2019年1月26日土曜日

疲れた1日&怪我の功名

土曜日は電気ストーブを探して近隣を歩き回り、結局、気に入ったのが見つからず、疲れた1日だった。
つい1週間前、ヨーカドーで暖房機2割引きをやっていたのだけれど、そのときは自宅のストーブは壊れていなかったので、買っておきたいなと思いつつ、買わなかった。
それから数日後、ストーブが壊れる。
壊れたといっても上下2本の放熱管のうち、よく使う上の方がつかなくなったので、下の方はまだ使える。上の方だけか、上下両方なので、どうしても上の方が酷使されてきたのだ。
そして、下の方だけでもけっこう暖かい。どうも上の方が熱が弱くなっていたようで、下の方だけでも今までより暖かい。
しかし、本当に寒いときは上下両方つけないときついので、新しいのを買おうと、近所の西友へ行く。
西友は今、家電売り場の改装を控えて(つか、家電売り場縮小なんだろうな)1割引きを実施中。
が、なんと、暖房機は割引なし。
とりあえず、2割引きのヨーカドーへ行こうと思い、その前にホームセンターに立ち寄って、そこで気に入ったものがあれば買おうと思い、出かけた。
しかし、ホームセンターでは電気ストーブはほとんど在庫なし。
そこでさらに遠征して隣の駅近くのヨーカドーへ。
が、しかし、すでに遅く、ここも電気ストーブは高いものしか在庫がなかった。
別に高いものでもいいんだけど(3割引きになっていたし)、好みのタイプではないのですね。
近くにヤマダ電機があるので、そこも寄ってみたが、やはり電気ストーブは在庫が少なく、1470円というバカ安のが売っていたが、タイプは好みだけどどうも信頼感に欠ける気がして却下。

そんなこんなで結局地元の駅のそばに戻り(この時点で8千歩くらい歩いていた)、疲れたのでドトールで休憩。「バーニング 劇場版」の原作「納屋を焼く」を収録した講談社の「村上春樹全集」の1冊を読む。本は地元の図書館から借りたもの。
村上春樹初の短編集「中国行きのスローボート」と、新潮文庫から出ている短編集「蛍・納屋を焼く」などが収められている。このうち「中国行きのスローボート」は新刊のときに買って読んだが、あまり面白くなく感じ、以後は村上春樹を読むのをやめてしまったという短編集。それまでの3つの長編は読んでいて、好きだったのに。
で、「蛍・納屋を焼く」などはすでに自宅で読んでいたけど、「中国行きのスローボート」も再読してみようと思い、この日、どこかの喫茶店で読めればと思ってバッグに入れていたのだ。
読み始めてすぐに、ああ、やっぱりこの短編集はだめだ、と思った。「蛍・納屋を焼く」などの方は面白かったのに、こちらは昔の記憶そのままのついていけなさだった。
文体が、やっぱりちょっと、違うのだ。
でも、途中から読める話が出てきて、ひととおり最後まで読んだあと、もう一度、最初の方のだめだと思った作品いくつかを読んでみたら、今度はとりあえず読めた。
「中国行きのスローボート」の短編は確かにどれも短編の実験みたいなところがあり、そこが評論家には好評だったのだろうと思う。
しかし、なんだね、「カンガルー通信」とか、ストーカーというかセクハラだろ、これ。
最後に「納屋を焼く」をもう一度読んで、帰りに図書館の返却ボックスに返したが、「納屋を焼く」はやはり面白い。ただ、作者の解説によると、これはかなり手を入れたとのことで、雰囲気が変わっているかもしれないと書いている。この小説を書いたとき、村上はフォークナーの「納屋を焼く」を知らなかったので、初出の「フォークナーを読んでいた」というところを「週刊誌を読んでいた」と書き直している。映画の方はフォークナーの「納屋を焼く」も取り入れられているが、フォークナーのような具体的な作家名と、ただの週刊誌では印象が違うというか、せめて別の作家か何か具体的な名前にしてほしかったと思う。

帰りに西友によって電気ストーブを見たが、好みのタイプはメーカーがまったく聞いたことのないところなので買わずに帰った。やはりヨドバシカメラに行った方がいいのだろうか。なんにしても早く買わないとどこも在庫なくなってしまいそう。
実は団地に引っ越してから西友の家電売り場でいろいろ買い物をしているのだけれど、1割引きになったときにスティッククリーナーを買った。これ。
3年前に掃除機が壊れ、以後、ウェットシートで拭き掃除になっていたのだけれど、埃を吸い込むにはやはり掃除機、ということで、安いのを買いたいと思っていた。充電式は好きではないし、紙パックつきの方が楽なんだけど、掃除機に合う紙パックを同じ売り場で売ってなかったりで、結局これに。安いから壊れるのも早いかもだけど(前のはドンキホーテで2千円くらいだった)。

