ネットサーフィンをしてたら、30代前半と思われる2人の女性が、勝ち組だ、負け組だ、とブログでやっていました。
勝ち組はこちら。
http://www.shiningmaru.com/entry/2016/04/29/212824
それに対する負け組の意見はこちら。
http://nyaaat.hatenablog.com/entry/2016/04/30/182924
それに対し、最初の勝ち組さんが補足記事を。
http://www.shiningmaru.com/entry/2016/05/01/180623
個人的には、最初の勝ち組さんの記事、全然つまらなくて、途中から相当すっ飛ばして読みました。つか、ほとんど読んでないか。いい大学を出ていい会社に入ってとか、今更感いっぱい。
補足記事の方は具体的な仕事の話なので、面白かったですね。
しかし、負け組さんのブログは負け組の暗い話が多いんですが、ユーモラスで一見明るい勝ち組さんのブログも副題が「年収1000万~2000万激務で擦り切れた丸の内OLが毒をはくブログ」って、結局勝ち組も負け組もブログで毒吐いてるのか。
それでも勝ち組さんは激務をこなす体力はあるようだし、仕事が好きなようだから、とりあえず今は無問題ってことで、私に興味深かったのは負け組さんの方です。
この方の他の記事をいろいろ読ませてもらいました。
この方は田舎でがり勉して一橋大に入り、念願の出版社で編集者の仕事についたものの、激務で心を病み、なんとか立ち直って今は派遣社員とのこと。
まあ、勝ち組さんもそうなんだけど、この負け組さん、救いようのないほどの社蓄です。
雇われることでしかお金を稼げない人です。
この人、今、派遣社員で翻訳の仕事をしているとのこと。仕事が楽しいけれど、派遣法改悪で3年でクビ。派遣会社は別の仕事を紹介すると言うけど、翻訳の仕事ができなくなる。
そこで、今、この人の目標はTOEICで900点を取ること、だそうです。
確かに翻訳者の募集にTOEIC900点以上とか書いてあるのを見たことがあります。派遣で翻訳の仕事をとるにはこれが条件なのでしょう。
でも、この人は今、翻訳でお金をもらっているわけです。これは履歴書に書ける立派な職歴です。
しかも、この人は一橋大卒です。がり勉して一流大に入ったけれど余力がなくて失敗した、もっと適度なところに入ればよかった、と書いていますが、そんな過去のこと言ったってしかたない。今、この人に出来ることは、一橋大という高学歴を最大限に利用することです。
特に産業翻訳は経済や法律が強いと有利なので、その線で押すことを考えるべきです。
一橋大になんか入るんじゃなかった、母校が嫌い、と思うのなら余計、母校の肩書を利用すべきです。ビジネスライクに利用すればいいんです。
履歴書に翻訳のキャリアを書き込むことができたら、あとは派遣で別の仕事をしながら翻訳の仕事をフリーランスで手に入れるようにしていけばいい。
しかし、この方にはフリーランスという発想がまるでないみたいです。
また、女性は結婚相手を確保しておくのもいい、と書いていますが、結婚相手が失敗だったら、会社が失敗どころじゃないですよ。会社を辞めるのは簡単だけど、離婚は修羅場。
あと、この人、出版社の編集者の職歴もあるんですよね。編集者から翻訳家になった人は多いです。編集者はつぶしがきかないと書いてますが、編集者がフリーランスの翻訳家、著述家、そしてフリーの編集者になっている例は多いです。
つまり、この人は一橋大卒、出版社で編集者の職歴、今派遣で翻訳の職歴、という、実に有利な条件を3つも持ちながら、その有利さには気づいていないみたいなのです。
まあ、ブログを読んだだけなので、勝手な思い込みもあるかとは思いますが、この人が負け組なのは、発想や思考がそもそも負け組で、非常に狭い視野でしかものを見ていないせいではないかと思うのです。
勝手なこと書いちゃいましたが、本人がここを読むことはないと思うので。
あと、私は翻訳の仕事にTOEICの点数を条件とするところはこっちからお断りです。
TOEICは最近はライティングやスピーキングの試験も始めたようですが、世間で言う点数はリーディングとリスニングの点数です。だからTOEICの点が高いのに英会話ができないとか、ビジネスメールも書けないとか言われる人がいる。そして、TOEICはマークシートなので、日本語能力がわかりません。日本語能力がわからないでマークシートの点だけで翻訳能力を見るところはこっちからお断りです。だいたい、マークシートの試験ばかり受けている人は頭がバカになるというのに。読解だって、マークシートじゃ細かい英文の読解力がどの程度かわからないと思う。
一橋大卒で、編集者の職歴があって、翻訳の職歴も作りつつあるのに、TOEIC900点めざすって、もったいなさすぎて涙が出るよ(900点くらい簡単にとれるならいいですが)。
映画や日常生活のブログ。記事内の写真はクリックすると大きくなります。別ブログ(ログインできなくなった場合用)http://sabre26.cocolog-nifty.com/blog/
2016年7月10日日曜日
2016年7月9日土曜日
思い出
参議院選挙は期日前投票をもうすませています。
新しい町での初めての選挙。ちょっととまどったことも。
1年前まで住んでいたマンションの部屋、今はどうなっているかな、と思って検索したところ、まだ空室でした。そして、家賃が3000円も上がっていた。
私がこの部屋を初めて見たのは東日本大震災の前年の秋で、前からこのマンションの最上階に住みたいと思っていたらロフト付きワンルーム(ロフトは1階分の高さがあるのでメゾネット風)が空いたので、早速見に行きました。
が、壁は白く塗られているものの、床はワンルームの方はフローリングの上にクッションフローリングを貼りつけていて、それがかなり古い。ロフトの床は板がボロボロ。システムキッチンも換気扇も古くてあちこちボロボロ。そして浴室はバランス釜。これで82000円かよ、と思ってやめました(エアコンもついてないし)。
その後、ほかの部屋を当たるも今一つ決め手を欠き、やがて東日本大震災。それもあって部屋探しを一時中断。4月からまた探し始めましたが、やはり気に入ったところがない。
結局、最初に見たその82000円の部屋と、駅から少し遠いけど部屋はリフォームされてきれい、エアコンは新品が2台もついている広めの1DK85000円が最終候補になったところで、82000円の部屋が2000円値下げして80000円になったので、こちらに決めました。
が、契約直後、85000円の方がなんと1万円値下げで75000円になったのです。惜しかった。
ただ、駅から近くて閑静、眺めもいい(屋上からスカイツリーが見える)、ということで満足でしたが、入居した直後、ガス会社がガス開栓の検査に来たときに浴室に地震が原因の問題があることが発覚。その上バランス釜が非常に古くて危険、と言われ、大家さんが最新式のマイコンによる給湯式のバスに替えてくれたのです。
バスタブも新しくなって快適になり、4年ほど住みましたが、家賃8万円は経済的にきつく、おまけに不動産屋が倒産して更新時にトラブルになったので、転居しました。
