「レヴェナント」をシネコンで見たあと、ショッピングセンターなどを見ていたら、特設会場でCDとDVDを売っていた。数年前に出たらしいシェイクスピアの映画化作品のDVDがあり、1枚500円くらい。その中にはるか昔、テレビの深夜放送で見た「真夏の夜の夢」があった。ジェームズ・キャグニーやオリヴィア・デ・ハヴィランド、ミッキー・ルーニーなどが出演のワーナー映画で、ずっと見たいと思っていたので、ローレンス・オリヴィエ主演のイギリス映画「お気に召すまま」と一緒に買った。
テレビの深夜放送で見たのは1960年代末で、90分枠だったから相当カットされていたはず。でも、幻想的な映像とメンデルスゾーンの音楽に魅せられた。「真夏の夜の夢」は20世紀末にロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの映画や、ケヴィン・クライン主演のハリウッド映画を見たが、この1935年のワーナー映画が一番好きだった。
初めてアカデミー賞作品賞にノミネートされたシェイクスピアの映画化とのことで、今見ても映像のすばらしさに驚かされる。1939年の「オズの魔法使」も創意工夫の映像にびっくりさせられるのだが、このモノクロの「真夏の夜の夢」も幻想的な映像の数々に惹きつけられる。
メンデルスゾーンが書いた劇音楽「真夏の夜の夢」をふんだんに使い、さらにメンデルスゾーンの有名な「春の歌」も入っている。ミュージカル仕立てで、歌のうまい俳優を使っている。ミュージカル「ヤンキー・ドゥードル・ダンディ」でアカデミー賞主演男優賞を受賞したキャグニーも歌を披露。ギャング役者として有名だったキャグニーがここで少しミュージカル俳優の本領発揮したというところか。映画初出演のオリヴィア・デ・ハヴィランドは映画のもとになった劇で同じ役を演じたというが、新人らしからぬ貫録がすでにある。このあと、彼女は「ロビン・フッドの冒険」のヒロインを経て、「風と共に去りぬ」のメラニーとなり、そして、2度のアカデミー賞受賞となる。
シェイクスピアで、ミュージカル仕立てということで、シェイクスピア劇らしい役者、歌のうまい役者を使っているが、オベロン役のヴィクター・ジョリーのセリフまわしがいかにもシェイクスピアで聞き惚れた。バレエシーンもすばらしい。ミッキー・ルーニーのやたらテンションの高いパックは記憶どおりだった。メンデルスゾーンの音楽をコルンゴルドが編曲てのも豪華。
133分なので、昔のテレビ放送では半分くらいカットされていたのではないかと思うが、最後のピラマスとシスビーの劇(「ロミオとジュリエット」のような悲劇が、役者の演技で喜劇になってしまう)は丸ごとカットされていた。今回初めて見て、キャグニーのピラマスとジョー・E・ブラウンのシスビーのかけあいに笑ってしまった。シスビーは女性だが、シェイクスピアの時代は女優がいなかったので(「恋におちたシェイックスピアに描かれたように)、シスビーを男性が演じるのだが、大口で有名だったブラウンのシスビーというのがいい。
幻想的なシーンも、恋人たちの騒動も、そして最後のドタバタ芝居も、本当に楽しかった。役者は知らない人もけっこういたが、みな実力のある俳優のようだった。
ずっと昔に見たきりの映画を、こんな形で完全版で見られるとは、本当に幸運だった。シネコンの帰りにふらっと立ち寄った場所で見つけたので、ラッキーだったとしか言いようがない。
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2016年4月30日土曜日
2016年4月28日木曜日
あまり言うことのない傑作
レディース・デーの昼間に「レヴェナント 蘇えりし者」を見た。
レディース・デーなのに観客はシニア男性が多い。それもそのはず、のっけから痛そうな殺し合いのシーンが続くのだ。でも、とにかく映像はすごい。
話の内容はわりと単純で、人物も深みがないが、映像と音楽で魅せてしまう。
2時間半以上もあるので飽きるかと思ったが、それはまったくなかった。ただ、シネコンの椅子の具合が悪かったので、そっちが苦痛だった。
うーん、しかし、この映画、傑作なんだけど、語りたくなるようなことがほとんどない。
言えるのは、
圧倒的な映像美!
