、そのパソコンを大枚はたいて買ったのに。
ブルーレイなくていいなら半額のパソコンにしてたな。
悔しいから絶対そのソフトは買いません。それ買うくらいならモニター買うわ。
(サイバーリンクパワーうんたらというやつです。)
同じスーパーで去年の1月に買った電気ストーブが、当時はなんともなかったのに、昨年12月くらいから変なにおいが気になりはじめ、その後、喉や目が痛くなり、調べたら化学物質過敏症になってしまったことが判明。
過敏症になってしまうと暖房器具はほとんどだめになるそうで、とりあえず、ホームセンターで半額になっていた電気アンカを買って、それと使っていなかった寝袋で簡易こたつにしたら、多少においは気になるものの、暖冬のおかげでなんとかそれで暖がとれている。
化学物質過敏症はひどい人は自律神経失調症になってしまうらしいけれど、私はまだ喉と目が痛いとかにおいに敏感になってしまったとか、その程度なので、まだましなのだと思う。
電気ストーブを1週間使わなかっただけで1か月の電気代が前年同時期の3分の2になってたのは驚いた。半額の電気アンカも見てくれがかわいくて気に入っている(これは成功の買い物)。
追記
パソコンでブルーレイが急に見れなくなった件、少し調べてみたら、再生機器よりブルーレイの方が新しいと再生できないということを知りました。
それが関係してるのかはわかりませんが(ポータブルプレーヤーだと再生できた)、この話を知ってからはブルーレイを買うのはやめた方がいいのかな、と思い始めました。ブルーレイが出てもDVDの方が売れてるわけがわかったような気がします。でも、ブルーレイしかないソフトもあるしなあ。
2020年2月4日火曜日
こねこクリアファイル
またまたベローチェが罪な企画を。
昨年に続き、今年も岩合光昭撮影の猫クリアファイル。今回はこねこ12種類。
そして、例によって当たるわけがないコンプリートセット。
絵柄も去年に比べるとイマイチだなあ。欲しい絵柄はこれくらいかもしれない。
裏が1枚1枚違っていて、凝ってるんだけど。
こちらはドリンク2杯分のレシートなので、ふちねこより集まりやすいけど、12種類なのでコンプリートしようとするとお金を貢ぐことになってしまう。去年は同じ絵柄ばかりたくさん出て、だんだんいやになってきたので、今回はあまり熱心にならないようにしよう。
昨年に続き、今年も岩合光昭撮影の猫クリアファイル。今回はこねこ12種類。
そして、例によって当たるわけがないコンプリートセット。
絵柄も去年に比べるとイマイチだなあ。欲しい絵柄はこれくらいかもしれない。
裏が1枚1枚違っていて、凝ってるんだけど。
こちらはドリンク2杯分のレシートなので、ふちねこより集まりやすいけど、12種類なのでコンプリートしようとするとお金を貢ぐことになってしまう。去年は同じ絵柄ばかりたくさん出て、だんだんいやになってきたので、今回はあまり熱心にならないようにしよう。
2020年2月3日月曜日
宝塚雪組宝塚大劇場千秋楽「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」ライブビューイング
行ってきましたよ、ヅカLV初体験。
場所はTOHO流山おおたかの森(帰りに撮影)。
開映20分前に着いたら、プログラムは売り切れ。ひえーっ。
3月の東京宝塚劇場千秋楽のチラシもなくなっていた(夕食後に再訪して補充されていたのをゲット)。
プログラムなどはショップや通販でも買えるのでしょうが、買いたかったのに残念。
今回は一般販売の方が都心にいい席が残っていて、がっかり、でしたが、後方だと端っこでも見やすいし、日本橋とか上野とか六本木のTOHOだと帰りのエスカレーターが大渋滞だなあ、と思ったら、ワンフロアですぐにレストラン街に出れる流山が楽でよかったかも、と。
宝塚は遥か昔に「ベルサイユのばら」のテレビ中継を見ただけでしたが、歌と踊りのレベルの高さはさすが。カメラワークも手慣れた感じで、生中継の危うさとかまるでなく、映像も美しい。「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」はミュージカルやレビュウの部分はよくできていて、見応えがありました。
