2月1日は最悪な日だった。
国内的にも国際的にも私的にも。
「テロに屈しない」と言い続け、そして、今度は「報復する」というような宣言。
今後は日本国内でもテロが起こりうる状況になった。
そして、自分的には、ただでさえ安い出版社で仕事したら、その安い原稿料のさらに半値の原稿料しかもらえない、しかも、まだいつ支払われるのかもわからないのに源泉徴収票では支払ったことになっているらしい、ということが起こった。
この出版社では数年前から冷遇されているので、もう仕事しない方がいいのかもしれない。
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2015年2月2日月曜日
2015年1月31日土曜日
続いろいろ
金曜日、雪はたいして降らず、午後には雨も上がりましたが、木曜に買ったブーツをはいて外に出て、積もった雪に足を踏み入れた瞬間、右のつま先が冷たくなり、湿り気を感じました。
なんと、右の靴の先端が壊れていたのだ!
とりあえず、某大学の期末試験を終えて、そのあと、ついでの用もあったので、靴屋に行き、事情を言って靴を返し、返金してもらいました。
雪だというので買ったのに、これじゃあね。
店員さんは返金または交換と言っていたので、めんどくさいから返金をお願いし、現金払いだったので、レシートを渡したらすぐに返金してくれました。クレカだとこの辺、面倒になるので、現金にしておいてよかった。
なんというか、こういう欠陥商品を出荷してしまうメーカーの責任だと思うのだけど、そういうメーカーの靴ははきたくないなあと思ったのです。店員はいちいち靴を1つ1つチェックして店頭に並べたりはしないわけで。実際、よく見ないとわからない、でも致命的な欠陥でした。てか、こういう欠陥のある靴って初めて見たわ。名前覚えておくぞ。
というわけで、雪対策は量販店で普通の長靴を買う方がよいような気がした。
さて、火曜日は北野武の新作「龍三と七人の子分たち」を見ました。タイトルが「オーシャンと十一人の仲間」みたいだし(追記 あ、これは「白雪姫と七人の小人たち」のもじりですね。こりゃすごい皮肉)、俺たちに明日なんかいらない、とか、映画のタイトルぱくってる感じですが、中身は引退したヤクザの親分とその仲間たち(全員70歳前後のジジイ)が、かつてシマにしていた地域を牛耳る暴走族上がりのあくどい詐欺師集団と戦うというもの。
なんか、久しぶりに涙が出るほど笑ったというか、私は最初から最後まで笑いどおしでしたが、なぜかまわりからはあまり笑い声が出ない。私も声をたてずに笑ってたので、ほかの人もそうだったのかもしれないけど、映画が終わったあと、宣伝の人に声かけられた人があまり笑えなかったみたいな雰囲気だったので、悶絶するほど笑ってたのは私だけなのか?と思ったのでした。
まあ、確かにテレビっぽいギャグというか、風刺が優れているわけでもないし、ブラックなところはビートたけしの笑いなのかなあと思うし、次が予想できてしまうギャグもいくつかありましたが、でも大いに笑いました。
だからといって、好きな映画とは言いにくいというか、話が都合よすぎたり、非現実すぎたりするところもあるし、前に書いたように社会風刺があるわけでもないし、主人公の元ヤクザの面々も悪いやつらをやっつけるというわけではなく、ストーリーもギャグもアブサードといえばアブサードなわけですが(アブサードって、説明するのむずかしい)。
アブサードなコメディ、というと、私には一番しっくりします。が、アブサードの説明がむずかしい(重ねて言う)。
それと、この映画、ジジイのいやなところを容赦なく描いていて、その辺も好感度が高くなりにくいところですね。他の監督だったら、もう少しジジイを魅力的にして、好感度を上げようとすると思うのですが、さすが北野武、最初から最後まで、ジジイのいやなところ、威張るとか怒鳴るとかおならをするとか、そういうところを徹底的に描いています。
