2024年11月14日木曜日

近所の秋景色

 コキアとか赤とんぼとか紅葉とか。





闇バイト強盗殺人かと思われていた千葉県市原市のラブホテル強盗殺人事件、元従業員の男が逮捕され、容疑を認めたとのこと。実はヤフコメで、内情を知るという人物が、事件後、連絡が取れない男の従業員が1人いて、そいつが犯人だと思われている、という書き込みをしていた。実際は従業員ではなく元従業員で、自宅で逮捕されたので、少し情報が違っていたが、闇バイト強盗殺人ではないというその人の主張は間違っていなかった。

ただ、市川市で拉致された女性が見つかった埼玉県のホテルが、あのラブホテルと同じような構造なので、闇バイト強盗の連中が民家からホテルにターゲットを移したのではないか、という意見もあって、これをヒントに闇バイト強盗がそっちに向う懸念はある。

昨日のニュースでもうひとつ、注目したのが、2台のスマホのうち1台を預け、もう1台を調整ルームに持ち込むという偽装工作をした若手男性騎手の1人、永野騎手が、それだけでなく、親戚に馬券予想を話していたということで1年間の騎乗停止になり、引退届を出して受理されたということ。

昨年春のスマホ持ち込み事件のあと、1年半近くにわたってスマホの偽装工作と持ち込みをしていた上、馬券予想まで親戚に話していたというので、重い処分になり、本人は引退したのだが、この前日、藤田菜七子がインスタグラムでファンへのお詫びのメッセージを出した。

このタイミングに注目するコメントが見当たらないのが不思議。

藤田はファンや関係者にお詫びするとともに、もしも許されるなら競馬界のために尽くしたい、と書いたのだが、これがまたバッシングのもとになっている。

でもねえ、藤田がJRAと協議せずに勝手にメッセージを書くと思ってる人ばかりに見えるのがまた不思議なんだが、藤田の件に関してはJRAの最初の対応がお粗末な上、言うことがころりと変わったりと、JRA側にもまずいところがあるんでないの?と思ってしまうところがあったのだが、藤田の今回のコメントはその辺、JRAと和解したというのがあのメッセージじゃないかという気がするんだが。

JRAと絶縁して事実を暴露、みたいなことは夫がJRA職員なのでないとは思ったが、離婚したりしたら過去を告白とかありえたのでね。

しかし、藤田へのバッシングを見ると、競馬ファンってJRAを100%信じているんだな、とか、馬券で大損してるうっぷんをバッシングで晴らしてるんではないの?とか思ってしまうんだが。ヤフコメはとにかくバッシングばかりなので、Xの方で、なんだろ、あいつら、みたいな意見がけっこうある。

また、藤田のメッセージについてどうでもいい記事をマスコミが出しているが、いまだに彼女はマスコミにとってはアクセスが稼げる人なんだな、と思った。こういうふうに利用されてるからバッシングも多いわけだ。永野や他の騎手に対するバッシングはこんなにひどくない。

2024年11月12日火曜日

サル山見納め

 10月4日に上野動物園へ行ったとき、サル山のサルが少ないのに気づいたが、たまたまだろうと思っていたら、10月中旬に、施設改修工事のため、サル山のサルを非公開エリアに移動中、というお知らせがあった。でも、来年3月までに移動と書いてあったので、まだまだサルは見られるのだと思っていたら、今日、サル山のサルがついに最後の1頭になったのだと。

自分から非公開エリアに移るのを待っているのだそうで、この最後のサルが移動したら、サル山は終わりらしい。

サル山は1932年10月から90年以上にわたって続いていたとか。老朽化で全体を作り替えるのだろうか。

上野動物園のサル山は大好きで、一日中サルばかり見ていた時期もある。2020年春、コロナで閉園中に3頭の子どもが生まれ、その後再開してからはずっと子ども3頭の成長を見続けていた。すでに4歳になり、大人よりひとまわり小さいくらいにまで成長してきたけど、顔は子どもの頃の面影がある。

あの子たちが大人になる最後の時期が見られないと思うと、とっても残念。

改修工事がいつ終わる予定なのかもわからないから、次に出会うときは完全に大人で、見分けがつかなくなっているだろう。ていうか、工事が長く続く場合、よそへ引越もありうる?