ただ、ドラマ部分はというと、いろいろ不満が多かったです。
以下、ネタバレ大有りですので、注意してください。
もとよりレオーネ監督の映画のようなものとは違うものになることは予想していました。
残酷なシーンとか、レイプとかは当然カット。時系列もほとんど直線的で、映画のように過去と現在を行ったり来たりというのはほぼなし。宝塚は最後にレビュウがあるので、芝居は2時間程度に収めなければならないとのことで、手際よく話が進むような工夫や省略がされています。
4時間の映画を2時間にしたにしては、わりとよくまとまっていると思います。
ただ、映画の人物関係がだいぶ変わっていて、ヌードルスとマックスの男同士の結びつき、マックスとデボラがヌードルスをはさんで対立している、あるいは、ヌードルスとキャロルがマックスをはさんで対立している、といった、ある意味、大人の男女の複雑な関係はほとんど削られています。
特に不満なのがデボラの性格付けが映画と大きく違っているところです。
舞台では、少女時代のデボラが「皇后になりたい」と歌い、それに対し、ヌードルスが「おれは皇帝になる」と歌うのですが、映画ではデボラは結婚による女の幸せよりも女優としての成功を求めるタイプであり、また、ヌードルスはむしろ、野心や成功よりも平凡な幸せを求めるタイプの男です。
映画では野心を持たないヌードルスと、野心的なマックス、デボラが対比されていて、マックスもデボラも野心を持たないヌードルスを切り捨てるのですが、舞台ではヌードルスも野心があるということになっている。
映画では、デボラがヌードルスの求愛を断るのは、ハリウッドへ行って女優として成功したいからで、平凡な暮らしを望むヌードルスとは人生観が違うからです。しかし、舞台では、デボラはハリウッドのプロデューサーとねんごろになり、ヌードルスと別れるようになっています。
そして、映画のデボラがブロードウェイでシェイクスピア劇の主役を演じるような名女優になっているのに対し、舞台のデボラはプロデューサーに捨てられ、それからしばらくして女優を引退し、慈善活動に専念、その後、ベイリー長官となったマックスと出会い、パートナーの関係になる、というふうに変わっています。
そして、デボラとマックスがパートナーになった理由は、マックスが少年時代からデボラをひそかに愛していたから、ということになっているのです(前半、ブロードウェイ・デビューが決まったデボラに、ヌードルスはバラの花束を渡し、一方、プレゼントの小箱を持ったマックスはそれを渡すことができずに終わるシーンがある)。
映画ではデボラとマックスはヌードルスをめぐる敵同士であり、お互い嫌い合っています。また、映画ではマックスが愛した女はキャロルだけであるように見えます。私はデボラとマックスの間には本当の意味での男女の愛はない、だから2人の結びつきはある種の政略結婚のようなものであり、また、2人はヌードルスの思い出でつながっている、と思っています。ヌードルスの思い出を間にはさんで愛し合っていると言ってもいい。あるいは、舞台には登場しないマックスの息子、ヌードルスと同じ名前を持つデイヴィッドの母になろうとデボラは思ったのかもしれません(夫の連れ子の母になろうとした「ウェスタン」のカルディナーレのように)。
映画ではひきつけあうヌードルスとデボラ、ヌードルスとマックス、マックスとキャロル、反発するデボラとマックス、ヌードルスとキャロル、といった人間関係が情感豊かに描かれているのに対し、舞台ではどうもこのような情愛が感じられない。宝塚だからこそ、そうした情愛を豊かに描くべきなのでは、と思うのですが(かつての「ベルサイユのばら」のように)。
そしてなにより不満なのが、デボラのキャラクター。皇后になりたいと歌う彼女は、結局、成功者の妻になりたい女性として描かれているのです。プロデューサーとねんごろになるのもそうだし、マックスことベイリー長官と一緒になったのもそれではないかと思えてしまう。ヌードルスはギャングだからイヤと言うけれど、それは映画のデボラのような真人間になってほしいというのではなく、まともな成功者ではないからと思えてしまう。