この映画を見る前の週、コーヒーショップでくつろいでいたら、隣の席の中年オヤジと若い女性の会話が耳に入って、やーねー、こういうオヤジ、若い人に嫌われるのはこういうオヤジやジジイだわ、と思ったのを思い出してしまいましたが、そのオヤジ、40代くらいかな、若い女性相手に、例のISISの人質事件について、人質になったやつらは自己責任だから助ける必要ないとみんな思っているのに誰も言わない、と言ったり(誰も言わないって、ネットじゃ盛んに言われてたけど、あと、みんなが思ってるというのは間違い)、女性の働く権利とか言ってるから会社はバアサンばかりになってるとか言ってました。相手の女性は仕事の話で来ていたようで、適当に相槌打ってましたが(賛同しているとは思えなかった)、その男は、若い女性もいずれバアサンになるとか、自分もジジイになるとか、若い人はジジイがいるから自分たちに仕事がないと思っているとか、全然考えていないみたいでしたね。若い人は仕事がないのは中高年の男性たちのせいだと思っていて、バアサンのせいだとは思ってないと思いますよ(ネットで見る限り)。でもって、このオヤジ、最後には、自分は若い連中からも上の人からもだめなやつだと思われてる、とかいう本音を言ってました(要するに自分がだめなんじゃん)。
このオヤジの会社、いったいどこやねん、と思いましたが、人質は自己責任だ、助ける必要ない、などと、仮に思っていても誰も言わない会社だったら、それはいい会社かもしれない。
なんと、右の靴の先端が壊れていたのだ!
とりあえず、某大学の期末試験を終えて、そのあと、ついでの用もあったので、靴屋に行き、事情を言って靴を返し、返金してもらいました。
雪だというので買ったのに、これじゃあね。
店員さんは返金または交換と言っていたので、めんどくさいから返金をお願いし、現金払いだったので、レシートを渡したらすぐに返金してくれました。クレカだとこの辺、面倒になるので、現金にしておいてよかった。
なんというか、こういう欠陥商品を出荷してしまうメーカーの責任だと思うのだけど、そういうメーカーの靴ははきたくないなあと思ったのです。店員はいちいち靴を1つ1つチェックして店頭に並べたりはしないわけで。実際、よく見ないとわからない、でも致命的な欠陥でした。てか、こういう欠陥のある靴って初めて見たわ。名前覚えておくぞ。
というわけで、雪対策は量販店で普通の長靴を買う方がよいような気がした。
さて、火曜日は北野武の新作「龍三と七人の子分たち」を見ました。タイトルが「オーシャンと十一人の仲間」みたいだし(追記 あ、これは「白雪姫と七人の小人たち」のもじりですね。こりゃすごい皮肉)、俺たちに明日なんかいらない、とか、映画のタイトルぱくってる感じですが、中身は引退したヤクザの親分とその仲間たち(全員70歳前後のジジイ)が、かつてシマにしていた地域を牛耳る暴走族上がりのあくどい詐欺師集団と戦うというもの。
なんか、久しぶりに涙が出るほど笑ったというか、私は最初から最後まで笑いどおしでしたが、なぜかまわりからはあまり笑い声が出ない。私も声をたてずに笑ってたので、ほかの人もそうだったのかもしれないけど、映画が終わったあと、宣伝の人に声かけられた人があまり笑えなかったみたいな雰囲気だったので、悶絶するほど笑ってたのは私だけなのか?と思ったのでした。
まあ、確かにテレビっぽいギャグというか、風刺が優れているわけでもないし、ブラックなところはビートたけしの笑いなのかなあと思うし、次が予想できてしまうギャグもいくつかありましたが、でも大いに笑いました。
だからといって、好きな映画とは言いにくいというか、話が都合よすぎたり、非現実すぎたりするところもあるし、前に書いたように社会風刺があるわけでもないし、主人公の元ヤクザの面々も悪いやつらをやっつけるというわけではなく、ストーリーもギャグもアブサードといえばアブサードなわけですが(アブサードって、説明するのむずかしい)。