そのマンションは今年で築40年になる古いもので、私が入居したときも同じ階の2DKがずっと空いていました。最初は128000円くらいで募集して、その後家賃をどんどん下げて、11万くらいに下がりましたが、それでも私が引っ越すときは空いたままでした。が、今回検索してみたら今は埋まっているようです。私が引っ越す前に1階の2DKも空いたけど、こちらも埋まっていました。同じ階の2DKは窓から中が見えたけど、きれいにリフォームされていて、私の部屋みたいにボロボロなところがなかったけど、それでも4年以上空いてたのだな。1階の2DKもおそらくきれいにリフォームされていたのでしょう。
私の住んでいた部屋は、私が借りなければ誰も借りないだろうな、と思うような部屋だったので、私が引っ越したら当分埋まらないと思っていました。が、検索したら83000円と、3000円値上げしていたので、中をきれいにしたのだろうかと思ったら、不動産屋のサイトに出ている写真ではもとのままみたいでした。本当にボロボロでどうしようもなかったロフトの床だけはきれいにしたように見えますが、あとは全部同じみたい。バランス釜じゃなくなったのが値上げの理由かもしれない(でも、この家賃ではむずかしいので、いずれ下げるでしょう)。
この部屋は構造上、エアコンをつけるのが非常にむずかしいので、それがネックなんですけどね。
マンションの入口の郵便受けの写真もあって、3つの部屋の郵便受けの口がふさがれていましたが、大家さんが1階の北向きの部屋は前に住んでいた人がめちゃくちゃにしていったので、直すには百万円かかる、と言っていたので、ここはもう貸さないのでしょう。あと1つは、私のあとに空いた部屋で、ここは9年前に初めてこのマンションの部屋を見に行ったときに見た部屋でした。南向きで日当たりはいいのですが、窓を開けると目の前がお墓。お墓参りの人が窓の前まで来てしまう立地です。
そんなわけで、自分のいた部屋も、このお墓の前の部屋も、そしてマンションの共有部分、屋上からの眺めなど、写真を見ながらひとしきり、なつかしい思いをさせてもらいました。いろいろあったけど、全体としては気に入っていた部屋でしたね。
新しい町での初めての選挙。ちょっととまどったことも。
1年前まで住んでいたマンションの部屋、今はどうなっているかな、と思って検索したところ、まだ空室でした。そして、家賃が3000円も上がっていた。
私がこの部屋を初めて見たのは東日本大震災の前年の秋で、前からこのマンションの最上階に住みたいと思っていたらロフト付きワンルーム(ロフトは1階分の高さがあるのでメゾネット風)が空いたので、早速見に行きました。
が、壁は白く塗られているものの、床はワンルームの方はフローリングの上にクッションフローリングを貼りつけていて、それがかなり古い。ロフトの床は板がボロボロ。システムキッチンも換気扇も古くてあちこちボロボロ。そして浴室はバランス釜。これで82000円かよ、と思ってやめました(エアコンもついてないし)。
その後、ほかの部屋を当たるも今一つ決め手を欠き、やがて東日本大震災。それもあって部屋探しを一時中断。4月からまた探し始めましたが、やはり気に入ったところがない。
結局、最初に見たその82000円の部屋と、駅から少し遠いけど部屋はリフォームされてきれい、エアコンは新品が2台もついている広めの1DK85000円が最終候補になったところで、82000円の部屋が2000円値下げして80000円になったので、こちらに決めました。
が、契約直後、85000円の方がなんと1万円値下げで75000円になったのです。惜しかった。
ただ、駅から近くて閑静、眺めもいい(屋上からスカイツリーが見える)、ということで満足でしたが、入居した直後、ガス会社がガス開栓の検査に来たときに浴室に地震が原因の問題があることが発覚。その上バランス釜が非常に古くて危険、と言われ、大家さんが最新式のマイコンによる給湯式のバスに替えてくれたのです。
バスタブも新しくなって快適になり、4年ほど住みましたが、家賃8万円は経済的にきつく、おまけに不動産屋が倒産して更新時にトラブルになったので、転居しました。
そのマンションは今年で築40年になる古いもので、私が入居したときも同じ階の2DKがずっと空いていました。最初は128000円くらいで募集して、その後家賃をどんどん下げて、11万くらいに下がりましたが、それでも私が引っ越すときは空いたままでした。が、今回検索してみたら今は埋まっているようです。私が引っ越す前に1階の2DKも空いたけど、こちらも埋まっていました。同じ階の2DKは窓から中が見えたけど、きれいにリフォームされていて、私の部屋みたいにボロボロなところがなかったけど、それでも4年以上空いてたのだな。1階の2DKもおそらくきれいにリフォームされていたのでしょう。
私の住んでいた部屋は、私が借りなければ誰も借りないだろうな、と思うような部屋だったので、私が引っ越したら当分埋まらないと思っていました。が、検索したら83000円と、3000円値上げしていたので、中をきれいにしたのだろうかと思ったら、不動産屋のサイトに出ている写真ではもとのままみたいでした。本当にボロボロでどうしようもなかったロフトの床だけはきれいにしたように見えますが、あとは全部同じみたい。バランス釜じゃなくなったのが値上げの理由かもしれない(でも、この家賃ではむずかしいので、いずれ下げるでしょう)。
この部屋は構造上、エアコンをつけるのが非常にむずかしいので、それがネックなんですけどね。
マンションの入口の郵便受けの写真もあって、3つの部屋の郵便受けの口がふさがれていましたが、大家さんが1階の北向きの部屋は前に住んでいた人がめちゃくちゃにしていったので、直すには百万円かかる、と言っていたので、ここはもう貸さないのでしょう。あと1つは、私のあとに空いた部屋で、ここは9年前に初めてこのマンションの部屋を見に行ったときに見た部屋でした。南向きで日当たりはいいのですが、窓を開けると目の前がお墓。お墓参りの人が窓の前まで来てしまう立地です。
そんなわけで、自分のいた部屋も、このお墓の前の部屋も、そしてマンションの共有部分、屋上からの眺めなど、写真を見ながらひとしきり、なつかしい思いをさせてもらいました。いろいろあったけど、全体としては気に入っていた部屋でしたね。
2016年7月6日水曜日
「栄光のランナー 1936ベルリン」(ネタバレあり)
ジェシー・オーエンスの名を初めて目にしたのはたしか中学生のときに読んだレニ・リーフェンシュタールのインタビューだったと思う。
当時、リーフェンシュタールはまだ現役のドキュメンタリー映画作家だった。
ナチスドイツの威信を世に知らしめるために行われた1936年のベルリン五輪。その記録映画「美の祭典」「民族の祭典」を監督したリーフェンシュタールが、陸上で4つの金メダルを獲得したアメリカの黒人選手ジェシー・オーエンスを熱心に撮影したことを聞かれ、彼女はこう答えた。
「ジェシー・オーエンスは美しかった」
そのときのインタビューはリーフェンシュタールに好意的なものだったと記憶しているが、その後、リーフェンシュタールはナチスの宣伝映画の監督であり、そのことについて戦後も反省の弁を述べていない、といった批判が目につくようになった。彼女とオーエンスについて語る記事も目にしなかった。