翌日の追記
こういうのを怪我の功名と言うのであろうか。
土曜日は好みの電気ストーブを求めて徒歩15分くらい離れたホームセンターとヨーカドーとヤマダ電機をめぐり、店頭にろくに商品がないことを知って愕然として帰ってきたが、実は怪我の功名とも言えることがあった。
帰り道、ひどい風で土ぼこりが舞っていたので、そこを避けてふだんとは違う道に入り、そのままドトールの方に向かったのだが、少し手前にコインランドリーがあった。
ここは団地に引っ越す前の下見のときと、引っ越した直後には通ったところだが、そのときはコインランドリーには気づかなかった。
その後、徒歩15分ほどの、ヨーカドーの近くにコインランドリーを見つけ、3年半近くそこに通っていた。
洗濯日は日曜日と決めているので、ためしに行ってみると、なかなかきれい。洗濯機も乾燥機も新しいものが多い。
でも壁紙は汚れているし、手洗い用の水道やシンクは古い。ただ、天井だけはものすごくきれい。
もしかして、引越の頃は休業中で、その後再開したのだろうか。
ここだと徒歩8分くらいなので、時間短縮。店も広いし、洗濯機や乾燥機も数が多いしきれい。自販機のドリンクも安い。
というわけで、コインランドリー通いがものすごく楽になった。
遠い方のコインランドリーは夏の日差し、冬の北風の中を15分も歩いていくのはかなりつらかったが、そのかわり、景色がよかったり、途中で猫に会えたり、洗濯中にヨーカドーで買い物したりコーヒーを飲んだりできたから3年半通ったのも悪くはなかったと思う。

2019年1月23日水曜日

「ふたりの女王 メアリーとエリザベス」ほか

先々週、村上春樹の短編「納屋を焼く」を映画化した韓国映画「バーニング 劇場版」の試写を見せてもらい、その後、村上の原作と、ウィリアム・フォークナーの短編「納屋を焼く」も読み、ここで感想を書こうと思っていたのだけれど、ネットでこの文章を読んで、あまりに見事な分析なので、これ以上付け焼刃的なことを書いてもしかたないのではないかと思ってしまった。
https://france-chebunbun.com/2018/12/30/post-18156/
1ページ目が昨年12月にNHKで放送された「バーニング 短縮版」について。
2ページ目がネタバレありで「劇場版」について論じている。(ネタバレ注意)
短縮版は見ていないけれど、この文章によると、短縮版は村上春樹の原作の結末に相当するところで終わっていて、劇場版(というか、これが本来の作品)ではそこから先が1時間くらいある。つまり、短縮版というよりは長い予告編?
とにかく、この文章の2ページ目に書かれている「劇場版」の解釈が見事というか、試写でもらった資料に書かれていた評論家や大学教授の文章がどうにもピンと来なかったのだが、この文章が私が考えたことにかなり近く、しかもそれをさらに詳しく分析していて、参りました、という感じ。
ただ、ここに書いてあること以外に感じたことがいろいろあるので、そのうち書いてみたいとは思っている。

