2026年5月31日日曜日

ダービーと、なかなか来ない本と、「オニオン・フィールド」の追記

 ダービー、ロブチェンの単勝複勝と、バステールの複勝が当たりました。皐月賞ではこの2頭でワイドも買っていたのだけど、今回は買わず。残念。

ホープフルで勝って謎馬と言われていたロブチェン、これで皐月賞、ダービーと2冠。父が菊花賞を制しているそうで、3冠あるかも。もうこれでロブチェンの強さを疑う人はいまい。バステールも、最後、一瞬、勝ったかと思った瞬間があった。

しかし、後楽園ウィンズで馬券買ってはずれたことまだない。まあ、ハズレ馬券も買ってはいますが、必ず何か当たってる。何かのついでに行くので前もってカードに記入していき、買うだけだから、確実な馬を買っているせいかもしれない。ウィンズは競馬場と違ってグルメはないし、馬券売り場と小さいモニターがあるだけで、カップルやファミリーを見てなごむこともないので、馬券買ったらさっさと別の目的地に行くのです。


県立図書館に「重力ピエロ」を予約しているのだけど、1週間前に予約したときは返却回送中となっていて、予約は私が1番だったのですぐに来るかと思ったら、まだ返却回送中になっている。もしかして、どこか遠くの図書館に貸し出していて、戻ってくるのに時間がかかるのかもしれない。まあ、映画見てるから内容はわかっているので、急ぐことはないけれど。

「オニオン・フィールド」、その後、考えたことがあるので、追記します。


前記事で、グレッグがチンピラになってしまったのはヤングケアラーになったからではないか、と書いたけれど、後半、彼が法律を勉強してどんどん賢く知的になっていくのを見ると、彼はもともと頭のいい子どもで、将来を期待されていたが、ヤングケアラーとなったことで勉強ができなくなり、将来に絶望してチンピラになってしまったのかもしれない。父親は教師で、おそらく中流の家庭の生まれだろう。母親の病気などで弟や妹たちの面倒をみることになり、それが大変だったことが語られる。

この映画では主人公たちの家庭環境が断片的にしか出てこないが、そこから類推できることは多い。グレッグが2人の警官のうちイアンの方に憎しみをぶつけるのは、イアンが裕福な家庭の生まれで、医学部に行くほどのよい教育を受けたことがイアンのかもしだす雰囲気にあふれていて、それがグレッグの憎しみをかきたてたのかもしれない。カールの方はイアンに比べ、普通の庶民の出であるように感じる。この2人の違いみたいなものが前半からすでに明らかになっていた。イアンが母との関係を描かれるのに対し、カールは親子関係ではなく妻との関係が描かれる。イアンが警官としては恵まれた環境の出身であることが最初からほのめかされていた。それはイアンとカールの対比だけでなく、イアンとグレッグの対比にもなるのだ。

映画の最後に、グレッグが1983年に仮釈放されることが決まったという話が出るが、この映画の公開で仮釈放がなくなったのだそうだ。前半は狂気じみたチンピラだったグレッグだが、法律を学ぶことに生きがいを見出すことでおだやかな人間に変わっていき、それで仮釈放が決まったのかもしれない。しかし、こんな狂気じみた過去を持つ人間が娑婆に出てくるのは世間が許さなかったのだろう。

ウォンボーの原作を読めば、そのあたりの話が詳しく書かれているのかもしれないが、映画のわずかな描写だけでもこうした深堀は可能だ。グレッグがただの凶悪な人間ではなく、優れた頭脳の持ち主であり、もしもそれが最初から生かされていたら、ああいう人間にはならなかったのかもしれないと思わせる、そういう余地を残しているし、ウッズの演技も前半と後半の違いでそれを表現している。もっとも、同情とか後悔とか、そういう人間的なものはグレッグにも仲間のジミーにもないようで、ひたすらカールだけが苦しんでいるのだが、それでも最後には、彼らも、そしてイアンの母も、何かおだやかな境地に達したように見える。そこが救いである。