そのジェシー・オーエンスの1935年から36年の2年間を描く伝記映画「栄光のランナー 1936ベルリン」を見た。原題は「Race」。競技のレースと人種の両方を意味する、短いが奥深いタイトルだ。
高校時代から卓越した才能の持ち主だったオーエンスはオハイオ州立大学に入学し、そこで名コーチと出会い、ベルリン五輪の金メダルをめざすことになる。国内の競技大会で次々と世界新記録を打ち立て、ベルリンへの期待が高まるが、ナチスドイツの人種差別政策がアメリカで問題視され、五輪をボイコットすべきだという声が高まる。
スポーツに政治を持ち込むな、と言って五輪参加に賛成するのは、のちのIOC会長ブランデージ(当時はAOC会長)。私が子供の頃はIOC会長といえばブランデージでした。
一方、ボイコットすべし、と主張するのはアメリカ・オリンピック委員会の委員長マホニー。ブランデージをジェレミー・アイアンズ、マホニーをウィリアム・ハートという豪華共演で、この2人のやりとりがすばらしい。どちらも真剣にオリンピックについて、社会について考えているのがわかる。決して相手を非難せず、真摯にそれぞれの主張をしているのがわかる。
ブランデージはベルリンに視察に出かけるが、町にはユダヤ人をののしる言葉があふれ、ユダヤ人が無理やりトラックに乗せられている。ブランデージは宣伝相ゲッベルスに、これではアメリカはボイコットせざるを得ないと主張し、ドイツ側は表向きは人種差別をやめることになる。このときのブランデージとゲッベルスのやりとりが英語とドイツ語なので、リーフェンシュタールが通訳をするが、どちらの言葉もそのまま通訳できないので、言葉を和らげて伝えているのが興味深かった。このとき、ブランデージは、アメリカのドイツ大使館建設をブランデージの建築ビジネスに依頼するという話を受けてしまい、このことがのちにドイツ側に弱みを握られることになる。
アメリカ・オリンピック委員会は僅差で五輪出場を決めるが、オーエンスには黒人団体から参加するなという圧力がかかる。参加すればナチスの人種差別を認めたことになる、というのだ。オーエンスは迷った末、一度は五輪辞退を決意する。
映画の前半は、アメリカがベルリン五輪をボイコットすべきか参加すべきかがテーマになっていて、それがそのままオーエンスの選択にもなっている。
参加することはナチスの人種差別を容認することになるのか?
それとも、黒人が参加して勝つことで、ヒトラーと人種差別にノーを突きつけることができるのか?
そして、この映画が優れているのは、人種差別をしているのはドイツだけではないということだ。
ブランデージとマホニーの対立の中でも、「人種差別についてはアメリカだってドイツと大差ない」ということが何度も言われる。オーエンスの父も黒人団体の人物に、息子が参加してもしなくても人種差別のアメリカは変わらないと言う。映画は白人席と黒人席に分かれたバスに乗り込むオーエンスから始まっている。アメリカではユダヤ人も差別されていたが、黒人差別は本当にひどいものだった。ドイツに比べてアメリカは人種差別がなく民主的だなどとはまったく言えなかったのだ。
つまり、この映画は、すでに十分に非難されているナチスドイツの人種差別についてではなくて、翻ってみると、実は、かつてのアメリカがナチスばりの人種差別社会だった、ということを重要なテーマにしているのである。
結果的にオーエンスはベルリンで4冠を勝ち取った。ナチスは黒人選手のオーエンスを記録映画から消したかったようだが、オーエンスに魅せられたリーフェンシュタールが映像を守った。理由は最初に書いたように、「オーエンスは美しかった」からだ。
この映画のリーフェンシュタールは大変好意的に描かれている。中学生の私が読んだ彼女のインタビュー、「オーエンスは美しかった」というインタビューの記憶に近い。ナチスのプロパガンダ映画を作り、反省もしていない映画監督、という描かれ方はしていない。
リーフェンシュタールに扮したオランダの女優カリス・ファン・ハウテンは、「彼女が当時、ヒトラーの政策について、事態について、どの程度理解していたのかわからない」と述べている。この映画のリーフェンシュタールは大作映画を撮ることになった野心的な監督で、美と芸術に打ち込んでいる女性として描かれている。彼女の頭には政治や社会はなかったのだろう。美しいものをひたすら撮る。それが政治的社会的にどういう意味があるかはいとわない。黒人のオーエンスの美しさを撮り、競技中に真のスポーツマンシップと友情で結ばれたオーエンスとドイツ人選手ルッツの姿を美しいと思って撮る。リーフェンシュタールの映画はナチスのプロパガンダとして成功するが、その一方で、オーエンスの勇姿を永遠に残るものとした(オーエンスにやらせのショットを撮らせるシーンで、彼女が言うせりふに、彼女の美意識が現れている)。
この映画は主要人物はおおむね善人で、悪人はナチス側はおもにゲッベルス、それ以外は黒人差別をするアメリカ人となっている。ここでもアメリカでの黒人差別がメインテーマだということがわかる。ドイツ側の人物ではオーエンスと友情で結ばれるルッツが、内心ではナチスに対して批判的で、彼はその後、第二次大戦で激戦地に送られ、戦死している。政治や社会のことを考えずに美と芸術を追求したリーフェンシュタールに対し、ルッツは良心に従って生きたドイツ人の代表なのだろう。
オーエンスが4冠を取っても、アメリカの人種差別には何の変化もなかった、ということが最後に語られる。祝賀会に参加するために、オーエンス夫妻とコーチ夫妻が会場にやってくると、黒人のオーエンス夫妻は通用口から入るように言われる。規則で決まっているからと言われ、コーチは怒るが、オーエンス夫妻はそれを制止して裏口から入る。黒人の従業員たちが口々に「オーエンスだ」と言い、そしてエレベーターボーイの白人少年がサインを求める。思いがけない出会いにびっくりしてメモ帳を落としてしまう少年の姿に微笑むオーエンス夫妻。アメリカの人種差別がまったく変わっていないというつらい結末だが、この少年の登場がほっとさせてくれる。素晴らしいエンディングだ。
オーエンス役のステファン・ジェイムズ、コーチ役のジェイソン・サダイキスはまだそれほど有名なスターではないと思うが、どちらも実にいい味を出している。オーエンス夫人ルース役のシャニース・バンタンは、オーエンスが結婚前の彼女を裏切ったあと、謝罪に訪れるシーンの演技がいい。美容院で働く彼女のもとにオーエンスが来るが、美容院のスタッフや客が全員、きつい目でオーエンスを見るのだ。この女性たちの眼力と、その中でルースの心が少しずつ揺れていく。そのあとのオーエンスとのやりとりでのセリフがまたいい。
当時、リーフェンシュタールはまだ現役のドキュメンタリー映画作家だった。
ナチスドイツの威信を世に知らしめるために行われた1936年のベルリン五輪。その記録映画「美の祭典」「民族の祭典」を監督したリーフェンシュタールが、陸上で4つの金メダルを獲得したアメリカの黒人選手ジェシー・オーエンスを熱心に撮影したことを聞かれ、彼女はこう答えた。
「ジェシー・オーエンスは美しかった」