というわけで、10月4日のサル山が見納めになる可能性大。パンダやマヌルネコに気をとられて、サル山はあまりゆっくり見なくなっていたのがほんと、悔やまれる。

10月4日は午前中、西園の動物を見たあと、お昼頃に東園に移り、さるやまキッチンでかき氷を食べながら窓からサル山を眺めた。


そのあと、少しだけサルを撮影。このとき、サルが少ないと感じたのだが。



いったん外へ出て、午後にまた西園から入り、パンダなどを見たあと、東園へ。サルの体重計の数字が出てないのが気になったが、このときすでにサルの引越しは始まっていたのだ。





こんなことなら10月中にもう一度行けばよかった。なんでいつも、また今度、と思って見に行かないと、もう見られなくなるのだろう。フォッサといい、他の動物といい。なんでもそうだけど、また今度、はないと思って生きなければいけない。ていうか、年齢的にも明日は約束されていないのだから。

そういえば、マヌルネコのいる小獣館も今、非公開になっているらしい。マヌルネコの子どもたちもどんどん大きくなっていって、何頭かはよその動物園へ行ってしまう可能性もあると思う。コロナで閉園中に生まれた双子のうちの1頭は公開されることもなく、別の動物園へ行った。今いるマヌルネコの子どもも10月4日が見納めの可能性も。

2024年11月11日月曜日

ハロウィンすぎたらクリスマスツリー

 9年前に郊外の超古いUR賃貸に引越し。それまでは六畳一間の生活だったのが2DKになり、ずっとずっと前からの念願だったクリスマスツリーを部屋に飾ることができた。

9年前の秋、近くのスーパーで90センチのツリーセットが1500円だったので、迷わず購入。豆電球もついていて、ただ、オーナメントがリボンと松ぼっくり中心だったのが気に入らず、100均でオーナメントを買って飾った。

そのツリーが、私以外の人はほとんど買わなかったようで、12月に入ったら500円で投げ売りになってたけど、ハロウィンのあと、11月からずっと飾ってたのでよしとしよう、と思った。

そして毎年、ハロウィンがすぎると飾っていたクリスマスツリー。しかし、昨年春に15年間つきあった最愛の地域猫が逝ってしまい、去年はツリーを飾る気分ではなかったけれど、100均で売っていた小さな白いツリーが気に入って買い、それに前のツリーのオーナメントを飾った。前のツリーは豆電球が壊れ、ツリー自体もだいぶくたびれてたので、廃棄。

実は数年前に、スーパーで、高さ150センチのツリーセットがクリスマスイヴになんと1000円で投げ売りされていて、150センチのツリーにあこがれていたので、買ったのですよ。まあ、その年はもうイヴなんで、来年、と思っていたら、次の年、いざ飾ろうとしたら、木から組み立てなければならず、めんどうなので断念。そのうち、そのうち、と思っているうちに100均の小さい白いツリーになってしまったのでした。

そして今年も去年と同じ100均の白いツリーにオーナメントとなりました。(左上はちょっと隠してます。)


昨日の日曜日、これを飾ったあと、近所のホームセンターへ買い物に出かけ、テレビ売り場の前を通ったらスタニングローズの姿がいくつも映っているではないか!

エリザベス女王杯にスタニングローズが出てるのは知ってたけど、まさか勝つとはね!

エ女王杯はイマイチ、推したい馬がいなかったので、昨日は中山競馬場へは行きませんでした(エ女王杯は京都競馬場で開催だけど、中山へ行けば馬券が買える)。

ただ、推すとしたらスタニングローズかキミノナハマリアかな、とは思っていたのよね。後者はだめでしたが。

そして、今回もだめだろうと思ってたレガレイラは安定の5着。ダントツ人気だったけど、なんでやねん? ルメールだから?