アブサードなコメディ、というと、私には一番しっくりします。が、アブサードの説明がむずかしい(重ねて言う)。
それと、この映画、ジジイのいやなところを容赦なく描いていて、その辺も好感度が高くなりにくいところですね。他の監督だったら、もう少しジジイを魅力的にして、好感度を上げようとすると思うのですが、さすが北野武、最初から最後まで、ジジイのいやなところ、威張るとか怒鳴るとかおならをするとか、そういうところを徹底的に描いています。
この映画を見る前の週、コーヒーショップでくつろいでいたら、隣の席の中年オヤジと若い女性の会話が耳に入って、やーねー、こういうオヤジ、若い人に嫌われるのはこういうオヤジやジジイだわ、と思ったのを思い出してしまいましたが、そのオヤジ、40代くらいかな、若い女性相手に、例のISISの人質事件について、人質になったやつらは自己責任だから助ける必要ないとみんな思っているのに誰も言わない、と言ったり(誰も言わないって、ネットじゃ盛んに言われてたけど、あと、みんなが思ってるというのは間違い)、女性の働く権利とか言ってるから会社はバアサンばかりになってるとか言ってました。相手の女性は仕事の話で来ていたようで、適当に相槌打ってましたが(賛同しているとは思えなかった)、その男は、若い女性もいずれバアサンになるとか、自分もジジイになるとか、若い人はジジイがいるから自分たちに仕事がないと思っているとか、全然考えていないみたいでしたね。若い人は仕事がないのは中高年の男性たちのせいだと思っていて、バアサンのせいだとは思ってないと思いますよ(ネットで見る限り)。でもって、このオヤジ、最後には、自分は若い連中からも上の人からもだめなやつだと思われてる、とかいう本音を言ってました(要するに自分がだめなんじゃん)。
このオヤジの会社、いったいどこやねん、と思いましたが、人質は自己責任だ、助ける必要ない、などと、仮に思っていても誰も言わない会社だったら、それはいい会社かもしれない。
2015年1月30日金曜日
いろいろ
明日というか、金曜は雪だというので、木曜の夜に防水仕様の冬ものブーツを買った。
50%引きとか大バーゲンだったのだが、店頭にあるのはなぜかLサイズが多い。いつも靴屋へ行くと店頭にあるのはMサイズ(23センチか23・5センチ)ばかりで、わざわざLサイズを出してもらうのも面倒だから、だんだん普通の靴屋には行かなくなり、全サイズの箱が積んである量販店で買うようになってしまっていた。
が、この半額セールは店頭にあるのはLサイズが多いので、こっちとしてはより取り見取り。1万円くらいのブーツを半額で買えた。ついでに無印良品で3000円くらいの帽子を1000円で買う(これも見切り品だなあ)。
雪降るのかどうかわからんのですが、金曜は荒川の北へ行かねばならず、荒川の北は都内より寒い。交通機関に影響あると、期末試験延期になってしまうので、それもまた心配。
去年の春頃からスタップ細胞問題で理研と小保方晴子を批判するブログやツイッターをよく見ていたのだが、ISISの人質問題が生じてから、それらを見なくなった。
関心が移ったからではない。ていうか、スタップ問題やってたブロガーが今はこの問題をやっていたりするんだけど。
研究不正はいけない、と、正義を振りかざしていた彼らが、今回の事件について何を言ってるかというと、危険地域に行った人が悪い、日本はテロに屈するべきでないから身代金を払うな、政権を批判するな、と。そこまで言わない人も、事件が起こった直後に、身代金払わなくて人質が死ぬのがもうデフォルトみたいな書き方をしていた。
こういう人たちが小保方を攻撃していたから、小保方に同情する人がいたんだな、と、今はじめてわかった。
小保方を批判攻撃していたブログで、よく読んでいたものに、明らかに右派の人のブログと左翼の人のブログがあったが、左翼の人は政権を批判しながら人質になった人たちをスパイ呼ばわりしていて、こちらも右派の「人質死ぬのがデフォルト」という考えを共有しているように見えた。