そのときのインタビューはリーフェンシュタールに好意的なものだったと記憶しているが、その後、リーフェンシュタールはナチスの宣伝映画の監督であり、そのことについて戦後も反省の弁を述べていない、といった批判が目につくようになった。彼女とオーエンスについて語る記事も目にしなかった。
そのジェシー・オーエンスの1935年から36年の2年間を描く伝記映画「栄光のランナー 1936ベルリン」を見た。原題は「Race」。競技のレースと人種の両方を意味する、短いが奥深いタイトルだ。
高校時代から卓越した才能の持ち主だったオーエンスはオハイオ州立大学に入学し、そこで名コーチと出会い、ベルリン五輪の金メダルをめざすことになる。国内の競技大会で次々と世界新記録を打ち立て、ベルリンへの期待が高まるが、ナチスドイツの人種差別政策がアメリカで問題視され、五輪をボイコットすべきだという声が高まる。
スポーツに政治を持ち込むな、と言って五輪参加に賛成するのは、のちのIOC会長ブランデージ(当時はAOC会長)。私が子供の頃はIOC会長といえばブランデージでした。
一方、ボイコットすべし、と主張するのはアメリカ・オリンピック委員会の委員長マホニー。ブランデージをジェレミー・アイアンズ、マホニーをウィリアム・ハートという豪華共演で、この2人のやりとりがすばらしい。どちらも真剣にオリンピックについて、社会について考えているのがわかる。決して相手を非難せず、真摯にそれぞれの主張をしているのがわかる。
ブランデージはベルリンに視察に出かけるが、町にはユダヤ人をののしる言葉があふれ、ユダヤ人が無理やりトラックに乗せられている。ブランデージは宣伝相ゲッベルスに、これではアメリカはボイコットせざるを得ないと主張し、ドイツ側は表向きは人種差別をやめることになる。このときのブランデージとゲッベルスのやりとりが英語とドイツ語なので、リーフェンシュタールが通訳をするが、どちらの言葉もそのまま通訳できないので、言葉を和らげて伝えているのが興味深かった。このとき、ブランデージは、アメリカのドイツ大使館建設をブランデージの建築ビジネスに依頼するという話を受けてしまい、このことがのちにドイツ側に弱みを握られることになる。
アメリカ・オリンピック委員会は僅差で五輪出場を決めるが、オーエンスには黒人団体から参加するなという圧力がかかる。参加すればナチスの人種差別を認めたことになる、というのだ。オーエンスは迷った末、一度は五輪辞退を決意する。
映画の前半は、アメリカがベルリン五輪をボイコットすべきか参加すべきかがテーマになっていて、それがそのままオーエンスの選択にもなっている。
参加することはナチスの人種差別を容認することになるのか?
それとも、黒人が参加して勝つことで、ヒトラーと人種差別にノーを突きつけることができるのか?
そして、この映画が優れているのは、人種差別をしているのはドイツだけではないということだ。
ブランデージとマホニーの対立の中でも、「人種差別についてはアメリカだってドイツと大差ない」ということが何度も言われる。オーエンスの父も黒人団体の人物に、息子が参加してもしなくても人種差別のアメリカは変わらないと言う。映画は白人席と黒人席に分かれたバスに乗り込むオーエンスから始まっている。アメリカではユダヤ人も差別されていたが、黒人差別は本当にひどいものだった。ドイツに比べてアメリカは人種差別がなく民主的だなどとはまったく言えなかったのだ。
つまり、この映画は、すでに十分に非難されているナチスドイツの人種差別についてではなくて、翻ってみると、実は、かつてのアメリカがナチスばりの人種差別社会だった、ということを重要なテーマにしているのである。
結果的にオーエンスはベルリンで4冠を勝ち取った。ナチスは黒人選手のオーエンスを記録映画から消したかったようだが、オーエンスに魅せられたリーフェンシュタールが映像を守った。理由は最初に書いたように、「オーエンスは美しかった」からだ。
この映画のリーフェンシュタールは大変好意的に描かれている。中学生の私が読んだ彼女のインタビュー、「オーエンスは美しかった」というインタビューの記憶に近い。ナチスのプロパガンダ映画を作り、反省もしていない映画監督、という描かれ方はしていない。
リーフェンシュタールに扮したオランダの女優カリス・ファン・ハウテンは、「彼女が当時、ヒトラーの政策について、事態について、どの程度理解していたのかわからない」と述べている。この映画のリーフェンシュタールは大作映画を撮ることになった野心的な監督で、美と芸術に打ち込んでいる女性として描かれている。彼女の頭には政治や社会はなかったのだろう。美しいものをひたすら撮る。それが政治的社会的にどういう意味があるかはいとわない。黒人のオーエンスの美しさを撮り、競技中に真のスポーツマンシップと友情で結ばれたオーエンスとドイツ人選手ルッツの姿を美しいと思って撮る。リーフェンシュタールの映画はナチスのプロパガンダとして成功するが、その一方で、オーエンスの勇姿を永遠に残るものとした(オーエンスにやらせのショットを撮らせるシーンで、彼女が言うせりふに、彼女の美意識が現れている)。
この映画は主要人物はおおむね善人で、悪人はナチス側はおもにゲッベルス、それ以外は黒人差別をするアメリカ人となっている。ここでもアメリカでの黒人差別がメインテーマだということがわかる。ドイツ側の人物ではオーエンスと友情で結ばれるルッツが、内心ではナチスに対して批判的で、彼はその後、第二次大戦で激戦地に送られ、戦死している。政治や社会のことを考えずに美と芸術を追求したリーフェンシュタールに対し、ルッツは良心に従って生きたドイツ人の代表なのだろう。
オーエンスが4冠を取っても、アメリカの人種差別には何の変化もなかった、ということが最後に語られる。祝賀会に参加するために、オーエンス夫妻とコーチ夫妻が会場にやってくると、黒人のオーエンス夫妻は通用口から入るように言われる。規則で決まっているからと言われ、コーチは怒るが、オーエンス夫妻はそれを制止して裏口から入る。黒人の従業員たちが口々に「オーエンスだ」と言い、そしてエレベーターボーイの白人少年がサインを求める。思いがけない出会いにびっくりしてメモ帳を落としてしまう少年の姿に微笑むオーエンス夫妻。アメリカの人種差別がまったく変わっていないというつらい結末だが、この少年の登場がほっとさせてくれる。素晴らしいエンディングだ。
オーエンス役のステファン・ジェイムズ、コーチ役のジェイソン・サダイキスはまだそれほど有名なスターではないと思うが、どちらも実にいい味を出している。オーエンス夫人ルース役のシャニース・バンタンは、オーエンスが結婚前の彼女を裏切ったあと、謝罪に訪れるシーンの演技がいい。美容院で働く彼女のもとにオーエンスが来るが、美容院のスタッフや客が全員、きつい目でオーエンスを見るのだ。この女性たちの眼力と、その中でルースの心が少しずつ揺れていく。そのあとのオーエンスとのやりとりでのセリフがまたいい。
2016年6月22日水曜日
「ティエリー・トグルドーの憂鬱」(ネタバレ大あり)
久々に試写に行ってきた。
そして、久々に力説したくなった。
映画がよかったのもあるが、それ以上に、プレスに掲載されている湯浅誠の映画評がかなり間違っていたからだ。