2024年11月9日土曜日

なんと近場で

 横浜DeNAベイスターズの優勝セールが。ノジマです。


チラシ置いてありました。



なんとこの惹句は。


ここは八柱霊園にお気に入りの木を見に行った帰りなんとなく立ち寄ったのですが、お気に入りの木はまだ緑ですが、よく見ると赤くなっている葉が何枚かありました。






そして紅葉も。


お気に入りの木の葉は色が変わると一気に黄色になって散ってしまうようなので、来週はひんぱんに見に行かなければ。

ノジマはお客さんほとんどいませんでしたが、店内はベイスターズの応援歌がかかっていて、80年代の池袋西武のライオンズ優勝バーゲンを思い出しました。

47年間の独り暮らし

 あるブログで大殺界のことが書いてあり、大殺界?なんだそれ?と思ってググってみたら、六星占術から来るものらしい。

六星占術って、昔から全く当たらないので、全然信用してないのだが、一応、調べてみたら、私の場合、大殺界の方が運がよく、そうでないときの方が運が悪く見えるんだが。

比較的安定期だったのは、独り暮らしを始めた1977年春から2007年で、2007年春から現在までは不安定期に思える。

1977年春に独り暮らしを始め、その後、大学院に進学、映画評論家になり、という具合に、収入は乏しかったけれど、自分の好きなことができていた時代。

それが、2007年春におそらくエコキュートが原因と思われる低周波音に悩まされ、何度も引越しをしたのがこの17年間。2008年春から15年間、谷中の地域猫とのつきあいがあったからなんとか生きてこれたのだと思う。

ただ、騒音に悩まされるというのは、独り暮らしをしてから起こったことで、家族と住んでいた頃はほとんど気にならなかったことだ。

最初に住んだアパートは、隣が飲食店で、深夜遅くまで巨大な換気扇が何台も稼働していて、けっこううるさかった。ただ、当時は深夜2時くらいまで起きていたので、その頃には換気扇も止まり、眠ることはできた。

その後、1984年に都内に引越し。1年間住んだアパートではすぐ近くの商店街の流す音楽がうるさかったが、深夜は静かだった。

それでも住み心地は悪かったので、1年後に文京区のアパートに引越し。そこで22年間すごす。ここでも、すぐ隣の木造2階建ての事務所が1階の屋根に爆音室外機を置いていて、夏はうるさかった。ただ、冷房しか使っていなかったのと、夜10時半には事務所が閉まっていたので、深夜は静かだった。

とにかく深夜が静かなら無問題なのだが、2007年春から低周波音に悩まされるようになり、引越。郊外に転居したが、トラブルが多くて1か月でまた文京区の別のアパートへ。ここがアパートの周囲に大小さまざまな室外機が10数台あって、そのうち1台が1年中稼働しっぱなしで、しかも1日中ピーという甲高い音を出すので困った。でも、細い路地をへだてた向かいだったので、なんとかしのげた(今は隣のベランダなので2メートルも離れてない)。4年住んだあと、前から住みたかったマンションに引越し。ここでは騒音トラブルはなかったのだが、2年半住んだあとにどこからか低周波音が聞こえるようになり、こりゃもう文京区はだめだな、と思い、郊外のUR賃貸への引越しを考える。

そのマンションに4年住んだあと、郊外の古いUR賃貸に転居しようとしたが、うまくいかず、とりあえず安いアパートに住み、2か月後に希望のUR賃貸に入ることができた。そのアパートのすぐそばの家にエネファームがあり、低周波音に悩まされたのだが。この頃、新築の家にはエコキュートやエネファームをつけるのが流行っていたようで、文京区はその傾向が強まっていたようだ。

そして、今住んでいるUR賃貸、4年前までは静かだったのだが、その後、隣の爆音室外機が10月から4月まで深夜に稼働という状態に。

考えてみると、爆音換気扇や爆音室外機が稼働してるところに住んだ期間が相当長く、静けさを満喫できた期間は短いことがわかる。特に今世紀に入ってからは、深夜もずっとうるさいというのが多い。今の世の中は、どこもそんなものなんだろうか? 昼間はいいけど、夜中くらいは静かであってほしい。