シャチのショーでの事故で両脚を失った女性調教師と、貧しい子持ちの男性との恋、という内容と、「君と歩く世界」というタイトルで、よくある感動もののラブストーリーと軽く考えていましたが、これが、なかなか中身の濃い、ただのラブストーリーではない、映画でした。
原作はカナダの作家の短編2編で、これをもとに「真夜中のピアニスト」などのジャック・オディアールが脚色し監督、と聞けば、ああ、あの監督ならただのラブストーリーのわけはないか、とわかりましたが、よい意味で、事前の予想を裏切る傑作でありました。
映画はフランス映画なので、舞台はフランスになっています。
原作は今月下旬に文庫で発売されるそうで、「ベラミ」といい、最近は映画の原作の翻訳がまた出るようになったのでしょうか。
さて、物語は、シャチの調教師の女性ステファニー(マリオン・コティヤール)が事故で両脚を失い、失意の中で暮らす、という話と、別れた妻のところから幼い息子をひきとった貧しい男アリ(マティアス・スーナーツ)が同じく貧しい暮らしをする姉夫婦のところに身を寄せる、という話が並行して描かれます。そして、失意の中にいたステファニーは、以前、ナイトクラブでトラブルに巻き込まれたとき、用心棒のアリに助けられ、親切にされ、電話番号までもらっていたのを思い出し、アリに電話。倉庫の夜警になっていたアリは、部屋に閉じこもるステファニーを外に連れ出し、海で泳がせます。このときのステファニーの解放感が映像から実によく伝わってきて、感動ものでした。地上では足がないのは大変な重荷ですが、泳ぐときにはそれはさほど大変なことではない、というのはわかります。
最初はプラトニックな関係だった2人は、やがて肉体的にも結ばれます。また、アリは、店舗の経営者たちの依頼で店や倉庫に隠しカメラを設置している男と知り合い、彼のすすめでストリートファイトの試合に出て稼ぐようになり、また、この男と一緒に隠しカメラ設置の仕事をすることになります。
日本では社員を解雇するのが非常にむずかしい、といわれますが、それはフランスも同じで、経営者は隠しカメラを設置して従業員の行動を監視し、解雇の理由を見つけようとするわけ。もちろん、違法なので、見つかれば刑務所行き、と、男は言います。
一方、ステファニーは義足をつけ、ステッキだけで歩けるようになります。今は義足もずいぶんと発達して、ハイヒールがはける義足もあるのだとか。
やがてアリのストリートファイトのマネージャーとなったステファニーは、義足をあらわにして荒くれ男たちと交渉するようになるのですが、このあたりのシーンのコティヤールはとてもかっこいい。しかし、クラブで踊る女性たちのすらりとした脚を見ると、やはり悲しい思いにとらわれ、ナンパしてきた男が義足に気づき、「気がつかなくて申し訳ない」というと、怒って酒を浴びせてしまう、というシーンも、ヒロインの複雑な心境をあらわしてみごとです。「申し訳ない」といった男は善人なのですが、身障者だとわかっていたらナンパしないのか!というヒロインの怒りもわかるのです(その前にアリがほかの女と出て行ったのがそもそもの原因なのだが)。
そんなわけで、この映画は予定調和的なラブストーリーとしては進行しません。ステファニーの物語とアリの物語が交錯しながら、そこにさまざまな社会の一面が盛り込まれていく、という構成です。
幼い息子を引き取ったアリは、必ずしもよい父親ではなく、そのことで姉といさかいが起きますが、その上、アリたちが仕掛けた隠しカメラのせいで、アリの姉が消費期限切れの食品を倉庫から持ち帰っていたことがばれてクビになってしまい、アリは姉夫婦と決別、息子を置いて出ていってしまいます。しかし、その後、姉夫婦と和解、預けてあった息子とも再会します。このとき、アリはボクサーをめざしていましたが、久しぶりに息子と過ごした日、大きな事故が起き、アリとステファニーの立場が逆転します。最初の事故と最後の事故は、どちらも水が重要な背景になっていて、この2つの事故のコントラストが際立ちます。
というわけで、一番最後のネタバレはしませんが、欠点だらけの人間たちが、どんな困難にあっても、常に立ち上がり、生きていく物語、それがこの映画なのだと思いました。
コティヤールはハリウッド映画よりフランス映画の方がやはりいい。アリ役のスーナーツの存在感も抜群です。