湯浅誠といえば反貧困ネットワークという社会活動で有名な人だが、映画に関してはちょっと読みが浅い。これほどきちんと理詰めで作られた映画は珍しいほどなのに、その理詰めできちんと理解するということができていないとしか思えない。
というわけで、ネタバレ大ありで反論します。
ティエリー・トグルドーは51歳のフランス人。長年工場で技師として働いてきたが、会社は人件費の安い海外での生産を決め、工場を閉鎖、従業員を解雇する。
それから1年半、ティエリーは職安に通い、クレーン技師の資格を取り、就活に励むが、現場経験がないと雇ってもらえない。無駄な研修をなぜ受けさせた、と職安に文句を言うも、職安はのらりくらり。
ティエリーは妻と障害のある息子と3人暮らし。失業中とはいえ、ダンスを習う余裕もあるし、マンションやトレーラーハウスも持っている。マンションを売って賃貸に住んだ方が貯金ができて安心と薦められるが、この年で借家暮らしはいやだと言う。かわりにトレーラーハウスを売ろうとするが、相手はティエリーの足元を見て値下げを要求するので、断ってしまう。
やがて彼は模擬面接のビデオを見て面接の練習をする就活セミナーに入る。そこであいそが悪いとかいろいろ言われる。日本の大学生の就活みたいだ。
そして一転、画面は大きなスーパーで警備員として働くティエリーのシーンに変わる。
そのスーパーは人員過剰なのか、経営者は不正をした従業員をすぐに解雇してしまう。客のクーポンを捨てずにネコババしたとか、ポイントカードを持っていない客のポイントを自分のものにしたとか、不正ではあるが、普通だったら即クビではなく警告や懲戒だろうと思うところが、即クビ。経営者は不正をなくすためではなく、従業員を減らすためにやっているのだ。
やがて、長年、スーパーのために働き、客にも同僚にも人気があった女性がクビになり、店で自殺するという事件が起こる。そしてまた、些細な不正でクビになる従業員を見たティエリーはある決断をする。
湯浅誠は、善でも悪でもない「ふつうの人」は、システムのバグになるか、そのバグを発見し駆除する側になるか、どちらかしかないと言う。別の言い方をすると、体制側について生き残るか、そこからはみ出して生きていけなくなるか、ということだ。この見方は正しい。
ティエリーはスーパーの警備員になることで体制側の人間、バグを発見し駆除する側の人間になる。しかし、お金に困って万引きする老人、長年スーパーのために尽くしたのに小さな不正で突然クビになる従業員などを見ているうちに、彼はこれ以上バグを駆除する側にいることに耐えられなくなり、警備員をやめてしまう。そのあと、彼がどうするかについて、湯浅誠はこう書いている。
「そしてラスト、ついにシステムに耐えられなくなったティエリーは、自らバグとなる。そこに、絶望の淵に踏みとどまる人間の尊厳を見ることは可能だろう。しかし、「その後」はどうなるのだろう。
私が想像するのは、その後、再び映画の冒頭に戻って、ハローワーク職員と対話するティエリーの姿だ。ティエリーは再び、システムの一部になろうと努力するだろう。またループが始まるのだ。なぜなら、それ以外に生きていく方法、家族を養っていく方法はないのだから。システムに忠実であることによって初めて、彼は家族とのつましい幸せのひと時を手に入れることができる。そこに曖昧さや妥協はなく、したがって救いはない(後略)。
「では、ふつうの人を幸福にしないそのシステムを変えればいい」と言う人がいる。しかし、ブリゼ監督は、ティエリーがそのような「闘争」から脱落するシーンを織り込むことで、その出口も周到にふさぐ。ティエリーは、システムを変える闘争に立ち上がるようなヒーローではない(後略)。」
(引用終わり)
湯浅氏はティエリーを演じたヴァンサン・ランドンを知らないのだろう。彼はヒーローなのだ。
「すべて彼女のために」では無実の妻を刑務所から脱獄させる男。
「君を想って海をゆく」では難民を救おうとする男。
参考「ヴァンサン・ランドンは超法規的な男が似合う」
http://sabreclub4.blogspot.jp/2010/11/blog-post_09.html
この映画のランドンは確かにダメな中年男を演じている。プライドばかり高くて現実的でない。マンションやトレーラーハウスを売りたがらないところにはこれまでの生活をそのまま維持したいという保守性が見える。彼は未来を切り開くということをしない。
前半で、ティエリーとともに工場をクビになった元従業員たちが、会社を訴える話し合いをしているが、ティエリーはもう疲れたと言って、彼らとは縁を切ってしまう。湯浅氏はこのシーンを見て、ティエリーは完全に闘うのをやめたと思っているが、警備員として社会を見た彼が変化し、昔の仲間たちと一緒に闘おう、困っている人たちのためにも、と思うことがありうるとは想像もしなかったようだ。
しかし、決然と席を立ち、スーパーを出ていくティエリーには決意のようなものがうかがえた。
湯浅氏とは違って、私は、その後、ティエリーはまた職安に行って同じことを繰り返すとは思わない。彼はまず、昔の仲間のところへ行くだろう。
この映画はループしない。必ず、次は未来へ進んでいく。
そうでなければ、この映画はただ、現実を示して絶望するだけの映画になってしまう。
この映画の結末を見て、最初に連想したのは、タルデンヌ兄弟監督の「サンドラの週末」だ。あの映画のラスト、サンドラは、あなたをクビにしないかわりに別の人をクビにすると言われ、決然と会社を出ていく。サンドラも最初はダメダメだったけど、最後には変化した。ディエリーもスーパーでの経験で必ず変化している。工場しか知らなかった彼が別の世界で経験したことは、彼を進歩させているはずだ。
この映画が理詰めでできていると感じたのは、ティエリーがスーパーの警備員になる前に就活セミナーを受けていて、そのあと、突然警備員のティエリーが現れたからだ。技術者として再就職することをあきらめ、別の職種に就くために、彼は就活セミナーを受けたのである。実に理路整然とした展開だ。
また、クビになった元従業員が店で自殺すると(明らかに抗議の自殺)、本社から来た男が従業員に、きみたちのせいではないと言う(店長は罪悪感を感じているようだった)。これはつまり、システムの中の人間と外の人間を切り離そうとする洗脳だ。人間を私たちと彼らに分け、私たちは違う、私たちは大丈夫と思わせるのだ。しかし、またしても小さい不正を犯した従業員が見つかったとき、ティエリーは、私たちと彼らという分け方の欺瞞に気づいたに違いない。
前半、ティエリーは昔の仲間の闘いから離脱するが、このような経験を経たのち、彼は昔の仲間の言うことが正しいと思うようになったのではないか。
ステファヌ・ブリゼ監督はこの映画について、次のように言っている。
「なぜなら私はみんなをどこへ連れて行こうとしているか判っていたからだ。(中略)行き先も回り道も全て書かれた地図を私は持っていた。」
まさに回り道である。後半はティエリーの回り道、実に有意義な回り道だったのだ。自分さえよければ、家族さえよければいいと思う「ふつうの人」から、「ヒーロー」に変化するための回り道である。
そして、今、日本でも多くの「ふつうの人」が声を上げ始めている。立ち上がるには力がなさすぎる人もいるが、この映画のティエリーはマンションもトレーラーハウスも持つ、ある程度余裕のある人だ。こういう、ある程度の力と余裕のある「ふつうの人」は立ち上がることができるのだ。