結婚こそが女の幸せという価値観を持たず、名女優になるという野心を追求し、みごとにそれを達成した映画のデボラの方が現代的な女性で、舞台のデボラは「ベルサイユのばら」以前の少女マンガのようです。「ベルばら」をはじめとする新しい少女マンガが次々と生み出される前の、女の子の幸せは結婚だけみたいな少女マンガの時代をはからずも思い出してしまいました。ヅカLV行ってみたら年配の女性が多かったけど、それでもこれは古すぎるような気が。
もう一人のヒロイン、キャロルも映画とはだいぶ変わっていて、映画では保険屋の妻で、宝石商の事務所に勤めている欲求不満の女性だったのが、舞台ではもぐり酒場の歌姫になっていて、宝石商の事務員の女性は別人になっています(舞台では保険屋の妻ではなく宝石商の妻になっている)。ただ、欲求不満でヌードルスを誘惑しようとするのは舞台でも描かれていて、もちろん舞台ではヌードルスは関係を持ったりしないので、このシーン、宝塚で必要かなあ、と疑問に。
また、映画ではキャロルとデボラは顔を合わせていないけれど、舞台では知り合いになっているので、のちにヌードルスがキャロルを訪ねていくと彼女は記憶喪失になっているという設定に変わっています。
キャロルに関しては、もぐり酒場の歌姫で、彼女のまわりで踊る女性たちはかつてデボラのようにバレエを習っていたけれど、今はみんな娼婦になっているという設定で、これはよい設定だと思います(男はギャングに、女は娼婦になる世界を表している)。
まあ、とにかく、デボラの設定が大いに不満なのと、登場人物たちの人間関係のドラマが不十分なところが不満。人間ドラマに関しては2時間に縮めたせいもあるのでしょうが。
このほか、映画ではわかる人にはわかるような感じになっているところを、舞台ではきちんとせりふで説明していて、これは観客に合わせた配慮と思います。
あともう一つ。映画ではマックスは最初から銀行強盗は見せかけで、別人になって出世することを目論んでいたように描かれるのに、舞台ではマックスは本気で強盗しようとして失敗、組合活動家のジミーのおかげで別人になって逃げる、というようになっていて、この変更もどうかなと思います(かなり大きな変更)。映画ではマックスもジミーももっと大きな組織の歯車になっている感じで、「アイリッシュマン」で描かれたジミー・ホッファ(ジミーのモデル)たちのように、マフィアに取り込まれていったと思われるのに、舞台は最後までマフィアとは違うようになってるのもどうなのか。
というわけで、考えれば考えるほど不満が出てくるのだけど、歌と踊りはほんとにすばらしく、男役トップの望海風斗の演技、そして艶のあるのびやかな歌声には魅了されました。他の出演者ではキャロル役の人(本来は男役らしい)がよかった。老年のマックスがだめ、という声があるけど、あれは映画のジェームズ・ウッズも老年期はだめだったんで。
お芝居とレビュウが終わったあとのカーテンコール。何度も幕が下りて終わったかと思うとまた上り、というのは、羽振りがよかったバブルの頃にオペラや演劇を見に行ったときに経験していたので、完全に終わって明かりがつくまで座っていましたが、けっこう立ち上がって帰ろうとする人が多いですね。節分ということで、豆まきみたいなこともしていましたが、ミラノスカラ座日本公演の最終日を見たときのことを思い出しました。指揮者や出演者がはっぴを着て升酒を飲み交わしていたのです。
東京公演のライブビューイングの先行抽選申し込みがもう始まっていますが、どうしてももう1回見たいというほどではないけど、東京公演でどう変えてくるかを見てみたい気もします。上映館が増えたので、ここで見てみたい、と思う劇場を申し込んでみようかな。日曜日なので競争率は高いと思うけど。
あと、埼玉県はTOHO富士見でしかやらないのですね。だから埼玉県に近い流山が完売なのか。
場所はTOHO流山おおたかの森(帰りに撮影)。
開映20分前に着いたら、プログラムは売り切れ。ひえーっ。