なんにしても、見るのをやめたブログ、冷静に思い返してみると、やっぱり問題の多いブログだったと思う。小保方を批判しているのか擁護しているのかよくわからない自称研究者のブログも見なくなった。もともとネトウヨは避けていたのだけど、ネトウヨじゃなくても問題あるブログは多いね。
50%引きとか大バーゲンだったのだが、店頭にあるのはなぜかLサイズが多い。いつも靴屋へ行くと店頭にあるのはMサイズ(23センチか23・5センチ)ばかりで、わざわざLサイズを出してもらうのも面倒だから、だんだん普通の靴屋には行かなくなり、全サイズの箱が積んである量販店で買うようになってしまっていた。
が、この半額セールは店頭にあるのはLサイズが多いので、こっちとしてはより取り見取り。1万円くらいのブーツを半額で買えた。ついでに無印良品で3000円くらいの帽子を1000円で買う(これも見切り品だなあ)。
雪降るのかどうかわからんのですが、金曜は荒川の北へ行かねばならず、荒川の北は都内より寒い。交通機関に影響あると、期末試験延期になってしまうので、それもまた心配。
去年の春頃からスタップ細胞問題で理研と小保方晴子を批判するブログやツイッターをよく見ていたのだが、ISISの人質問題が生じてから、それらを見なくなった。
関心が移ったからではない。ていうか、スタップ問題やってたブロガーが今はこの問題をやっていたりするんだけど。
研究不正はいけない、と、正義を振りかざしていた彼らが、今回の事件について何を言ってるかというと、危険地域に行った人が悪い、日本はテロに屈するべきでないから身代金を払うな、政権を批判するな、と。そこまで言わない人も、事件が起こった直後に、身代金払わなくて人質が死ぬのがもうデフォルトみたいな書き方をしていた。
こういう人たちが小保方を攻撃していたから、小保方に同情する人がいたんだな、と、今はじめてわかった。
小保方を批判攻撃していたブログで、よく読んでいたものに、明らかに右派の人のブログと左翼の人のブログがあったが、左翼の人は政権を批判しながら人質になった人たちをスパイ呼ばわりしていて、こちらも右派の「人質死ぬのがデフォルト」という考えを共有しているように見えた。
なんにしても、見るのをやめたブログ、冷静に思い返してみると、やっぱり問題の多いブログだったと思う。小保方を批判しているのか擁護しているのかよくわからない自称研究者のブログも見なくなった。もともとネトウヨは避けていたのだけど、ネトウヨじゃなくても問題あるブログは多いね。
2015年1月24日土曜日
またまたフランケンシュタイン
「フランケンシュタイン」については何度も書いているんですが(つか、解説書いた創元の翻訳書の宣伝が多い)、NHKが2月に教育テレビの「100分で名著」という番組で「フランケンシュタイン」をやるんですね。新潮文庫が12月末に翻訳を出したのはこれがねらいだったのか。
実は光文社文庫の方もNHKのラジオドラマ化で翻訳が使われたらしい。大手はみんな国営放送利用か。
しかし、この「100分で名著」の視聴者は原作を読むのだろうか、という疑問があります。そして、こういう入門書で入る人は読むとしても新潮文庫や光文社文庫の方を読むでしょう。創元はこの2つのせいでしばらく前から売れなくなってますが、創元を買うのはやっぱりマニアかな、と。
で、今日は別にこの話がメインではなくて、「フランケンシュタイン」にはイスラム教徒への差別がある、ということを、やはり書いておかないといけないかな、と思い、書いておくことにします。
「フランケンシュタイン」というと賞賛の嵐で、こういうところは触れられない。というより、私自身、これまで大学の授業で取り上げたとき、ここは隠していたのです。