プレスシートの表紙は右側に横向きのティエリーの姿、左側に「まだ、勝負は終わっていない」という惹句がある。この惹句を考えた人は、たぶん、私と同意見だろう。
以下余談。
この映画は、万引きした人がお金を払えば許されるとか、スーパーの従業員がボーナスももらえる正社員らしいとか、日本とはだいぶ状況が違うところもある。正直、見ていて、日本の労働環境の方がこの映画よりずっとひどいと思わざるを得なかった。フランスでは100万人が見たという大ヒットだそうで、試写室も大盛況だったが、日本との違いが共感や理解の妨げにならなければいいと思う。
苦い追記
そして、久々に力説したくなった。
映画がよかったのもあるが、それ以上に、プレスに掲載されている湯浅誠の映画評がかなり間違っていたからだ。
湯浅誠といえば反貧困ネットワークという社会活動で有名な人だが、映画に関してはちょっと読みが浅い。これほどきちんと理詰めで作られた映画は珍しいほどなのに、その理詰めできちんと理解するということができていないとしか思えない。
というわけで、ネタバレ大ありで反論します。
ティエリー・トグルドーは51歳のフランス人。長年工場で技師として働いてきたが、会社は人件費の安い海外での生産を決め、工場を閉鎖、従業員を解雇する。
それから1年半、ティエリーは職安に通い、クレーン技師の資格を取り、就活に励むが、現場経験がないと雇ってもらえない。無駄な研修をなぜ受けさせた、と職安に文句を言うも、職安はのらりくらり。
ティエリーは妻と障害のある息子と3人暮らし。失業中とはいえ、ダンスを習う余裕もあるし、マンションやトレーラーハウスも持っている。マンションを売って賃貸に住んだ方が貯金ができて安心と薦められるが、この年で借家暮らしはいやだと言う。かわりにトレーラーハウスを売ろうとするが、相手はティエリーの足元を見て値下げを要求するので、断ってしまう。
やがて彼は模擬面接のビデオを見て面接の練習をする就活セミナーに入る。そこであいそが悪いとかいろいろ言われる。日本の大学生の就活みたいだ。
そして一転、画面は大きなスーパーで警備員として働くティエリーのシーンに変わる。
そのスーパーは人員過剰なのか、経営者は不正をした従業員をすぐに解雇してしまう。客のクーポンを捨てずにネコババしたとか、ポイントカードを持っていない客のポイントを自分のものにしたとか、不正ではあるが、普通だったら即クビではなく警告や懲戒だろうと思うところが、即クビ。経営者は不正をなくすためではなく、従業員を減らすためにやっているのだ。
やがて、長年、スーパーのために働き、客にも同僚にも人気があった女性がクビになり、店で自殺するという事件が起こる。そしてまた、些細な不正でクビになる従業員を見たティエリーはある決断をする。
湯浅誠は、善でも悪でもない「ふつうの人」は、システムのバグになるか、そのバグを発見し駆除する側になるか、どちらかしかないと言う。別の言い方をすると、体制側について生き残るか、そこからはみ出して生きていけなくなるか、ということだ。この見方は正しい。
ティエリーはスーパーの警備員になることで体制側の人間、バグを発見し駆除する側の人間になる。しかし、お金に困って万引きする老人、長年スーパーのために尽くしたのに小さな不正で突然クビになる従業員などを見ているうちに、彼はこれ以上バグを駆除する側にいることに耐えられなくなり、警備員をやめてしまう。そのあと、彼がどうするかについて、湯浅誠はこう書いている。
「そしてラスト、ついにシステムに耐えられなくなったティエリーは、自らバグとなる。そこに、絶望の淵に踏みとどまる人間の尊厳を見ることは可能だろう。しかし、「その後」はどうなるのだろう。
私が想像するのは、その後、再び映画の冒頭に戻って、ハローワーク職員と対話するティエリーの姿だ。ティエリーは再び、システムの一部になろうと努力するだろう。またループが始まるのだ。なぜなら、それ以外に生きていく方法、家族を養っていく方法はないのだから。システムに忠実であることによって初めて、彼は家族とのつましい幸せのひと時を手に入れることができる。そこに曖昧さや妥協はなく、したがって救いはない(後略)。
「では、ふつうの人を幸福にしないそのシステムを変えればいい」と言う人がいる。しかし、ブリゼ監督は、ティエリーがそのような「闘争」から脱落するシーンを織り込むことで、その出口も周到にふさぐ。ティエリーは、システムを変える闘争に立ち上がるようなヒーローではない(後略)。」
(引用終わり)
湯浅氏はティエリーを演じたヴァンサン・ランドンを知らないのだろう。彼はヒーローなのだ。
「すべて彼女のために」では無実の妻を刑務所から脱獄させる男。
「君を想って海をゆく」では難民を救おうとする男。
参考「ヴァンサン・ランドンは超法規的な男が似合う」
http://sabreclub4.blogspot.jp/2010/11/blog-post_09.html
この映画のランドンは確かにダメな中年男を演じている。プライドばかり高くて現実的でない。マンションやトレーラーハウスを売りたがらないところにはこれまでの生活をそのまま維持したいという保守性が見える。彼は未来を切り開くということをしない。
前半で、ティエリーとともに工場をクビになった元従業員たちが、会社を訴える話し合いをしているが、ティエリーはもう疲れたと言って、彼らとは縁を切ってしまう。湯浅氏はこのシーンを見て、ティエリーは完全に闘うのをやめたと思っているが、警備員として社会を見た彼が変化し、昔の仲間たちと一緒に闘おう、困っている人たちのためにも、と思うことがありうるとは想像もしなかったようだ。
しかし、決然と席を立ち、スーパーを出ていくティエリーには決意のようなものがうかがえた。
湯浅氏とは違って、私は、その後、ティエリーはまた職安に行って同じことを繰り返すとは思わない。彼はまず、昔の仲間のところへ行くだろう。
この映画はループしない。必ず、次は未来へ進んでいく。
そうでなければ、この映画はただ、現実を示して絶望するだけの映画になってしまう。
この映画の結末を見て、最初に連想したのは、タルデンヌ兄弟監督の「サンドラの週末」だ。あの映画のラスト、サンドラは、あなたをクビにしないかわりに別の人をクビにすると言われ、決然と会社を出ていく。サンドラも最初はダメダメだったけど、最後には変化した。ディエリーもスーパーでの経験で必ず変化している。工場しか知らなかった彼が別の世界で経験したことは、彼を進歩させているはずだ。
この映画が理詰めでできていると感じたのは、ティエリーがスーパーの警備員になる前に就活セミナーを受けていて、そのあと、突然警備員のティエリーが現れたからだ。技術者として再就職することをあきらめ、別の職種に就くために、彼は就活セミナーを受けたのである。実に理路整然とした展開だ。
また、クビになった元従業員が店で自殺すると(明らかに抗議の自殺)、本社から来た男が従業員に、きみたちのせいではないと言う(店長は罪悪感を感じているようだった)。これはつまり、システムの中の人間と外の人間を切り離そうとする洗脳だ。人間を私たちと彼らに分け、私たちは違う、私たちは大丈夫と思わせるのだ。しかし、またしても小さい不正を犯した従業員が見つかったとき、ティエリーは、私たちと彼らという分け方の欺瞞に気づいたに違いない。