さて、今日は「ふたりの女王 メアリーとエリザベス」の試写に出かけた。
スコットランドの女王メアリーは何度も映画化されていて、ヴァネッサ・レッドグレイヴがメアリー、グレンダ・ジャクソンがエリザベスの映画も70年代に作られていた(私は見ていない)。
今回はシアーシャ・ローナンのメアリーとマーゴット・ロビーのエリザベスで、アカデミー賞ノミネート女優2人の対決が見ものだが、2人は最後に初めて顔を合わせるだけで(ただし、ここは史実にはない創作)、それまでは両者が交互に描かれる。監督のジョージー・ルークはマイケル・マンの「ヒート」を念頭に置いていたようで、なるほどと思った。
イングランドの女王エリザベスと、スコットランドの女王でイングランドの王位継承権を持つメアリーの権力争い、という従来の見方を変え、2人のかわした手紙から読み取れる女王同士の連帯感、絆みたいなものを中心に描いている。黒人やゲイが登場するのは史実的にどうなのかと思うが、これも現代的な解釈なのだろう。
一番の見どころは大人の女性を演じるシアーシャ・ローナンで、「つぐない」、「ブルックリン」、「レディ・バード」、「追想」と、少女や未熟な若い女性のイメージが強く、大人の女性を演じるのは当分先かと思っていたら、いきなり来ました、大人の女の役。
15歳でフランス王太子に嫁ぐも死別、スコットランドに戻って再婚、というメアリーが生理になったり、性の喜びを体験したり、出産したりと、女性の肉体的な経験と変化をローナンが演じる。彼女のメアリーは最初から大人の女性として登場していて、以前のような若い女性のイメージとはかなり違っている。
一方のロビーは天然痘の後遺症で美しさを失っていくエリザベスを演じていて、メアリーが妊娠し、出産するときに、エリザベスはむなしく紙で赤い花をいくつも作っていく、という対照的な描写。
美人であり、女性としての経験を存分にして生きたメアリーと、王位を守るために女を捨てたエリザベスの対比が、最後の対決シーンで浮き彫りになる。ここはなかなかの見どころ。
この時代、まわりの男がみんなワル、というのは至極当然として、しかし、女性のメアリーやエリザベスを男社会の被害者的側面だけで描くのは少々物足りないという感じはあるし、メアリーとエリザベスの対比もそれほど新しくは感じないが、最後の対決シーンで「私はスチュアート家だからあなたより上」とメアリーがエリザベスに言うあたりに由緒正しい家柄の女王メアリーと、父親ヘンリー八世に母親アン・ブーリンを殺され、その後も苦労したエリザベスの下から這い上がる者の生きざまが垣間見える。貧しい中から上り詰めようとしたトーニャ・ハーディングを演じたロビーがエリザベス女王であることに大いに納得した。

同じ試写室で昨年暮れに「ヴィクトリア女王 最期の秘密」を見たが、ジュディ・デンチが20年ぶりにヴィクトリア女王を演じる上、監督がスティーヴン・フリアーズなので大いに期待したけれど、かなりな期待はずれ。デンチが20年前に「QUEEN VICTORIA 至上の恋」で演じた女王は最愛の夫を失い、従僕と精神的な愛で結ばれる話だったが、今回はその従僕も亡くなり、老いた女王がインドから来た青年を寵愛する。このインド人青年と女王の話は女王の死後、徹底的に証拠を消されていたが、今世紀に入って資料が見つかり、この映画ができたようだけれど、世界各地を植民地にしていた大英帝国の女王と植民地インドから来た青年の交流の描き方がどうにも偽善的で好感を持てなかった。20年前のデンチの映画ではそういう感じはなかったのだけれど(イギリスだけの話だったからだが)、今回は女王とインドの関係がきれいごとすぎる感じで、周囲に差別的な人がたくさんいました的なお茶の濁し方なのも納得がいかない。若き日の女王を描いた「ヴィクトリア女王 世紀の愛」もそうだったけれど、今世紀に入ってヴィクトリア女王を美化する傾向があるのだろうか。

2019年1月20日日曜日

まだ届いていないのですが

1月19日発売で、書店でちら見してきました。

後の方の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」ディレクターズ・カットの記事を書いています。
2月1日から4週間、午前十時の映画祭で上映。私が行ける映画館は後半の2週間だなあ。
午前十時だと8時半くらいに出ないといけないので、朝が弱い私にはきびしいですが(すでにブルーレイで見ているし)、この映画が映画館にかかるのは本当に久しぶり。初公開から35年、名画座でもやっていましたが、最後の上映から30年くらいはたつ? しかも日本で公開されたのは25分くらいカットされたバージョンだったので、今回初めてスクリーンに映るシーンがカットされた25分+ディレクターズ・カットで加わった20分の計45分。
私は初公開時のキネ旬の特集の分析採録をやったおかげでカットされる前の完全版を試写室で見ることができたのですが、その後、この完全版はビデオやDVDでしか見てないです。
まあ、その辺の話は記事に書きましたが、それ以外に映画の内容を完全ネタバレで書いているので、未見の方は見る前には読まない方がいいかも。ディレクターズ・カットで加わったシーンについても詳しく書いているので、そこを知らない状態で見たい人も同じく。

