先週の金曜日、MOVIXへ「デッドマンズ・ワイヤー」を見に。
MOVIXの新しくなった予約システムで初めての発券。が、発券機が4台しかなく、うち1台が使用不可。スマホでQRコードかざす人が多いから発券機はあまりいらないと思ったのかもしれないが、館内はすいているのにここは並んでいてすぐに発券できなかった。当日チケット買う人もいるのにこれでは。
さて、ガス・ヴァン・サントの新作「デッドマンズ・ワイヤー」。1977年に起こった人質事件の映画化で、最近はやりの70年代テイストみたいなのがちりばめられているのだが、どうも感心しない。
「狼たちの午後」、「ネットワーク」、「チャイナ・シンドローム」といった70年代映画へのオマージュとパロディというか、そういうのがいろいろ出てくるんだけど、監督は70年代の映画に対してあまりリスペクトしてないなという感じ。
人質事件は「狼たちの午後」で、アル・パチーノ演じた犯人はゲイだったが、今作の犯人は女っ気がないのでゲイかもしれないが、人質との間に共感や同情が多少生まれるとはいえ、ゲイとわかるようなところはない。また、「狼たちの午後」では途中からFBI捜査官が出てきて映画の雰囲気ががらっと変わるのだけど、今作でも途中からFBI捜査官が中心となる。が、これがFBI心理分析官のパロディみたい。
事件を生放送するテレビで中継が終わり、コマーシャルに切り替わるのは「ネットワーク」と「チャイナ・シンドローム」。ちゃんとしたニュースをやりたいという女性テレビ局員が事件を担当し、中継の最後にカメラに向かって話すのは「チャイナ・シンドローム」のジェーン・フォンダと同じ。一方、FBI捜査官を中心にどうやって犯人を射殺するかを話し合うのは「ネットワーク」でフェイ・ダナウェイらがピーター・フィンチを暗殺する計画を立てているシーンのパロディだろう。
で、以下はネタバレ大有りになるので、さしさわりのない方のみ。
上にあげた「狼たちの午後」、「ネットワーク」、「チャイナ・シンドローム」はいずれも、最後に主要人物の1人が射殺される。
この3本に限らず、最後に誰かが射殺される映画が当時は多かった気がする。
が、この映画では、誰も死なない。
事件を知っている人なら結末はわかっているだろうから、誰も死なないことは知っていただろう。そのせいか、この映画、スリルとサスペンスの映画って感じがあまりしない。
カリカチュアされたFBI捜査官に見られるように、皮肉やユーモアが目的のようにも見える。
犯人は貧しい人や虐げられた人の気持ちを代弁するので(あ、これは「ネットワーク」のピーター・フィンチか?)、一般人の支持を得る。「狼たちの午後」のパチーノも一般人に支持されたり人質と仲良くなったりするが、「狼たちの午後」が犯人たちに観客が同情するよう仕組まれているのに対し、今作では犯人は観客にはあまり同情、共感はされないだろう。言いたいことはわかるが、徹頭徹尾、狂気じみていて、あたおかなやつにしか見えない。同情させるようなところがないのだ。人質の方も全然同情されるような感じではなくて、この映画、「ネットワーク」並みに共感を呼べないキャラばかり。もちろん、これは監督の意図だろうけど。
ホアキン・フェニックスの「ジョーカー」に近いかと思ったが、ジョーカーの方がまだ同情、共感できたよね。
つまり、監督は70年代的映画の犯人への共感とか、キャラの魅力とかを排除しているのだね。そして、映像に現れる70年代ファッションも、本物の70年代ファッションに比べてダサイというか、似たものを出してるだけという感じなのよ。最近の70年代テイストの映画の方がずっとそういうものへの愛着やリスペクトがあった。
つまりまあ、アンチ70年代テイスト映画なのかもしれないが、では、そういう方向性で成功しているかというと、まあ、はっきり言って、70年代の映画の方が面白いわな。
主人公もあたおかすぎて、弱者への共感とか、そういうの、あまり感じないのよね。
犯人は心神耗弱で無罪になるが、死ぬまで精神科病院にいたので終身刑と同じ。無罪になったときに弱者の勝利とかいって喜んでいたら結局、終身刑と同じ、な感じなのも皮肉なのかな。監督が犯人を英雄視してないのはわかった。