血まみれ、土まみれ、びしょ濡れの満身創痍のディカプリオ演技。
自然の過酷さと美しさ。
坂本龍一の決して出しゃばらない荘厳な音楽。
白人と先住民、白人同士、先住民同士が殺し合う野蛮な世界。
それでも善と正義は残っている。
ディカプリオの脳裏に浮かぶ回想や幻想のシーンの魅力。ちょっとテレンス・マリックふうか? 壊れた教会のシーンがいい。
死んだ馬の体の中に入って寒さをしのぐシーンは「馬々と人間たち」の二番煎じなのでここはちょっとね。
息子の仇を取ろうと必死でサバイバルする主人公のメイン・ストーリーのほかに、白人にさらわれた娘を探す先住民のサブ・ストーリーがあるが、この2つが最後に交差するのは「アモーレス・ペロス」や「バベル」のイニャリトゥらしい。
と、これだけ書いて、あとは見に行ってください、としか言えないのだ。
こういうタイプの傑作は、昔はヨーロッパのマイナーな国が低予算で作り、ヨーロッパの映画祭でグランプリを取ったりして、日本では岩波ホールで公開、というのが定番だったと思うのだが、いまやハリウッドでお金をふんだんにかけて作れるのか、というのが率直な感想。
ハリウッドだったら、一番近いのはテレンス・マリック。
実際、何度もマリックの「シン・レッド・ライン」が頭をよぎった。
ただ、マリックの映画にしろ、マイナーなヨーロッパの芸術映画にしろ、語りたいことはたくさんあったのに、この映画は傑作なのは確かだが、語ることへの欲求が出てこないというのがどうにも引っかかる。意外に早く忘れてしまいそうなのだ。
それにしても、このところ、立て続けにドーナル・グリーソン出演の映画を見ているのだが(「SW/フォースの覚醒」、「ブルックリン」、「エクス・マキナ」、「レヴェナント」)、役によってずいぶん雰囲気の違う人だ。もっとも、それはトム・ハーディなどにも言えることだけど。
レディース・デーなのに観客はシニア男性が多い。それもそのはず、のっけから痛そうな殺し合いのシーンが続くのだ。でも、とにかく映像はすごい。
話の内容はわりと単純で、人物も深みがないが、映像と音楽で魅せてしまう。
2時間半以上もあるので飽きるかと思ったが、それはまったくなかった。ただ、シネコンの椅子の具合が悪かったので、そっちが苦痛だった。
うーん、しかし、この映画、傑作なんだけど、語りたくなるようなことがほとんどない。
言えるのは、
圧倒的な映像美!
血まみれ、土まみれ、びしょ濡れの満身創痍のディカプリオ演技。
自然の過酷さと美しさ。
坂本龍一の決して出しゃばらない荘厳な音楽。
白人と先住民、白人同士、先住民同士が殺し合う野蛮な世界。
それでも善と正義は残っている。
ディカプリオの脳裏に浮かぶ回想や幻想のシーンの魅力。ちょっとテレンス・マリックふうか? 壊れた教会のシーンがいい。
死んだ馬の体の中に入って寒さをしのぐシーンは「馬々と人間たち」の二番煎じなのでここはちょっとね。
息子の仇を取ろうと必死でサバイバルする主人公のメイン・ストーリーのほかに、白人にさらわれた娘を探す先住民のサブ・ストーリーがあるが、この2つが最後に交差するのは「アモーレス・ペロス」や「バベル」のイニャリトゥらしい。
と、これだけ書いて、あとは見に行ってください、としか言えないのだ。
こういうタイプの傑作は、昔はヨーロッパのマイナーな国が低予算で作り、ヨーロッパの映画祭でグランプリを取ったりして、日本では岩波ホールで公開、というのが定番だったと思うのだが、いまやハリウッドでお金をふんだんにかけて作れるのか、というのが率直な感想。
ハリウッドだったら、一番近いのはテレンス・マリック。
実際、何度もマリックの「シン・レッド・ライン」が頭をよぎった。
ただ、マリックの映画にしろ、マイナーなヨーロッパの芸術映画にしろ、語りたいことはたくさんあったのに、この映画は傑作なのは確かだが、語ることへの欲求が出てこないというのがどうにも引っかかる。意外に早く忘れてしまいそうなのだ。
それにしても、このところ、立て続けにドーナル・グリーソン出演の映画を見ているのだが(「SW/フォースの覚醒」、「ブルックリン」、「エクス・マキナ」、「レヴェナント」)、役によってずいぶん雰囲気の違う人だ。もっとも、それはトム・ハーディなどにも言えることだけど。
