原発事故のときは、人間には制御できないものを科学で造ってしまう、という意味でメアリ・シェリーの19世紀初頭の小説「フランケンシュタイン」を大いに連想したのだが、スタップ細胞問題はあまりにバカすぎて「フランケンシュタイン」のフの字も思いつかなかった。
しかし、最近になって、科学者フランケンシュタインとO博士の間にはいくつかの共通点があることに気づいた。
小説「フランケンシュタイン」(映画化されたものは原作とはかなり違う)の主人公ヴィクター・フランケンシュタインは幼い頃から科学に興味を持ち、また、錬金術にも強く惹かれる。スイスのジュネーヴに生まれた彼はやがて同じスイスのインゴルシュタットの大学に進学。化学を専攻するが、そこで2人の教授と出会う。1人は錬金術は過去のものだと断言するクレンペ教授で、錬金術の本をたくさん読んできたフランケンシュタインに、そんなものは過去の遺物だ、科学を一から学びなおせと言う。だが、もう1人のヴァルトマン教授は対照的に、確かに錬金術は何も生み出さなかったが、現代では科学者が奇跡を起こせるのだと、ロマンチックに語る。そして、現代の科学の基礎は錬金術師たちの情熱の賜物なのだと言う。この言葉にフランケンシュタインは魅せられる。そして、新しい生命、新しい人間を造ろうという野心に燃える。
フランケンシュタインはまだ大学生で、今の大学院生でさえないのだが、にもかかわらず、教授は彼の優秀さを認め、彼が実験室で1人で生命創造の実験をすることを許してしまうのだ。実験室に閉じこもったフランケンシュタインは助手も雇わず、教授の指示を仰ぐこともせず、1人で研究に没頭する。その間、家族に手紙を書くこともせず、完全に1人になっていた。やがて、フランケンシュタインは死体をつなぎ合わせて人間を造ることに成功する。しかし、誕生した人造人間は図体がでかく、からだは正視できないほど不気味だった。フランケンシュタインは恐怖のあまり、実験室から逃げ出し、戻ってくると、人造人間はどこかに消えていた。
フランケンシュタインは不気味で巨大な怪物を造ってしまったことを誰にも言えない。そうこうするうちに、怪物が起こしたと思われる殺人事件が起こる。
O博士はスタップ細胞の疑惑が起こるまで、若き天才科学者だと思われていたふしがある。ハーヴァード大学の附属病院のキワモノで有名な教授のところにいたあと、理研のW氏の研究室に入り、そこでキワモノ教授発案のスタップ細胞の研究をし、ついに成功したと、W氏も思ってしまう。それを知ったS氏が舞い上がり、O博士をユニットリーダーに抜擢、世紀の大論文を書かせる。
たぶん、W氏もS氏も、このときはO博士を天才だと思ったのではないか。そして、O博士は自分の研究室と研究費を与えられる。割烹着会見のとき、O博士の研究員は女性ばかりと宣伝されたが、どうやら研究員は1人もおらず、O博士1人で研究していたらしいと言われている(追記 一応、助手はいたようです)。研究員は女性ばかり、というのは、うちの会社は社長も社員も全員女性、というのを売りにしている会社が時々あるので、それをまねたのだろう。女子力アピールの一環だったのだ。
だが、実際は、O博士はシニアの研究者たちの信頼を得て、1人で実験していたのだ。シニアの研究者たちが時々チェックすることもなかったのだろう、あのフランケンシュタインのように。
フランケンシュタインは確かに天才だった。彼は人造人間を造った。実験ノートも詳細につけていて、怪物は実験室を出るとき、それを持って出たので、のちに読み書きができるようになると、その実験ノートから自分の出自がわかる。外へ出た怪物は姿の醜さから迫害を受け、最初は善良だったのにしだいに人間に怒りを感じるようになる。そして、実験ノートを見て、自分を造ったフランケンシュタインが自分を見捨てたと知り、復讐を誓う。もしも、O博士のようなノートだったら、怪物は(以下略)。
これは不幸中の幸いだと思うのだが、O博士はあまりにも無能だったので、怪物を造ることもなかったのだ。O博士は人類の役に立つスタップ細胞を作ったと信じる人がまだいるみたいだけど、O博士の作ったなんとか細胞が人類を滅ぼす細胞だったらどうよ? それにまわりが気づかず、臨床に応用してしまい、ゾンビの大群が生まれ、なんて話になったらどうよ? 今、ゾンビもの流行ってるから、O博士のような美女科学者が造った細胞で世界がゾンビに支配される、なんて映画、すぐにでもできそう(誰でも思いつく話だなあ)。
O博士の事件では、彼女を指導する立場にあったシニアの研究者の責任が問われている。一方、フランケンシュタインはまだ大学生だったのだから、教授や大学の責任が問われてもおかしくないのだけど、昔の小説だからそれはないようだ(というより、怪物の存在そのものを世間が信じてくれない)。また、フランケンシュタインはただの大学生で博士ではなかった。O博士も博士号をはく奪されそうだが。