当時はイスラム教徒やユダヤ人への差別はヨーロッパには普通にあり、シェイクスピアも「ヴェニスの商人」を書いているし、差別はいけないとか、そういう感覚が低かった時代でもありました。
「フランケンシュタイン」もイスラム教徒のある人物が悪い人として描かれているので、イスラム全体への差別とまでは言えないかもしれませんが、その人物の娘はキリスト教徒で、こちらはいい人になっていて、やっぱり差別だよな、と思わざるを得ないのです。
革命思想家を父に、フェミニズム運動家を母に持つメアリ・シェリーにもこういう面があったのかと、その辺、伝記的に見たらもっと詳しいことがわかるかもしれないので、これからの課題とします。
追記 具体的に言うと、イスラム教徒のある人物が差別と偏見から投獄され、その娘でキリスト教徒の女性を愛する男性とその一家が彼を助けようとしたが、そのせいで一家は亡命者にならざるを得なくなり、しかも、助けたイスラム教徒の男性には裏切られる、という内容です。一応、イスラム教徒への差別と偏見がある、という前提には触れています。もしかしたら、当時は差別と偏見に言及してもイスラム教徒を善にまで描けない、という風潮があったのかもしれません。
実は光文社文庫の方もNHKのラジオドラマ化で翻訳が使われたらしい。大手はみんな国営放送利用か。
しかし、この「100分で名著」の視聴者は原作を読むのだろうか、という疑問があります。そして、こういう入門書で入る人は読むとしても新潮文庫や光文社文庫の方を読むでしょう。創元はこの2つのせいでしばらく前から売れなくなってますが、創元を買うのはやっぱりマニアかな、と。
で、今日は別にこの話がメインではなくて、「フランケンシュタイン」にはイスラム教徒への差別がある、ということを、やはり書いておかないといけないかな、と思い、書いておくことにします。
「フランケンシュタイン」というと賞賛の嵐で、こういうところは触れられない。というより、私自身、これまで大学の授業で取り上げたとき、ここは隠していたのです。
当時はイスラム教徒やユダヤ人への差別はヨーロッパには普通にあり、シェイクスピアも「ヴェニスの商人」を書いているし、差別はいけないとか、そういう感覚が低かった時代でもありました。
「フランケンシュタイン」もイスラム教徒のある人物が悪い人として描かれているので、イスラム全体への差別とまでは言えないかもしれませんが、その人物の娘はキリスト教徒で、こちらはいい人になっていて、やっぱり差別だよな、と思わざるを得ないのです。
革命思想家を父に、フェミニズム運動家を母に持つメアリ・シェリーにもこういう面があったのかと、その辺、伝記的に見たらもっと詳しいことがわかるかもしれないので、これからの課題とします。
追記 具体的に言うと、イスラム教徒のある人物が差別と偏見から投獄され、その娘でキリスト教徒の女性を愛する男性とその一家が彼を助けようとしたが、そのせいで一家は亡命者にならざるを得なくなり、しかも、助けたイスラム教徒の男性には裏切られる、という内容です。一応、イスラム教徒への差別と偏見がある、という前提には触れています。もしかしたら、当時は差別と偏見に言及してもイスラム教徒を善にまで描けない、という風潮があったのかもしれません。
2015年1月22日木曜日
博士と彼女のセオリー(ネタバレあり)
試写報告第4弾は、ホーキング博士夫妻の実話の映画化「博士と彼女のセオリー」。アカデミー賞にもノミネートされており、ゴールデン・グローブ賞ではホーキング役のエディ・レドメインが主演男優賞受賞。
ホーキングはケンブリッジ大学の学生だったときに同じ学生のジェーンと知り合うが、突如、難病を発病。余命2年と診断される。しかし、ジェーンの愛は強く、周囲の不安を押し切って2人は結婚。子供も生まれ、ホーキングは博士号を取り、車椅子生活を余儀なくされるが、物理学者として研究を続ける。スタップ細胞で日本では「ネーチャン」と揶揄されたあの「ネイチャー」の表紙を飾り、余命2年どころか70代の現在も健在とか。