キネ旬は以前はゲラが来なかったので、出した原稿が実際にどういうふうに誌面になってるのかは本を受け取るまでわかりませんでした。特にキネ旬に書き始めたばかりの頃は、原稿出したけど本当に載るのかなあと、本が出るまでドキドキしてたのを思い出します。
最近はゲラが来るようになって、もう誌面はわかってるので、そういうドキドキはなくなりました。
「ワンス・アポン~」については、分析採録では評論めいたことはほとんど書けないので、いつかこの映画について評論を書きたいと思っていましたが、その後35年間、何もしてこなかったのが実情。今回、思いがけず執筆の機会を与えてもらえ、分析採録のときにキネ旬に評論も書きたかったと思っていたので、35年ぶりの悲願(なんておおげさなものではないが)が叶ったことになります。
が、しかし、今回はディレクターズ・カットの紹介ということで、35年前に書きたいと思っていた評論とはやはり別物というか、ちょっと違うなと感じるのですが、それでも35年間の悲願であったことには変わりないので、満足感はあります。機会を与えてくれた現在の編集部、そして35年前にお世話になった編集部と東宝東和宣伝部に感謝します。


追記
行ける範囲の映画館でやってない、とか、朝は無理、という方のために
アマゾンで買える輸入盤ブルーレイ。日本語字幕、日本語吹替えつき。完全版も入っていて値段も安い。
 こちらは2014年に日本で発売された限定品のブルーレイ。豪華ブックレットつき。私は持っていません。
現在は1万円以上の高値で売られています。

2019年1月18日金曜日

「ボヘミアン・ラプソディ」19回目@亀有シアター10

火曜に続いてまた行ってしまった「ボヘミアン・ラプソディ」。今回はMOVIX亀有のシアター10。通常上映では非常に条件のよいシアターです。
今日から「マスカレード・ホテル」が始まるので、シアター10での「ボヘミアン」は昨日の木曜日がラスト。亀有最大スクリーンで音響もよいこのシアターでの上映もこの日が最後かと思うと、行かないわけにはいきません。
TOHO日比谷のプレミアムシアターも「ボヘミアン」は今日までで、明日からは「マスカレード・ホテル」ですが、最初に行ったときはよかったけど二度目がイマイチだったので、こちらはパス。
火曜日に行ったTOHOららぽーと船橋もドルビーアトモスの「ボヘミアン」は今日からはレイトになってしまいますが、明日の土曜日だけは夕方の上映。ここはレイトだと帰りの電車がないので、レイトだけになってしまうと無理。
実はららぽーと船橋の上映、音響はすばらしかったけれど、画面が少し暗くて不満でした。
それまで4回続けてIMAXだったので、それで見劣りするのだろうと思っていましたが、亀有のシアター10は画面が明るくて非常によかった。音響も重低音やサラウンド感がそれなりにあってよかった。亀有出かけて大満足。もう1回見たいくらいでした。

この映画は名セリフやしゃれたセリフが多くて、英語シナリオ出てないのかなあと思ったけれど、出てないみたいですね。本になる脚本は実際の映画と違っている場合が多いので(完成した映画からの台本でないから)、ブルーレイ出たらそこでチェックした方がよさそう。
今回気づいたのは、クイーンの面々がジョン・リードと初めて会うシーンで、リードからクイーンを定義してほしいと言われ、フレディが「居場所のない人間たち」みたいなことを言うのに対し、ブライアンが「バンドは家族だ」と言うところ。ここにフレディと他のメンバーの考え方感じ方の違いが出ていて、この相違がしだいに亀裂になっていき、最後にフレディがメンバーや家族を自分の大切な人たちと思うようになる、という構成になっているのです。これは実はブライアンや他のメンバーの願望だったようで、「自分たちはバンドは家族だと思っていたが、フレディがそう思っていたかどうかはわからない。でも、フレディにもそう思ってほしいという願いを映画にこめた」みたいなことをブライアンがインタビューで言っています。
それ以外にも前から印象に残っていたセリフとして、ポールの「I know who you are, Freddie Mercury」というのがあって、これは農場でフレディが「ラヴ・オヴ・マイ・ライフ」を作曲しているとき、フレディが「これはメアリーのための曲、彼女が自分の一番の理解者」と言うのに対し、ポールが上のセリフを言う。つまり、フレディがゲイであることを自分は知っている、自分の方がメアリーより理解している、という意味で言っている。ところが後半、雨のシーンでポールがフレディに去られるシーンでも彼はまたこのセリフを言うのだけれど、今度は「おまえのやってきたことを知っている」という脅し文句になっているのです。
この映画にはこうした、セリフや似たシーンの繰り返しがいくつもあって、常套手段といえばそうなのだけど、なかなかうまいと感じます。
ブルーレイが出たら、またセリフについて書きたい。