3月の東京宝塚劇場千秋楽のチラシもなくなっていた(夕食後に再訪して補充されていたのをゲット)。
プログラムなどはショップや通販でも買えるのでしょうが、買いたかったのに残念。
今回は一般販売の方が都心にいい席が残っていて、がっかり、でしたが、後方だと端っこでも見やすいし、日本橋とか上野とか六本木のTOHOだと帰りのエスカレーターが大渋滞だなあ、と思ったら、ワンフロアですぐにレストラン街に出れる流山が楽でよかったかも、と。
宝塚は遥か昔に「ベルサイユのばら」のテレビ中継を見ただけでしたが、歌と踊りのレベルの高さはさすが。カメラワークも手慣れた感じで、生中継の危うさとかまるでなく、映像も美しい。「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」はミュージカルやレビュウの部分はよくできていて、見応えがありました。
ただ、ドラマ部分はというと、いろいろ不満が多かったです。
以下、ネタバレ大有りですので、注意してください。
もとよりレオーネ監督の映画のようなものとは違うものになることは予想していました。
残酷なシーンとか、レイプとかは当然カット。時系列もほとんど直線的で、映画のように過去と現在を行ったり来たりというのはほぼなし。宝塚は最後にレビュウがあるので、芝居は2時間程度に収めなければならないとのことで、手際よく話が進むような工夫や省略がされています。
4時間の映画を2時間にしたにしては、わりとよくまとまっていると思います。
ただ、映画の人物関係がだいぶ変わっていて、ヌードルスとマックスの男同士の結びつき、マックスとデボラがヌードルスをはさんで対立している、あるいは、ヌードルスとキャロルがマックスをはさんで対立している、といった、ある意味、大人の男女の複雑な関係はほとんど削られています。
特に不満なのがデボラの性格付けが映画と大きく違っているところです。
舞台では、少女時代のデボラが「皇后になりたい」と歌い、それに対し、ヌードルスが「おれは皇帝になる」と歌うのですが、映画ではデボラは結婚による女の幸せよりも女優としての成功を求めるタイプであり、また、ヌードルスはむしろ、野心や成功よりも平凡な幸せを求めるタイプの男です。
映画では野心を持たないヌードルスと、野心的なマックス、デボラが対比されていて、マックスもデボラも野心を持たないヌードルスを切り捨てるのですが、舞台ではヌードルスも野心があるということになっている。
映画では、デボラがヌードルスの求愛を断るのは、ハリウッドへ行って女優として成功したいからで、平凡な暮らしを望むヌードルスとは人生観が違うからです。しかし、舞台では、デボラはハリウッドのプロデューサーとねんごろになり、ヌードルスと別れるようになっています。
そして、映画のデボラがブロードウェイでシェイクスピア劇の主役を演じるような名女優になっているのに対し、舞台のデボラはプロデューサーに捨てられ、それからしばらくして女優を引退し、慈善活動に専念、その後、ベイリー長官となったマックスと出会い、パートナーの関係になる、というふうに変わっています。
そして、デボラとマックスがパートナーになった理由は、マックスが少年時代からデボラをひそかに愛していたから、ということになっているのです(前半、ブロードウェイ・デビューが決まったデボラに、ヌードルスはバラの花束を渡し、一方、プレゼントの小箱を持ったマックスはそれを渡すことができずに終わるシーンがある)。
映画ではデボラとマックスはヌードルスをめぐる敵同士であり、お互い嫌い合っています。また、映画ではマックスが愛した女はキャロルだけであるように見えます。私はデボラとマックスの間には本当の意味での男女の愛はない、だから2人の結びつきはある種の政略結婚のようなものであり、また、2人はヌードルスの思い出でつながっている、と思っています。ヌードルスの思い出を間にはさんで愛し合っていると言ってもいい。あるいは、舞台には登場しないマックスの息子、ヌードルスと同じ名前を持つデイヴィッドの母になろうとデボラは思ったのかもしれません(夫の連れ子の母になろうとした「ウェスタン」のカルディナーレのように)。