2016年4月25日月曜日
IKEA10周年
イケア10周年というので、日曜夕方に出かけてみました(写真はイケアのサイトから)。
先着1000名にプレゼントのトートバッグは朝から行かないと無理だろうと思ったけど、ソフトクリーム無料券があるので、それだけでも食べようかと。実際は交通費が高いので、得とは言えないのだけど、レストランのサラダのブロッコリーをいっぱい食べたかったのもあって、出かけました。
イケアはレストランがくつろげるし、ショールームを眺めるのも楽しいのだけど、イマイチ欲しい商品がなくて、結局、何も買わずにニトリに寄って、ニトリで買ったものをイケアの青いバッグに入れて帰るという、私にはニトリの方が確かに向いているのだが、それでもイケアは買い物しなくても楽しいのです。
まあ、10周年とはいっても、すごいバーゲンがあるわけでもなく、いつもよりは混んでいるかなって程度。イケアは原則、車じゃないと持ち帰るのが不便、送ってもらうと送料がバカ高いので、電車で来る人は少ないのか、駅からイケアへ行く人も、イケアから駅に帰る人も少ない。駅前の歩道橋でイケアの人がチラシ配ってましたが、あまり効果なさそうでした。
さて、今回はまずソフトクリームを食べて、それから商品を見ていたら、紙製の組み立て式収納が激安になっていて、それを4つほど黄色いバッグに入れたらもう重くてそれ以上は何も買えなくなってしまいました。椅子とかテーブルとか買いたかったのだけど。
イケアは軽くすることを考えていない、とどこかに書いてあったけど、グラスやカップも手に持つと重いです。ニトリなどでは軽い食器を売っているのに。スウェーデンとはいっても、やっぱり欧米型のでかい重いは避けられない感じです。
ところで、イケアは実は1974年に一度日本に進出したものの、当時はあまり受けず、12年で撤退してしまったのだそうです。私はこの74年には最初に出店した船橋市の隣に住んでいたのだけど(しかもそのイケアは市境またいですぐそこってくらいの距離だった)、イケアなんて聞いたこともなかったです。まあ、学生には用がない店だけど、そんな近くにそんなものができていたのにまったく知りませんでした。
そして10年前の2006年、イケアが再び日本進出。最初と同じ船橋市に1号店ができたのが始まりとか。その船橋のイケアはイケア船橋からイケアトーキョーベイに名前が変わるのだと。東京ディズニーランドといい、千葉県の県名の存在感のなさといったら(あ、チバットマンがいたか)。まあ、遠方の人は神奈川県ではわからないので、神奈川県民は横浜じゃなくても横浜って言っておくとかいう話を聞いたことはありますけどね。遠方の人は首都圏のことを東京というので、神奈川県のことを横浜でもま、いっかってところでしょう。一方、ださいたまの埼玉は逆に有名じゃないのかなあ。埼玉新都心とか、けっこう県名顕示してますね。浦和も大宮もさいたま市になったしなあ。
そのイケアトーキョーベイも一度行ってみたいです。
イケアといえば、ヒトラーが現代にタイムスリップするというブラックコメディ、「帰ってきたヒトラー」という映画の試写を見たのですが、その中で、ネオナチの若者たちと会ったヒトラーが、「あいつらはイケアの家具も作れない」というセリフを言うのですが、これって、イケアの家具職人にもなれない、という意味なのか、それとも、イケアの家具を買ってきても自分で組み立てられないという意味なのか。最初は前者の意味かと思ったけど、だんだん、後者かもしれないと思えてきました。
ちなみに、イケアはヒトラーが死ぬ少し前に誕生していますが、当時はスウェーデンの小さな企業だったはずなので、ヒトラーは現代に来てイケアを知ったということですね。
この映画、ヒトラーを演じる俳優が背が高すぎるのが違和感ありますが、なかなか面白かったです。ドイツの現代事情を知っているともっと面白そう。