前半、ティエリーは昔の仲間の闘いから離脱するが、このような経験を経たのち、彼は昔の仲間の言うことが正しいと思うようになったのではないか。
ステファヌ・ブリゼ監督はこの映画について、次のように言っている。
「なぜなら私はみんなをどこへ連れて行こうとしているか判っていたからだ。(中略)行き先も回り道も全て書かれた地図を私は持っていた。」
まさに回り道である。後半はティエリーの回り道、実に有意義な回り道だったのだ。自分さえよければ、家族さえよければいいと思う「ふつうの人」から、「ヒーロー」に変化するための回り道である。
そして、今、日本でも多くの「ふつうの人」が声を上げ始めている。立ち上がるには力がなさすぎる人もいるが、この映画のティエリーはマンションもトレーラーハウスも持つ、ある程度余裕のある人だ。こういう、ある程度の力と余裕のある「ふつうの人」は立ち上がることができるのだ。
プレスシートの表紙は右側に横向きのティエリーの姿、左側に「まだ、勝負は終わっていない」という惹句がある。この惹句を考えた人は、たぶん、私と同意見だろう。
以下余談。
この映画は、万引きした人がお金を払えば許されるとか、スーパーの従業員がボーナスももらえる正社員らしいとか、日本とはだいぶ状況が違うところもある。正直、見ていて、日本の労働環境の方がこの映画よりずっとひどいと思わざるを得なかった。フランスでは100万人が見たという大ヒットだそうで、試写室も大盛況だったが、日本との違いが共感や理解の妨げにならなければいいと思う。
苦い追記
2016年6月18日土曜日
33年ぶりの村上春樹
33年ぶりに村上春樹の小説を読んだ。
最後に読んだのは1983年の「中国行きのスロー・ボート」(短編集)。
その前に「風の歌を聴け」と「1973年のピンボール」を読んで好きになり、続いて「羊をめぐる冒険」を読んだら、あれ、と思った。
もともと村上春樹のデビュー当時の文体が好きだったのだ。内容は別にどうでもいいというか、内容ではなく文体に惹かれた。
当時、私は日本人作家の小説がだめで、継続的に読むほど好きだったのは川端康成くらいだったが、村上春樹は初めて好きだと思えた同時代の作家だった。
昔のことなのでよく覚えていないが、やはり文体だったと思う。内容はもうさっぱり忘れている。
なんというか、それまで日本人作家の小説を読むと、文章がどんよりしていて好きになれなかったのだが、村上春樹の初期の2作の文体はきらきらとして透明感があった。日本的なウェットな内容も、そのキラキラ透明な文体だと心地よかった。
ところが、「羊をめぐる冒険」では、文体が他の日本人作家と同じになっていたのだ。内容は確かに面白いし、羊の象徴するものも興味が尽きない。ミステリーのようにぐいぐい読ませるが、肝心な文体はもう、私の好きな村上春樹ではなくなっていた。
そして、新刊の「中国行きのスロー・ボート」を読んだあと、村上春樹を読むのをやめた。
それから33年、私が読んでいた頃よりはるかに有名で売れる作家になり、ノーベル賞候補と毎年のように言われたが、私は彼の本を手にとることさえなかった。
それが、一番新しい「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読みたいと思ったのは、タイトルに惹かれたからだろう。「ノルウェーの森」とか「海辺のカフカ」では読む気になれなかったのだが、この長いタイトルは中世ヨーロッパの宗教的な散文物語のタイトルのようで、気を惹かれた。リストの「巡礼の年」がモチーフになっているらしいのも興味を持った理由の1つ。内容はこれまでさんざん聞いていた村上春樹のワンパターンみたいだったので、内容に惹かれたわけではなかった。
読み始めてみると、傑作ではなさそうだが、面白いと思えた。前半は先の見えない展開で、物語がどう転ぶかわからない。こういう小説はとりあえず面白い。
ところが、真ん中くらいになって、主人公が高校時代の4人の親友に拒絶された理由が明らかになるあたりから、先がミエミエの展開になってしまった。
前半の先の見えない展開、ちょっと魅力的なエピソード(それは主人公・つくるの大学後輩、灰田にまつわるエピソードなのだが)が突然なくなり、主人公は付き合い始めたばかりの恋人の助言で、かつて自分を拒否し、自分を絶望させ、死の淵まで追いつめた4人の旧友に会いに行くことになる。ただ、4人のうち1人はすでに死んでいて、その死も謎。でも、なぜ拒絶されたのか、その過去と向き合わないと、あなたとはつきあえない、と今の彼女に言われて、つくるは故郷の名古屋へ、そして国際結婚した1人のいるフィンランドへ行く。
とにかくこの、恋人に言われて名古屋に行くあたりからもうまったくだめ。
見え透いた展開、人間としての肉付けがこれっぽっちもない登場人物。特に、すでに死んでいる1人(精神を病んでいたらしい女性)がだめ。つくるはこの女性が好きだったのだが、読んでいて、いったい、この女性は本当に存在したのだろうかと思ってしまった。フィンランドで再会したもう1人の旧友の女性がいろいろ説明しているけど、この女性の言うこと、全部信じていいの?と思ってしまう(嘘だったらどうするよ。だって、彼女しか知らないことをいろいろしゃべってるんだよ)。
名古屋で再会する男の旧友2人も、体育会系のセールスマンとスピリチュアル系のグルという型にはまった人物。主人公のつくるもそうだけど、人間が全然魅力がない。
多崎つくるは4人の旧友ではなく、大学の後輩で突然姿を消した灰田を探しに行くべきだったのではないだろうか。灰田のエピソード、そして灰田が語る彼の父親と緑川というジャズ・ピアニストの話は面白い。つくるは夢の中で2人の女性の旧友に誘惑され、死んだ方の女性と関係するのだが、彼の夢の中には灰田も出てきて、灰田がつくるにフェラするのだ。2人の女性は姓にそれぞれ白と黒という色が入っているけれど、白と黒をまぜると灰色になる。つくるが求めているのは本当は男の灰田なのでは? 実際、つくるは同性愛者と思われたくないので女性と付き合い始めたと言っている。
村上春樹はつくるが灰田を探しに行くという冒険をする気になれなかったのだろう。無難な女性との関係の方へ行ったのだろう。後半は本当につまらない。逆に言うと、前半の面白いところが生かされないのが惜しい。
登場人物は4人の旧友(男性2人はそれぞれ赤と青を姓に持つ)、灰田、緑川と、つくる以外は色彩を姓に持っている。つくるだけが色彩を持たないのだが、では色彩がないから透明なのかというと、全然不透明だ。私が好きだった村上春樹の透明な文体はもちろん、この作品にもない。やはり最初の2作で消えてしまったのだなと思った。その上、地に足のつかない日本語になっているような感じさえする。それは前半からすでにそうで、日本語をいちいち気にしながら読む状態だった。
リストの「巡礼の年」に関していえば、この小説は、ラザール・ベルマンの「巡礼の年」を聞いていた主人公がブレンデルの「巡礼の年」を聞いてある悟りを得る、と要約できる。でも、その悟りというのが、
中二病か?