亀有は今日からは「ボヘミアン」は2番目に大きいシアター9ですが、10に比べて9はスペックが劣る。
亀有は「ボヘミアン」は本当に優遇していて、最初はシアター10、2週間後に「ファンタビ」が始まって9になったけれど、1週間後にはまた10に戻る、それから「シュガーラッシュ」が来るまではずっと10で、「シュガーラッシュ」が来たあとも時々レイトで10にしていたりしましたが、先週金曜からは平日はすべて10。3連休だけは中くらいのハコになってしまって、このときは満席続出だったようです。
ただ、火曜日の船橋、木曜の亀有を見ると、お客さんはかなり減ってきたな、という実感があるので、これからは縮小していくのでしょう。IMAXがいつまでやっているかだな、今後は。

おまけ 我が家の今年のカレンダー。
「ボヘミアン」CD、シャンシャン誕生日記念カード、まるちゃん卓上カレンダー(表がカレンダー、裏が全面写真)。

まるちゃん壁掛けカレンダー。

書店で買ったシャンシャン・カレンダー。上野動物園で買ったシャンシャン・カレンダーはしまってあります。

ダイソーで108円のディズニー・カレンダー。1月2月は美女と野獣。ほかは白雪姫、シンデレラ、リトル・マーメイド、ラプンツエル、眠れる森の美女。108円とは思えないクオリティ。

2019年1月16日水曜日

夕暮れの谷津干潟&「ボヘミアン・ラプソディ」18回目

「ボヘミアン・ラプソディ」が日本で公開されてからまだ2か月と1週間というのに、すでに18回見てしまった。18回目は連休明けの火曜日にTOHOららぽーと船橋のドルビーアトモス。ここは前に1度アトモスで見て気に入っていたので、IMAXじゃなければここだな、と思ってまた見に行った。
「君の名は。」や「妖猫傳(空海)」は見るたびに発見があるので、見るたびに長いものを書いていたけれど、「ボヘミアン」はあまりそういうのがなくて、もっぱら音響の違いみたいなのでお茶を濁していたが、火曜日に見に行ったのはフレディがビバへ行くシーンにロジャーの後ろ姿が映っていると聞いて、それを確認という目的があった。
実は、あのビバのシーン、ぼんやりと映る後ろ姿がなんとなく気になっていたのだが、それがロジャーだというのだ。フレディがロジャーと一緒にビバへ行くという設定で、撮影もされたが、ロジャーがはっきり出ているシーンはカットされたとのこと。
この映画、画面にぼんやりと映っている人物やガラスに映っている人物に実は深い意味がある、というシーンが多くて、リピートしながらそこに注目していたのだけれど、このロジャーのぼんやりと2回映る後ろ姿も意味があったのだな。
ららぽーと船橋はお客さん、かなり若くなっていてびっくり。
ここは「ボヘミアン」は当初、すごく冷遇していて、アトモスもレイトしかないとか、すぐにそれもなくなって通常の小箱にされてしまうとかしていたのだが、その後、人気が出てアトモスも通常も回数が増えていた。これからは「ボヘミアン」はここのアトモスか109木場のIMAXかなあ、と思っていたら、今週末からまたアトモスはレイトだけになってしまうようだ。
ららぽーと船橋と木場は都心よりはやや近いし、運賃も少し安いのだが、木場は帰りの東西線のラッシュが殺人的でかなわないし、ららぽーと船橋は平日は夜8時に閉まってしまうので映画が終わってから変なところを通って帰らなければならず、おまけに帰りの電車が30分おきとか、どちらも帰りが困るのだけど、でも、船橋のアトモスはやはりいいので、またレイト以外でもやってほしいものです。

さて、南船橋といえば谷津干潟。火曜日は干潮が午後5時台で、映画の前に谷津干潟へ行って鳥の写真を撮ろうと家を出たら雨が降ってきた。これは今日は写真を撮るのはだめかな、と思っていたら、南船橋に着いたらすっきり晴れ渡っていた。

小さい鳥はいろいろいたが、大きい鳥はこのダイサギと、ほかにアオサギが1羽ずつだけだった。

3時半から5時近くまでいたけれど、干潮といってもこの程度。

アオサギ。ここはわりと干上がっている。

魚をつかまえたダイサギ。

歩くアオサギ。

夕暮れ。



アオサギが飛んで着地したところを動画から。