先着1000名にプレゼントのトートバッグは朝から行かないと無理だろうと思ったけど、ソフトクリーム無料券があるので、それだけでも食べようかと。実際は交通費が高いので、得とは言えないのだけど、レストランのサラダのブロッコリーをいっぱい食べたかったのもあって、出かけました。
イケアはレストランがくつろげるし、ショールームを眺めるのも楽しいのだけど、イマイチ欲しい商品がなくて、結局、何も買わずにニトリに寄って、ニトリで買ったものをイケアの青いバッグに入れて帰るという、私にはニトリの方が確かに向いているのだが、それでもイケアは買い物しなくても楽しいのです。
まあ、10周年とはいっても、すごいバーゲンがあるわけでもなく、いつもよりは混んでいるかなって程度。イケアは原則、車じゃないと持ち帰るのが不便、送ってもらうと送料がバカ高いので、電車で来る人は少ないのか、駅からイケアへ行く人も、イケアから駅に帰る人も少ない。駅前の歩道橋でイケアの人がチラシ配ってましたが、あまり効果なさそうでした。
さて、今回はまずソフトクリームを食べて、それから商品を見ていたら、紙製の組み立て式収納が激安になっていて、それを4つほど黄色いバッグに入れたらもう重くてそれ以上は何も買えなくなってしまいました。椅子とかテーブルとか買いたかったのだけど。
イケアは軽くすることを考えていない、とどこかに書いてあったけど、グラスやカップも手に持つと重いです。ニトリなどでは軽い食器を売っているのに。スウェーデンとはいっても、やっぱり欧米型のでかい重いは避けられない感じです。
ところで、イケアは実は1974年に一度日本に進出したものの、当時はあまり受けず、12年で撤退してしまったのだそうです。私はこの74年には最初に出店した船橋市の隣に住んでいたのだけど(しかもそのイケアは市境またいですぐそこってくらいの距離だった)、イケアなんて聞いたこともなかったです。まあ、学生には用がない店だけど、そんな近くにそんなものができていたのにまったく知りませんでした。
そして10年前の2006年、イケアが再び日本進出。最初と同じ船橋市に1号店ができたのが始まりとか。その船橋のイケアはイケア船橋からイケアトーキョーベイに名前が変わるのだと。東京ディズニーランドといい、千葉県の県名の存在感のなさといったら(あ、チバットマンがいたか)。まあ、遠方の人は神奈川県ではわからないので、神奈川県民は横浜じゃなくても横浜って言っておくとかいう話を聞いたことはありますけどね。遠方の人は首都圏のことを東京というので、神奈川県のことを横浜でもま、いっかってところでしょう。一方、ださいたまの埼玉は逆に有名じゃないのかなあ。埼玉新都心とか、けっこう県名顕示してますね。浦和も大宮もさいたま市になったしなあ。
そのイケアトーキョーベイも一度行ってみたいです。
イケアといえば、ヒトラーが現代にタイムスリップするというブラックコメディ、「帰ってきたヒトラー」という映画の試写を見たのですが、その中で、ネオナチの若者たちと会ったヒトラーが、「あいつらはイケアの家具も作れない」というセリフを言うのですが、これって、イケアの家具職人にもなれない、という意味なのか、それとも、イケアの家具を買ってきても自分で組み立てられないという意味なのか。最初は前者の意味かと思ったけど、だんだん、後者かもしれないと思えてきました。
ちなみに、イケアはヒトラーが死ぬ少し前に誕生していますが、当時はスウェーデンの小さな企業だったはずなので、ヒトラーは現代に来てイケアを知ったということですね。
この映画、ヒトラーを演じる俳優が背が高すぎるのが違和感ありますが、なかなか面白かったです。ドイツの現代事情を知っているともっと面白そう。
2016年4月20日水曜日
ライ麦畑
団地の小さな公園の藤棚が満開だった。
ここは以前はよく通ったが、しばらく通ってなかったので、運がよかった。
藤棚といえば、去年の4月、江ノ島で見たみごとな藤棚を思い出す。あのときはまだ引越のことなど考えておらず、のんきにすごしていた。思い立って出かけた江ノ島で生シラスと釜揚げシラスのハーフ丼を食べた。また行きたいけど、江ノ島は遠くなった。
いつもの自然公園へ。ここへ行くとなんだかここだけで十分と思ってしまう。アゲハチョウが2羽。