映画はホーキングが時間の研究をしていたことから、余命2年という時間が実際には長い時間になったことをからめて、時間をキーワードにしている。が、物理学の話は少ない。
映画の前半は正直いって、凡庸なメロドラマのように感じられたが、ホーキングが不自由な体で物理学の研究を続けて成功し、私生活では3人の子供に恵まれるが、妻のジェーンはホーキングの世話で疲れ果ててしまう、というあたりから月並みな話ではなくなり、面白くなる。
(このあたりからネタバレ注意)
子供が2人生まれたあと、夫と子供の世話で疲れ果てたジェーンは、母から教会の聖歌隊に入って気晴らしをすることを勧められる。そこで出会ったのが、聖歌隊の指揮者のジョナサン。彼はホーキング一家の友人となり、ボランティアのヘルパーのようなことをして一家を支える。ジョナサンは妻を白血病で失い、子供もいないことから、ホーキング一家の家族の一員のようになったのだが、ジェーンが3人目の子供を産んだとき、父親がジョナサンではないかと疑われる。実際、ジェーンとジョナサンの間には淡い恋心もあり、結局、ジョナサンが身を引くことになる。
一方、ホーキングは肺炎で呼吸困難になり、人工呼吸器をつけるが、声が出なくなる。ジェーンは文字盤を使って夫とコミュニケーションをとろうとするが、うまくいかない。そこで専門家の介護士の女性に来てもらうのだが、この女性エレインの方がホーキングと心を通わせるようになり、ジェーンは疎外されてしまう。
ホーキングを演じるレドメインの演技もすごいのだが、ジェーンを演じるフェリシティ・ジョーンズの、特に後半の演技が見ものだ。ジェーンは敬虔なキリスト教徒で、無神論者のホーキングとは最初からそのことでちょっと対立するのだけれど、敬虔なキリスト教徒なだけあって、ジェーンはちょっとまじめすぎるというか堅物タイプの女性のような気がする。ホーキングの世話で疲れてしまうのも、おそらくまじめすぎるからだろう。そんな彼女が聖歌隊で出会ったジョナサンとの間に淡い恋心が生まれるが、まじめな彼女は夫を裏切るようなことはしない。ホーキングとジェーンとジョナサンの関係は映画ではあまり深く追求されていないが、不思議なトライアングルだ。ホーキングもジョナサンを受け入れている。
そのジョナサンが去り、ホーキングが声を失ったあとに現れるエレインは、ジェーンとは正反対の女性だ。部屋に女性のヌードで有名な「ペントハウス」があるのを見て、男性なら見たいのは当然よね、と言ってホーキングの前にページを広げる。ジェーンのようなまじめな堅物ではなく、ユーモアもあるエレインの前で、ホーキングはジェーンの前では見せたことのないお茶目な様子を見せる。
実際、ホーキングがお茶目になるのはエレインが現れてからなのだ。ジェーンの前では見せたことのない彼がいる。そして、しだいにジェーンもそれに気づき、2人の関係が、いや時間が、終わりに近づいたことを知る。「2年と言われたのに、ずいぶん長い時間がたった」というようなセリフを2人がかわすが、ここがこの映画の肝だろう。
ジェーンはジョナサンと再会し、ジェーンとホーキングは別々の道を歩むが、クライマックスはまだ離婚していない2人が再会してエリザベス女王に会い、その後3人の子供たちとすごす光り輝くシーンだ。
脇役では、ホーキングの指導教授役のデイヴィッド・シューリスがいい味を出している。
監督はアカデミー賞受賞のドキュメンタリー「マン・オン・ワイヤー」の、というよりは、私にとっては大好きな「シャドー・ダンサー」のジェームズ・マーシュ。演出は「シャドー・ダンサー」の方がキレがあってよかったけどね。
ホーキングはケンブリッジ大学の学生だったときに同じ学生のジェーンと知り合うが、突如、難病を発病。余命2年と診断される。しかし、ジェーンの愛は強く、周囲の不安を押し切って2人は結婚。子供も生まれ、ホーキングは博士号を取り、車椅子生活を余儀なくされるが、物理学者として研究を続ける。スタップ細胞で日本では「ネーチャン」と揶揄されたあの「ネイチャー」の表紙を飾り、余命2年どころか70代の現在も健在とか。