映画ではひきつけあうヌードルスとデボラ、ヌードルスとマックス、マックスとキャロル、反発するデボラとマックス、ヌードルスとキャロル、といった人間関係が情感豊かに描かれているのに対し、舞台ではどうもこのような情愛が感じられない。宝塚だからこそ、そうした情愛を豊かに描くべきなのでは、と思うのですが(かつての「ベルサイユのばら」のように)。
そしてなにより不満なのが、デボラのキャラクター。皇后になりたいと歌う彼女は、結局、成功者の妻になりたい女性として描かれているのです。プロデューサーとねんごろになるのもそうだし、マックスことベイリー長官と一緒になったのもそれではないかと思えてしまう。ヌードルスはギャングだからイヤと言うけれど、それは映画のデボラのような真人間になってほしいというのではなく、まともな成功者ではないからと思えてしまう。
結婚こそが女の幸せという価値観を持たず、名女優になるという野心を追求し、みごとにそれを達成した映画のデボラの方が現代的な女性で、舞台のデボラは「ベルサイユのばら」以前の少女マンガのようです。「ベルばら」をはじめとする新しい少女マンガが次々と生み出される前の、女の子の幸せは結婚だけみたいな少女マンガの時代をはからずも思い出してしまいました。ヅカLV行ってみたら年配の女性が多かったけど、それでもこれは古すぎるような気が。
もう一人のヒロイン、キャロルも映画とはだいぶ変わっていて、映画では保険屋の妻で、宝石商の事務所に勤めている欲求不満の女性だったのが、舞台ではもぐり酒場の歌姫になっていて、宝石商の事務員の女性は別人になっています(舞台では保険屋の妻ではなく宝石商の妻になっている)。ただ、欲求不満でヌードルスを誘惑しようとするのは舞台でも描かれていて、もちろん舞台ではヌードルスは関係を持ったりしないので、このシーン、宝塚で必要かなあ、と疑問に。
また、映画ではキャロルとデボラは顔を合わせていないけれど、舞台では知り合いになっているので、のちにヌードルスがキャロルを訪ねていくと彼女は記憶喪失になっているという設定に変わっています。
キャロルに関しては、もぐり酒場の歌姫で、彼女のまわりで踊る女性たちはかつてデボラのようにバレエを習っていたけれど、今はみんな娼婦になっているという設定で、これはよい設定だと思います(男はギャングに、女は娼婦になる世界を表している)。
まあ、とにかく、デボラの設定が大いに不満なのと、登場人物たちの人間関係のドラマが不十分なところが不満。人間ドラマに関しては2時間に縮めたせいもあるのでしょうが。
このほか、映画ではわかる人にはわかるような感じになっているところを、舞台ではきちんとせりふで説明していて、これは観客に合わせた配慮と思います。
あともう一つ。映画ではマックスは最初から銀行強盗は見せかけで、別人になって出世することを目論んでいたように描かれるのに、舞台ではマックスは本気で強盗しようとして失敗、組合活動家のジミーのおかげで別人になって逃げる、というようになっていて、この変更もどうかなと思います(かなり大きな変更)。映画ではマックスもジミーももっと大きな組織の歯車になっている感じで、「アイリッシュマン」で描かれたジミー・ホッファ(ジミーのモデル)たちのように、マフィアに取り込まれていったと思われるのに、舞台は最後までマフィアとは違うようになってるのもどうなのか。
というわけで、考えれば考えるほど不満が出てくるのだけど、歌と踊りはほんとにすばらしく、男役トップの望海風斗の演技、そして艶のあるのびやかな歌声には魅了されました。他の出演者ではキャロル役の人(本来は男役らしい)がよかった。老年のマックスがだめ、という声があるけど、あれは映画のジェームズ・ウッズも老年期はだめだったんで。
お芝居とレビュウが終わったあとのカーテンコール。何度も幕が下りて終わったかと思うとまた上り、というのは、羽振りがよかったバブルの頃にオペラや演劇を見に行ったときに経験していたので、完全に終わって明かりがつくまで座っていましたが、けっこう立ち上がって帰ろうとする人が多いですね。節分ということで、豆まきみたいなこともしていましたが、ミラノスカラ座日本公演の最終日を見たときのことを思い出しました。指揮者や出演者がはっぴを着て升酒を飲み交わしていたのです。