公園の農業紹介地区にライ麦が植えられていたので、どうなるのか楽しみにしていたが、左手前がライ麦。その奥が大麦。手前にアイリスが咲いている。
生まれて初めて見るライ麦畑。大麦が腰の高さなのに対し、ライ麦は私より背が高い。下はライ麦畑の前に立って撮った写真。向こう側が見えない。
誰かさんと誰かさんがライ麦畑、チュチュチュチュしている、というのがよくわかった。
ライ麦畑にキャッチャーが必要なことも。ライ麦畑の向こうが断崖絶壁でも、これではわからない。
人生は、ライ麦畑の中に入ってしまうように、先が見えないということだったのか。
ライ麦の穂。
こちらは大麦の穂。
レンゲが咲いている。
翼を広げるアオサギ。この日は2羽のアオサギが同時に見えた。
もう1羽はこちらで翼を広げている。
右奥と、左手前にアオサギ。
ここは以前はよく通ったが、しばらく通ってなかったので、運がよかった。
藤棚といえば、去年の4月、江ノ島で見たみごとな藤棚を思い出す。あのときはまだ引越のことなど考えておらず、のんきにすごしていた。思い立って出かけた江ノ島で生シラスと釜揚げシラスのハーフ丼を食べた。また行きたいけど、江ノ島は遠くなった。
いつもの自然公園へ。ここへ行くとなんだかここだけで十分と思ってしまう。アゲハチョウが2羽。
公園の農業紹介地区にライ麦が植えられていたので、どうなるのか楽しみにしていたが、左手前がライ麦。その奥が大麦。手前にアイリスが咲いている。
生まれて初めて見るライ麦畑。大麦が腰の高さなのに対し、ライ麦は私より背が高い。下はライ麦畑の前に立って撮った写真。向こう側が見えない。
誰かさんと誰かさんがライ麦畑、チュチュチュチュしている、というのがよくわかった。
ライ麦畑にキャッチャーが必要なことも。ライ麦畑の向こうが断崖絶壁でも、これではわからない。
人生は、ライ麦畑の中に入ってしまうように、先が見えないということだったのか。
ライ麦の穂。
こちらは大麦の穂。
レンゲが咲いている。
翼を広げるアオサギ。この日は2羽のアオサギが同時に見えた。
もう1羽はこちらで翼を広げている。
右奥と、左手前にアオサギ。
2016年4月17日日曜日
「ルーム」@日曜のシネコン
私のイチオシ映画「フランク」の監督の新作「ルーム」をそろそろ見に行かなければと思ったが、比較的近くの松竹系のシネコンではやっていない。東宝のシネコンはどこも遠く、結局、以前行った日本橋のシネコンを予約。が、当日は暴風雨で電車が遅れ、少しあせった。以前は地下鉄オンリーだったけれど、今は地上を走るJRなので、天候の影響が大きい。
「ルーム」は脚本も書いた原作者の作品という感じで、「フランク」のような変わった映画の監督の個性は感じられなかったが、監禁部屋で生まれ、外の世界を知らず、母親以外の人間と話をしたことのない5歳の少年の見た世界として面白い。
母親である若い女性は少年を絶対に監禁の犯人に会わせない。犯人を父親として認めたくないからだ。また、犯人が少年に父らしい感情を抱いたり(実際、ラジコンのプレゼントを差し入れする)、少年が犯人を父と思ったりするのを徹底的に排除している。17歳で誘拐され監禁された女性にとって、少年は犯人とは無縁の自分だけの子供であり、その息子を生きがいとしてなんとか生き抜いている。
犯人は実は住宅街に住んでいて、納屋を改造して外に音が漏れない部屋を作っているようだ。また、部屋の鍵も番号式で、番号は犯人しか知らない。そんなわけで、息子をいつまでもこの狭い世界にいさせるわけにはいかない、外の世界に行かせたいと思った女性はついに脱出を決意。が、その方法というのが息子が死んだことにして、敷物にくるんで、男に死体を外に持ち出すように言う、というのだけど、これはけっこう危険な方法のような気がしたが、それ以外に方法はないようだった(そのくらい、男が周到に準備して誘拐したので、しかも、男は最近失業して金がないようなので、今脱出しないとこれからどうなるかわからないということもあったのだろう)。
とにかく脱出に成功。男は逮捕されるが、母子の苦難はそれからも続く。