映画はホーキングが時間の研究をしていたことから、余命2年という時間が実際には長い時間になったことをからめて、時間をキーワードにしている。が、物理学の話は少ない。
映画の前半は正直いって、凡庸なメロドラマのように感じられたが、ホーキングが不自由な体で物理学の研究を続けて成功し、私生活では3人の子供に恵まれるが、妻のジェーンはホーキングの世話で疲れ果ててしまう、というあたりから月並みな話ではなくなり、面白くなる。
(このあたりからネタバレ注意)
子供が2人生まれたあと、夫と子供の世話で疲れ果てたジェーンは、母から教会の聖歌隊に入って気晴らしをすることを勧められる。そこで出会ったのが、聖歌隊の指揮者のジョナサン。彼はホーキング一家の友人となり、ボランティアのヘルパーのようなことをして一家を支える。ジョナサンは妻を白血病で失い、子供もいないことから、ホーキング一家の家族の一員のようになったのだが、ジェーンが3人目の子供を産んだとき、父親がジョナサンではないかと疑われる。実際、ジェーンとジョナサンの間には淡い恋心もあり、結局、ジョナサンが身を引くことになる。
一方、ホーキングは肺炎で呼吸困難になり、人工呼吸器をつけるが、声が出なくなる。ジェーンは文字盤を使って夫とコミュニケーションをとろうとするが、うまくいかない。そこで専門家の介護士の女性に来てもらうのだが、この女性エレインの方がホーキングと心を通わせるようになり、ジェーンは疎外されてしまう。
ホーキングを演じるレドメインの演技もすごいのだが、ジェーンを演じるフェリシティ・ジョーンズの、特に後半の演技が見ものだ。ジェーンは敬虔なキリスト教徒で、無神論者のホーキングとは最初からそのことでちょっと対立するのだけれど、敬虔なキリスト教徒なだけあって、ジェーンはちょっとまじめすぎるというか堅物タイプの女性のような気がする。ホーキングの世話で疲れてしまうのも、おそらくまじめすぎるからだろう。そんな彼女が聖歌隊で出会ったジョナサンとの間に淡い恋心が生まれるが、まじめな彼女は夫を裏切るようなことはしない。ホーキングとジェーンとジョナサンの関係は映画ではあまり深く追求されていないが、不思議なトライアングルだ。ホーキングもジョナサンを受け入れている。
そのジョナサンが去り、ホーキングが声を失ったあとに現れるエレインは、ジェーンとは正反対の女性だ。部屋に女性のヌードで有名な「ペントハウス」があるのを見て、男性なら見たいのは当然よね、と言ってホーキングの前にページを広げる。ジェーンのようなまじめな堅物ではなく、ユーモアもあるエレインの前で、ホーキングはジェーンの前では見せたことのないお茶目な様子を見せる。
実際、ホーキングがお茶目になるのはエレインが現れてからなのだ。ジェーンの前では見せたことのない彼がいる。そして、しだいにジェーンもそれに気づき、2人の関係が、いや時間が、終わりに近づいたことを知る。「2年と言われたのに、ずいぶん長い時間がたった」というようなセリフを2人がかわすが、ここがこの映画の肝だろう。
ジェーンはジョナサンと再会し、ジェーンとホーキングは別々の道を歩むが、クライマックスはまだ離婚していない2人が再会してエリザベス女王に会い、その後3人の子供たちとすごす光り輝くシーンだ。
脇役では、ホーキングの指導教授役のデイヴィッド・シューリスがいい味を出している。
監督はアカデミー賞受賞のドキュメンタリー「マン・オン・ワイヤー」の、というよりは、私にとっては大好きな「シャドー・ダンサー」のジェームズ・マーシュ。演出は「シャドー・ダンサー」の方がキレがあってよかったけどね。
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