東京公演のライブビューイングの先行抽選申し込みがもう始まっていますが、どうしてももう1回見たいというほどではないけど、東京公演でどう変えてくるかを見てみたい気もします。上映館が増えたので、ここで見てみたい、と思う劇場を申し込んでみようかな。日曜日なので競争率は高いと思うけど。
あと、埼玉県はTOHO富士見でしかやらないのですね。だから埼玉県に近い流山が完売なのか。
2020年2月1日土曜日
宝塚雪組LVの一般販売
2月3日の宝塚雪組「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」ライブビューイングのインターネットでの発売がついさきほどから始まりました。TOHOシネマズの上映館のサイトで、なんですが、
なんと、日本橋と六本木の、私の好きな席がまだ余っている。
くっそー、流山おおたかの森のチケットにもう5250円払ってしまっているんだ!
こっちやめて日本橋か六本木を買っても、流山じゃ譲る相手に困る。
まさか、流山まで見に行って、とは言えない。しかも月曜日の昼間。
流山は列はたぶん、みんなが欲しがる列なんだろうと思うけど、席は端っこ。しかも、みんなが欲しがる真ん中より後ろくらいの列は、実は私は苦手。真ん中より少し前の席が好みなのだ。
ちなみに、流山おおたかの森はすでにチケット完売しています。
今回、日比谷や上野は一般販売開始のときは完売していたのですが、それから数日後になぜかチケット余裕ありに変わったのですね。
日比谷なんかはずれた人けっこういたみたいなのに、なんで、と思いましたが、どうやらスクリーンの数を増やしたらしい。それで、一度売り切れたプレミアボックスシートなどもまた出てきました。
ヅカLV初心者の私には予想の斜め上を行くことばかりで(いちいち売れ行き状況をネットで見てるのもなんだが、それも初心者の好奇心からです)、これなら一般販売まで待ってもよかったのに、と思うのだけど、それでは買えない場合もあるわけで、むずかしいところ。
実際、LVも当たらない、という声は出ています。
雪組の「ワンス・アポン~」はとても人気があるようで、LVの売れ行きもよいようです。
まあ初心者は流山くらいでちょうどいいのかなあ。
今回見て、気に入ったら東京公演のLVも見たいと思いますが、こちらは日曜日になるのでLVもはずれる可能性ありそう。
東京公演が終わったあとにブルーレイとDVDも出るそうです。
宝塚大劇場の方は中国からの観光客の団体のキャンセルが出たりで、当日券が多少余裕というような話も。宝塚市の大劇場の方が当日券が買いやすいそうで、一方、東京宝塚劇場はチケット入手が非常にむずかしいとか。朝の6時から並んで立ち見席とか、うーんすごい。
というわけで、ヅカLV初体験なわけですが、映画の方のノベライズの翻訳、公開時に出版されたのは知っていたけど、どうせノベライズだからと思って読まなかったのですが、県立図書館にあったので借りて読みました。やはりシナリオからのノベライズで、映画のストーリーをそのままなぞっているだけでした。せりふなどが多少、完成した映画と違っている気はしましたが、地の文で特にいろいろ書きこんだり付け足したりもしていない感じ。ディレクターズ・カットで加わったシーンはもちろんなくて、カンヌでお披露目された最初のバージョン(日本では完全版)に沿ったものでした。
ただ、巻頭に小鷹信光による原作者ハリー・グレイについての解説があるのはよかった。
ハリー・グレイの原作「The Hoods」は翻訳はされていません。原書も絶版みたいで、アマゾンでかなり高い値段がついていますが、ペイパーバックで500ページ近くもあり、内容に対する読者の感想はイマイチな感じです。
ノベライズの日本語翻訳版はアマゾンで59円とか、こっちはすごい安い値段でびっくり。
なんと、日本橋と六本木の、私の好きな席がまだ余っている。
くっそー、流山おおたかの森のチケットにもう5250円払ってしまっているんだ!