監禁されていた7年間の間に、女性の両親は離婚して、母は再婚していた。救い出された娘と孫を見て、母親は無条件で孫を受け入れるが、父親は孫が犯人の息子だと思うと顔を見ることができない。救いは母親の再婚相手で、子供を扱うのがうまく、義理の孫と打ち解けるようになる。
一方、マスコミの対応は日本とは違って遠慮がなく、マスコミ対応にお金がかかるので女性にテレビ出演を持ちかけるとか、日本ではちょっとありえない。その収録で女性はひどいことを言われる。子供が生まれたときに、犯人に、病院の前に置いていってくれと言えばよかったのに、自分のために子供を手元に置いた、みたいなことを言われ、女性は自殺未遂を起こす。
全般に、子供に対するケアはあるのに女性に対するケアがないと感じるが、救出されたときにはすでに成人とはいえ、相当なケアが必要なのにテレビに出すとか、ちょっと非常識だ。
そうしたなかで5歳の少年が成長し、母親以外の大人ともつきあえるようになり、やがて同世代の友達もできる。母親の力になろうとさえ思うようになる。この少年の健気さと成長が救いになる。
舞台はアメリカだが、アイルランドとカナダの映画で、おもにカナダで撮影されたようだ。そのあたりの根っこがどこかわからない感じが、少し不満が残る。
「ルーム」は脚本も書いた原作者の作品という感じで、「フランク」のような変わった映画の監督の個性は感じられなかったが、監禁部屋で生まれ、外の世界を知らず、母親以外の人間と話をしたことのない5歳の少年の見た世界として面白い。
母親である若い女性は少年を絶対に監禁の犯人に会わせない。犯人を父親として認めたくないからだ。また、犯人が少年に父らしい感情を抱いたり(実際、ラジコンのプレゼントを差し入れする)、少年が犯人を父と思ったりするのを徹底的に排除している。17歳で誘拐され監禁された女性にとって、少年は犯人とは無縁の自分だけの子供であり、その息子を生きがいとしてなんとか生き抜いている。
犯人は実は住宅街に住んでいて、納屋を改造して外に音が漏れない部屋を作っているようだ。また、部屋の鍵も番号式で、番号は犯人しか知らない。そんなわけで、息子をいつまでもこの狭い世界にいさせるわけにはいかない、外の世界に行かせたいと思った女性はついに脱出を決意。が、その方法というのが息子が死んだことにして、敷物にくるんで、男に死体を外に持ち出すように言う、というのだけど、これはけっこう危険な方法のような気がしたが、それ以外に方法はないようだった(そのくらい、男が周到に準備して誘拐したので、しかも、男は最近失業して金がないようなので、今脱出しないとこれからどうなるかわからないということもあったのだろう)。
とにかく脱出に成功。男は逮捕されるが、母子の苦難はそれからも続く。
監禁されていた7年間の間に、女性の両親は離婚して、母は再婚していた。救い出された娘と孫を見て、母親は無条件で孫を受け入れるが、父親は孫が犯人の息子だと思うと顔を見ることができない。救いは母親の再婚相手で、子供を扱うのがうまく、義理の孫と打ち解けるようになる。
一方、マスコミの対応は日本とは違って遠慮がなく、マスコミ対応にお金がかかるので女性にテレビ出演を持ちかけるとか、日本ではちょっとありえない。その収録で女性はひどいことを言われる。子供が生まれたときに、犯人に、病院の前に置いていってくれと言えばよかったのに、自分のために子供を手元に置いた、みたいなことを言われ、女性は自殺未遂を起こす。
全般に、子供に対するケアはあるのに女性に対するケアがないと感じるが、救出されたときにはすでに成人とはいえ、相当なケアが必要なのにテレビに出すとか、ちょっと非常識だ。
そうしたなかで5歳の少年が成長し、母親以外の大人ともつきあえるようになり、やがて同世代の友達もできる。母親の力になろうとさえ思うようになる。この少年の健気さと成長が救いになる。
舞台はアメリカだが、アイルランドとカナダの映画で、おもにカナダで撮影されたようだ。そのあたりの根っこがどこかわからない感じが、少し不満が残る。
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