というようなシロモノ。全体に中二病という言葉がぴったりの小説であった。
最後に読んだのは1983年の「中国行きのスロー・ボート」(短編集)。
その前に「風の歌を聴け」と「1973年のピンボール」を読んで好きになり、続いて「羊をめぐる冒険」を読んだら、あれ、と思った。
もともと村上春樹のデビュー当時の文体が好きだったのだ。内容は別にどうでもいいというか、内容ではなく文体に惹かれた。
当時、私は日本人作家の小説がだめで、継続的に読むほど好きだったのは川端康成くらいだったが、村上春樹は初めて好きだと思えた同時代の作家だった。
昔のことなのでよく覚えていないが、やはり文体だったと思う。内容はもうさっぱり忘れている。
なんというか、それまで日本人作家の小説を読むと、文章がどんよりしていて好きになれなかったのだが、村上春樹の初期の2作の文体はきらきらとして透明感があった。日本的なウェットな内容も、そのキラキラ透明な文体だと心地よかった。
ところが、「羊をめぐる冒険」では、文体が他の日本人作家と同じになっていたのだ。内容は確かに面白いし、羊の象徴するものも興味が尽きない。ミステリーのようにぐいぐい読ませるが、肝心な文体はもう、私の好きな村上春樹ではなくなっていた。
そして、新刊の「中国行きのスロー・ボート」を読んだあと、村上春樹を読むのをやめた。
それから33年、私が読んでいた頃よりはるかに有名で売れる作家になり、ノーベル賞候補と毎年のように言われたが、私は彼の本を手にとることさえなかった。
それが、一番新しい「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読みたいと思ったのは、タイトルに惹かれたからだろう。「ノルウェーの森」とか「海辺のカフカ」では読む気になれなかったのだが、この長いタイトルは中世ヨーロッパの宗教的な散文物語のタイトルのようで、気を惹かれた。リストの「巡礼の年」がモチーフになっているらしいのも興味を持った理由の1つ。内容はこれまでさんざん聞いていた村上春樹のワンパターンみたいだったので、内容に惹かれたわけではなかった。
読み始めてみると、傑作ではなさそうだが、面白いと思えた。前半は先の見えない展開で、物語がどう転ぶかわからない。こういう小説はとりあえず面白い。
ところが、真ん中くらいになって、主人公が高校時代の4人の親友に拒絶された理由が明らかになるあたりから、先がミエミエの展開になってしまった。
前半の先の見えない展開、ちょっと魅力的なエピソード(それは主人公・つくるの大学後輩、灰田にまつわるエピソードなのだが)が突然なくなり、主人公は付き合い始めたばかりの恋人の助言で、かつて自分を拒否し、自分を絶望させ、死の淵まで追いつめた4人の旧友に会いに行くことになる。ただ、4人のうち1人はすでに死んでいて、その死も謎。でも、なぜ拒絶されたのか、その過去と向き合わないと、あなたとはつきあえない、と今の彼女に言われて、つくるは故郷の名古屋へ、そして国際結婚した1人のいるフィンランドへ行く。
とにかくこの、恋人に言われて名古屋に行くあたりからもうまったくだめ。
見え透いた展開、人間としての肉付けがこれっぽっちもない登場人物。特に、すでに死んでいる1人(精神を病んでいたらしい女性)がだめ。つくるはこの女性が好きだったのだが、読んでいて、いったい、この女性は本当に存在したのだろうかと思ってしまった。フィンランドで再会したもう1人の旧友の女性がいろいろ説明しているけど、この女性の言うこと、全部信じていいの?と思ってしまう(嘘だったらどうするよ。だって、彼女しか知らないことをいろいろしゃべってるんだよ)。
名古屋で再会する男の旧友2人も、体育会系のセールスマンとスピリチュアル系のグルという型にはまった人物。主人公のつくるもそうだけど、人間が全然魅力がない。
多崎つくるは4人の旧友ではなく、大学の後輩で突然姿を消した灰田を探しに行くべきだったのではないだろうか。灰田のエピソード、そして灰田が語る彼の父親と緑川というジャズ・ピアニストの話は面白い。つくるは夢の中で2人の女性の旧友に誘惑され、死んだ方の女性と関係するのだが、彼の夢の中には灰田も出てきて、灰田がつくるにフェラするのだ。2人の女性は姓にそれぞれ白と黒という色が入っているけれど、白と黒をまぜると灰色になる。つくるが求めているのは本当は男の灰田なのでは? 実際、つくるは同性愛者と思われたくないので女性と付き合い始めたと言っている。
村上春樹はつくるが灰田を探しに行くという冒険をする気になれなかったのだろう。無難な女性との関係の方へ行ったのだろう。後半は本当につまらない。逆に言うと、前半の面白いところが生かされないのが惜しい。
登場人物は4人の旧友(男性2人はそれぞれ赤と青を姓に持つ)、灰田、緑川と、つくる以外は色彩を姓に持っている。つくるだけが色彩を持たないのだが、では色彩がないから透明なのかというと、全然不透明だ。私が好きだった村上春樹の透明な文体はもちろん、この作品にもない。やはり最初の2作で消えてしまったのだなと思った。その上、地に足のつかない日本語になっているような感じさえする。それは前半からすでにそうで、日本語をいちいち気にしながら読む状態だった。
リストの「巡礼の年」に関していえば、この小説は、ラザール・ベルマンの「巡礼の年」を聞いていた主人公がブレンデルの「巡礼の年」を聞いてある悟りを得る、と要約できる。でも、その悟りというのが、
中二病か?
というようなシロモノ。全体に中二病という言葉がぴったりの小説であった。
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