こっちやめて日本橋か六本木を買っても、流山じゃ譲る相手に困る。
まさか、流山まで見に行って、とは言えない。しかも月曜日の昼間。
流山は列はたぶん、みんなが欲しがる列なんだろうと思うけど、席は端っこ。しかも、みんなが欲しがる真ん中より後ろくらいの列は、実は私は苦手。真ん中より少し前の席が好みなのだ。
ちなみに、流山おおたかの森はすでにチケット完売しています。
今回、日比谷や上野は一般販売開始のときは完売していたのですが、それから数日後になぜかチケット余裕ありに変わったのですね。
日比谷なんかはずれた人けっこういたみたいなのに、なんで、と思いましたが、どうやらスクリーンの数を増やしたらしい。それで、一度売り切れたプレミアボックスシートなどもまた出てきました。
ヅカLV初心者の私には予想の斜め上を行くことばかりで(いちいち売れ行き状況をネットで見てるのもなんだが、それも初心者の好奇心からです)、これなら一般販売まで待ってもよかったのに、と思うのだけど、それでは買えない場合もあるわけで、むずかしいところ。
実際、LVも当たらない、という声は出ています。
雪組の「ワンス・アポン~」はとても人気があるようで、LVの売れ行きもよいようです。
まあ初心者は流山くらいでちょうどいいのかなあ。
今回見て、気に入ったら東京公演のLVも見たいと思いますが、こちらは日曜日になるのでLVもはずれる可能性ありそう。
東京公演が終わったあとにブルーレイとDVDも出るそうです。
宝塚大劇場の方は中国からの観光客の団体のキャンセルが出たりで、当日券が多少余裕というような話も。宝塚市の大劇場の方が当日券が買いやすいそうで、一方、東京宝塚劇場はチケット入手が非常にむずかしいとか。朝の6時から並んで立ち見席とか、うーんすごい。
というわけで、ヅカLV初体験なわけですが、映画の方のノベライズの翻訳、公開時に出版されたのは知っていたけど、どうせノベライズだからと思って読まなかったのですが、県立図書館にあったので借りて読みました。やはりシナリオからのノベライズで、映画のストーリーをそのままなぞっているだけでした。せりふなどが多少、完成した映画と違っている気はしましたが、地の文で特にいろいろ書きこんだり付け足したりもしていない感じ。ディレクターズ・カットで加わったシーンはもちろんなくて、カンヌでお披露目された最初のバージョン(日本では完全版)に沿ったものでした。
ただ、巻頭に小鷹信光による原作者ハリー・グレイについての解説があるのはよかった。
ハリー・グレイの原作「The Hoods」は翻訳はされていません。原書も絶版みたいで、アマゾンでかなり高い値段がついていますが、ペイパーバックで500ページ近くもあり、内容に対する読者の感想はイマイチな感じです。
ノベライズの日本語翻訳版はアマゾンで59円とか、こっちはすごい安い値段でびっくり。
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